第十四話 王女様との模擬戦
「大変申し訳ありませんが、姫様があなた様を連れてきてほしいと。姫様は新しい対戦相手を探しておりまして……」
「(帰ろうとしたところで、気まぐれな王族に捕まる。不幸な……)」
父から頼まれた用事と王都観光を終えた私たちは、翌朝、グラック領に戻るべく駐機場へと戻った。
すると、いかにも高貴な人の付き人といった感じの人物に声をかけられる。
なんでも、昨日魔晶機神で王都上空にいたリリー王女様が、魔晶機人による訓練相手を探しているそうで、私に白羽の矢が立ったらしい。
しかも、私の与り知らぬところでだ。
「あのぅ……私は若輩の身で、しかも田舎の郷士でしかありません。王女殿下とそのようなことができる身分ではありません」
そう。
私はただの田舎郷士なのだ。
王女様と魔晶機人で模擬戦なんて、そんなものに参加する資格がない。
というオフィシャルな言い訳で、ここは切り抜けておこう。
「姫様は、大変気さくなお方です。最低限の儀礼を守っていれば問題ありません。それに……」
「それに?」
「あなた様は、わずか十歳にして結界を破る無法者を討った。その功績をもって、いまだ現役であろうお父君が形式上のみとはいえ家督を譲ってしまう。さぞやご安心なされたのでしょう。それほどのお方なれば、姫様も興味を持って当たり前かと」
「……卑賎の身である私のような者のことを王女殿下がご存じとは、光栄の極み」
このお付きの人。
私の情報など、とっくに把握済みというわけか。
「姫様も、御年十歳にして魔晶機神を動かし、その腕前はサクラメント王国では一番と言われているお方。興味があって当然でしょう。王家の操者ゆえ、新しい操者が出ればその腕を試し、有事に備えておく。この国の王族の考えとしては、おかしなことではありますまい」
魔晶機人と魔晶機神は、特に魔晶機神はこの世界において戦略兵器に近い存在であった。
稼働数が多ければ多いほど、国の抑止力となり、時には戦争の切り札となる。
たとえわずか十歳でも、王族ともなれば新戦力の把握は確実に実行しておくわけか。
「お邪魔させていただきます」
当然断れるわけないので、私は魔晶機人を動かし、お付きの人が教えてくれた練兵場へと飛んでいくのであった。
はてさて、お姫様はどのくらい強いのだろうか?
場合によっては、上手く手加減する必要が?
そんなことを言っていたら、とてつもなく強いかもしれないので、油断しないようにしないと。
「グラック卿、昨日以来だな。妾は、そなたと魔晶機人で戦うのを楽しみにしておったぞ」
魔晶機人と魔晶機神専用の練兵場は、王都から少し離れた森の中にあった。
巨人同士が戦うので、人がいる場所の近くになくて当然というわけだ。
森を切り開かれて作られた練兵場には、乗馬スタイルに似た服装で、腰に剣を差した王女様が待ち構えていた。
初めてそのお顔を拝見したが、さすがは王女様。
幼くても大変美しく、高貴なオーラを周囲に対し放っていた。
腰まで伸ばした輝くような金髪と、透き通るような蒼い目。
均整の取れた美しい顔立ちと、足が長いなぁ……と、元典型的な日系人である私は思ってしまう。
私も今は西洋人的な特徴を持つので、それなりに足は長いけど。
「招待いただき感激の極み。エルオール・グレックと申します」
自己紹介と共に、周囲から笑い声が複数漏れた。
それはそうだ。
いくら王女様が気さくでも、私には私の、王女様には王女様の人間関係というものがあって、それが交わることなどないのだから。
彼女の周りには、いわゆるお付き……男爵かその跡継ぎ以上の操者たちが控えており、彼らからすれば私は、場違いな客ということになる。
郷士風情がちゃんと誘いを断らず、なにをノコノコと顔を出しているのだと。
彼ら本物の貴族たちからすれば、郷士なんて裕福な農民程度の存在でしかない。
本当なら、男爵以上でなければ爵位を子供に継承させられないのだから。
