第百二十三話 超高速異邦者(前編)
「そうですか……。陛下がそのようなことを……」
「ラーベ王は、このままでは国が滅ぶことがわかっていた。だけど自分ではどうにもできず、傀儡に甘んじるしかなかったのか……」
王都救援は、やはり間に合わなかった。
遭遇する避難民たちを救助しながら王都に向けて北上していると、近衛騎士団長のマハト子爵が率いる多数の魔晶機神、魔晶機人部隊と合流する。
彼らを救出して、旗艦に姿を見せたマハト子爵から話を聞くと、すでに王都は異邦者によって完全に占領された可能性が高いようだ。
「陛下は、王家の機体で最後の出撃をすると仰っておりました」
どうやら、王都陥落は時間の問題のようだ。
これ以上の北上は無意味なので、私は艦隊の反転と、ゾフ王国への帰還を命じた。
「よくぞ父の遺言を私に教えてくれました。そして、若手の近衛騎士団員とベテラン整備士たちを陥落する王都から連れ出してくれてありがとうございます。近衛隊長のマハト子爵。ところで姉様たちは?」
「脱出できたとは思いません」
「そうでしょうね。では、急ぎデルファイ公爵領へと撤退しましょうか」
『陛下、どうやら王都で餌がなくなったようで、わんさか飛んできたぞ』
「リック、撤退戦は長い。すぐに交代だ」
「了解」
『兄様、頑張ります』
『陛下、ボクもマルコ様と頑張ります』
これまで艦隊の警護にあたってたリックが休憩に入り、マルコとネネが旗艦から出撃する。
ネネは学園で順調に腕を上げており、マルコと仲が良く、よく一緒に訓練や新装備の試験もしているので、今では彼の護衛兼ペアという立ち位置になっていた。
それにしても、ラーベ王は空気のような人だったがバカではなかったのか。
だけど二王子の討死後、後継者を上手く決められなかった。
そのうち二王女が貴族たちに利用されるようになり、このままではラーベ王国が滅ぶとわかっていても手を打てなかった。
だがケイトが毒殺されかけたことで、彼女をデルファイ公爵にして後継者争いから外し、生き残らせようとした。
再びラーベ王国が異邦者たちに攻められ、完全に国を失ったとしても、多くの民が生き残って入ればラーベ王国は滅びない。
たとえ、デルファイ公爵領としてゾフ王国の家臣になったとしても。
そして、ケイトが私との子供を産めば、優れた操者としての腕前を持つ後継者を得られると思った。
だから二王女の派閥の戦力を王都に集結させ、異邦者に殺させた。
今後二度と、デルファイ公爵家で家督争いが起こらないように。
「……みなで生き残って、デルファイ公爵領に戻ること。それが父の献身に報いる一番の方法です」
ケイトは泣きたいのを我慢しているようにしか見えなかったが、みんな、それにまったく気がついていない素振りをした。
『陛下。王都の陥落を完全に確認しました。王都で防衛をしていた者たちは全滅したと思われます。今後ラーベ王国に侵攻した異邦者たちはすべて、陛下とその艦隊を狙って追撃してくることが確実です。どうかお気をつけて』
「ここで私たちを討っておけば、ゾフ王国への侵入も容易いと考えたか……。これは、確実に逃げきらないとな」
フィオナから衛星通信で忠告があり、私たちは急ぎ南へと転進し、ラーベ王国領からの脱出を目指すのであった。
「どうやら、俺たちを意地でも逃がしたくないようだな」
「大切な餌をかっさらっていったからだな」
「エルオール、酷い言いようだな」
「多分異邦者はそう思ってるよ。フィオナが追加で援軍を送ったそうだが、時間と距離的に考えると、ラーベ王国領を出ないと支援は受けられない」
「そこまでは、現有戦力でなんとかするしかないか……。しかし、集まってきたな」
「ラーベ王国に攻め込んだ異邦者が、こぞって私たちに殺到しているんだろう」
