第百十五話 後継者争い
「エルオール様、またも、めでたく異邦者に奪われた土地の奪還に成功したと聞いております。祝宴を用意いたしましたのでぜひ」
「カーラお姉様。今は、ラーベ王国存亡の時です。いちいち祝宴を開いていたら、国家予算がいくらあっても足りませんわ。前線で苦労している兵士たちもいるのですから。エルオール様、私のお部屋でお茶とお菓子でもいかがですか?」
「エステル、嫁入り前の娘が男性を自室に迎え入れるなんてはしたないですよ。もしあなたと陛下との間に変な噂が流れでもしたら、陛下が困ってしまうのですから」
「変な噂? 私はただ戦いでお疲れの陛下をお茶とお菓子でおもてなししようとしただけです。下衆な勘ぐりは、マリア様の血筋でしょうか?」
「エステル! 私の母を愚弄するのですか? あなたの母親こそ、父上を誑かしたアバズレのくせに」
「なんですって!」
「……」
ケイトたち『ラーベ王国救援艦隊』の活躍もあって、異邦者に奪われた土地の奪還は順調だ。
『問題は、このあとラーベ王国が無事に全領土を保全できるかどうか……』
アリスの懸念は私たち全員の懸念でもあったが、とにかく異邦者に奪われたすべての土地の奪還をはたさないことには、ラーベ王国に遠征した意味がない。
ラーベ王国にも、対異邦者戦で共に戦ってほしいからだ。
それよりも問題なのは、私たちが作戦どおり無事に土地を奪還して王都に戻ると、必ず出迎えてパーティだのお茶会に誘おうとする王女二人だ。
ケイトの姉たちなので、角が立たないように断るのが大変で、私に言わせると異邦者よりも手強かった。
なによりこの二王女、段々と仲の悪さが目立ってきて、度々喧嘩する様子を見せられるのも困ってしまう。
「どちらがゾフ王陛下の子を孕み、次のラーベ王の母となるか。二王子の死で崩壊した派閥の貴族たちも参戦して、彼女たちの後ろでは多くの貴族たちが蠢いているのです」
そんな現状に呆れたルールブック侯爵は、真にラーベ王国を異邦者の手から守らんとする、志の高い操者や貴族たちを纏めて第三極を結成……とはならなかった。
彼らは『軍人、操者は政治に関与せず!』という態度を崩さず、ラーベ王がなにも手を打たないため、二王女の争いを傍観し、中立の立場を取っている。
そして自分たちと同じく、操者として戦場に出て多くの戦果をあげているケイトを褒め称えているだけなのだ。
とても第三の派閥とは言えなかった。
「内輪揉めしている場合じゃないってのに……」
こんな国でも助けないと、人間が異邦者に滅ぼされてしまうかもしれない。
だから私も懸命に働いているのだけど、前世と同じくこんな時ですら人間は内輪揉めをやめず、私は王であることが嫌になりつつあった。
一日も早く、プチリッチなリタイア生活を送りたいものだ。
「しかしながら、サクラメント王国でも、今は亡きラングレー兄とグレゴリー兄、そして妾を女王としたい貴族たちによる暗闘があったからの。これをなくすことはできぬ」
「その結果、異邦者に国を奪われたら意味がないんだけど……」
「エルオールの言い分は正しいが、みんなが正しく行動しておれば、滅ぶ国など存在せぬ」
「それは真理だ」
「ゆえに妾は、グレゴリー兄の王位継承を認め、エルオールの未来の妻として国を出て、サクラメント王国を安定させておるぞ」
そう言いながら、私と腕を組むリリー。
以前と違って、彼女は操者一辺倒というわけではなく、それが彼女の魅力を増していた。
このところさらに美しく成長し、胸も少し大きくなったようで、腕を組むと腕に柔らかい感触が……。
ただ、まだヒルデとリンダには負けるかな。
そして、やはりグレゴリー王の妹だけあって、政治的なことにも敏感になってきたと思う。
どうやらリリーにはその手の才能がなかったわけではなく、昔は操者としての鍛錬しかしていなかったのだろう。
もっともその判断は、ラングレー王子がかなり残念な人だったので、結果的には間違っていなかったという。
もしリリーが下手に政治に興味を持っていたら、ラングレー王子に敵視され、最悪命を狙われたかもしれない。
リリーは優れた操者であり、操者としては微妙なグレゴリー王子とは違って貴族たちの支持を集めやすいのだから。
「しかしながら、ルールブック侯爵たちの第三極は存在するだけというのがな。他二つは、お飾りとはいえ王女たちがトップなのだから」
「我々は第三極というよりも、この非常事態にどちらがゾフ王陛下の気を引けるか、くだらない誘惑合戦をしている二王女と、そう仕向けている貴族たちに呆れた者たちの集まりなのです」
