第十一話 いきなり新当主
「エルオール、入りなさい。大切な話がある」
「どうかしましたか? 父上」
キューリ村は、再び結界が展開されるようになった。
結界を張れる水晶柱を呑み込んでいた無法者を倒し、その奪還に見事成功したので、再び元キューリ家の屋敷に配置して、父が魔力を篭めたのだ。
父と母の魔力なら二ヵ所の結界を維持できるので、キューリ村を領有しても問題ないらしい。
そして住民だが、グラック村や他の領地に逃げ込んでいた者たちの大半が戻ってくることになった。
それは避難先では居心地も悪いだろうし、自分の家や畑は気になるから当然であろう。
無法者の襲撃による犠牲者が、父やラウンデルたちが思っていたよりも少なかったのと、グラック村の領民からも移住希望者が出て、キューリ村は急速に復興を果たしていた。
これまで、私が魔物狩りで蓄えていた素材やマジッククリスタルを売却したお金が役に立ったというわけだ。
食料も、バルク、ヒルデ親子が巨大な魔法道具の冷蔵庫を作ってくれて魔物の肉を大量に保管していたので、再び作物が採れるようになるまで税を免除することもできた。
私はすっからかんになったけど、私の財布はグラック家の財布だ。
無事復興できれば、時間がかかっても必ず取り戻せるさ。
それに、優雅な地方貴族ライフのためには、領民たちの支持は欠かせない。
住民反乱祭りでは、気が休まる暇もないのだから。
そんなわけで、私は魔晶機人の操縦訓練がてら、魔物狩りと、魔晶機人を用いて復興の手伝いをしている。
グラック村とキューリ地区……旧キューリ村はグラック村に併合され、キューリ村はその歴史を終えたわけだ……とを結ぶ街道を修理し、さらに広げ。
魔物に壊された家屋の工事の手伝いに、田畑の復興と、二つの村が一つになったので新しい住宅地や畑の区画整理と開墾など。
私はマジッククリスタルを用いなくても、長時間魔晶機人を動かせるので、訓練がてら毎日何時間も動かしていた。
段々と、エルオールの体と私の意志のズレは減っているように感じられ、魔晶機人の操縦にも慣れてきた。
バルクとヒルデ親子の整備は完璧で、今、キューリ家が所持していた魔晶機人用の飛行パーツの整備と調整も進んでいる。
それが終わったら、私の機体に装備して飛行実験だ。
コンバットスーツでも魔晶機人でも、飛行ができないと物足りないからな。
早く試験飛行をしたいものだ……と思ったら、父に呼び出されたわけだ。
「父上? 私は短い時間ながらも勉学を怠ってはいませんよ」
「そういう話ではない。というか、エルオールは頭がいいからな。無用な心配だろう」
魔晶機人の操縦ばかりで叱られると思ったが、この世界の文字は日本語だし、私は大学と士官教育も受けている。
私の今の知識量なら、地方貴族どころか中央政府で官僚にもなれると、父から言われてしまった。
「もしかして、キューリ村の領有を認められなかったとか?」
グラック家は郷士である。
その身代で、元騎士爵家が統治していた大きな村を併合する。
サクラメント王国から許可が出なかったのかもしれない。
「それもない。考えてもみろ。辺境にある田舎郷士家が、隣の田舎騎士爵家の領地を併合したところで、中央の大貴族がいちいち気にすると思うか?」
「そんなことを気にしている暇はありませんか……」
「王都に詳細を記した手紙を送ったのだが、やっと返事が来てな。『ご苦労であった。引き続き、魔物から解放した旧キューリ村の支配を任せる』。要約すると、以上の内容だ」
「郷士家が騎士爵家の領地を併合したのに、昇爵はなしですか?」
「郷士が騎士爵になるには、功績を三代続けてあげないと無理だな。上が詰まっているのだ」
せっかく魔物を駆逐して領地を増やしても、無法者が乱入して結界を破壊し、元の木阿弥となってしまう。
なかなか王国の領地が増えない状況で、そうポンポンと爵位を与えたり、昇爵させられないというわけか。
実際、領地を失ったキューリ騎士爵家なんて、改易されたからな。
「そんなわけで、我がグラック家は郷士のままだ。でもその方がいいぞ。王家に払う分担金が安いからな」
この世界で領地を持つ貴族は、所属する国家に分担金を支払うらしい。
これが払えないと、やはり改易されてしまうわけだ。
もっとも、あまり高額にすると他の国に所属を変えてしまう貴族もいるそうなので、そんなに高くないそうだが。
魔物のせいで、領地間は分断されているこの世界ならではの事情だな。
分担金は爵位が上がれば上がるほど高額になるので、郷士のままで元騎士爵領の開発に成功すれば美味しいのか。
「さらに事情を勘案し、我が家の分担金は十年免除となった。これは嬉しい」
魔物から取り戻した領地を開発するとなれば、お金がかかるからな。
グラック家は、私が虐殺レベルで狩っている魔物の素材やマジッククリスタルを売って開発資金を稼いでいる。
だがそんな事実を知らない王国としては、グラック村の負担を増やした結果、キューリ村と共に再び魔物の棲みかに戻ってしまうことを恐れているのだろう。
分担金を十年免除するから、必ず安定させてくれと。
「そんなわけで、ついでにエルオールがグラック家の当主だと届を出しておいたから」
「えっ?」
それって、つまり当主交代ってこと?
