第百三十一話 薔薇の艦隊
『サクラメント王国の貴族、臣民たちよ! 現在この世界は、そこに暮らす者たちは、滅亡の危機に瀕している! 異邦者によって多くの人が殺され、町と農地が破壊され、土地が奪われた。我ら人間は一致団結して異邦者を殲滅しなければならない! 残念なことに、異邦者との話し合いは不可能だろう。どちらかが滅ぶまで戦うしかないのだ! そんな時に、やれサクラメント王国だ、ゾフ王国だ、ラーベ王国だと、人間がバラバラに戦って勝てるものではない! 実際我々人間は、数ヵ月前にラーベ王国をくだらぬ内輪揉めで失陥した。同じミスを二度も繰り返せるほど我々に余裕はない。そこで断腸の思いながら、私、グレゴリー・アストン・サクラメントは、サクラメント王国の領地をゾフ王国に譲渡することにした。私はサンデル公爵となってゾフ王陛下を支え、彼と共に異邦者の殲滅に力を入れる。これも我々人間が異邦者に滅ぼされないためだ。受け入れてほしい』
「受け入れられるか!」
「歴史と伝統のあるサクラメント王国がなくなるなど、決して容認できん!」
「ろくに魔晶機人も動かせぬグレゴリーが王になどなるからだ!」
「愚王が! 必ずやサクラメント王家の血を引く者を探し出し、その方を王としてサクラメント王国を取り戻す……なっ! なんだ?」
急遽、王都に滞在中の貴族は全員心して聞くように命令がくだり、屋敷に置かれた魔法通信機から流れてきたグレゴリー王の話した内容に彼らは衝撃を受けた。
なんとサクラメント王国がゾフ王国に併合され、国名すらなくなるというのだ。
その理由は、急ぎ異邦者に対抗できる大国を作り上げるためだそうだが……。
「言い分は理解できるが、なぜゾフ王国をサクラメント王国が併合せぬのだ!」
「サクラメント王国は、歴史ある魔晶機人大国だというのに……」
確かに最近は失態も多かったが、それでもサクラメント王国は大国で、国際社会でも知名度があるのだから。
「確かにゾフ王は凄腕の操者で戦果もすさまじいが、元はサクラメント王国貴族だ」
「リリー様を女王として、その王配になればいいではないか!」
「こんなことは許されない!」
「我らサクラメント王国を愛する貴族たちがみんなで抗議をすれば、愚かなグレゴリーも考えを改めるはずだ!」
「機体を用意しろ! それに搭乗して、王城に抗議に行くのだ」
「それがいい! 急ぎ魔晶機人の用意を……なんだ?」
サクラメント王国がゾフ王国に併合されるなど、決して許されることではない。
心ある貴族全員で魔晶機人に搭乗し、王城に抗議しに行こうと意見が一致したその瞬間、空が暗くなった。
今はまだ朝なので、日が暮れるわけがない。
何事かと上空を見上げると、なんと王都の上空に数えきれない数の飛行パック装備の魔晶機人とキャリアーが悠々と移動中であった。
「なんて数だ!」
しかも、ただ数が多いわけではない。
普段、マジッククリスタルの費用を気にしてあまり訓練もできていない我々と違って、キッチリと編隊を組んでいたのだから。
「サクラメント王国がゾフ王国に併合されることに反抗的な、我々に対する脅しか?」
「だろうな」
王都上空を移動している戦力は非常に多く、もし我々が魔晶機人に乗ってグレゴリー王に抗議に行けば、確実に鎮圧されてしまうということか……。
「先手を打たれた……」
どうすれば……。
みんなでお互いを見ながら様子を伺っていたら、端にいた貴族……確か、アンテン男爵だったか?……が語り始めた。
「ゾフ王国の魔晶機人改、魔晶機神改は非常に高性能で、さらに新型も量産が始まったらしい。あのすべて同じ形状の機体がそうだ」
