第百十三話 三人の王女
「異邦者たちに奪われた土地を取り戻すのです! 全機、突撃!」
「「「「「「「「「「おおっーーー!」」」」」」」」」」
ケイトの姉である第一王女カーラに狙われる(政略結婚目的)というアクシデントはあったが、翌日からもラーベ王国派遣軍は、異邦者に奪われたラーベ王国領の奪還作戦を開始した。
ケイトを先陣として……あくまで私たちは、ラーベ王国のお手伝いをする立場だからだ……異邦者に占拠された土地への進撃を開始する。
優れた操者であるケイトは、ラーベ王国軍の軍人たちや、操者としてしっかりと己を鍛えている貴族たちに人気があった。
操者は、優れた操者をリスペクトするからだ。
彼女の魔晶機人改が、57ミリ銃で、超合金サーベルで、次々と異邦者たちを落としていくと、ラーベ王国軍や貴族たちの士気が上がっていくのが確認できる。
「ケイトって人気あるんだな」
「美しく、立ち居振る舞いが王女様そのものだからな。それでいて話すと気さくだから、人気なのは納得だし理解できる。他の王女たちはどうやら操者として戦場には出ないようだし、余計に人気に差があるんだろうな」
あまり出番のないリックは、私の側でケイトたちラーベ王国特別部隊の活躍を眺めている。
マーカス帝国人であるリックたちは補助役に徹しており、それはこの土地を占拠している異邦者の数が少ないという理由もあった。
いくら数が多い方が有利でも、狭い戦場に過剰な戦力を投入するとかえって混乱するし、犠牲が増えるからだ。
「ゾフ王国への留学から帰還した第三王女が、異邦者に奪われた土地を奪還する。いい宣伝になるしな」
ラーベ王国の民たちは、異邦者に土地を奪われたラーベ王国軍と貴族しか見ておらず、気持ちが沈んでいる。
こんな時に、ゾフ王国の助けを得た自国の王女様が異邦者に奪われた自国の土地を奪還すれば、今後ゾフ王国とサクラメント王国と協力して異邦者に対抗する、という空気を形成してくれるはず。
いくら王族と貴族が偉くても、多数の平民たちの意向を無視するのは危険だ。
異邦者に押されている弱い王様と貴族が強権を振るおうとしても、言うことを聞いてくれない可能性もあるのだから。
「全人類が協力して、異邦者を滅ぼす。難易度は高いけど……」
「人間同士で争ってる場合じゃないってのはわかるけど、マーカス帝国でも権力闘争なんて珍しくもないからな。男爵の三男にはあまり関係ない話だけど」
とにかく、まずはラーベ王国からだ。
この戦功で、ケイトがラーベ王国軍の然るべき地位に就ければ、三カ国の連携は可能になるはず。
逆にいえば、ラーベ王国が私たちに協力的だという確信が持てなければ、危なくて魔晶機人改や火器を提供できない。
もし新兵器の供与を受けたあと、ラーベ王国がゾフ王国とサクラメント王国と敵対してしまったら、余計に状況が悪化してしまうからだ。
なので今のところは、異邦者に奪われた土地の奪還が最優先で、新兵器の供与についてはあとで考えるというのが、アリスと話し合って決めたことであった。
「みなさん! やりましたわ!」
「「「「「「「「「「ケイト様、バンザァーーーイ!」」」」」」」」」」
異邦者に奪われた土地の奪還どころか、さらなる土地の失陥も覚悟していたラーベ王国軍の兵士や貴族たちから歓声があがる。
まずは、ラーベ王国が奪われた土地をすべて奪還し、そのあと今後のことを考えるとしよう。
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「カーラ様、ゾフ王陛下が異邦者に奪われていた土地の一部を奪還しましたぞ」
「まあ、さすがはエルオール様。それで、エルオール様はいつご帰還されるのですか?」
「明日にでも。一度王都に戻って英気を養い、ラーベ王国が異邦者に奪われたすべての土地を奪還することになるでしょう」
