第百三十二話 マルコとネネ
「マルコ様、示威行動……じゃなかった。王都上空で編隊飛行の訓練をしていた全機の収容が終わりました」
「ご苦労様、ネネさん。サクラメント王国の王都って初めて見たけど、かなり大きな都市なんだね。ゾフ王国の王都には負けてるけど」
「ラーベ王国の王都よりは遥に大きいから、さすがは元大国ですね」
「マルコ様、ネネ様。グラック伯爵家艦隊ですが、他の艦隊に遅れることなく順調に進んでいます」
「それはよかった。リンダ義姉さんの薔薇の艦隊もそうだけど、初めての大遠征で大丈夫かなって心配だったんだ」
「マルコ様はまだ成人していないので、今は我々に任せてどっしりと構えていてください」
「どうせラーベ王国に到着したら戦うことになるし、今は定時の訓練以外はゆっくりしているよ。艦隊の指揮はアスワンに任せるから」
「お任せあれ」
兄様が指揮する『旧ラーベ王国領奪還艦隊』の中に、父がグラック伯爵領から人を集めて編成したグラック伯爵家の艦隊も参加していた。
まだ未成年の僕は学園に通いつつ、将来は兄様を守る近衛騎士団……リリー様の近衛騎士団と合わせて二つ目のものだ……を率いることになっている。
僕は伯爵家になったグラック家とその領地も継ぐので、頑張って兄様を支えられるようにならないと。
そんな僕に兄様は副官をつけてくれて、ネネはバランス感覚に優れた凄腕の操者で兄様がその実力を見出した。
彼女は年上で操者としても優れているから、僕はとても助かっている。
艦隊の指揮は、副司令兼旗艦艦長のアスワンに一任していた。
彼はグラック家生え抜きの家臣で、その才能を見出されてこの任に当たっていた。
他にも、父が選んだ家臣やその子弟が多数この艦隊に着任しており、将来のグラック伯爵領を支える人材に育ってくれるはずだ。
とはいえ、グラック家の家臣とその子弟、子女には一人も操者がいない。
そのため、ゾフ王国貴族の子弟、子女で魔晶機人改を動かせる操者が多数、一時的にこのグラック伯爵家艦隊に所属していた。
キャリアーの艦長も同様で、グラック伯爵家の者たちの大半が船員、整備士、兵士、エア・トランスポートの操者として働いている。
グラック家は元は郷士であり、そこが最大の弱点というわけだ。
だから次期グラック伯爵となる僕は、新たに受け入れた操者たちと積極的にコミュニケーションを図る必要があった。
できればラーベ王国解放後も、グラック伯爵家艦隊に所属してもらうために。
そして正式に、グラック伯爵家の家臣になってもらうために。
さらにグラック家家臣の子女と結婚してもらい、グラック家所属の操者を増やさなければいけないのだから。
頼りになる兄様お付きだったラウンデルは、エア・トランスポート部隊の隊長として引き抜かれてしまったので、彼の抜けた穴を急ぎ埋める必要もあった。
「ネネ、疲れたでしょう。お茶の時間にしようか?」
これから、この艦隊に配属された操者たちと仲よくなるためにお茶会を開く予定だった。
男性操者には、この艦隊で働いているグラック家家臣の娘たちを紹介。
上手く結婚してくれたらいいのだけど。
そして僕は、女性操者たちに今後ずっとこの艦隊で働いてもらえるよう、上手くご機嫌を取る必要があった。
でも不安なので、ネネにも助けてほしかったのだ。
「ええと……そのぅ。ボクは他にやらないといけない仕事があるので」
「仕事? そうなんだ……」
僕だけで、大勢の女性操者のお姉さんたちとお茶をするの?