ゾフ王国軍とグレゴリーに協力的なサクラメント王国軍に優先配備されており、我々がどうにか手に入れようと苦心している魔晶機人改が飛行パーツを装着して編隊で飛行しているが、普通に考えたらこんな場所でキャリアーから出撃して編隊飛行をするわけがない。
「上空の艦隊は、我々のような者たちをけん制しているのか……」
「他にも、ほら見えてきた」
いったい何機あるのか。
見事な編隊を組みながら、高速で飛行する謎の三角形まで現れた。
もう私を含めた貴族たちに、王城まで抗議に行く気力は消え失せていた。
「あの機体は、エア・トランスポートというらしい。魔晶機人改を載せて遠方まで運び、威力の高い武器を装備しているから、兵士クラスの異邦者を落とすことができるとか。キャリアーも多いな」
確かに、これだけの魔晶機人改とエア・トランスポートとやらを搭載できる隻数なので、王都上空を飛ぶキャリアーの数も多かった。
一番隻数の多い小型艦は数えきれず、小型艦を数隻率いる中型艦の数も多い。
そして、その中型艦が小型艦に見えるほどの巨大なキャリアーを、王城の上空で確認することができた。
「「「「「「「「「「なんて大きさだ!」」」」」」」」」」
「噂によると、ゾフ王国で新規に建造されていたらしい。ゾフ王国の総旗艦『ゾフ』。魔晶機人改とエア・トランスポートの搭載機数が多いだけでなく、艦自体の武装も充実しているそうだ。さらにゾフ王国では、魔法通信よりも遠距離で通信できる通信機の量産も進んでいて、それも徐々に装備されつつあるとか」
「……」
長らく王都を失い彷徨っていた流浪の小国だと思っていたら、すでにゾフ王国はサクラメント王国を上回る技術力と戦力を手に入れていたのか……。
「サクラメント王国だろうとゾフ王国だろうと、異邦者を殲滅できなければ、我々人間は滅びの道を歩まなければならない。これからは心機一転ゾフ王国貴族として働き、戦果をあげて出世を目指すしかない」
「「「「「「「「「「……かもしれないな……」」」」」」」」」」
「あの大戦力は、異邦者に奪われたラーベ王国を奪還するために集結したって話を聞く。我々が騒ぎを起こして邪魔するのは問題だろうな」
もはや、サクラメント王国の消滅は避けられないのか……。
どう考えても、我々があの大戦力に勝てるとは思えない。
悔しいが、今は耐えてゾフ王国貴族として力を蓄えるしかない。
※※※※
「ふう……。どうにか納得してもらえたか。さて、次の不満のある貴族たちが集まっている屋敷はと……」
サクラメント王国はその存在意義を失った。
過去に滅んだ国のように、王族や主な貴族が皆殺しにされたわけでもなく、ゾフ王国貴族として生きていけるのだから、悪いことではないはず。
なんならこれからは、乱世の時代だ。
活躍次第で今以上に出世できるのだから、早く見切りをつけてゾフ王国のために働けばいい。
グレゴリー陛下と彼の腹心であるアミン子爵はとっくにそうすると決めているのに、いまだに往生際の悪いサクラメント王国貴族が多くて困る。
そこでこの私、アンテン男爵がひと肌脱ぐことにしたのだ。
とはいえ、私の操者としての腕前は微妙どころか下手クソで、戦では使い物にならない。
そこで、グレゴリー陛下によるサクラメント王国がゾフ王国に併合されるという宣言を聞き、暴発しそうなサクラメント王国貴族たちを宥めることにした。
これなら私の口先一つでできるし、私は元々外交畑の人間である。
大国となったゾフ王国の欠点は外交だ。
ゾフ王国は王都を失ってから長らく、南方辺境で国を維持するので精一杯であり、まったく他国と外交をしていなかったからだ。
グレゴリー陛下とアミン子爵、そして私は、ゾフ王国で一番人手が足りない内政、外交畑で活躍することができる。
