第百二十九話 総力戦体制の構築
『妾もだいぶ腕を上げた! 今日こそエルオールに一矢報いるのだ!』
『姫様、まだ陛下には勝てないってことは理解できているんですね』
『姫様は大人になりました』
『ライム、ユズハ。聞こえているぞ!』
私たちがラーベ王国から帰還して二ヵ月が過ぎた。
その間にもゾフ王国は、国力と戦力の増強を続けていた。
人手に関しては、他国では養えないと受け入れを拒否された難民が多数いたので、彼らを受け入れることでその問題に対応している。
ただ、この世界は多くの国が乱立しており、当然難民の中には他国のスパイも混じっていた。
自国に異邦者の脅威が迫っているのに、他国をスパイする余裕があるのかと思われる人も多いだろうが、たとえ苦しくても国というのはそういう活動をやめない。
根本のところで自分の国が滅ぼされるわけがないと思っているから、戦後を見越して動いてるわけだ。
異邦者がいなくなれば、次の敵は隣国……そして、この非常事態に順調に領土、国力、戦力を増しているゾフ王国であった。
ゾフ王国は国土の開発、戦力増強、対異邦者対策を優先しているから、防諜対策は弱いと思われている。
実際対策には限界があるので、重要箇所の防諜に力を割いているから、各所に他国のスパイは多いはず。
まさか、一人一人スパイかどうか調べるわけにもいかず、スパイでもなんでも働いてくれればオーケーという方針で難民を受け入れていた。
スパイといっても、大半は自分たちが生活する範囲で得た情報を他国に流すだけだ。
アマギに忍び込んで情報を盗むレベルのスパイなど滅多にいないし、そこはフィオナが徹底的に防諜対策を取っている。
なにより今は、国力と戦力の増強が最優先だった。
いくら情報が大切とはいえ、ゾフ王国の戦力が知れたところで自分の国の戦力を増やさなければ異邦者に殺されるのだから。
『いくぞ! エルオール!』
「どうぞ(まあ、リリーはスパイなんて器用な真似はできないだろうけど……)」
それに、今サクラメント王国の王であるグレゴリー王は、サクラメント王国をゾフ王国に吸収合併させようと奮闘している。
以前は時間をかけるつもりだったそうだが、計画を変えて急いでいた。
そんな時に、こっちにスパイを送り込む余裕ないはずだ。
もちろん念のため、監視は続けているけど。
それは親しき仲にもって感じだが、リリーはその手の仕事にまったく向かない。
基本的にスパイの類は、目立たない地味な人に任せるのが常識だが、リリーはとにかく目立つ。
兄と違って統治は苦手だが、女王となるのに相応しいカリスマを持つ人物なのだから。
『しかし、そんなに急いで大丈夫なんですか?』
『急ごうと、遅らせようと、貴族たちの反動が大きいのは同じだからな。それに、少し風向きが変わった』
『風向きが変わった?』
『ラーベ王国の末路を見たからだろう。魔晶機人大国であるサクラメント王国を打ち負かしたゾフ王国が援軍に入り、新しい武器まで供与したのに、くだらない後継者争いで国を滅ぼした。同じ立場なら、歴史あるサクラメント王国が誇らしい無能共も同じことをやらかしたはずだが、第三者的な視線で見ると冷静に考えられるらしい』
『はあ……』
『結局のところ、サクラメント王国の貴族だろうが、ゾフ王国の貴族だろうが同じ貴族だ。下手にサクラメント王国に拘って異邦者に滅ぼされるのは嫌だってことさ。だから、ゾフ王が思っているほどゾフ王国に否定的な貴族はいない。もちろん、考えを変えない者も一定数いるがな。そして一番の理由は、ゾフ王国貴族になる方が利益も大きいからだ』
少ない魔力で、広範囲に長時間効果を発揮する新型水晶柱。
魔晶機人改、キャリアー、57ミリ銃などの新型火器、その技術を用いた乗り物、農業機具、重機などなど。
サクラメント王国貴族だと入手に制限が大きいが、ゾフ王国貴族なら簡単に手に入るようになる。
『伝統あるサクラメント王国が大好きな連中の多くが、父と運命を共にしたというのもある。それと……』
紆余曲折あって、サクラメント王国は実質ゾフ王国の属国のような扱いになった。
その影響でサクラメント王国の貴族たちは、世界中が異邦者のせいで混乱し、領地や国力を減らしているなか、唯一国を発展させているゾフ王国を羨ましいと思ったらしい。
『父のせいで併合せざるを得なかった、リーアス王国の貴族たちなどは特にそうだ。彼らは、ゾフ王国に鞍替えを検討している連中ばかりだ』
サクラメント王国の先代王が滅ぼしてしまったリーアス王国の領地と貴族たちは、戦後サクラメント王国に併合されてしまった。
その際、異邦者に襲撃された王都を守るため、ゾフ王国の助けを借りてしまい、そのお礼として南部の領地を譲ってしまったからだ。
国土が減ったサクラメント王国は、その代わりにリーアス王国を併合するしかなかった。
無謀な戦争だったが、わかりやすい戦果がなければ国が崩壊する危険があったからだ。