凄く不安なんだけど……。
「ええ。それに今回初めてグラック伯爵家艦隊に参加している女性操者たちですが、みんなマルコ様とお話ししたいのであって、ボクがいてもって感じです。将来マルコ様がこの艦隊を指揮する時にも所属してもらえるように、今から仲良くしておいた方がいいですよ」
「……そうだね。ネネさんの言うとおりだ。でも、ネネさんも参加すれば……」
「ボクはいつでも参加できるので、本当に今日は初めての方々を優先した方がいいですよ。じゃあ、ボクは新装備の試験の打ち合わせがあるので」
「あっ……」
ネネさんは足早に、ブリッジから出て行ってしまった。
「ネネさんも一緒に顔合わせをした方がいいと思うんだけど……」
「……そのうち機会もあるでしょう。それにネネ様と他の操者たちは、訓練や整備時に顔合わせもしていますから」
「それもそうだね」
僕が今やらないといけないのは、旧ラーベ王国領に到着するまでにこの艦隊に所属している操者たちを全員把握し、いつ僕自身が指揮を執ることになっても困らないようにしておくことだ。
さらに、グラック伯爵家に所属する操者を婚姻で増やすため、僕が仲人のように動く必要もあった。
「(それを、未成年で未婚の僕がやらないといけないのが辛いけど、グラック伯爵家にとって大切な仕事だから)」
グラック家がサクラメント王国の郷士だった時、どうして兄様が戦功をあげても陞爵しなかったのか。
今になってよくわかった。
上級貴族になると魔晶機人を組み込んだ諸侯軍を編成する必要があったが、郷士では必要な操者を集められないからだ。
三代功績を上げ続ければ陞爵という慣習には、そんな事情も存在したということか。
その間に操者を増やしておけと。
でもグラック家は急ぎ戦力を集める必要があったから、たとえ他の貴族家出身の操者でも雇う必要があった。
同時に、彼らをグラック伯爵家に正式に仕官させるため、婚姻まで進める必要があった。
「(そして僕も……)」
女性操者、それも複数と結婚して生まれた子供を操者とする必要があった。
グラック伯爵家は将来、王族として公爵になる予定なのだから。
「ネネさんと僕はいつも学園で一緒だから、今回は仕方がないか。それにしても結婚かぁ……」
「将来は、マルコ様も女性操者を娶って子供を作り、グラック家が陛下を支えられるようにしませんと」
「そうだよね」
それはわかっているんだけど、それならネネさんが僕の奥さんになっても問題ないのでは?
それなのにネネさんが僕の誘いを断ったのって……。
「実はネネさんって、将来は兄様に嫁ぐ予定なのかな?」
兄様はゾフ王だから奥さんの数が多くて当然だけど、ネネさんが兄様に嫁ぐことを考えるとモヤモヤする。
あっでも。
ネネさんは騎士の娘だし、兄様はネネさんを僕の副官にした。
「(グラック家は元々郷士家だから、騎士爵家の娘であるネネさんが僕の奥さんでも問題ないよね?)」
僕とネネさんが結婚式を挙げる光景を想像したら顔が熱くなってきた。
「マルコ様、熱でもあるのですか? 顔が赤いですよ。それならお休みになられた方が……」
「熱もないし、体調も万全だから!」
慌ててアスワンの発言を否定する僕。
今日は仕方がないけど、明日はネネさんと一緒にお茶の時間を楽しめるといいな。
※※※※
「えっ? マルコとネネが? 実に甘酸っぱいお話だな」
『ネネ様はご遠慮なされているというか、マルコ様よりかなり年上です。ええと確か……』
「ネネはマルコの四歳上だな。それにグラック家の家臣ではない。自分がマルコの妻になれるとは思っていないし、ネネからしたらマルコは弟みたいな存在なのかもしれない。それに、グラック伯爵家艦隊は寄せ集めだ。父としては、正妻は無理でも側室を何人か、艦隊に参加している女性操者たちの中から選んでほしいのだろう」
『さすがは陛下、お館様の考えをよくご存じで』
「グラック伯爵家艦隊に参加している女性操者たちからしたら、いつもマルコの傍にいるネネは邪魔だろうからね。ネネもそれに気がついていて、お茶会を遠慮したんだろうな」
『マルコ様はガッカリしておられました。陛下の弟であるがゆえに、マルコ様を狙う女性が多くて大変ですよ』
「マルコは女性にモテるからな。特に年上の女性に」
今は女の子に間違われることも多い美少年だが、将来は確実にイケメンに成長するだろう。
それでいて文武両道で、操者としての才能もあるのだから。
そして次期グラック伯爵であり、将来のゾフ王国近衛騎士団長なのだから。