随分と自信家に聞こえるかもしれないが、その証明のために私は今、こうやって王都でゾフ王国やグレゴリー陛下に不満を述べている貴族たちを説得して回っていた。
自国の貴族すら説得できない者が、外交官として他国を説得できるわけがないのだから。
「上空の戦力があれば、もし反抗するサクラメント王国貴族がいても容易に鎮圧は可能だろう」
ゾフ王国はそれを見越して、わざわざグレゴリー陛下の宣言に合わせてラーベ王国領制圧に向かう艦隊の進路を王都上空とし、搭載している魔晶機人改やエア・トランスポートを編隊飛行させてその力を誇示しているのだから。
「ゾフ王国もグレゴリー陛下も反乱鎮圧は織り込み済みではあるが、もし反乱が起こらなければ……」
無駄な時間、物資、経費、なんなら戦力の損害ゼロで、ラーベ王国奪還に向かえる。
「敵を撃破したわけではないが、これも功績だ。はたして、グレゴリー陛下とゾフ王陛下は気がついてくれるかな?」
もしそれに気がつかないような方なら、今は我慢してゾフ王国貴族として静かに過ごし、機会を見て他国に仕官してもいい。
なんてったって今は乱世であり、幸いにも私は法衣貴族で領地を持たないのだから。
「みんなは異邦者しか見ていないが、今は国同士も乱世なんだ」
どの国もまずは異邦者を追い出すことを優先するが、異邦者が滅んだ世界で自分の国が優位に立てるように動き出している。
拡張路線で新しい人手は必要であり、能力があれば他国で、子爵、伯爵、なんなら侯爵だって狙えるのだから。
そんなことを考えながら次の貴族の屋敷に向かっていると、突然後ろから声をかけられた。
「アンテン男爵、ご苦労様です。ミルトン伯爵の屋敷での説得が終わったら、次はジーク侯爵の屋敷をお願いします。それにしても、サクラメント王国がゾフ王国に併合されることに不満を感じている貴族をよく調べていますね」
「ええ、趣味ですから」
まさか、噂していたアミン子爵から声をかけられるなんて……。
心臓が止まるかと思った。
「趣味ですか。趣味を仕事に生かせるのはいいですね。グレゴリー陛下がサンデル公爵になったら、ゾフ王国の内政と外交の仕事が死ぬほどあります。とにかくこっちは人手不足なので、軍人よりも競争率が低くていいですよ」
今は戦時で、操者が優先になるのも仕方がない。
私が操者になっても大した活躍はできないので、こっちの道を進むしかないのだから。
「ゾフ王陛下は優れた操者です。出世も軍人優先かもしれませんよ」
「そんな方でしたら、これほどの戦力を揃えて王都上空を飛行させませんよ。反抗したサクラメント王国貴族たちを、ただ強引に鎮圧するだけです」
「それもそうですね」
サクラメント王国では爵位の高い貴族が優先で私に出番はなかったが、これからは忙しくなりそうだ。
今のうちにアミン子爵とグレゴリー陛下にアピールしておかないと。
※※※※
「リンダ様、いかがですか?」
「魔晶機人改とエア・トランスポート部隊はちゃんと編隊を組んで飛行できているから、最低限のハードルはクリアできたってところね」
「『薔薇の艦隊』は、今後も続々と増強予定です。隊員も広く集めています」
「私は父の指示で、フィーレ伯爵家に近しい者たちで艦隊を編成していたはずなのに……」
「女性だけの艦隊になってしまいましたね。陛下の命令なので仕方ありませんよ」
久々にサクラメント王国の王都にやってきたけど、今となってはゾフ王国の王都の方が賑わっているわね。
ゾフ王国の王都は今後も拡張し続けるし、開放された土地が増えたので、有事の際に政府機能を移転する副都やいくつもの土地や町の建設も進んでいるというのもあった。
