第十三話 王都滞在
「初めて飛びましたが、これは速くていいものですな。ヒルデの整備の腕前は本当に一流なのですね」
「ヒルデはすぐに父親を超えそうだな」
「いえ、父の壁は高いですよ」
「バルクは魔法具の修理や製造でも一流だからな。さすがにそっちも合わせると時間がかかるか」
「はい」
「ちなみに、ラウンデル。王都まで馬車とかで行くとどのくらいかかるんだ?」
「往復で二ヵ月ほどですね。近道でも結界の範囲に入っていない場所を通ると魔物に襲われるので、遠回りが必要なのですよ」
「魔物のせいで時間がかかるんだな。だけど飛べば一直線か」
王都に向けて魔晶機人を飛ばしていくが、ラウンデルが持つ地図を見ると、王都まで直線距離にして六百キロくらいか……。
飛行パーツを装着した魔晶機人の最高速度は、時速三百キロくらいか。
前世の経験から、速度計を見なくても大体わかる。
魔晶機人の性能としては平均らしいが、最高速度で飛ばすと魔力を大量に消費するため、大半の操者は巡航速度で飛ぶので倍はかかるだろう。
その点俺は魔力が多いので、時間の短縮ができて便利だった。
もっと高性能な飛行パーツもあるそうだが、あまりに高性能だと燃費が悪くなる問題もある。
ただ魔晶機人を動かすだけでは、金が減る一方だ。
魔晶機人を動かすにはお金がかかるという厳しい現実があるので、せっかくの魔晶機人も飛行パーツを手に入れても、あまり訓練できない操者も多いそうだ。
その点私は、魔力量が異常なまでに多いので、自前でなんとかなるからありがたい。
関節部などの消耗パーツも高価だが、そこは動かし方を工夫して摩耗速度を抑えるしかないな。
前世の、コンバットスーツパイロット時代の経験が生きるわけだ。
そして、この身はまだ十歳の子供である。
魔法も訓練して、魔力量を増やさなければ。
魔法は最低限でいいけど、魔晶機人の稼働時間は少しでも増やしたいものである。
おっと、同乗者のことを忘れていた。
私は名ばかりながら郷士なので軍勢など連れて行かず、ラウンデルとヒルデのみが同行してくれた。
大貴族ともなると、こんな魔物の棲みかだらけで移動が困難な土地でも、大勢の家臣、兵士を引き連れて移動しないといけないから大変だな。
ラウンデルは、操縦席の後ろに設置した取り付け式の座席に、ヒルデは私の膝の上に座っている。
彼女は申し訳なさそうにしていたが、整備士がいた方がいいし、魔晶機人の操縦席は二人なら余裕はあるけど、さすがに三人だと、こうでもしないと乗せられないのだから。
「私が下になりましょうか?」
「ヒルデは軽いから大丈夫だよ」
年齢(肉体年齢)は私の方が二つ下だけど、体格は私の方が大きい。
ヒルデは軽いし、柔らかくていい匂いがするんだ……って!
私は変態か!
いや、ラウンデルを膝の上に乗せたいと願うよりも、はるかに健全な思考であろう。
「私が、ヒルデを膝の上に乗せましょうか?」
「ラウンデル、それは奥さんに叱られないか?」
「……そうですね……」
前世なら、十二歳の少女なんて婚姻の対象にもならないが、この世界だと……そのくらいの年齢で結婚する人もいなくはないからなぁ……。
婚約だけならヒルデくらいの年齢でもする人は多いので、既婚者のラウンデルは誤解を招くようなことはやめた方がいいと思う。
ラウンデルは勇敢な猟師だが、どういうわけか奥さんには頭が上がらなかった。
私には、とても優しい綺麗な人なんだけど。
これが、尻に敷かれるというやつなのだと実感できてしまう夫婦なのだ。
「そういえば、ヒルデの今日の服装はよく似合っているな」
話を変えるべく、私は彼女の服装を褒めた。
王都に出かけるので彼女はいつものツナギではなく、ライトブルーのワンピース姿でとてもよく似合っていたのだ。
彼女は整備をするので髪が短く、この世界の女性では珍しいが、前世では髪が短い女性も多かったので、私は別に変だと思わなかった。
「母に選んでもらったんです」
「へえ、ヒルデのお母さんってセンスがいいんだね。とてもよく似合ってるよ」
「ありがとうございます」
あと、ヒルデの父親が貴族に雇われる高度な技能を持つ技術者なので、かなり稼ぎがよかった。
娘にこういう服を買ってあげる余裕があるというわけだ。
「これなら、王都の女性にも負けませんか」
「私は王都って初めてだけど、洗練された女性が多いのかな?」
「国の首都ですからね。綺麗な女性は多いと思いますよ。あっ! 王都が見えてきました」
あまりこの手の話題を広げすぎて、奥さんに知られると困るのかもしれない。
ラウンデルは前方に王都が見えてきたと、話を中断して私たちに報告した。
「おおっ! 大都市だな」
「ええ、サクラメント王国はこの世界でも有数の大国にして、魔晶機人大国でもあるので」
城塞に囲まれた大都市で、よく見ると上空を何機かの魔晶機人が偵察をしているようだ。
貴族なのか、王国軍の所属なのか。
「若様、あれは魔晶機神ですよ」
「遠いから、大きさを見誤っていたのか」
確か、全高十メートルを境に魔晶機人と魔晶機神に分かれるんだったな。
全部がそうではなく、例外もいるらしいけど。
あと、外装が魔晶機人に比べると少しは派手なような気がする。
大貴族や王国の所有なら、外装は凝って当然か。
「偵察かな?」
「万が一にも魔物が王都に入ってこないようにです。無法者が来ないとも限りませんので。あとは、若様のように魔晶機人で王都に来る操者もいるので、そのチェックもあるみたいですよ」
「魔晶機人の操者って貴族だろう? 暴れたりするのか?」
「まれにですけど。操者の大半が貴族ゆえに、その貴族同士の仲が悪くて喧嘩に至るケースもあるとか」
生身の人間なら素手、武器、魔法で喧嘩するのが限度だけど、操者同士なら魔晶機人で喧嘩に至ってしまうわけか。
王都で暴れられでもしたら被害甚大なので、ああやって常に警戒してわけか。
『そこの魔晶機人の操者、名を告げるがいい。我が名は、リリー・アストン・サクラメントである』
サクラメント?
