第百三十九話 帰国
「エルオール様、また工廠群が広がっていますね。お父さんたちが頑張ったんだ」
「バルクたちのおかげで、補給に苦労しないで済むからありがたいわ。それでも艦隊の責任者って大変よねぇ」
「フィネスとバルクと技術者たちが、しっかりと仕事を進めてくれたおかげですね。僕とネネも、おかげで戦いに集中できました」
「王都の内政も、サンデル公爵と留守番のゾフ王国貴族たちがしっかりとやっていてくれたようだ。余としては非常に助かる」
「グレゴリー兄は内政が得意じゃからの。妾は苦手なので確かにありがたい」
「デルファイ公爵領の開発も順調で助かっています。意外なことに、王都に戻りたいと願う者たちが少ないそうです。今となっては、デルファイ公爵領の方がゾフ王国の王都に近いですから」
「私の祖国であるアーベルト連合王国だが、ゾフ王国と対異邦者同盟を結ぶ決断をしてくれることを祈るしかないな」
「それは、マーカス帝国も同じさ。この世界で一番の大国である自負があって、主導権を握ろうとするからなかなか上手くいかないだろうけど」
旧ラーベ王国領の奪還に成功したので、守備戦力を残して私たちはゾフ王国の王都に戻ってきた。
するとまだそんなに時間が経っていないのに、随分と王都の開発と拡張が進んでいた。
さすがに建物は、郊外の工房群で生産された仮設住宅が大半だったけど。
郊外の工廠群も広がっており、そこでは軍製品のみならず、民生品も大量に生産されているとフィネスから報告を受けている。←工房なの?工廠なの?
「普通軍拡に走ると、民の生活が窮屈になるのですが、ゾフ王国は戦時なのに領土も人口も国力も増え続けていて凄いですわ」
「すでに連合を組んでいる王国が半分になってしまったアーベルト連合王国とは比べものにならない」
「それなら、帝都を失陥しているマーカス帝国はどうなるんだって話だからなぁ」
結局、操者に二十名弱の戦死者が出てしまったが、戦果と比べれば犠牲は少ないとフィネスあたりは評価するはず。
私も前世での軍人経験のおかげで、人の死に動揺しなくなった。
前世では多くの人間の兵を殺していたが、今度の相手は化け物なのでそれに比べればマシというか、それでも味方に戦死者が出ると気にはしてしまう。
できる限り戦死者には報いるつもりだが、偽善と言われても仕方がない。
それでも、異邦者を殲滅するまでは戦い続けるしかなかった。
「(異邦者を滅ぼしたら、あとは傀儡の王としてノンビリ過ごしたいものだ)王城に戻ろう」
「夫君の帰還を、みなが喜ぶだろう」
私たちはゾフ湖に総旗艦ゾフを着水させてから、艦を降りて魔力駆動のバギー風四輪車で王城へと移動する。
当然だが城門で衛兵たちに止められることもなく、そのまま城内に入り玉座の間までたどり着いたが、出撃前となにも変わっていなかった。
「他国の特使と謁見することもあるので、最低限整っていればいい。夫君の言いつけどおり、特に内装や玉座、調度品を豪華にはしておらぬ」
「そんな暇と手間と物資があったら、工廠群に回した方がいいからね」
「さすがは兄様です」
マルコが私を褒めてくれたが、元々庶民である私に言わせると、まだ玉座の間は豪華な気がしてならない。
わざわざ地味にするにも手間がかかるので、そのままだけど。
「ご無事の帰還と、旧ラーベ王国領の奪還おめでとうございます」
「留守はしっかりと守りましたぞ、陛下」
「……あーーーあ、もうグレゴリー陛下じゃないのか……」
王様から家臣になってしまったのに、リリーの兄サンデル公爵はえらくご機嫌だった。
元々サクラメント王国でも王位継承の可能性は低い人だったので、王様なんてやりたくなかったのだろう。
私なんて元は郷士なので、もっと王様なんてやりたくないけど。
「私は操者としては下手クソで、リリーのようなカリスマもありませんからな。こういう仕事が一番性に合うのです」
「サンデル公爵のおかげで、私の仕事が減って助かっています」
「私がいなくても、フィネス殿だけでなんとかなりそうではあるが」
「もしそうだった場合、その分新兵器の開発と量産、武器弾薬の生産が減っていたはずです。それに、私があまり表に出るのもよくないので」
「優秀なフィネス殿に評価していただき、光栄の極みですな」
サンデル公爵も、フィネスが人間ではないことを知っていたが、この人は無能な人間よりも優秀なアンドロイドを評価するタイプのようだ。
確かに、王様よりも内政担当の政治家の方が向いていると思う。
「ゾフ王国内における魔物と無法者の駆逐は順調です。量産した新しい水晶柱の設置も順調で、安全な土地が増えつつありますが、なにしろ難民が多いので、土地の割り振りが大変です。そのうえ陛下は太っ腹で、移住者は三年間無税で、食料まで支給しておりますからな。必要な措置であることと、財政に問題があるわけではないのですが、噂を聞きつけて、ますますゾフ王国を目指す難民が増えています」
