第百二十二話 ラーベ王国滅亡
「フィオナ、どうだ?」
『偵察衛星で調べたラーベ王国内のデータを、分割した救援艦隊に送っているので、なるべく異邦者との戦闘を避けながら、避難民を救助する作戦は順調です。犠牲者も想定よりは少ないです』
「ゼロにはできないか……」
『エルオール、気持ちはわかるが、そなたはよくやっていると思う。普段はまったくやる気がないのにな』
「人の命がかかっているからだよ。フィオナ、王都の住民はどうしているんだ?」
『続々と、避難民として王都を出ています。南下すればケイト様に助けてもらえるという噂は、ちゃんと流れたようです。ラーベ王国と親衛隊、二王女とその派閥の戦力は、住民がいなくなった王都て防衛態勢を敷いています』
「住民が王都から出るのを禁止するなどという、愚かなことはしなかったか……」
『王都の住民を残したままだと、王都の備蓄食料と水があっという間に尽きてしまいますからね。王都の住民もすべてを持ち出すことはできず、現在王都に残された食料と水でかなり保つはずです』
「籠城戦とは愚かな……」
多くの戦力と、可能な限りの物資、食料を王都に集め、住民を脱出させて守りを固める。
保ちそうな気がするが、可哀そうだが私たちは避難民たちの避難を優先する。
そのあと余力があれば助けに行くつもりだが、その時まで王都が落ちずにいるだろうか?
それを考えても仕方がないので、私たちは避難民の収容とデルファイ公爵領へと輸送を最優先する。
ゾフ王国の守りもあるので、ラーベ王国に大挙した異邦者と戦うだけの魔晶機人改の数は足りなかったが、偵察衛星のおかげで無用な戦闘を避けられた。
おかげで多くのラーベ王国民たちを、デルファイ公爵領に迎え入れることに成功した。
「あとは、バラバラに動かしていた戦力を集めてから、王都に向かうか」
フィオナによるとまだ王都は陥ちていなかったが、この一週間ほど大量の異邦者に包囲、攻撃されて陥落寸前だという。
避難民輸送のため、小艦隊に分かれている味方を五月雨式に援軍として王都に送り出すと各個撃破されてしまうので、戦力を集結させる必要があった。
『エルオール、これは援軍は間に合わぬの……』
「それよりも、どうやって陥落したラーベ王国から逃げ出すかだよ」
どうにか大半のラーベ王国民たちをデルファイ公爵領へと逃がすことに成功したが、異邦者たちは餌が食べられなくて不満なはずだ。
艦隊戦力の結集を急がせているのは、王都が陥落するまでにそれを終わらせないと、撤収すら困難な状態に陥ってしまうからだ。
そのくらい、私たちと異邦者の間に戦力差があった。
「異邦者たちが、どこまで私たちを追いかけてくるかだな」
冷たいようだが、ラーベ王国の王都にいる国王や二王女、派閥に属する貴族とその家族、操者は全滅するだろう。
なにより私たちが無事に逃げ果せるか、それすらわからないのだから。
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「陛下、どうにか三十二回目の総攻撃を防ぎきりましたが味方の犠牲も多く、魔晶機人、魔晶機神の稼働率も最低。武器も尽きかけています」
「そうか。だが、ラーベ王である余が、王都から逃げ出すわけにいかない。最後の最後まで戦うのだ」
「あの……再起を期することも大切では?」
「ボーマン伯爵、まさか君はラーベ王国貴族なのに、命を惜しむのかね?」
「……いえ! 我々は最後の一兵まで戦います」
「では、そうしたまえ」
「はっ!」
ボーマン伯爵、余の娘を次の王の母として担ぎ上げ、邪魔なケイトまで毒殺しようとした慮外者よ。
そのせいで二度目の異邦者侵攻で国土を保てず、王都に籠城することになってしまった。
今は未来の宰相を夢見て防衛戦の指揮で忙しいだろうが、すぐに未遂とはいえ王族殺しの報いを受けてもらうぞ。
「(民たちは、ゾフ王とケイトに多くが救われた。あとは、己の決着をつけるだけだな)」
王城のバルコニーから戦況を探るが、我が国は操者の質も、魔晶機人専用武器の性能も、なにもかもゾフ王国に劣っていた。
すぐに余は改めねばと思ったが、変わることを恐れた貴族たちはカーラとエステルを担ぎ上げ、余はお飾りの王とされてしまった。
