第百二十五話 ケイトとセーラー服
「今日も一頭でも多くの魔獣を狩り、デルファイ公爵領を広げるのです」
「ケイト様、今日は負けませんよ」
「ダートナー、猪突猛進は死を招くので危険ですよ」
「すみません」
「弾薬を気にせずに新型の銃を撃てるので気が大きくなるのはわかるが、油断すると二王女に従っていた貴族たちの二の舞いだぞ」
「気をつけます、家宰殿! ただ、デルファイ公爵領を可能な限り広げませんと」
「避難民の中には、まだ避難所暮らしの者たちも多いからな」
デルファイ公爵家の操者の中で、期待の若手と評されているダートナー。
彼の親族の大半はエステル王女と共に異邦者によって殺されてしまい、彼が当主となり、貴族ではなくデルファイ公爵家の家臣として活躍しています。
まだ若いので先走ることも多く、今もデルファイ公爵家の家宰となったルールブック元侯爵に叱られていますが。
無事にラーベ王国から撤退した私たちは、普段の学園生活に戻っていましたが、そのカリキュラムには大きな変化がありました。
出身国別の独立艦隊で、発見した魔獣の群れを駆逐する訓練……いえ、掃討作戦を実行することをひたすら繰り返して新たな土地を確保しつつ、操者の技量を高めていたのですから。
『異邦者と話し合いはできない。どちらかが滅ぶまで戦いは終わらない。私たちは戦い続けるしかない』
ゾフ王の方針に反対する者はほぼゼロでした。
ゼロでないのは、極一部に異邦者と話し合いをすべきという者も存在したからです。
もっとも、異邦者が人間と話せるのか、その他のコミュニケーション手段が存在するのかはアリス宰相やフィオナさんにもわからず、ラーベ王国の惨状を知っている私たちからすれば理想論にすぎず、あくまでも一部の人たちの意見ではあるのですが……。
現在ゾフ王国では、キャリアーと魔晶機人改の改良と、損傷機の修理、火器の量産が急ピッチで進んでおり、戦力は日々増強されつつありました。
そして、国土の防衛から攻勢に移りつつあります。
とはいえ、ラーベ王国すら維持できなかった私たちなので、まずは領内に侵入を図る異邦者を迎撃しつつ、周辺の魔獣の住む土地に編成した独立艦隊を差し向け、それらを殲滅、確保した土地に新型の水晶柱を設置することを繰り返していました。
今日も私たちの艦隊の他にも、リンダさんやリリーさんの部隊も出撃して、今頃は多くの魔獣を倒しているところでしょう。
そしてラーベ王国の第三王女からデルファイ公爵となった私は、ゾフ王国とラーベ王国の間に誕生したデルファイ公爵領を広げるために、魔獣の駆逐作戦を進めているところでした。
「異邦者の繁殖能力は、さほど高くないことが判明している。どうせ人間と絶滅戦争をしているのだ。ひたすら数を減らすしかない」
ゾフ王は普段穏やかだけど、こういう時は『ゾクッ』とするほど冷徹な言動をします。
怖くはありますが、それは自分の国と民たちを守るためには、どのような手段でも用いるという覚悟を感じられて頼もしいという一面も。
アリスさんやリリーさんたちは知りませんが、私はそういう男性が嫌いではありませんし、普段はとてもお優しい方なので、夫としては最適だと思うのです。
「(だから私は……)」
そんなゾフ王に魅かれているのだと思います。
残念ながら、一番近くにあるラーベ王国ですら一時国土を放棄する羽目になったのです。
叶いもしない綺麗ごとを口にする軽薄な殿方の何倍も素晴らしいか。
なにより……。
「(エルオール様は優れた操者ですから)」
身分の低い母から生まれた私は一応王女として扱われたものの、幼少の頃から姉たちから邪険にされており、最初は自分の立場を確立するために操者としての技量を上げていました。
