第十二話 ヒルデの気持ち
「若様、飛行パーツの整備と装着が終わりました」
「おおっ! 格好いいな! でも、意外と早かったな」
「実は、グラック家とキューリ家が所持している魔晶機人はほぼ同じ型だったので、調整が簡単だったのです。魔晶機人に装着する時に使うアタッチメントの改造も必要ありませんし」
「そうだったのか。しかし同じ型なのに見た目は……これは外装、鎧だから家ごとに違うのか」
「外装は、各家ごとに違うものを特注で作らせますから。中身の規格は『五メートル級』で、二つは同じものですよ」
キューリ家が所持していた魔晶機人の強化装備『飛行パーツ』は、ヒルデの手によって無事に装着された。
両家の魔晶機人は外見が違うので調整に手間がかかると思っていたら、同じ規格の機体なのでそれほど手間はかからなかったそうだ。
確かに大きさは同じ……キューリ家の魔晶機人の兜には長い角がついているが、そういえば本体は同じ高さだな。
外見の違いは、装着してる鎧兜風の外装のせいか。
「外装の鎧や、つけてある家紋は個別に作ってつけているので、別の規格の機体に見えてしまうことがあるんです」
外装の装飾は、その魔晶機人を持つ各家で各々デザインが違う。
あまり大きくしたり重たくすると機動力が落ちてしまうので限度はあるけど。
と、ヒルデが続けて説明してくれた。
「あっ、元キューリ家の機体ですけど、家紋はグラック家のものに変えておきました。あとなにか希望はありますか?」
「あの角はいらないかな」
「ですよねぇ……」
あんな長い角。
機動力が落ちるし、邪魔でしかない。
雌の興味を魅く野生動物でもあるまいし、大きく見せる必要なんてないのだから。
「わかりました。それで、若様の飛行パーツの試験ですけど」
「今すぐ始めようか」
久しぶりに、人型兵器を飛行させるので楽しみだな。
「あの……私の整備で大丈夫でしょうか?」
「大丈夫じゃないかな?」
バルクは腕のいい整備士だし、ヒルデも今は父親に経験で劣る部分があるけど、むしろ才能は父親よりもあると思うのだ。
これまでの魔晶機人の整備状況から、私はそう判断していた。
特殊部隊になってからはロボットによる整備だったけど、その前は人間の整備士が整備した機体に乗っていた。
これでも、整備士を見る目はあるつもりだ。
それがないと、危ないのだから当然だ。
「信用していただけるので?」
「勿論、これまでも不備はなかったじゃないか」
「でも、飛行パーツなので」
飛行パーツの稼働に失敗して、機体が墜落する危険を考えているのか。
「ヒルデは、これまでちゃんと機体を整備してきた。不具合など一度もない。だから大丈夫だ。自分に自信を持て」
彼女はまだ十二歳で若輩だ。
初めての装置をちゃんと整備、装着できたか、色々と不安があるのであろう。
「私は信用して搭乗しているんだ。ヒルデは気にしなくてもいい」
こういう時、女の子になにを言えばいいのかわからないのが辛いな。
とにかく私は、ヒルデに大丈夫だとアピールするため、そのまま機体に乗り込んだ。
すると、彼女も魔晶機人の操縦席に入ってきた。
「魔晶機人の操者と整備士は一蓮托生です。私も飛行試験に参加します」
そう言うと、ヒルデは事前に用意していた予備の座席を私の操縦席の隣に取りつけ、そのまま乗り込んでしまった。
「心配ないと思うが、ヒルデがそれで納得するのなら。では行くぞ」
「はい」
こういう時、魔晶機人は操縦が楽だと思う。
私がただ念じただけで、魔晶機人はそのまま上空へと飛び上がっていく。
離陸と上昇速度はなかなかのもので、あっという間にグラック村が小さくなってしまった。
「これ、限界高度とかあるのかな?」
「機体と操者次第だと聞いています。魔晶機神はより上空に行けますし、空気が薄くなったり、気温が下がるのに魔法で対応できる操者もかなり上空まで上がれますので」