「引き受けるしかないよ」
そのために、操者たちの訓練の一環として魔物や無法者を駆除させ、田畑の開墾までやらせているのだから。
難民たちが普通に暮らせるようになれば、こちらの負担も減る。
それどころか、ゾフ王国の人口と国力増強に役立つのだから。
「戦後、他国や貴族たちが住民を返せと言ってきそうですけど」
「その時はその時さ」
今後、対異邦者同盟を他国と結ぶ関係で、『難民は返さない』と断言はできないし、他国にしても今難民が帰還しても住む場所がない。
『戦後に難民を返還します』と約束するとあとが面倒なので、『異邦者が滅んだあとに善処します』とか、どうにか外交用語で誤魔化しておかないと。
「戻りたい人だけ戻せばいいと思うけど。まさか勝手にゾフ王国に入って難民たちを連れ戻すわけにいかないんだから」
「戦争になりますからな。私は国内の開発を進めておきます」
「任せるよ」
戦後、戦争の時代が終わって平和になったら、この人が大きな力を持って私が傀儡になっても問題なさそうだ。
アリスがいるからそれはないし、サンデル公爵もそれは理解しているだろうけど。
「ブルガー伯爵とアンテン子爵は、今外交団として他国を巡っていると聞く。対異邦者同盟は無事に締結できるかな?」
「異邦者に対し共同で戦う。さすがにそれを拒否することはないと思いますが、一筋縄ではいかないでしょう」
「世界一の大国であり、対異邦者同盟で盟主となりたいマーカス帝国と、アーベルト連合王国は国是として他国と同盟を結ばないんだっけ?」
「さすがは陛下。よくご存じで」
「マーカス帝国出身のリックと、アーベルト連合王国出身のクラリッサから話を聞いているからだ」
「無事に対異邦者同盟が結ばれるかどうか。それは、ブルガー伯爵とアンテン子爵の外交手腕にかかっています。それよりも陛下は……」
「結婚式の準備を優先する」
「対異邦者同盟締結とどちらが早いか。できれば、結婚式に他国の者たちも呼んで盛大に行いたいところです」
距離や戦況的に、他国の王が私たちの結婚式に出席するのは難しいが、名代を送った時点で拡大したゾフ王国が国際的に承認されたに等しくなる。
サンデル公爵としては、結婚式の前に正式に対異邦者同盟を締結したいのだろう。
「アーベルト連合王国は、鎖国という伝統を頑なに守ろうとしているがゆえに、他国よりも異邦者に多くの土地を奪われている」
アーベルト連合王国は八つの小王国の連合体であったが、すでに半分の王都が異邦者によって落とされてしまった。
幸いにして、クラリッサの母親が女王である『リュフ王国』はいまだ健在らしいが、彼女もアーベルト連合王国が他国と同盟を結ぶことに反対しているそうだ。
どの国とも結ばず、国を閉じる。
それが伝統だから、という理由でだ。
「すでに半分になったに等しいが、八ヵ国と中王都を治めるレイラ大女王もなかなか首を縦に振ってくれなくて困っています」
「レイラ様は頑固だからな。自身も優れた操者であり、自力で国土を奪還できると思っているんだ」
異邦者の電波妨害がなければアマギで生産した通信機で連絡が取れるので、現在外交特使であるブルガー伯爵とアンテン子爵の足となっている小艦隊が、各国に通信機を無償で配っていた。
あまりに距離が離れているので、魔法通信ではリアルタイムで話し合いができないからだ。
そのため、今回の旧ラーベ王国奪還作戦に参加しなかったアーベルト連合王国貴族が本国と連絡を取り始めており、向こうの様子をクラリッサが知ることができたという事情があった。
「ブルガー伯爵とアンテン子爵の辣腕に期待しよう」
ブルガー伯爵はゾフ王国出身で、サクラメント王国、ラーベ王国との外交交渉で活躍。
アンテン子爵は元サクラメント王国の法衣男爵であり、サクラメント王国がゾフ王国に吸収合併されると決まった時、それに反発した旧サクラメント王国貴族たちを上手く宥めた功績で、今回の外交特使に抜擢されたとか。
サンデル公爵が選んだ外交特使なので、きっと大丈夫なはずだ。
「陛下、レイラ大女王を納得させるため、多少の譲歩は必要だと考えますが、許可をいただけますでしょうか?」
「対異邦者同盟に参加してもらわないといけないから、ゾフ王国が著しく損失を受けるのでなければいいよ」
「ありがとうございます。そんな条件は出しませんよ。ゾブ王国に損はさせませんから」
サンデル公爵がそう言うのであれば、問題ないのかな。
その後もゾフ王国の状況について一通り報告を受けた私たちは、遠征の疲れを癒すべくお休みを取ることに。
無事に同盟が結ばれて、全人類が協力して異邦者に対抗できるようなるといいな。
……前世の経験から推察するに、そう上手くはいかないのだろうけど。