だけどそのせいで旧リーアス王国貴族たちは、ゾフ王国の属国であるサクラメント王国のさらに下という、極めて低い立場に置かれてしまった。
『それなら心機一転、ゾフ王国貴族になった方がいいと考えたのだろう。ゾフ王国はまだまだ大きくなる。今のうちにゾフ王国貴族になって功績を挙げておけば、出世もできると考えたわけだ』
『はぁ……』
『ゾフ王、彼らを受け入れてくれ』
『いいんですか?』
そんなことをしたら、ますますサクラメント王国の支持が落ちてしまうと思うのだけど……。
グレゴリー王は、他の王ならとっくに国を崩壊させていたであろうなか、その政治手腕を駆使してなんとかサクラメント王国を維持しているのだから。
『サクラメント王国が落ちぶれた方が、まだいるわからず屋たちも諦めもつくさ。俺は……。適当に貴族にでも任じてもらって、そこそこの役職をくれればいい』
『世間はあなたを悪く言いますよ。国を滅ぼした愚王だと』
『言いたい奴には、好きなだけ言わせてやればいいさ。それよりも、一日も早くゾフ王国を纏めて大きくするんだ。奪われた旧ラーベ王国領の奪還も急がないとな』
『ええ……』
私としては、この世界の国々が一致団結して異邦者を追い出せればいいと考えていた。
だが、そう理想どおりにはいかないらしい。
『当初、異邦者に押されっ放しだった各国や貴族領だが、徐々に態勢を立て直しつつある』
最初に奪われた領地の奪還までは至らないが、これ以上の領地の失陥を防げているところが多かった。
さらに、戦時だからだろう。
ゾフ王国ほどではないが、魔晶機人やキャリアーの改良が進んでいると報告も入っている。
戦争が技術を発展させるのは、どの世界でも同じだった。
新しい魔晶機人やキャリアー、魔法道具を地下遺跡から発掘することも盛んになっているそうだ。
『すでに、以前なら再建不可能だった破損機の再建ができるようになった国も出てきた。低出力ながら魔導炉の試作に成功した国もある。初歩的な火器と、魔力で金属弾を放つ魔銃、事前に特殊な筒に込めた魔法を放つ魔法筒なる新兵器も登場したとか』
さすがはグレゴリー王。
他国の情勢をよく調べているな。
私も、フィオナ経由で手に入れている情報だ。
『その戦力をすべて異邦者に叩きつければ問題ないが、出来の悪い創作物でもあるまいし、そんなことはあり得ない』
『でしょうね』
そうやって増やした戦力を、他国や他の貴族との争いまではいかないが、牽制に用いているところも少なくなかった。
いくら異邦者が一番の脅威とはいえ、これまで争っていた他国に対し、無防備ではいられない。
人間すべてが一致団結してなんて、私からしても出来の悪い創作物の類なのだ。
『すでに、戦後を見越しているんですね』
『全力を出さなければ異邦者に滅ぼされる瀬戸際なんだが、人間とはそんなものかもしれないな。心のどこかで大丈夫だと思っているのだろう。だったらいいがな』
『はぁ……』
『そんなわけで、なるべく早くサクラメント王国は店じまいにする。俺も、サクラメントを名乗らん』
『ええっ! 名乗らないんですか?』
『ケイト殿も、デルファイ公爵を名乗っている。下手に残すと未練が残るし、そいつを旗頭に反乱を目論む輩が集まるかもしれないからな』
『反乱については、やる奴は頼まれなくても勝手にサクラメントを名乗りそうですけどね』
『自称なら、そいつに力量がなければ人は集まらないさ。リリーも結婚前に姓を変えてもらう。サクラメント王家からではなく、俺が初代当主になるサンデル公爵家から嫁ぐことになる』
なんて話を以前にしたのだけど、やはりリリーは操者なのだと思う。
魔晶機人改部隊の指揮は執れるようになったけど、兄のように王や貴族には向かない。
いや、その神々しいまでの美しさと威厳は女王に相応しいが、彼女は信頼できる家臣にすべて任せ、自分は君臨することで力を発揮するタイプの人だった。
戦時にはかえって向かないかもしれない。
私もお飾りみたいなものだが、さすがにリリーよりは王の仕事をしているのだから。
『エルオール、これでどうだ!』
「腕を上げたな! だが!」
操者としては天才であるリリーは、日増しに腕前を上げつつある。
そのうち負けてしまいそうだが、まだ少し時間ががかりそうだ。
しばらく激しく剣で斬り合っていたが、やがて僅かな疲労感が彼女の隙を生み、私はそれを利用してリリー機の剣を弾き飛ばした。
『なっ!』
「まだまだ詰めが甘いな」
『無念……』
リリーとの鍛錬が終わり、そのあとは自然とお茶会になった。
彼女とは向かい合わせの席になり、彼女の両隣をライムとユズハが座るのが恒例となっていた。
ライムとユズハだが、グレゴリー王によるとリリーの家臣、つまりゾフ王国の陪臣になってしまうが、当主として独立させるという。
二人は女性なので本来は当主になれないが、グレゴリー王はドサクサに紛れて従来の伝統をぶっ壊していくつもりのようだ。