そうしている間に、自身が優れた操者であることを目指している貴族、軍人たちの支持を集めてしまい、私がゾフ王国に留学したのは、そんな私を疎ましく思った姉たちを支持する大貴族たちの差し金だったようです。
父がそんな大貴族たちの圧力に屈したのは事実ですが、私がこのままラーベ王国で操者として活動していると、姉たちを支持する大貴族たちに命を狙われるかもしれないと思い、私の身を案じてゾフ王国に留学を命じた。
当時はわかりませんでしたが、今なら父の考えがよくわかるのです。
「ケイト様、あと二日ほどで予定していた土地の確保が終了し、艦隊の整備と補給のために王都に向かう予定です」
「順調でなによりですわ。避難民から選抜した新戦力の整備と訓練は順調でしょうか。彼らが加われば、デルファイ公爵家独立艦隊の戦力も増し、故郷の奪還も近づくでしょう」
「私もそう思いますが、ケイト様にはそれよりも大切なことがあります」
「祖国奪還よりも大切なことですか? ルールブック、それはなんでしょうか?」
「ケイト様、整備と補給の監督、新戦力の編入と訓練は我々がやっておきますので、王都に戻られましたらゾフ王陛下と共に居る時間を増やすことを優先してください」
「ですが私は、デルファイ公爵にして、デルファイ公爵家独立艦隊の司令官ですので……」
「だからこそ、陛下と共に時を過ごし、陛下のご寵愛を賜ることが大切なのです。そうでなくても、陛下の婚約者はすでに何人もいるのですから」
そういえばそうでした。
すでにラーベ王国の復活はあり得ず、たとえ旧ラーベ王国領を取り戻しても、その土地は今後私たちが多くの戦果をあげればデルファイ公爵家に加増される可能性が高いというお話でしかありません。
下手にラーベ王国を復活などさせたら、また父や姉たちの二の舞いになってしまうのですから。
私たちはゾフ王国に仕えるデルファイ公爵家として、今後は家と領地を発展させていけばいいのですから。
そしてそのためにも、エルオール様の婚約者となった私が次のデルファイ公爵を産む必要があります。
ヒルデさん、リンダさん、リリーさん、アリスさんと。
エルオール様には美しい婚約者が多いので、私も気合を入れて……。
「ルールブック、私は普段、元王女として恥ずかしくない身なりや振る舞いに気をつけておりますが、他になにをすればよろしいのですか?」
そのために、手間暇かけて髪を巻いたり、特注のドレスを揃えているのですから。
「妻に聞いたところ、女性貴族や王族の考える、その身分に相応しい服装や振る舞いは、逆に男性が引いてしまう可能性が高いそうです」
「そうなのですか?」
「はい。特にゾフ王陛下は、元は郷士家の方。ケイト様の普段着では、逆に緊張して距離が縮まらないのではないかと」
「ですが、リリーさんもアリスさんも、私と同じく王女ではありませんか」
「リリー様は元々、陛下の主家の王女様なので長い付き合いですし、最近のリリー様は操縦服を模した服ばかり着て、積極的に陛下と一緒に操縦訓練を楽しんでおられますから。そしてアリス様ですが、あの方は元々質素な服装を好みますし、ゾフ王国の宰相として陛下を全力で支えておられる都合上、一緒にいる時間が長い」
「確かに私も元王女ですが、エルオール様とは少し距離がありますわね」
フィオナさんはエルオール様の最側近で、アリス様でも知らない重要な機密を管理していますし、ヒルデさんはエルオール様の機体の整備や改良を一手に引き受けていて、他の整備士が出る幕がほとんどないと聞いています。
操者と専属整備士は一心同体と言っても差し支えなく、ヒルデさんはエルオール様の護衛部隊の指揮官なので常に傍にいますし……。
ということは、私だけ?