「人気者は大変だな」
「言えてる」
ラーベ王国を出ようと全速力で進む艦隊だったが、いくら墜としても追撃する異邦者は増える一方だった。
マハト子爵たちを回収してから南に転進して三日ほど。
二十四時間交代で追撃してくる異邦者を墜とし続けたが、一向に減る気配がない。
『新兵器の試験にはちょうどいいではないか』
リリーが『大型ショットガン』を放つと、一発で数匹の異邦者がズタズタに切り裂かれ、地面へと落下していく。
これの劣化版をラーベ王国が試作し、試射も大成功だったが、量産で躓いたらしい。
魔物と無法者、異邦者を相手に戦う時、量産性がない武器はあまり意味がないからなぁ。
だからいまだに他国では、剣や槍、斧が一番使われる魔晶機人専用の武器であった。
基本は巨大な剣や槍、斧なので、普通の武器職人でも製造でき、メンテナンスも可能であったからだ。
『威力は十分だが、これだけの量の金属をばら撒く割に墜とせる数が少ないのと、コストに問題がある。大型の異邦者には貫通力が高いか、炸裂系の弾を発射する銃の方がいいと思う』
リリーは冷静に、持ってきた試作兵器の試験をしながら、その使い心地を整備士たちに魔法通信で報告していた。
異邦者による魔法通信の妨害は常態化していたが、この距離ならまだ通信が届く。
『これだけ数が多いと、そんなに狙わなくても当たるわね』
『これは、癖になる振動だな』
リンダとクラリッサは、試作品の『ガトリング砲』を二人で運用して、多くの異邦者を撃ち落とし続けた。
『兄様、弓矢やクロスボウ系の武器は、もう特殊用途以外では運用が難しいですね。射程も短いから』
『マルコ様、撃ち尽くしちゃっていいってさ』
『武器本体の耐久性も見ないと駄目だからかな?』
『武人の蛮用に耐えられない武器は、正式採用できないんだって』
南下を続ける艦隊に最接近した異邦者の群れを、出る杭は討たれるが如く、交代で撃ち落としていく。
フィオナが送ってきた多くの試作兵器が使われ、次々と異邦者が墜とされいくが、私たちを追いかけてくる異邦者の数は減るどころか増える一方だった。
「キリがないな」
『それは、ラーベ王国全土が陥落するはずです』
ケイトもわかってはいたが、異邦者の数の多さに辟易しているのが声だけでわかった。
結局現時点では、ゾフ王国の最新鋭兵器があっても、異邦者の数に勝てないことが証明されてしまったのだから。
「今は守りを固めつつ、国力と戦力を増やすしかない」
『それでも、ラーベ王国の民たちの多くは救われました』
「ケイトの家族は誰も救えなかったけど……」
『姉様たちは仕方ありませんし、父は王です。国が滅んだのに自分だけ生き残るなんて人生、決して幸せではなかったでしょう』
「そうかもしれないな」
「ええ……」
もしラーベ王を助けたとしても、その後の人生が幸せである確率は低かった。
国を滅ぼした愚かな元王だと、周囲から批判され続けるだろうからだ。
その後も二十四時間交代で、追撃を続ける異邦者を倒しながら、ラーベ王国領からの脱出を目指して南下を続けた。
「しかし、しつこいね」
ラーベ王国領を出れば追撃がなくなるという確実な証拠はないが、異邦者も生物なので活動限界はあるはず。
とにかく私たちは、追撃をかわしながら逃げ続けるしかないのだ。
その甲斐もあって、あと少しでラーベ王国領外というところまでたどり着いた。
だが同時に、艦隊が保有する火器の弾薬も尽きつつあった。
『陛下、援軍との合流まであと半日です』
「早いな」
『急がせましたので』
「助かったよ、フィオナ。ただもうすぐ弾薬は尽きるから、しばらくは近接戦闘をしなければならないな」
これまで損害が出ていないのは、遠距離からの攻撃に徹していたからだ。