それでもサクラメント王国の王都は世界の国々でも有数の大きさで、その上空を自分の艦隊で飛んでいると観光気分も味わえるというか。
「でも、この薔薇の艦隊って名称はどうにかならなかったのかしら?」
「陛下が、女性だけの艦隊だから華やかな名前がいいのではないかとおっしゃって命名したんですけど、確かにちょっとネーミングセンスが……」
「だよねぇ……」
私は操者として出撃することが多いので、実際の指揮を任せる艦隊副司令兼旗艦艦長であるテイジーは今年で二十六歳。
二人の子持ちで、ゾフ王国のミューラ男爵の奥さんでもあった。
十分に魔晶機人改を動かせる魔力を持っていたけど操者の適性はナシと判断され、キャリアーの艦長として学園に通っている。
エルオールが結婚と出産で家庭に入った女性操者の活用を宣言したのはいいけど、夫や実家から軍内で男女が一緒に行動すると色々と心配だという意見が出てしまい、それにエルオールが『女性だけの艦隊、部隊、基地にすればいい』という答えを出した。
そしてフィーレ伯爵である父に命じ、この艦隊は女性だけの薔薇の艦隊となったわけだ。
戦力化は順調で、今もこうして王都上空に艦隊と魔晶機人改とエア・トランスポート部隊を飛ばせているから、必要最低限の練度はあるはず。
女性隊員からも、『男性が一人もいないので、婚約者や夫から浮気を疑われずに済むからいい』と評判で、エルオールもよく考えるなって思ったけど、命名センスは隊員にも評判がよくなかった。
「女性だけにすれば、すべての問題が解決するわけじゃないですけどね」
「そこは気を付けましょう」
女性だけの艦隊だから興味があるのか。
男性軍人が、夜に艦内に忍び込もうとして懲罰房に入れられたり、確かに男性軍人との浮気の可能性は低いけど、女性隊員同士が怪しい雰囲気になっていたりと。
子爵家の三女がゾフ王の側室で、大きな艦隊の指揮を一つ任されているので世間では羨ましいと思われているけど、それなりに苦労はあった。
私としては、操者として前線で戦っていた方が楽なのだから。
「さらば、祖国サクラメント王国よ。別に滅ぶわけじゃないけど」
「どうやら大きな騒乱は起こらなかったようですね」
グレゴリー陛下の宣言に合わせて、エルオールが指揮する大艦隊が王都上空を通るようにしたのは、サクラメント王国消滅に反対する貴族たちが暴れだしたら、ついでに鎮圧する予定だったからだ。
私たちは旧ラーベ王国領に向けて進撃しているので、行くついでにという計画だったけど、余計な時間と物資、経費を使わずに済んでよかった。
「あとは、ラーベ王国領で実際に異邦者と戦ってみれば、この艦隊の本当の実力がわかるってことね」
「リンダ様、補給ルートの構築には成功しているので、可能な限り訓練を続けながらラーベ王国に向かう予定です」
「ギリギリまで訓練したいものね」
最低限の練度はあるつもりだけど、急ぎ集めた戦力だから不安はある。
以前ならマジッククリスタルの消費量が増えるので、行軍に使う分の確保が精一杯でその最中に訓練なんてできなかった。
これも、エルオールとフィオナ、アリスが協力して補給体制をしっかりと整えたからだ。
「陛下は優れた操者だけでなく、為政者、軍政家でもあるんですね」
「そうね」
昔から、自分は郷士程度がお似合い。
ただ魔晶機人の操縦が少し上手いだけと謙遜していたけど、今ではゾフ王国の王様になっていて、アリスも自分の理解者ができて嬉しそうだし。
「(私もエルオールの妻になるのだから、アリスたちのように彼を支えていかなければ)」
この女性だけの艦隊で大活躍……とまではいかなくても、ちゃんと戦力として貢献できるようにしないと。




