第百十九話 デルファイ公爵
「ケイト、そなたを新たにデルファイ公爵に任じる」
「私が、デルファイ公爵ですか?」
「今後も王族の一員として、ラーベ王国のために戦ってほしい」
「ははっ!」
「「……」」
突如、これまで静かに後継者争いを見守っていたラーベ王が三王女を呼び寄せ、ケイトを公爵に任じた。
ラーベ王国では、貴族なら女性当主が認められる。
なので、ケイトはデルファイ公爵となった。
なおその領地だが、ゾフ王国とラーベ王国の間にある土地に一応設定された。
ラーベ王国全土から異邦者が駆逐されたら、両国の間にある広大な土地を開発することが決まっており、その一部が与えられたのだ。
ただ現時点では、その地にいる魔獣を完全に駆逐して水晶柱を設置する余裕はないので、絵に描いた餅でしかなかった。
ラーベ王からケイトが公爵に任じられ、領地を与えられたこと自体に意味があるのだ。
「(二王女も、腰巾着たちも安心しているようだな)」
ケイトが公爵に任じられた以上、次の王の母になる可能性はなくなった。
二王女は、一番手強いと思っていたライバルが消えて安堵しているはずだ。
「(ふう……上手くいったか)」
実はケイトをデルファイ公爵にする件は、私が密かにラーベ王に提案したのだが、彼は受け入れてくれたようだ。
とりあえず、ケイトを暗殺から守るために後継者候補から外す。
そして……。
「おめでとうございます! ケイト様」
「デルファイ公爵様、万歳!」
ルールブック侯爵以下、ケイトを支持している貴族たちは、王城の中で堂々と大声でケイトにお祝いの言葉を述べた。
彼らは公に、自分たちはケイトの派閥に属すると宣言したに等しい。
「(ラーベ王の後継者というか、次の王の母になる候補者は二人に絞られた)」
二王女は私の妻になることを諦めていないだろが、私にそのつもりはない。
別に無理に婚姻関係を結ばなくても、ラーベ王国はゾフ王国と共同して異邦者に立ち向かわなければいけないからだ。
そして……。
「まずは急ぎ、残りの領地を異邦者から取り戻さなければ。みなの働きに期待している」
ラーベ王は最後にそう言葉を締めた。
ケイトの暗殺未遂騒動のせいで身動きが取れず、そのおかげで補給も届いて念入りに準備は整えることができた。
なので、領地の奪還に失敗することはないと思うが、問題はそのあとだ。
「(確実に国が割れるが、一度割らないともう解決する問題じゃなくなったからなぁ……)」
まずは、状況を進めるしかない。
ラーベ王国の国土をすべて、異邦者の手から取り戻そう。
「これでラストだ!」
「よしよし、ネネはだいぶ腕を上げたな」
「これも陛下のおかげです」
はたして、このままラーベ王国の領地をすべて取り戻したところで、ラ-ベ王国がそれを守りきれるか難しいところだが、派遣軍に参加した操者たちの技量は上がったので良しとしよう。
火器類の試験と運用データの収集もバッチリなので、フィオナとアリスも喜んでいる。
戦費はかかったが、ゾフ王国の財政を傾けるものではないので問題ない。
ケイト率いるラーベ王国出身者たちだったが、半数以上がデルファイ公爵家に仕官して諸侯軍にその名を変え、俺たちと共に、ラーベ王国領内最後の異邦者たちを駆逐していく。
残念ながら留学生の中には、親や親族に逆らえず、ケイトの指揮下を離れた者たちもいた。
二王女に従う腕のいい操者が少なく、留学させた親族たちから戦力としてあてにされたからだ。
彼らはゾフ王国から貸与された魔晶機人改を返却して、二王女を支持する貴族の諸侯軍へと転籍していった。
二王女たちが慌てて戦力を集め始めたのは、ラーベ王国の国土がすべて解放されたあと、ライバルとの後継者争いが始まることを想定してのことだ。
最悪、両派の間で内乱が始めることも覚悟しているのだろう。
国土の守りも、いつまでもゾフ王国に頼りきりでは、独立国として問題があることに気がついた、というのもあった。
ケイトは公爵となって後継者争いのライバルではなくなったが、二王女のどちらかに手を貸すこともなくなった。
ラーベ王国から異邦者を完全に追い出し、その後は自分の領地となるデルファイ公爵領の解放、入植、開発を目指しつつ、引き続きラーベ王国防衛を担当するが、二王女とそのシンパが担当する場所には手を貸さないというか、貸せない。
二王女たちは、どちらがラーベ王国を守れる力を持っているか。
これから、くだらない争いを始める予定だからだ。
つまりこれからは、この貴族の領地はエステル王女派なので、エステル王女派の戦力だけで守る、みたいなしょうもないことになってしまうのだ。
双方で協力し合って守ればいいって?