だが、援軍と合流するまでの半日だけは、近接戦闘をする必要がある。
「一撃離脱を心がけてくれ。囲まれたら終わりだぞ」
いくら魔晶機人改の性能が優れていてもだ。
これまで散々異邦者を落としたが、やはりまったく減った気がしない。
彼らの一番の利点である数の多さにより、これまでいくつの国や領地が滅ぼされたか……。
「近接戦闘は、思っている以上に疲労が溜まる。頻繁に交代しながら戦ってくれ。私も出るぞ」
私は魔晶機人改ではなくコンバットアーマーに搭乗し、装備は長剣の二刀流とした。
機体の大きさと剣の長さを利用し、一振りごとに数体の異邦者を斬り裂いていく。
「次は!」
コンバットアーマーの便利な点の一つに、フィオナが管理する戦術リンクが使用できることもある。
すべての異邦者を墜とすなど不可能なので、艦隊に一番接近している群れ、個体を戦術コンピューター経由で教えてもらい、それを優先的に墜としていく。
そうすることで、異邦者がキャリアーに取り付くことを防いでいた。
『火器でなく、近接戦用の武器を用いての戦闘だから、かなり距離を詰められたな』
「自分が担当するエリアに接近した異邦者を優先的に落としてくれればいい」
リックにそう指示しつつ、私は遊撃的に立ち回り、二刀流で異邦者を斬り裂いていく。
『エルオール、代わるぞ!』
「リリー、頼む」
リリーも、旗艦に積まれていた試作機の魔晶機神改に搭乗し、特別誂えのエストックを装備して異邦者の群れに斬りかかり、突き殺していく。
『倒しても倒しても、減りませんわね』
『圧倒的に味方が優秀なのに、こっちが撤退しているくらいだらな!』
『……我が祖国の様子も気になるところだ』
ケイト、リック、クラリッサも魔晶機神改に乗り換え、得物を振るって大活躍している。
『そろそろ交代の時間です』
「わかった」
アリスは艦隊を全速力で南下させつつ、フィオナから送られる戦術データを参考に、速度を増して艦隊に接近を図る異邦者の群れを操者たちに伝えて墜とさせつつ、疲労で墜とされる機体が出ないよう、一定時間戦った機体に交代を命じていた。
本当は私の仕事なんだが、アリスの方が指揮官としての才能があるし、私は操者として動いた方がいい。
『兄様、交代します』
『陛下、マルコ様はボクが守るから』
「任せた」
マルコも実戦を経て、すでに一人前の操者となっていた。
自然とネネと行動することが多くなっており、相性もいいようで、彼女がマルコのお付き兼副官のような扱いになっている。
二人は魔晶機人改のままだが、特製の槍を振るって異邦者を落とし続けていた。
「もうすぐラーベ王国領内を出るな……」
異邦者にも活動限界があるはずなので、そろそろ諦めるはず。
と思っていたら、徐々に艦隊に迫ってくる異邦者の数が減り、後方の大群の速度も落ちたようで、目視できる数が減っていく。
「ついに追撃を諦めたかな? っ!」
と思った瞬間、私は殺気を感じて咄嗟に身をよじった。
なにやらとてつもない速度の塊が私の横を通っていったのはわかったが、あまりにも素早くてその正体を確認できない。
「みんな、気をつけるんだ!」
『えっ? ぎゃーーー!』
私の近くにいた魔晶機人改が後方から攻撃を食らい、一撃でバラバラにされてしまった。
どうやらこれは、目視できないほど素早さに特化した異邦者が、体当たりをしているらしい。
らしいなのは、私にもその姿が見えなかったからだ。
「……あれでは助からないな」
破壊されたのは学生の機体だったが、ラーベ王国で経験を積んでいい操者になると思ったのに……。
味方の戦死は悲しいことだが、私たちはいまだに敵の正体すら掴めていない。
いつ彼の後を追うことになるかもしれず、艦隊は最大の危機に見舞われていた。