準男爵以下は一代限り。
ところがそれを律儀に守っていたら、サクラメント王国だけでも数千人はいる郷士、騎士、準男爵の任命だけで、王様や役人のキャパがパンクしてしまう。
郷士でも、遺伝により魔力を継承するので結界を維持できるからと、済し崩し的に爵位を継承させているに過ぎなかった。
ただ、郷士と騎士、準男爵の中には結界は維持できても、魔晶機人を動かせるのは半分程度。
一方、男爵以上の一族の人間で魔晶機人を動かせない人はいない。
動かせないと当主になれないから当然だし、たまに魔力が低い子供が生まれると勘当されるとか。
魔力が少ない血筋は必ず排除する。
我々半貴族とは、まったく違う生き方をしているのだ。
ましてや、王女様のお付きで魔晶機神を動かせない人なんているわけがない。
なにしろ、王国ナンバーワンと称される操者のお付きなのだから。
実際、練兵場には彼らが乗っている魔晶機神が置かれており、私はかなり浮いていた。
「(若様、大丈夫ですか?)」
「(少しつき合えば終わるから、ヒルデは静かに見ていてくれ)」
こうなることは予想していたが、もしあの場で断っていたら、今度は姫様の機嫌を損ねてしまう。
それならお付きたちの機嫌を損ねても、どうせ今後二度と会わない雲の上の人たちなので、とにかく顔を出して王女様の機嫌を損なわせないことが肝要というわけだ。
いわゆる、大人の知恵というやつだな。
大体、田舎でプチリッチに暮らす私の夢に、王女様との縁など無用。
下手につき合いなどがあれば、どんな大騒動に巻き込まれるかわかったものではない。
そういう大変なことは、国を担う王族様と大貴族様たちに任せ、私は領地でマイペースに過ごす。
旧キューリ村も開発はちゃんとやるので、上の人たちは仲間同士だけで仲良くやってくれ。
今日はたった一回だけ、王国最下級貴族としての義務をはたしているというわけだ。
「王女殿下、グラック卿に無体をなされますな」
「左様ですぞ。魔晶機人でも、これを動かすにはマジッククリスタルが必要なのです。これはなかなかに高価なので、新しい領地の復興も行わなければならないグラック卿には負担が大きいかと」
よかった。
お上にも、空気を読んでくれる人たちがいて。
彼らは魔晶機神を動かすマジッククリスタルの経費など余裕で出せるが、魔晶機人を動かせる下級貴族において一番の問題は、魔晶機人を動かすのに必要なエネルギーが非常に高価というものであった。
マジッククリスタルは、購入するととても高いのだ。
「あっ、でも若様は、自分のま……うぐっ!」
「グラック卿? 彼女はなにを?」
「私はマジッククリスタルが購入できないので、自分で魔物を狩って手に入れているのですよ。田舎貴族なのでお恥ずかしい限りです」
ヒルデが、私が自分の魔力だけで魔晶機人を動かしていると漏らしそうだったので、ラウンデルが慌てて彼女の口を塞いでいた。
そんな事実が知れたら、今日の一回だけで済まなくなるじゃないか。
「それは勇ましいですね」
「操縦訓練にもなっています」
「日々の鍛錬を怠らないのは素晴らしい」
などと社交辞令的に褒めてくれたが、お上は魔晶機神を動かすマジッククリスタルを自分で採取などしない。
私が採取したマジッククリスタルを買い取ってくれる商人が言っていたが、私たち魔晶機人の操者や、魔力がある魔法使いや猟師たちが魔物から手に入れたマジッククリスタルを購入しているそうだ。
大貴族様や王族様は、マジッククリスタルもそうだが、魔晶機神の運用コストなど気にしないのだから。
「王女殿下のご目的は。新しい操者の実力を見極めるためと聞きました。私は郷士で非才の身。模擬戦闘を少しすれば、すぐに終わるかと。マジッククリスタルの件はお気になさらず」
「そうかい? それは済まないね」
上級貴族にもいい人がいるんだな。
私のことを慮ってくれるのだから。
いきなり郷士操者の実力を見るなどと、気まぐれを起こした姫様に困惑しているのかもしれないな。