それができていたら、最初から後継者争いなんて発生していない。
「ご苦労様です。これよりこの土地は、我々カーラ様が編成にご尽力された部隊で守ります。ご安心を」
「はあ……」
無事に、残りのラーベ王国国土からも異邦者を駆逐することに成功したが、すぐに魔晶機神と魔晶機人を主体とした部隊が現れて、我々は追い出されてしまった。
「申し訳ありません」
またもケイトが私たちに謝るが、最初から想定していたことだ。
「取り戻した土地の領主が、カーラ王女の派閥だったんだな」
エステル王女の派閥に属する貴族たちも部隊を編成して、自派閥の貴族の領地や都市を守り始め、ケイトたちと私たち、そしてカーラ派の戦力も追い出してしまった。
国土をすべて取り戻して安堵したのだろうが、いきなり内輪揉めをするとは、愚かしいにも程がある。
「陛下、こんな時に戦力を二つに分けたんですか?」
「こんな時だから、とも言える。後継者争いに勝てないと、冷や飯食い確定だから必死だな。まあ、効率は甚だしく悪いけど」
ラーベ王国領をまるでモザイクのように分割して、二つ……いや、ケイトたちと私たちも含めると三つか……に分かれて領地の防衛をするようになってしまった。
ネネからすれば、バカらしいとしか思えないのだろう。
勿論私もバカらしいと思っているけど。
「二王女と、彼女たちについている貴族たちに呆れて、こちらに救援を求める貴族も多いですが、とにかく守りにくいですよ」
すっかりケイトの側近として働くようになったルールブック侯爵が、この現状に呆れ果てていた。
それはそうだ。
せっかく異邦者から全国土を取り戻したのに、くだらない後継者争いを始めてしまだたのだから。
「ラーベ王国から異邦者が完全に駆逐されてから、後継者争いを始める。自分たちはクレバーだと思ってそうだな」
もう一つ、戦争は守る方が有利になりやすいというのもあった。
最初は突然異邦者に攻撃されたので、思わぬ不覚を取ってしまったが、守ることに集中すれば二度と国土を奪われることなどあり得ない。
彼らはそう考えているようだ。
「古い魔晶機人だけで大丈夫なのか?」
「自信があるんだろう」
リックの問いに、適当に答える私。
ケイトが毒殺されかけた件で、私はゾフ王国製の魔晶機人改や新型火器を、二王女の派閥に属する操者に渡さなくなった。
これまでに貸与していたものはすべて回収し、ケイトの家臣や彼女の派閥に属する者たちにしか貸与、供給していなかった。
なので、二王女の派閥に属する操者たちは旧式の魔晶機神と魔晶機人を使っている。
以前と同じだし、戦えないわけでもないと思う。
「二王女の仲間に、新兵器は渡せないからな」
「現在のラーベ王国は、実質三勢力に分かれているからな」
現在のラーベ王国だが、私たちゾフ王国軍とケイトたちが、二王女に属する貴族の土地に入ることは許されない。
その逆も然りなのだが、これではもし異邦者が再び攻めてきても、協力し合って迎撃するのは不可能であった。
ケイトとしても、自分を毒殺しようとした姉たちと協力なんてあり得ない。
そもそも、ルールブック侯爵たちが絶対に許さないだろう。
現在アリスが、ゾフ王国とラーベ王国との間に広がる広大な土地の一部、デルファイ公爵領に指定された場所に水晶柱を立て、領地の準備をしていた。
ラーベ王国からすれば領地が増えたことになるし、二王女からすればケイトが新しい領地の開発に集中してくれれば後継者争いに加わらずに済んで都合がいい。
そしてケイトからすれば……。
「もしもの時は、このデルファイ公爵領にラーベ王国の民たちを避難させることも可能となれば、この地の整備が最優先ですわ」