マルコが婚活したら、お見合いの依頼が殺到しそうだ。
マルコの代わりに艦隊の指揮を任せているアスワンは、ネネとマルコが結婚しても全然問題ないと思っているというか、昔からマルコの傍にいる生粋の忠臣だから彼の意思を尊重したいらしく、私に相談してきたようだ。
『どうしたものかと……』
「そこは、マルコ殿が自分の意思を強く貫けるかどうかです」
今は総旗艦『ゾフ』でラーベ王国を目指して進撃中だったが、艦内に作られた王専用の私室に私の婚約者全員が集まり、アスワンからの報告を嬉し恥ずかしそうに聞いていた。
そういうところは、年頃の女の子そのものだな。
アリスは、マルコの意思次第だと断言した。
「グラック伯爵家……将来は公爵家になるが、初代なのです。マルコ殿が『ネネを妻にする!』と言えば済む話です。私は初めて会った時から、陛下の妻になると固く決めていましたから」
「確かにアリスの言うとおりじゃな。それにマルコとネネ、見た目の年齢はそんなに変わらぬのでは? 妾は最初、エルオールを優れた操者だから傍に置きたいと願っておったが、徐々にそのぉ……」
リリーもどういうわけか、私との馴れ初めを話しながら顔を赤くさせていた。
それはそれとして、確かにマルコとネネに年齢差を感じない。
ネネがかなりの童顔で、最初は私も彼女が自分の年上だと聞いて驚いたくらいなのだから。
マルコは年相応って感じかな。
「女性の方が長生きなので、少しくらい年上でも問題ない……と、エルオールさんよりも年上の私は言っておきたいですわ。そして本人の意思が重要なのは同じ考えです。学園に入学した時から、私はエルオールさんの妻になりたいと願っていましたから」
「私とケイトはねぇ……。結局は本人次第なのよ。私はエルオールに助けてもらって、その時からずっとエルオールの奥さんになるんだって思ってたから」
「整備士と操者は一心一体。エルオール様は整備士としての私を信じてくださいました。だから一生、お傍を離れないと誓ったのです」
ケイト、リンダ、ヒルデも。
マルコとネネが結婚するのかって話のはずが、なぜか私の話を……。
ガールズトークが盛り上がり、通信機越しのアスワンがなんとも言えない表情を浮かべていた。
すまん、アスワン。
私の婚約者たちなので、仲がいいに越したことはないから我慢してくれ。
「私としては、マルコとネネが結婚しても問題ないと思っている。あとは、マルコが度胸を見せるだけだ。マルコは出来る子だからそこは心配していないんだけど……」
『他に、なにか懸念があるのでしょうか?』
「ネネの意思だよ。ネネ自身はどう考えているのかだ」
私としては、本人同士が望むのならマルコとネネが結婚してもなんら問題ないというか、心から祝福するつもりだ。
色々あって今は伯爵家になったグラック家だけど、元は郷士だ。
家柄云々言う話が出たら、『グラック家は元郷士、ネネの実家は騎士爵家だから同じようなものだ』と言ってやるつもりだ。
それに今のところ、マルコを政略結婚させてもなぁ……というのもあった。
元グレゴリー王にしてサンデル公爵曰く、『今のグラック家は、急拡大したせいで脆い。下手に家柄のいい旧サクラメント王国貴族やゾフ王国貴族の娘を正妻として受け入れると、妻付きの家臣たちによってグラック家の実権を奪われてしまう可能性が高い。政略結婚はマルコの子供の代からの方がいいぞ』だそうだ。
さらに、『政略結婚はゾフ王の仕事だからな』とも言われしまって、ちょっとそれは勘弁してほしいなとも思ってしまったのだが。
「今はラーベ王国奪還が最優先だから、あとでネネに聞いてみるよ」
マルコと結婚する気はあるのかと。
私は現代人なので、ネネにその意思がなかったら無理に二人を結婚させるつもりはなかった。
『よろしくお願いします、陛下』
「で、マルコは元気かな?」
マルコは私の可愛い弟であるし、このところ直接会う機会が少ないので、つい気になってしまうのだ。
『ええと……。艦隊に受け入れた女性操者たちにもの凄く人気がありまして……』
「だよねぇ……」
美少女に間違えられることも少なくないマルコは、女性、それも年上の女性たちに大人気だった。
だから今頃マルコは、大勢の女性操者たちに囲まれているのだろうなと思ったが、やはり当たっていたか。
操者が少ないグラック伯爵家は、急ぎ操者を揃える必要がある。
大変だと思うが、マルコには頑張ってほしいと思う。
ラーベ王国奪還時に、グラック伯爵家艦隊がちゃんと活躍できるように。