ならば、ここはパパっと負けてとっととグラック村に帰ろう。
それが一番の安全策だ。
「そうなのか。それはすまないことをしたな。マジッククリスタルについては補填させていただく」
「王女殿下のお心遣いに感謝します」
別に、マジッククリスタルの補填なんて必要ないけど、ここで変に断ると逆に角が立つ。
私を笑っていた連中が、『姫様の心遣いを断るなど無礼な!』と気を悪くする可能性があったからだ。
ならばここは、彼らの思う郷士像を演じておいた方がいい。
素直にマジッククリスタルを貰っておいた方が、彼らの中の私像と一致して安心するというわけだ。
下級貴族は、大貴族様のご期待に応えてあげないと。
「(マジッククリスタル、儲かったな。手間賃? アルバイト代だと思おう)」
「では、魔晶機人を用意させよう」
姫様は、魔晶機人も持っているのか。
王家だから当たり前か。
どうせ乗り手がない魔晶機人が余っているので、姫様が乗るのは問題ない。
魔晶機神乗りが、訓練や模擬戦闘でハンデをつけるために、予備の魔晶機人に乗ることはままあるらしい。
逆はまずないけど。
そもそも、下級貴族で魔晶機神を動かせる人は……あれは魔力量だけでなく、機体との相性もあると聞くからな。
私の場合、魔力量は足りているけど、魔晶機神は動かせないかもしれない。
下手に動かせると面倒なので、私はずっと魔晶機人でいいけど。
「では、始めようか」
姫様は、魔晶機神とよく似た外装と装飾、王家の紋章をあしらった専用機に乗り換えていた。
同じ五メートル級の魔晶機人だが、まったくそうは見えないという。
金のかけ方が違うのだろうな。
『グラック卿、いくぞ!』
「よろしくお願いします」
模擬戦ということで、私も訓練用の剣を借りて彼女と一対一で戦闘を始める。
さすがというか、初手から猛スピードで斬り込んでくるが、スピードはともかく攻撃が単調だな。
大抵の操者は、彼女の速さに翻弄されて回避できないだろうけど。
「(余裕をもって避けると、色々と面倒なことになりそうだな)」
彼女の攻撃は念波による未来予知で見えていたので、私はなるべくギリギリで避けた感を演出した。
続けて何回か、姫様の攻撃をギリギリで回避する。
ついでに、足元をフラつかせて姫様の攻撃を避けるので精一杯という体を装っておくことも忘れなかった。
いきなり一撃目で敗れてしまえば、逆に彼女からあらぬ疑いを抱かれることになるかもしれないからだ。
何回か、なんとか姫様の攻撃を回避できたが、ついに力尽きて負ける。
このシナリオで行こう。
「(あっでも。一回も攻撃しないと姫様に疑われるか? ここは……)」
一回だけ反撃して剣で斬りかかるが、わざと大振りにして姫様に回避させるのを忘れなかった。
時間にして二~三分であろう。
最後に、私が姫様の攻撃をなんとか剣で受け止めたはいいが、地面に腰を突いてしまい、そのまま眼前に剣を突きつけられて模擬戦は終了となった。
「姫様はお強いですね」
「まあ、郷士にしては頑張ったのではないか?」
「やはり、姫様がこの国一番の使い手だな」
お付きの貴族たちにも、手抜きはバレていないようだ。
バレないようにわざと負けるのも、これも技能だからな。
私のような一般大学から士官コースへと進んだ雑草とは違い、現役で士官学校を卒業した真のエリートたちとコンバットスーツで戦った時、私は念波で数秒後の未来がわかるので、不自然に思われないように負けるスキルも必要だったのだ。
「参りました」
「うむ。筋は悪くない。グラック卿は妾と同じ年で魔晶機人を動かせたのだ。このまま訓練すればいいところまでいくはずだ」
「はっ、王女殿下のお言葉を励みに頑張ります」
そのあとは、消費したマジッククリスタル……実際には消費していないけど……を貰い、私たちはグラック村へと帰還するのであった。
どうやら、姫様には手を抜いたことがバレなかったようだ。
よかった。