「なるほど」
つまり、魔晶機人だと私の魔法の腕次第か。
魔力量は多いようなので、今、屋敷の書斎の本で勉強しているのだが、それなりに使えるようになったと思う。
魔法を使うよりも、魔晶機人に乗った方が魔物を倒しやすいので、生身で魔法を使うケースはあまりないと思うけど。
ただ、魔晶機人に乗った時、補助魔法を使えた方が性能が大幅に上がるので、こちらの方を重視した方がいいのかもしれない。
「もう少し上がってみるか……高度計がほしいな」
あと、スピード計もか。
「今、父が組み立てています」
「あったんだ」
「キューリ家が持っていました」
飛行パーツを持っていたので、高度計とスピード計も持っていて当然か。
使える人がいなくて、宝の持ち腐れだったんだろうけど。
「少し乱暴に動かしてもいいか?」
「はい」
ならばと、私はコンバットスーツで飛行していたように、実戦的な動きを試してみた。
さすがに宙返りはやらなかったが、急旋回や急上昇、急降下など、実戦さながらの動き……とはいかないので、ゆっくりとやってみた。
ヒルデも乗っているからな。
彼女は大分、Gや乗り物酔いに強いようだけど。
案外、操者としても才能があるのかも。
魔力量が多ければという条件がつくけど。
「いい感じだな」
「エルオール様の操縦の腕前は凄いです!」
「そうかな?」
「はい! 前に一度だけ魔晶機人が動いているところを見たことがありますけど、もっとノソノソ動いていましたから」
それは才能というよりも、訓練不足なんだろうなと思いつつ、美少女に操縦を褒められるのは悪くなかった。
前世では経験のないことだったからだ。
「やっぱり、飛べるって便利だな」
「そうですね」
さすがにコンバットスーツほど速くは飛べないけど、それでも車よりは速いので、移動には便利かもしれない。
しばらく飛行試験を続けてから、私は無事魔晶機人を元の場所に着地させることに成功したのであった。
※※※※
『ヒルデは、これまでちゃんと機体を整備してきた。不具合など一度もない。だから大丈夫だ。自分に自信を持て』
若様からそう言っていただいた時、私はとても嬉しかった。
優秀な整備士である父バルクに憧れ、整備士修行を続けている私は、父から『俺よりも才能があるな』と言われていた。
でも、この世界において女性の整備士はとても少ない。
縁起を担ぐ魔晶機人の操者の中には、女性整備士は縁起が悪いと言い放ち、女性が機体に触るのすら嫌がる人すらいると聞いていた。
実はキューリ家もそうで、動かせない魔晶機人なのに、うるさいほど私に機体に触れるなと言ってきたのだ。
父は他の魔法具などで修行させてくれたけど、やはり整備士となったからには、魔晶機人を整備したいと願っていた。
整備士にとって、魔晶機人の整備をできて一人前という扱いだったからだ。
そしてキューリ村が滅び、父がグラック家に引き抜かれた時。
私は、魔晶機人を整備させてもらえるか不安だった。
子供で女性の整備士だったからだ。
でもグラック家の当主である旦那様は、そういうことを気にしない人だった。
『腕がいいのなら問題ない。残念なことに私は乗れないが……』
そして、魔晶機人を動かせた嫡男のエルオール様は、私の整備の腕前を褒めてくれた。
『今はまだ父親の方が腕は上だけど、これで私は安泰だな』
こんなにも私のことを認めていただけるなんて。
そして、飛行パーツの件でもそうだ。
整備と調整が悪いと、魔晶機人が墜落して操者が死亡するケースもあるので、エルオール様は父に整備を任せると思っていた。
ところが蓋を開けてみれば、エルオール様は私に飛行パーツの整備を一任してくれた。
「(こんなにも信用していただけるなんて。整備士冥利につきます)」
エルオール様は若いのに、操者としての腕前もすでに一流の域にあった。
このまま成長すれば、どれほどの実績を残されるか。