そんな軽く決めてしまっていいのか?
「父上?」
「あくまでも名義上だがな。私が隠居するまでに、完全に交代すればいいのだから。突然の家督交代には理由があってな」
「理由ですか?」
「旧キューリ村の住民たちへの対策だ。彼らの中には、遠縁でもキューリ騎士爵家の血筋の者たちがいる。色々と面倒なのだ」
領地を追われようやく戻ってきたが、人間は喉元を過ぎれば熱さを忘れる生き物だ。
旧キューリ村の住民が多い事実を利用し、キューリ騎士爵家の血筋を誇る連中が、グラック家に対抗するため派閥を作ってしまうかもしれないわけだ。
これは、ある種の人間の業だな。
それだけ、新しい領地を統治するのは難しいという証拠だ。
「そこで、エルオールの当主就任なのだ。お前はまだ子供だが、旧キューリ村の連中に人気があってな。だからだよ」
無法者から村を解放した英雄だから、私は人気者なのか。
私が悠々自適の地方貴族生活を送るにあたって、領民たちの支持が厚いのはいいことだ。
今は神輿でも、私がトップにいた方が旧キューリ村の統治が楽になるわけだな。
「わかりました、父上」
私は、グラック家の当主に就任することになった。
とはいえ、グラック家は半貴族扱いの郷士で、新しい領地の整備と統治に金と手間がかかる。
そこで……。
「グラック村と、旧キューリ村に住む者たちよ。私はグラック家の当主を退き、嫡男にして、魔晶機人の操者であるエルオールを新当主にしようと思う。みなの者、安心して領地を発展させてくれよ」
「おおっ! キューリ村を無法者から解放したエルオール様が新しい当主とは、これは素晴らしい!」
「新生グラック家は安泰だな」
「もう魔物や無法者も怖くないぞ!」
「新当主エルオール様万歳!」
「「「「「「「「「「万歳!」」」」」」」」」』
すべての領民たちを屋敷の前に集め、父は宣言した。
そして、魔晶機人に搭乗して彼らに手を振る私。
実際に動く魔晶機人を見て、領民たちは大きな安堵感を覚えたようだ。
私も、グラック家の当主として安泰というわけだ。
「兄様、新当主就任おめでとうございます」
「ありがとう、マルコ」
「グラック村が広がったので、マルコは分家当主としてエルオールを支えてくれよ」
「はい! 一生懸命に勉強して、兄様を助けられるグラック家の男になりたいです」
いやあ、マルコはいい子で可愛いな。
頭もいいそうなので、きっと私を支えてくれるはずだ。
「あっ、でも。魔晶機人に乗れるようになれたらいいです」
「マルコなら大丈夫だ」
マルコも魔力量が多いので、成長すれば魔晶機人に乗れる確率はかなり高いはず。
「マルコがもう少し大人になって、魔晶機人を動かせる魔力量を持つようになったら、私が操縦を教えてあげるから」
「兄様、楽しみにしていますね」
うんうん。
私は一人っ子だったので、可愛い弟とはいいものだな。
魔晶機人はもう一機あるので、急がなくてもいいから、あとでバルクとヒルデにもう一機の魔晶機人の整備を頼んでおくか。
今マルコは七歳なので、あと三年もあるけど。
「とはいえ、エルオールはまだ子供でもある。私もしばらくは現役だ。心配しないでくれ」
いきなり十歳の子供に、領地の統治を任せられないからな。
中身は二十四歳だが、生憎と政治家の経験はないので、父が隠居するまでに覚えていけばいいだろう。
それよりも、今は魔晶機人だ。
魔晶機人の操縦が上手ければ領民たちも安心するので、私は趣味と実益を兼ねて魔晶機人の操縦訓練ができる。
なによりも、これが一番嬉しいことであった。