王族か?
王族は魔力量が多い者が大半なので、魔晶機神を動かせる人が多いはず。
この女性も……魔法通信越しだけど声が若いな。
「エルオール・グラック。郷士家の当主です。今日は必要な書類の提出と、視察が目的で王都を訪れました」
『視察?』
「はい。私は若輩の身で当主となってしまったため、あまり外の世界を知りませんので。観光目的も入っていることは否定しませんが」
『そうか。正直だな。よき視察であらんことを』
声は幼いけど、随分としっかりした女性だな。
しかも、私の魔晶機人の三倍以上の大きさの魔晶機神を動かせるなんて。
「それでは失礼します」
特に怪しいと思われなかったようで、私は魔晶機神による検問を無事に突破できた。
「若様、あの女性は王家の第三王女様です。わずか十歳にして、この王国でも一~二を争う操者であるとか」
「へえ、若いのに凄いんだね」
「若様も同い年で操者ですけど」
「私はほら、魔晶機人の操者だから」
向こうはサラブレッド。
こちらはロバ。
生まれも人生のコースもまるで違う。
というか、私はロバの人生の方がいいと思っているのだから。
ああいう王女様と行動していると、難儀ばかり背負って大変そうだし。
「でも、若様も王女様に負けずに受け答えしていました。ああっ、大人の対応だって。私は凄いと思います」
ああいう受け答えができないと、特殊部隊の軍人としては厳しいので仕方がない。
時に、現地の政府のお偉いさんを怒らせないよう、警戒心を解くような話し方も必要というわけだ。
「で、魔晶機人はどこに降ろせばいいんだ?」
「あそこです」
「あっ、駐機場なんてあるんだな」
「地方貴族の依頼で、連絡や輸送のため王都を訪れる操者は多いのです。魔晶機人と魔晶機神の操者のみの特権ですよ」
専用駐車場があるのが特権……変なところに停めて、盗まれたり壊されたりすると大変なので、必要なものなのか。
私はすぐに空いている駐機場に着陸した。
「こちらに記載を」
駐機場には係員がいて、名前や滞在目的・期間を紙に書くようにと言われた。
すぐに記載すると、係員から預かり証を渡され、これで手続きは終わりなので呆気ないなと思ってしまう。
「操者は貴族なので、そこまでチェックは厳しくないですよ。まずは、書類の提出ですね」
「それを一番にやらなければ本末転倒だな」
「若様、参りましょう」
私たちは駐機場を出ると、その足で王都の官庁街へと向かった。
貴族に関する行政的な手続きは、王城に近い閑静な建物で行われており、中に入ると五つある受付カウンターには、すべて数名の貴族と思しき人たちが並んでいた。
大半が郷士と思われるが、同じくなにか書類を持ってきたようだ。
一番人が並んでいないカウンターに並ぶと、数分で私たちの出番となる。
名前を告げると、係員の男性は資料を探しに行き、それを見ながら話を始めた。
「無法者のせいで村が壊滅した旧キューリ村を再併合した、グラック家の当主殿ですね」
「はい」
「事前に送られてきた書類により、エルオール殿の当主就任の件は王国政府により許可、承認されております。それで今日の用件は?」
「我がグラック家は、この度併合した旧キューリ村の復興原資に充てるため、分担金の十年免除を認めていただきました。新しい領地の地図を提出するのが筋と思いまして」
「はい、確かに受け取りました。郷士としては、なかなかの身代ですね」
とはいえ、なかなか昇爵できないので、実はグラック家よりも領地や経済力が大きい郷士もいないことはないらしい。
それなら、昇爵させて分担金を上げた方が国庫も潤うと思うのだが、上位貴族たちの反対が多いそうだ。
ライバルが増えて嫌なのであろう。
「もう一件、改易されたキューリ家が所有していた魔晶機人と、飛行パーツ、その他部品や武装、消耗品などのリストと、所有権の移動許可を願う書類です」
「ええと……不備はありませんね。遠路ご苦労様でした」
意外と呆気なく終わったというか、王都の役人って優秀なんだなと思った。
貴族……いや、さすがに受付に貴族はいないか。
貴族の子弟かもしれないな。
「早く終わったので、観光に行こう」
「お役目は終わったので、あとは役得ということですね」