「(ゆえに、余もカーラもエステルも、古い貴族たちもここで死なねばならぬ)」
そうすることで、デルファイ公爵であるケイトが実質的なラーベ王国の王となり、ラーベ王家の血が残るのだから。
「そなたらは若いし、ゾフ王とケイトのやり方に異議などなかろう? ケイトには一人でも多くの操者が必要だ。どうせここは陥ちる。若く将来有望な者たちを連れて、王都から脱出せよ。城壁の守りが破られ、異邦者たちが王都内に殺到した瞬間、その一角を突き破って逃げれば、なんとか追撃はかわせよう」
「陛下……」
「ヘボは逃げ切れん。連れて行くなよ」
「畏まりました」
「ケイトには、なにもできぬ愚かな王で済まなかったと伝えてくれ。親衛隊に属するお主たちが、異邦者から逃れられなかったなんて恥をさらすなよ。ここに残って飛行パックを整備してくれた整備士たちも連れていくのだ。絶対に逃げきってくれ」
「ははっ!」
どうせ、もうすぐ王都は陥落する。
滅んだ国の王が生き残るとケイトも持て余すだろうし、カーラとエステルだけを死なせるのも親としては問題だ。
ならば余も一緒に死んでやろう。
それが余にできる唯一の善行なのだから。
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「陛下! 王都の城壁が破られました! 親衛隊はどこにいるのです?」
「余の近くにいても無駄だからな。当然、城壁の防衛に回している」
「それならいいのですが……」
ついに、城壁が複数個所破られた。
慌てて余のところにボーマン伯爵が飛び込んできたが、この臆病者に人を統べる能力はないことが改めて確認できた。
ただエステルに媚びて気に入られ、爵位を上げただけだ。
余も、ボーマン伯爵を批判できるほどの能力と度胸は持っておらぬがの。
「(ボーマン伯爵、一緒に死んでもらうぞ)」
今回、侵攻してきた異邦者の数が多すぎる。
これでは、いくら負け知らずのゾフ王でも殲滅することは不可能だ。
王都から脱出させた者たちを回収して、どうにかラーべ王国領内から逃げ切ってくれればいいのだが……。
「ボーマン伯爵、こうなれば余もそなたも魔晶機神に乗って戦うしかあるまい。共に参ろうぞ」
「……私は……」
「もしや、そなたは伯爵のくせに戦わずに逃げるというのか?」
「いえ! そんなことは!」
「では急ぎ格納庫へと向かおうではないか」
操者としてはイマイチな余とボーマン伯爵で、何体の異邦者を道連れにできるか。
存在感のない傀儡の王の一世一代の大勝負といったところか。
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「誰か! ラーベ王国の王女である私を助けなさいよ! ひぃーーー! ばけ……ぎゃーーー!」
異邦者のせいだろう。
ノイズだらけの魔法通信から、カーラ様かエステル様の断末魔の声が聞こえてきた。
一応総司令部で指揮を執っていることになっているから、近くに大型で出力の高い魔法通信機があったのだろう。
「この断末魔の悲鳴を、ゾフ王と共に王都に向けて艦隊を差し向けているケイト様が聞いていなければいいが……。脇目も振らずに逃げ続けろ!」
『『『『『『『『『『了解!』』』』』』』』』』
優秀な整備士たちも操縦席に乗せているから己一人の命ではないし、死ぬつもりなら陛下のところに残っていた。
とにかく今は、逃げ一択だ。
後ろから異邦者の群れが追いかけてくるが、陛下の予想どおり王都で餌を漁るのに夢中で数が少ない。
なんとか逃げ切れそうだと、飛行パックを全力で噴かす。
すると……。
「おおっ! ゾフ王国軍艦隊とケイト様の艦隊だ!」
『王都から脱出したラーベ王国の操者たちか。あとは任せてくれ』
魔法通信の主は、声からして学生ではないかと思うほど若かったが、彼は自らが先頭になって、私たちを追いかけてきた異邦者たちを銃撃で次々と落としていった。
『下手に追撃しなければ、死なずに済んだ……いや、時間の問題だな。異邦者は殲滅するんだから』
私たちを追撃して来た異邦者たちは全滅し、私たちは無事にゾフ王陛下とケイト様が率いる艦隊に拾われ、命拾いしたのであった。
あとは無事に、この国から撤退できるかどうかだな。