「グレゴリー兄がそんなことを……」
「ええっ! サクラメント王国がなくなるんですか! 私たちが陪臣ながら当主?」
「操者が足りないからね」
すでにゾフ王国では実行しているが、操者は男女比にほとんど差がないにもかかわらず、前線に出ている比率と待遇に著しい差があった。
前線ほど男性の比率が高く、女性操者は適齢期になると嫁いで、出産、育児、家事が優先という流れになるため、優れた操者でも魔晶機人に乗らなくなるケースが多かったのだ。
だが今は、優れた操者が一人でも多く必要な時だ。
そこで無理強いはしないが、本人が希望するなら結婚、出産後の女性操者を現役復帰させる制度をゾフ王国は作った。
二十四時間、三百六十五日使える保育制度は当然として、操者限定で女性当主を認めたのだ。
「女性操者が当主なら、育児、家事を合理的に下に任せられるからね」
嫁は家を守るべしという古い価値観に従うと、現状操者が足りなくなってしまうので、これを機にこれまでの常識を変えたわけだ。
「確かに、結婚、出産で引退する女性操者って多いですからね」
「ケイト様の姉たちのように、最初から操者としての訓練をしない女性もいますから」
これまでは、コストの関係で魔晶機人を普段動かさない操者が多かったという事情もあったが、どうせ女性操者は嫁ぐから、たまに動かせばいい程度の人は多かった。
だけどそれでは異邦者に対抗できないため、私は女性操者の積極的な活用を目指していたし、グレゴリー王もそれに続いたということだ。
「ですが、女性操者を前線に出して戦死してしまうと、結局新たに操者が生まれずに不足しませんか?」
「ライム、そこも考えているんだ」
今後、前線に出る女性操者の数は増えるが、多分男女半々とはならない。
だが、全操者の男女比は半々にしようという計画だ。
「それはつまり?」
「前線で戦える腕前を持つ女性操者は、リリー、ライム、ユズハなど、かなり限られている。それなら、前線でなくても操者として働けばいい」
例えば、王都郊外の工場群で生産した新しい機体を、必要に応じて防衛拠点や前線に運ぶ。
魔力は必要量に達しているが、魔晶機人改に向かないのであれば、キャリアーやエア・トランスポートを任せてもいいのだから。
キャリアーで輸送する物や人などいくらでもあるし、エア・トランスポート部隊も定期的にゾフ王国領内を飛行させて、ゾフ王国内の安全を守らせる予定であった。
今後私たちは遠征が増えるので、ゾフ王国の守りは強固にしたい。
特に、アマギと工場群が破壊されたら終わりなので、なるべく多くの防衛戦力を配置する予定だった。
「自分の領地を守るために配属され、転属がないのなら、既婚者で子供がいる女当主で女性操者も軍勤務で融通が利きやすい」
地元を守るのであれば、土地鑑も有利に働く。
それに自分の領地を守るためであれば、士気も高いはずだ。
「普段は訓練をさせたり、魔物を狩らせたり、国境を侵犯しようとする異邦者を討つ仕事もある。続けていけば誰でも練度は上がるさ」
いわゆる二級線、予備戦力というやつだ。
だが近代的な総力戦において、予備戦力の有無は戦争の勝敗を左右する。
ましてや私たちは、異邦者と全滅戦争を戦っているのだから。
「あの……。女性操者の中には、夫でもない男性軍人と一緒にというのは勘弁してほしいという人もいるはずです」
「ユズハ、それも解決できるから」
こういう古い価値観を有する世界なので、その問題が出てくることはあらかじめ予想していた。
ようは、女性部隊、女性艦隊を作ってしまえばいいのだ。
「というわけで、すでに適性がありそうな女性操者に打診して、小艦隊や部隊の編成と訓練も進めている。というわけで、ライムとユズハも女性部隊の長として魔晶機人改Ⅱの部隊を編成、訓練を始めてくれ。今後、リリーが私を守る近衛騎士団の長になると思うから、その下で働くってことだね」
リリーはサンデル公爵となる兄から家の艦隊を預かるが、その指揮は家臣任せになる。
やはりリリーは、操者でいることが一番力を発揮するのだから。
「私たちも、部隊を指揮するのですね」
「魔晶機人改Ⅱ部隊だけど」
さすがに、ライムとユズハに艦隊の指揮は無理だからだ。
「私たち頑張りますね」
「それでそのお礼として、私たちって当主になっても跡取りを産む必要があるじゃないですか」
「できたら優秀な操者のお婿さんがいいかなって……」
「できれば陛下……」
「エルオール、二人の婿は妾とグレゴリー兄が責任を持って探すから安心せい」
「ライムとユズハは、リリーの家臣だからね。そこに私が口を出せないよ」
「いつでも出してもらって問題ない……」
「ユズハ、安心せい。妾がいい婿を探してやるからの」
それにしても、王様や貴族ってのは大変だな。
家臣のお婿さんまで探さないといけないのだから。




