第百十八話 ケイト、暴走する?
「……ううん……。陛下? 私は……」
「すまない。ケイトの食事に毒が入れられたんだ。私の完全な油断だ。明日からの食事は、ゾフ王国から連れてきた料理人たちに任せる」
「やはり、私の食べた料理に毒が入れられていたのですね。ですが、よく助かったものです」
「解毒剤があったから」
「そうですか……。命を救っていただいてありがとうございます。あの……」
「なんだい? ケイト」
「……いえ、なんでもありません」
このような非常時に、どちらが次の王になるかではなく、次の王を、それもエルオールさんの子供を産むか、争いを始めた姉様たち。
そして、その争いを収めるでもなく黙認を続ける父上。
異邦者たちと真面目に戦っている貴族や軍人たちはラーベ王家に呆れ果て、私も気が滅入っていました。
そんな時、久々にエルオールさんがラーベ王国の王都にある老舗のレストランから食事を頼んでくれて。
ですが料理を口に入れた直後、私は体が動かなくなって倒れてしまい、目を覚ますとエルオールさんが心配そうに私を見つめていました。
あらためて彼の顔を見ると、なぜか心臓がドキドキしてしまって……。
多分それは、毒で動けない私が完全に意識を失う直前、おぼろげではありましたが、エルオールさんと口づけをした記憶が……。
やはりあれは、彼が直接解毒剤を飲ませてくれたのですね。
その時エルオールさんは、私が完全に意識を失っていると思っているはずですが、私はしっかりと覚えていました。
彼と口づけをした時のことを……。
「(エルオールさんは、私の命の恩人。そして……)」
私は王女なので結婚するまで純潔を求められますから、これまで男性と口づけなんてしたことがなく、私のファーストキス……緊急事態とはいえ、エルオールさんと口づけをしたのは事実で……。
「(こんな時、私はエルオールさんとどうお話をすれば……)」
彼の顔を見れば見るほど。
心臓がバクバクして、体が熱くなってきました。
「ケイト、大変申し訳ないが、もう王城には戻れない。いや、戻せない」
「せっかく命が助かったのに、また食事に毒を混ぜられたら嫌ですから仕方がありません。それよりも、私を匿うと迷惑をおかけするのではないかと心配で……」
「大切な戦友を危険に晒すくらいなら、ラーベ王国の了見の狭い貴族たちに嫌われるくらい、どうということはないさ。ルールブック侯爵たちは了承しているし」
「ありがとうございます、お世話になります」
私を毒殺しようとしたのは、間違いなく姉様たちでしょう。
ラーベ王国を異邦者たちから守るべく懸命に頑張ってきましたが、それは姉様たちの危機感を煽った。
異邦者との戦いで私が評価されるようになった結果、主に前線で戦う軍人たちの間で、私がエルオールさんと結婚して子供を作り、その子が次のラーベ王になるべきだという話が出てくるようになり、それを聞きつけた姉様たちが、私をライバルとして敵視するようになってしまった。
姉様たちは操者ではあっても、ろくに操縦訓練すらしたことがなく、前線に出て兵士たちの士気を高めることすら嫌がるので、だから私を暗殺して目障りなライバルを消したかったのでしょう。
「私は、もう王城に戻るつもりはありませんから」
母が亡くなってからは、王城での暮らしに未練はなくなっており、だから留学生たちを引き連れてゾフ王国に留学することにしたくらいですから。
父も、本当なら王位継承になんら関係ない第三王女だからこそ、操者として厳しい訓練を続けたり、他国への留学を許可したのでしょうから。
「警護の問題があるから、旗艦に部屋を用意することになる。不便だとは思うけど……」
「大型キャリアーなので、とても暮らしやすいと思っていますわ。ご心配なく」
「実は俺も、旗艦暮らしになると思う」
「でしょうね」
エルオールさんはゾフ王ですから、万が一にもなにかあってはいけません。
きっと、アリスさんが指示されたのでしょう。
「(軍艦の中とはいえ、エルオールさんと一緒に……。いいですわね)」
私が毒を食べて倒れてしまった時、躊躇なく口づけで解毒剤を飲ませてくれた。
その男らしさに、私は今でもそれを思い出すと胸がドキドキしてしまいます。
「(それに私を救ってくれた経緯は、すぐに世間に漏れてしまうでしょう。もしそうなったら……)」
結婚前に男性に口づけを許したふしだらな女と批判する人たちも少なくないでしょうから、ここはエルオールさんに責任を取っていただきませんと。
「急ぎ、引っ越しの準備をメイドたちに指示しておきますわ」
「そのメイドたち、大丈夫かな?」
「ええ、ルールブック侯爵の親族の方々ですから」
今回の件でどうやら彼も、自分が私をトップとする派閥の長になるという自覚を持たざるを得なくなるはず。
当然親族の方々も同じ動きをするでしょうから、これまでどおり旗艦内でも身の回りのお世話をお願いしましょう。
もはや姉様たちとは協力できませんから、今後ラーベ王国が滅んだ時に備えて、王家の血筋を残す対策はしませんと。
「(旗艦とはいえ、エルオールさんと一緒に……もしや……)」
夜、部屋にエルオールさんが……。
その時に備えて、新しい下着を新調する必要があるので、荷物を旗艦に運び込む前に、密かに行きつけのランジェリーショップに行こうと思います。