ケイトたちはデルファイ公爵領の整備に全力を傾けるようになり、私たちはもうラーベ王国救援は成ったということで、ラーベ王国からの撤収を徐々に進めていた。
ラーベ王国領内は、自然とカーラ王女派とエステル王女派の魔晶機人と魔晶機神が防衛するようになり、後継者を決めていないラーベ王は、王城の玉座の間で置物のような存在になってしまった。
貴族たちは、このなにもしない王に呆れ、誰も相手にしなくなってしまったのだ。
「父はよく、私をデルファイ公爵に任じたものです
一応、こっそりと進言してみたんだけど、これだけは決断が早かったな
「形だけとはいえ、ラーベ王国の領地が増えるからでしょうか?」
「そうかもしれない」
もしくは、突如後継者争いに浮上してきたケイトを候補から外す意図があったとか?
どちらにせよ、ラーベ王国の守りは二王女の派閥に一任された。
ケイトたちと私たちは、ゾフ王国に隣接するデルファイ公爵領で領都の建設予定地を整地し、ケイトに従ってデルファイ公爵領に移住した人たちは、ゾフ王国では普及が始まった耕運機などで早速畑を耕し始めている。
「それにしても、思っていた以上にデルファイ公爵領に移住する人が多いですね」
「だから、民たちの情報収集能力を侮らない方がいいのさ」
ラーベ王国の民たちは、ラーベ王国の土地を占拠した異邦者を追い出したのが、ゾフ王国軍とケイトたちであることを知っている。
「あとでノコノコとやってきて、今後は自分たちがこの土地を守ると宣言しても、信用できないんだろう」
現に、命からがら他国に逃げ出した人たちは、ほとんどラーベ王国に戻ってこなかった。
それだけ、二王女とその派閥が信用されていない証拠だ。
「結局姉様たちは、魔晶機神には乗っていないと聞きました」
確かに、王女が操者として前線に出るのは万が一のことを考えるとよくないという意見もあったが、今は戦時だ。
実際に戦わなくても、魔晶機神に搭乗して前線の兵士たちを鼓舞するくらいしても罰は当たらないと思うが、二王女はそれすらせず、民たちに呆れられているようだ。
「ケイト様と比べられてしまいますからな。そんなわけで、このデルファイ公爵領に移住する者が増え続けているのです」
ケイトに報告に来たルールブック侯爵が事情を説明してくれた。
「土地は余っているから、もっと広げるかな」
どうせ元は、ゾフ王国とラーベ王国の間にある広大な魔獣の棲みかだったのだから。
「なにより、ラーベ王国領自体が突出していて、異邦者から守りにくいんだ」
ラーベ王国の北端に援軍を送るのが難しく、だから二王女の派閥に防衛を任せたという理由もあったのだから。
「デルファイ公爵領は、ゾフ王国に接しているから守りやすいというのが大きい」
そしてそれは結果的に、もしラーベ王国を守りきれないと判断したら、ラーベ王国の民たちをデルファイ公爵領に逃がすため、ケイトがデルファイ公爵となり、領地を与えられたのだと多くの者たちが気がつくことになった。
死にたくなく、安全に暮らしたい者たちは、、今後こぞってデルファイ公爵領に移住してくるはずだ。
「結局、二王女の派閥が元気なうちは、ラーベ王国に手は差し伸べられないのさ」
いや、一度はラーベ王国の国土を占拠した異邦者を駆除しているので、あとは彼らだけで頑張れってことになるのか。
「もはや、ラーベ王国のみんなが手を取り合って国を守ることはあり得ませんね」
ルールブック侯爵は悲しそうだが、私やゾフ王国としても、人間が異邦者との戦いに勝つため、短期的にはラーベ王国を見捨てる選択肢もあるということだ。