ルールブック侯爵は、私たちが援軍に来るまではずっと前線で戦っていたほどの武人なので、二王女と二人を焚きつける貴族たちに嫌気がさしているようだ。
確かに、後方でくだらない内輪揉めをしている暇があったら、貴族なら魔晶機人に乗って異邦者と戦えばいい。
そのための武器も、こちらは用意しているのだから。
と、ゾフ王国から遠征してきたみんなも思っているからなぁ……。
「ルールブック侯爵、嘘はいけないぞ。そなたも含めて、そういう者たちが真に忠誠を誓うのは、自ら前線で異邦者と戦うケイトであろう?」
「……」
「沈黙は肯定と見なすし、むしろ気が付かぬ者の方が珍しいくらいじゃからな」
「それを公言すれば、ケイト様に迷惑がかかりますから」
ただ話はそこまで単純でなく、リリーがルールブック侯爵たちの派閥に属する者たちの真意に気がついてしまった。
あれだけ操者と軍人がケイトを褒めていて、バレないわけがないと思うけど。
ルールブック侯爵たちはこの国家存亡の機に、他二王女のように派閥を作り、無駄な後継者争いに参加しないという意思を強く表明した。
ケイトも姉二人の争いから完全に距離を置き、魔晶機人改部隊の指揮者、操者として大活躍している。
同じ学園の仲間だし、他二人の王女とは違って俺に露骨な誘惑をしてこず……ラーベ王国にくる前に私を狙っていたが、実の姉二人の私を巡る口喧嘩を見て恥ずかしいと思ったのだろう。
最近はストイックに、操者として戦っていた。
そこも、ケイトが人気な理由なのだと思う。
「ただ、ケイトが活躍すればするほど、彼女が次の王を生む母になってほしいと願う貴族や民が増えるのは確実だ。ルールブック侯爵たちの派閥の精神的な支柱がケイトであることに、気がついていない者はいないだろう」
それでもルールブック侯爵たちは、それを公式に認めて真の第三の派閥を作った結果、ラーベ王国の後継者争いが三つ巴になることを恐れているのだろう。
そんな時に異邦者が大攻勢をかけてきたら、ラーベ王国は確実に滅んでしまうのだから。
「民たちにも、二王女の行状と、ケイト様の活躍の噂は流れています。そんな状況で、民たちは誰を支持するか」
「ラーベ王は?」
「昔から、陛下は影が薄く人気もイマイチでした。むしろ、王子たちに期待が寄せられていたのです」
だからニ王子討ち死にのあと、ラーベ王は空気になってしまったのか……。
「徐々に、ラーベ王国の精神的な支柱がケイト様になりつつあります。そして二王女と彼女たちを操る貴族たちもそれに気がつきつつある」
それなら、二王女も操者として戦場に立てばいいのだが、二王女は魔力が多くて魔晶機神を動かせても、ろくに訓練をしたことがないので戦力にならない。
二王女を支持する貴族たちも、操者としての腕前は微妙で、戦功を立てられそうになかった。
「だからこそ、異邦者との戦いでの戦功ではなく、ゾフ王陛下の子を産み、次のラーベ王の母になろうとしているのです」
「迷惑すぎる……」
こっちは異邦者の相手で忙しいというのに、私を誘惑ばかりしてきて。
それは、まともな貴族たちに呆れられて当然だろう。
私としても、彼女たちの誘いを穏便に断るのはなかなかに骨だし、相手は王族なのですべて誘いを断るわけにもいかない。
派遣軍とラーベ王国の、仲違いの原因となるのも困るからだ。
それらはすべて王城内での出来事であったが、ラーベ王国の民たちに噂が流れるまであまり時間はかからなかったということか……。
その結果、ラーベ王国のために自ら先頭に立って戦うケイトの人気はうなぎ上りで、二王女の評判は落ちる一方となってしまったらしい。
操者として活躍できなくても、士気向上のために前線視察くらいすればいいのだが、お嬢様育ちの二王女がそんなことをするわけがない。
そんな暇があったら、私を落とせと、後ろにいる貴族たちに発破をかけられているのだろう。
「ラーベ国としても、民たちの支持の強さは無視できぬからの。すでに二王女よりも、ケイトが次のラーベ王の母となった方がいいという意見が多いはずじゃ。違うかな?」
「それは……」
「ケイト自身にその気はなくとも、ケイトを支持するルールブック侯爵たちからすれば、彼女がエルオールの子を産み、その子が次のラーベ王になってくれた方が安心する。個人的な幸せと、みなの幸せが一致するとは限らぬことを示す、わかりやすい例じゃの」
私とケイトが夫婦になる?