「私も王都は初めてなので楽しみです」
ラウンデルは優秀だけど、真面目で硬すぎるということもない。
王都観光に賛成してくれた。
ヒルデは、私と同じく初めての王都なので、期待で胸がいっぱいのようだ。
「さて、どこに行く?」
「あのぅ……妻にお土産を……」
さすがというか……。
ラウンデルは、本当に奥さんの尻に敷かれているんだな。
でも奥さんには私も世話になっているので、お土産を買うのは賛成だ。
だが……。
「しっかり者のラウンデルらしくもない。お土産なんて最後だろう。荷物が嵩むんだから」
「そうでした」
特に希望もない……というか、王都の名所なんて知らないので、適当に入った喫茶店でお茶を飲みながら、店主にメジャーなところを聞き出した。
「うわぁ、綺麗なケーキですね」
ヒルデは、綺麗にデコレーションされたケーキを目を輝かせながら食べている。
そういうところは、年相応の女の子で可愛いものだ。
「私もいただこうかな」
私も前世からお酒よりも甘い物が好きなので、ヒルデと一緒に楽しむ。
ラウンデルは甘い物が苦手だそうで、お茶だけを飲んでいた。
喫茶店の店主から王都の観光情報を聞き出し、お茶とケーキをすべて平らげてから、私たちはお店を出て最初の観光スポットへと向かう。
「大きな教会ですね」
「さすがは、国教会の本部だな」
グラック領の教会と比べるのもおこがましいか。
意外にも一般人も無料で聖堂に入れ、巨大なステンドグラスや、神の像を見て過ごした。
私も一応信者らしいが、残念ながら宗教に関してはドライな元日系人。
あまり実感はない。
「次は、有名な市場か」
続けて、王都中央の大通りで開催されている市を見学した。
「串焼き美味そうだな。買おう」
「いいですね。若様」
うちは郷士とあって、『貴族が、そんなわけのわからないものを食べてはいけません!』とラウンデルは言わなかった。
香辛料が入ったタレを漬けて焼いた魔物の肉で、というかこれはキラーボアの肉だな。
よく食べるのですぐにわかった。
「ヒルデは食べないのか? そうか、女の子だから果物とかの方がいいか」
カットフルーツを、魔法で作った氷で冷やして売っていたので、それも買ってヒルデに勧めた。
「よろしいのですか?」
「私の小遣いだから、遠慮しないでくれ」
実は私は小遣い制なのだが、倒した魔物の量や種類によっては増額もあり、なによりグラック領にいるとお金を使わないため、ラウンデルとヒルデに奢るくらい余裕でできた。
「ヒルデ、若様のご厚意なのだ。遠慮する方が失礼だぞ」
「わかりました。甘くて冷たくて美味しいです」
やっぱり、女の子は甘い物が好きなんだな。
他にも、何ヵ所か名所を見て回り、夕方にラウンデルの希望に応えてお土産を購入。
私は、家族とバルクの分を購入した。
元パイロットとしては、命を預ける整備士に気を使うのは基本である。
これはもう職業病だな。
以前、整備士をケチョンケチョンに貶し、苛めていた同僚のパイロットが、惑星下で高高度飛行中に機体が大爆発を起こして殉職した。
原因は、機体が木っ端みじんになったのでわからなかったけど、整備士を敵に回すものではないと、みんなで話したものだ。
「宿ですが、これは旦那様から紹介されたところを取りますし、代金は旦那様から貰っております」
「じゃあ、夕食は豪華に行くか」
宿泊費も私が出す予定だったのだが、父が出してくれるとなれば、夕食は豪華に行こう。
高級レストランに予約を取り、その日の夕食は非常に豪華なものとなった。
「美味しいですね、若様」
「これは役得ですな」
ヒルデもラウンデルもよくやってくれているからな。
ちゃんとお礼をして、良好な人間関係を構築する。
人生を安寧に生きる一番大切なコツってやつだ。
豪華な食事を終えると、予約をした宿に戻る。
超豪華とは言わないが、郷士ならこのくらいかなと思うくらいのホテルで、部屋は一人一人別に取ってあった。
「王都も都会で楽しいけど、私はグラック領でも楽しいから、ここに住む必要はないか」
王都には定期的に行けるから、普段は田舎暮らしでもまったく問題はない。
そんなことを思いながら、私はベッドで就寝するのであった。