「無事すべて土地を異邦者から奪還したのち、私はエルオール様に嫁ぐのですね」
「はい。そして、ゾフ王陛下の血を引く優れた操者たるお子を産み、ラーベ王国は大きく発展することでしょう!」
次のラーベ王となるはずだったマーク王子のみならず、その弟であるルーク王子までもが討ち死にしてしまった結果、すでに水面下では、ラーベ王国の王位継承争いが始まっている。
だが、いまだそれに気がつかない間抜けな貴族のなんと多いことか。
異邦者との戦いで精一杯で、それどころではないという点を差し置いても、政治を気にしない貴族などポンコツでしかない。
そんな脳筋貴族や軍人たちは、化け物の相手だけをしていればいいのだ。
操者としてはイマイチでも、政治がわかる私は、その夫が次の王位を継ぐことがほぼ決まっている、第一王女のカーラ様に目をつけた。
カーラ様の夫が次の王になるのであれば、この私が……などと考えるのは、浅はかで欲深いだけの愚かな貴族だ。
私は、カーラ様とゾフ王陛下を結婚させようと動いていた。
ゾフ王陛下には正妻たるアリス宰相と、側室であるサクラメント王国のリリー王女などがすでにいるが、カーラ様も側室でいいと言えば、断られることはあるまい。
そして、カーラ様とゾフ王との間に生まれた子供を次のラーベ王にする。
二人の王子亡き今、ただ王女の夫だという理由で力のない王を王位に就ければ、ラーベ王国は混乱してしまう。
それどころか、異邦者に国土を奪われてしまうだろう。
なにより今のラーベ王国は、ゾフ王国の助けがなければ国を維持することすらできない。
ゆえに今は強い王が必要であり、そのためにもカーラ様とゾフ王陛下を結婚させる必要があった。
幸いにして陛下は、亡くなることも考えなければならない年齢ではなく、今から手を打てば十分に間に合う。
「(カーラ様とゾフ王陛下との間に生まれた子を、陛下が立太子すればいいのだ)」
ゾフ王陛下の子供ならは、優れた操者になる可能性も上がる。
次の王がゾフ王陛下の子供ならば、ゾフ王国の援助を受けやすいという利点もあった。
魔晶機人改や新型火器も手に入れやすくなる。
長年ラーベ王国は、魔晶機人大国であるサクラメント王国を仮想敵国として軍備を整えてきたこともあり、かの国と組むことには反発も大きいが、ゾフ王国ならば貴族たちも婚姻も含めた同盟を結ぶことを受け入れてくれるはず。
貴族たちにしても、優れた操者であるゾフ王なら下につくことも良しとするはずだ。
「それでしたら、エルオール様をお迎えする用意を……ドレスの準備をしませんと」
「とっておきのドレスで出迎えれば、ゾフ王陛下もさぞや喜ぶでしょう」
「はい」
やはり、カーラ様自身の政治力は期待できない。
操者としても、ろくに訓練すらしていないので駄目だろう。
ならば余計に、どこの馬の骨とも知れぬ人物を次の王にはできない。
必ずや、カーラ様とゾフ王陛下の婚姻を成立させるのだ。
そのためにも、今は一人でも多くの同志を集めなければ。
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「私がカーラ姉様の代わりに、ゾフ王陛下の妻になるのですか?」
「はい。エステル様こそが、次の王の妻に相応しいと私は思うのです」
「ですが、私は次女ですので……」
「今は戦時です。長幼の序など気にしている場合ではありません。なによりエステル様は、カーラ様よりも魔力が多い。ゾフ王陛下との間に生まれた子を優れた操者として育て上げ、次の王としてラーベ王国を立て直すのです」
「私が、ラーベ王国を立て直す……」
「そうです」
俺が、エステル様こそがゾフ王陛下の妻に相応しいと言ったら、彼女も否定はしなかった。
姉であるカーラ様も、妹であるケイト様も、母違いで年も近く、内心では自分こそがゾフ王の妻に相応しいと思っているのだろう。