リリーの口からとんでもない話が飛び出したが、私もじきにその話を言い出す人たちが出てくるとは内心思っていた。
「(個人的にも、二王女よりもケイトの方が……いや!)」
最良の手ではあるが、私自身は前世の影響でそういうことはなるべく避けたくはあるし、ケイト自身の気持ちだってある。
まあ、ケイト自身は見た目はゴージャスな王女様なんだけど、話すと気さくで好感を持てるし、もの凄い美人で前世の私なら相手にもされなかったはずなので、彼女と結婚できる男性は羨ましいとは正直思う。
「つまり、現在のラーベ王国は三つに割れているようなものじゃ」
カーラ王女派、エステル王女派、ケイト王女派というわけだ。
この非常時に後継者争いが起こるなんで、人間とは罪深い生き物なのかもしれない。
「リリー様、ラーベ王は誰を支持しているのですか?」
そこにちょうど、機体の整備を終えたヒルデが戻ってきて、リリーに尋ねた。
ヒルデからすると、あの人は空気でなにを考えているかわからない……私たちもそう思っていたけど。
「悪いことに、ラーベ王は完全な中立状態。違うかな?」
「はい……」
「えっ! この期に及んでですか? 無責任すぎません?」
「ヒルデの言うとおりよ。あの人がビシッと後継者を決めればいいのに」
ヒルデとリンダのみならず、私たちのラーベ王に対する信用は落ちる一方だった。
そして、リリーの問いに冷汗を流しながら答えるルールブック侯爵だったが、誰が後継者争いに勝利してもいいように王が中立を標榜するのは問題どころではないだろう。
「考えてもみよ。誰が次の王の母になったとしても、ラーベ王からすれば自分の娘なのじゃ。損はしない」
「後継者争いで、国がボロボロになりそうですけどね」
「自分だけ安全圏だと思って、後継者争いを放置とか……。酷い王様ですね」
ライムとユスハの発言は不敬罪そのものだが、ルールブック侯爵は特に怒らなかった。
彼も、ラーベ王に呆れているのだろう。
「決断しない王は、ただのお飾りなのですから。ケイト様とゾフ王陛下が援軍としてやって来るまで、異邦者に土地を奪われる一方だったので、民たちにも人気がありませんし……」
まさか、私たちが援軍に入ったせいで後継者争いが……いや、援軍に来なくても二王子は死んでいるから、後継者争いからは逃れられなかったのか……。
まさか、ラーベ王国の内情がここまでボロボロだったなんて……。
「(段々と、ラーベ王国を維持できる自信がなくなってきたよ……)」
これは、あとでアリスとフィリスに相談しないとなぁ。
後継者争いが激化した結果、ラーベ王国が崩壊した時に備えた方がいいだろう。
同時に、ラーベ王国が崩壊して放棄、撤退する羽目になった場合に備え、サクラメント王国、ゾフ王国を守る備えも怠らないようにしないと。