そんなエルオール様を、私は整備士としてお助けしていこうと思う。
それとできれば、数少ないながらも女性整備士は嫁き遅れる傾向があるので、側室の一端にでも加えていただければ……。
今日から身嗜みをちゃんとしようと思う。
※※※※
「エルオール。魔晶機人での飛行に成功したと聞いたぞ。魔晶機人乗りで、飛行できる操者は少ない。私は誇りに思うぞ」
「飛行パーツが手に入ったのが僥倖でした」
「改易されたキューリ家は、飛行パーツを持っていても宝の持ち腐れだったな。さて、お前を呼んだのは、王都に行ってほしいからだ。魔晶機人で飛んでいけば、そんなに時間もかからず到着するはずだ」
「王都ですか?」
「ああ、届けてほしい書類があってな。あとは、王都を見ておくのも勉強というわけだ」
順調に飛行訓練を続けていたら、父に呼び出された。
なんでも、王都にお遣いに行ってほしいそうだ。
あとは、私の社会勉強の側面もあるらしい。
「届けてほしい書類とは?」
「キューリ家が所持していた魔晶機人と、飛行パーツの所有者変更届さ」
「所有者変更届ですか?」
そんなものが必要なのか。
私が確保した時点で、所有権が移っているものだとばかり思っていた。
「キューリ家は領地を失ってしまい、改易されてしまった。その時点で、彼らが所持していた魔晶機人の所有権は誰の物でもなくなったのだ。そして、エルオールが確保した時点で所有権は我が家に移った。それは事実なのだが、正式に書類を出しておいた方がのちのトラブルも防げるわけだ。改易されたキューリ家は王都で燻っているという話だし、なにかイチャモンをつけてくるやもしれぬ」
「そんなイチャモン、お話にならないところですが、相手をするのも面倒ですね」
無用なトラブルを避けるためか。
「我々は、キューリ地区の開発で忙しいからな。中央に登録しておけば、中央の役人というのは杓子定規に動いてくれる。うちの所有物だと正式に登録してあれば、そんな訴えは却下されて終わりだ」
「なるほど」
軍隊と同じく、手続きが必要というわけだな。
「あとは、キューリ地区と合わせてグラック村の正式な地図も提出してくれ。分担金免除をしてくれたので、差し出しておいた方が向こうも安心してくれるのさ」
領地の地図を差し出すので、王国に逆らう意図はありませんとアピールできるわけだ。
分担金免除十年をくれたので、そのくらいのサービスは必要であろう。
「やはり、騎士爵に昇爵は無理ですか」
「三代続けて功績をあげるなんて無理だからな。元騎士爵領を併合した郷士なのだ。開発に成功すれば美味しいというものだな」
騎士爵の収入で負担は郷士並でいいなんて、確かにこれは美味しい。
私のプチリッチ生活が現実のものとなるわけか。
「わかりました。確実に書類をお届けします」
「王都観光でも楽しめばいいさ」
「兄様、いいなぁ……」
私の王都行きを聞き、マルコはとても羨ましそうにしていた。
そういう顔をされるとつい一緒に連れて行きたくなるけど、私とマルコが同じ魔晶機人に乗って飛行するのは、グラック家にとってリスクしかない。
父が認めるわけがなかった。
「マルコが魔晶機人を操縦できるようになれば、今度はマルコにお遣いに行ってもらう。だから、しっかりと鍛錬してくれ」
「わかりました! 兄様」
純真なマルコの顔を見ていると、心が洗われるな。
その時は俺もマルコに同行して、王都でなにか買ってあげようかな。
「僕は、グラック家の当主である兄様を支えられるように頑張って勉強します」
「頑張ってくれよ」
父によるとマルコは頭がいいそうだから、分家の当主として統治のかなりの部分を任せられれば……。
ますます、私のプチリッチ生活が実現する日も近いな。
「お土産を買って帰るからな」
「兄様、ありがとうございます」
私は父の命を受け、魔晶機人で王都へとお遣いに行くことになった。