クラリッサさん……は、まだエルオール様の婚約者ではありませんか。
私は留学生としてゾフ王国にやってきた他国の者ですし、私がエルオール様の婚約者になったのも、色々と偶然が重なったせいもあったので……。
「(ですが、私は唯一エルオール様ときっ、キスを!)」
解毒薬を口移しで飲ませてもらっただけなのと、その時私は意識を失っていたのでまったく覚えていませんけど……。
「なのでここは、陛下の興味を魅く服装などにしてみてはいかがでしょうか? 久々に会うケイト様に対し、陛下は深い興味と愛情を抱くようになるでしょう」
普段の、ラーベ王国の王女に相応しい服装では駄目ということですか……。
ですが、私はドレス以外の服装には詳しくありません。
どのような服装をすれば……。
「それでしたら、私の妻に任せてください。妻は実家からの嫁入り道具として、魔晶機人が建造された古い時代の記録を持っているのです。そこにある服は、大いに男性の興味を惹くそうでして、今妻がメイドたちに作らせています」
「そのような服があるのですね」
ルールブックって、侯爵の時は操者一辺倒のイメージがありましたけど、デルファイ公爵家の家宰になった途端、なんでもこなすようになりましたわね。
それだけの才を埋もれさせていたラーベ王国は、滅んでも仕方がなかったのでしょう。
基本的に艦隊には軍人しか参加していないのですが、私のお世話係ということで、ルールブックの奥さんと数名のメイドたちも参加しているのですが、まさか私の新しい服を作っていたなんて。
「王都に戻り、陛下とお会いする時に着るとよろしいですよ。きっと陛下も、ケイト様に夢中になるでしょう」
「とても助かりますわ、ルールブック」
そうですわよね。
私は、旧ラーベ王国の王族、今はデルファイ公爵家の領民たちに責任のある立場です。
当然跡継ぎを産まなければならず、そのためにもエルオール様の寵愛を受ける必要があるのですから。
あとでどんなお洋服なのか、カミラに見せてもらいましょう。
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「デルファイ公爵家独立艦隊は、無事に予定どおりの広さの土地を確保、王都に帰還ってことでよかったな」
「まだラーベ王国は遠いというか、まだ取り戻しても維持が難しいから、デルファイ公爵領を開発、発展させて避難民たちの生活を取り戻す必要がある」
「先は長いよなぁ……。帝国はどうなっているんだろう?」
ケイトが率いるデルファイ公爵家独立艦隊が一仕事終えて王都に戻ってきたので、リックと共に出迎えることにした。
少し遅れてリンダとリリーの艦隊も戻るので、今夜は夕食を共にする予定だ。
そんなことを考えていたら、港に降り立ったケイトの旗艦から、まっさきに誰かが降りてきたのだけど、その服装が……。
「セーラー服ぅーーー!? ケイト!?」
なんと、普段は王女に相応しいドレス姿ばかりだったケイトが着ていたのは『セーラー服』だった。
「(というか、この世界にセーラー服なんてあるんだ……)」
「エルオール、知っているのか?」
「前に、昔の文献で見たような気が……」
「古い時代の民族衣装なのか。しかし……。いいかも」
リックは、ケイトのセーラー服姿に顔をにやつかせていた。
たとえ世界が変わっても、セーラー服の魅力は色あせないようだ。
「(年齢的に、ケイトがセーラー服を着ていてもおかしくないのもある)」
金髪縦ロールでセーラー服姿って、なんかいいかもしれない。
前世の高校生時代を思い出すな。
私は当時、セーラー服の女子にまったくモテなかったけど。
「エルオール様、ただ今帰還しました」
「お帰り、ケイト。……時間があるのなら、どこかのカフェでお茶でもどいうかな?」
いいよねぇ。
セーラー服の美少女とお茶なんて。
前世では暗黒の学生時代だったので、このくらいの役得はあっていいと思うんだ。
「リック、お前は専属整備士と打ち合わせがあったよな?」
「そんなのあったかな?」
「あった! ほら、性能アップのための一部パーツの交換や、新型兵器のどれを使うのか、聞きたがっていたぞ」
「そうだったのか。じゃあ、俺はこれで」
「頑張ってくれ」
さて、邪魔者は消えたので、私はケイトと一緒にカフェでセーラー服を……じゃなかった
お茶の時間を楽しもうかな。
ケイトも魔獣の討伐で疲れただろうから、甘い物を補給した方がいいだろうし。