「でも陛下、もしかしたラーベ王国は国土を守りきれるかもしれないよ」
「それならいいんだよ」
現在ゾフ王国は、サクラメント王国、旧リーアス王国、デルファイ公爵領を防衛しつつ、国力と戦力を増強している最中だった。
今回のラーベ王国遠征の教訓は、とにかく国力と戦力を増やさなければ、距離の離れた他国を助けるのも容易ではないというものであった。
そしてこんな状況でも、人々は己の利益のために争いをやめないということもだ。
「ラーベ王国は救えないかもしれないが、デルファイ公爵領があれば、実質ラーベ王国は残る」
「陛下、異邦者はラーベ王国領を諦めないってこと?」
「ああ」
俺はネネに短く答える。
異邦者の最終目標は、人間を滅ぼしてこの世界を自分たちの楽園にすることだ。
だから、一度ラーベ王国領内から駆逐されたとしても、異邦者が諦めるはずがない。
「つまり、ボクたち人間が滅ぶか、異邦者が滅ぶまで、戦いは終わらないんだね」
「もしくは、異邦者がこの世界を諦めて絶望の穴から撤退するかだけど、これは期待できないかな」
今も少数であるが、絶望の穴から異邦者が定期的に湧き出していると、偵察衛星を管理するフィオナから報告が入ってくるからだ。
「今最優先すべきは、デルファイ公爵領を広げることだ」
一応ラーベ王は、デルファイ公爵領の範囲を正式に定めていたが、どうせゾフ王国、サクラメント王国、ラーベ王国の間にある広大な魔獣の住処だ。
勝手に広げても、ラーベ王国から文句などくるわけがなかった。
「さあ、みんな仕事だ」
それからすぐ、ラーベ王国派遣軍は、ラーベ王国から完全に撤退した。
ラーベ王国から異邦者が駆逐されたので、駐留する意味がないからだ。
そしてデルファイ公爵領まで移動し、ケイトたちと共に魔獣を駆逐して水晶柱を設置し、安全になった土地を切り開いていく。
現在のラーベ王国は、完全に二つに割れたカーラ王女派とエステル王女派に分かれ、対立しながらバラバラに国土を防衛していた。
「ケイト様の暗殺を図ったため、ニ王女はお互い暗殺を恐れて顔を合わせなくなり、ラーベ王国は完全に割れています」
「ラーベ王は?」
「ただ無為に時間を過ごしているとか。後継者を決めずに、実質国を割ってしまいましたからね。本当にただその日を過しているとか。すでに大臣たちもどちらかの派閥に属するようになり、国政が動いていませんから、余計に陛下の支持は薄れています」
「普通はこうなると、ラーベ王を降ろして、次の王を据える動きががあってもいいはずだけとも……」
「それも、ラーベ王国では女王が認められていないので、話が進んていません。さすがに二王女もゾフ王陛下との婚姻は諦めましたが、誰か優れた操者を婿として王に迎え入れ、次の王を生まなければなりません。国外の王族が難しいとなると、国内の貴族の誰と結婚するか。人選で揉めているそうですから」
そりゃあ、せっかく自分が支持した王女だ。
自分なり一族が婿入りして次のラーベ王になりたいだろうな。
こうして彼らは、愚かにも欲で自滅していくのだ。
「最初にラーベ王国が異邦者に攻められた時、ろくに戦いもしなかった貴族たちに限って、二王女の婿になろうと懸命に運動してしますよ」
さすがは侯爵というべきか。
操者以外の仕事もちゃんとやるようになったルールブック侯爵は、ラーベ王国の情勢を細かく掴んでいた。
アリスからの情報とも一致している。
「もうこうなったら、なにかしらの結末を迎えるまで、ラーベ王国は無視するしかないな」
とにかく今は、デルファイ公爵領の拡張と開発を進めてるとしよう。