もし俺が、エステル様こそが次の王に相応しいと言ったら、全力で否定したはずだ。
女性は、ラーベ王国の王になれない。
この決まりは重々承知しており、そのくらいの分別があれば、神輿としては使えるだろう。
我々は、ルーク様の派閥に属していた貴族たちであったが、彼の死で派閥は崩壊の危機にあった。
ルーク様は第二王子だったので、王位に就くには第一王子であるマーク様が不慮の死を遂げなければならなかったが、我々の派閥はそこまでは考えていないかった。
将来マーク様が王位についたら、一定の勢力を持つルーク様と彼を支持する我々に配慮してもらうために存在していたのだから。
それが、ルーク様の討ち死にですべてご破算となってしまったが、ほぼ同時期に討ち死にしてしまったマーク様を支持する貴族たちの間でも混乱が著しい。
混乱が大きくなったのは、ゾフ王国に留学していたケイト様たちが帰還、一部領地の奪還に成功した際に、これまで隠していたお二人の死が広まってしまったことにある。
王太子と継承権第二位の王子の死を、ずっと隠せるものでないので仕方がない。
もしすぐに二王子の死が公表されていたら、ラーベ王国軍と貴族たちは大きく混乱し、もっと多くの土地を失っていただろう。
陛下の判断は間違っていなかったが、二王子の死があきらかになった時点で貴族たちの混乱は大きくなり、水面下では後継者争いが始まりつつあった。
お二人の死を公表できたのは、ゾフ王が連れてきた援軍と、ケイト様が率いる留学生組が、異邦者に奪われた土地の奪還で大きく活躍していたからということもある。
自ら操者として先陣に立ち、多くの異邦者を屠ったケイト様の活躍ぶりを見てすぐに混乱から脱し、ケイト様と共に異邦者と戦う貴族たちが増えた。
それはいいことなのだが、彼らの中に、これまではカーラ様とエステル様を支持していたのに、ケイト様の派閥に属すようになってしまった者たちが続出したことが問題だ。
第三王女であるケイト様ご自身は、自分の派閥が誕生した事実を知らないようだが、彼女を支持するようになった貴族たちはこういう風に考えている。
『ケイト様とゾフ王陛下が結婚し、生まれた子供を次のラーベ王にすればいい』と。
昔なら絶対にあり得ない話だったが、ラーベ王国は国土を異邦者に蹂躙されてしまった。
民も貴族も強い王を望むようになり、自身が優れた操者であるケイト様と、操者としての実力については言うまでもないゾフ王陛下の子供なら、その可能性が高いと踏んだ。
その子が成人して即位するまで、ケイト様とゾフ王陛下の助力が期待できるというのも大きい。
「(みんな、死にたくないのだ。強い王を望んでいる。だが……)」
もし将来その体制になってしまったら、我々は冷や飯食いになることが確定だ。
ケイト様につかなかった貴族の多くは、特に操者として優れているわけではない。
それでも多くの魔力を持ち、結界を維持することでラーベ王国に貢献しているとはいえだ。
「(ケイト様がゾフ王陛下の妻となり、跡継ぎを産めば、操者として優れた貴族ばかりが優遇される国になってしまう)」
それは絶対に避けなければならず、だからと言って、マーク王子に与していた連中と組むにはまだ抵抗がある。
「(結局、ゾフ王がエステル様を気に入れば問題ない)じきに、ゾフ王陛下が王都に凱旋するはずです。その時にエステル様が出迎えれば、ゾフ王陛下はエステル様に一目惚れするでしょう」
「私が、ゾフ王陛下の妻にですか……。しっかりとおめかしをしませんと」
「それがよろしいでしょう」
「(エステル様も、やる気を出してくれたようだな)」
そして私は、エステル様とゾフ王陛下の子供、つまり次のラーベ王の政治的な側近となり、自身の栄華を極めるとしよう。
間違いなく、カーラ様をゾフ王の妻にしようとする勢力とも争いになるはずだ。
両者に勝つため、我々エステル派も気を抜かないようにしなければ。




