第百九話 軍備増強
『魔獣、無法者、異邦者と。とにかく、人間の敵が多すぎますね』
「そうなんだよなぁ……」
『人間にはイタルク公爵のような人もいて、内輪もめをしているんだよねぇ……。ボクもそこに参加していましたけど』
「ラーベ王国を手始めに、他国との協力を進めているけど、サクラメント王国とでもトラブルは度々あって、人間の戦力を統一するのは難しい」
人間が一致団結して、異邦者、魔獣、無法者に立ち向かう。
言うは易く行うは難しだ。
なにより私たちは、彼らについてなにも知らないと言っても過言ではない。
この世界の人間は、これら三者により発展を妨げられているといっても過言ではなかった。
『魔獣は結界の中に入ってこないから、結界の外に出なければ襲われないけど、無法者と異邦者は結界の効果がないから困りますよね』
「だから、多くの戦力で攻勢に出るのが難しいんだ」
新型の五十七ミリ銃で、視界に見える異邦者たちを駆逐しながら、私はマルコとそんな話をする。
しばらく見ないうちに、マルコも腕を上げたな。
大人になった……いや、そうならざるを得なかったのだろう。
私のせいで。
『兄様、僕は自分の意思で学園に早期入学しましたし、グラック伯爵となり、近衛騎士団の隊長にもなるんです。だから自分のせいだなんて思わないでください』
「マルコ……」
マルコ!
やっぱりマルコは、私の可愛い弟だ!
こんな酷い兄に気を使ってくれるなんて……。
『ねえ陛下、ボク一つ疑問に思っていることがあるんだ』
私がマルコの可愛さをあらためて噛み締めていると、魔法通信機からネネの声が聞こえてきた。
「疑問に思ってること?」
『うん、魔獣、無法者と異邦者って、ボクたち人間の敵だけど、彼らって仲良しなのかな? 協力して人間を駆逐しようとしていると思う?』
「仲間には見えないけどな」
魔獣はその名のとおり、動物に近い形状のものばかりだ。
そして、異邦者はあきらかに宇宙用の軍艦の一部や部品、その他兵器の残骸や金属塊に、筋肉、内臓、血管がむき出しの不気味生物が寄生した生物である。
なお、異邦者が寄生している宇宙用の軍艦に、私は見覚えがなかった。
前世の私が所属していた、汎銀河連合軍の軍艦ではないことはとっくに確認している。
他の世界の軍艦でだろう、多分。
もしかしたら、汎銀河連合のある宇宙かもしれないけど、別の銀河の軍艦なら私でもわからないからな。
いまだ前世の人類は、銀河系を脱していなかったのだから。
そして無法者は魔獣の強化版だが、マジッククリスタルで構成された巨大な狼や、魔晶機人など。
生物の枠から外れたような個体もいて、しいて言うなら、魔獣と異邦者の中間のような存在か?
「無法者が結界の中で活動できるのは異邦者と同じだ。もしかしたら、無法者と異邦者は近い種類なのか?」
『ですが兄様、僕は異邦者と無法者、魔獣が連携して人間を襲ってくるところを見たことないですよ』
サクラメント王国の王都で、異邦者たちの大群と防衛戦を繰り広げた時、結界の中に入れる無法者たちも襲ってきた。
だが、無法者と異邦者の連携が取れているのかと問われると、『お互い邪魔はしないけど、連携しているわけでもない』といった感じに見えた。
『今、私たちが新型火器の試験をしているこの草原も、魔獣と異邦者が一緒にいることはあるけど、連携している感じはしないなぁ。敵対はしていないし、お互い好きにやってる感じ』
ラーベ王国を目指しというか、ゾフ王国とラーベ王国の間にある魔獣の領域の様子を探り、効率よく連携できる方法を探している私たちだが、いくら戦力を増やしても魔獣を完全に駆逐するのは難しい。
結界を張れば魔獣は入ってこれなくなるが、ゾフ王国とラーベ王国との間にある広大な土地すべてに結界を張るのは、できなくないが維持は難しいだろう。
なぜなら、結界を張るのは簡単でも、防衛戦力がないと水晶柱を異邦者に破壊されてしまうからだ。
『陛下、異邦者って、魔獣を襲って食べないのかな?』
「小型の魔獣は襲っているようだ」
異邦者は、自分の体を構成する有機物……偵察衛星で調べてみたところ、人間、小型の魔獣、草木など……と、活動エネルギーとなる核融合に使うわずかな原子を供給してくれる核、芯を必要とすることがわかっていた。
芯は、巨岩でも、巨木でも、なんなら魔獣の死骸でもいいようだ。
巨木や魔獣の死骸だと、じきに腐って崩れてしまいそうな気がするが、そうなったら芯を変えればいいと考えたら不思議ではないのか。
『異邦者が近くにいても気にしない魔獣や無法者は、自分たちが捕食対象ではないことを知っているんだね』
だからこそ、異邦者と魔獣が一緒にいても混乱がないのだろう。
「強行偵察部隊も無事に辿り着いたし、魔獣は飛べるものが少ない。異邦者も、なにかしらの目的がないと、多数が密集しないようだ。ラーベ王国との連絡は、護衛つきの船団を往復させればいいかな?」
護衛をつけた船団でラーベ王国に向かい、物資、兵器、人材を補充する。
そうすることでラーベ王国の戦力整備を進め、ゾフ王国とサクラメント王国の負担を減らす戦略だ。
『兄様、ケイトさんが率いている、ラーベ王国特別部隊をラーベ王国に帰還させるんですね』
「基本的にはそうなるかな」
ただ、ラーベ王国への支援も無条件にはできない。
その辺は今、外交担当者たちが無線機経由で交渉しているところなので、それが決まってから動くことになるだろう。
貰うものだけ貰ってあとは好き勝手にやります、では困ってしまうからだ。
「すべては今後の方針が決まってからだ。私たちは新兵器の試験がてら、一体でも多くの異邦者を討てばいい」
『そうですね』
『ボク、頑張ります』
その日は可能な限り前に進みながら、遭遇した異邦者と魔獣を倒し続けた。
「今後は、五十七ミリ銃が主力火器になるだろうな」
四十ミリ銃よりも、確実に兵士クラスの異邦者を一発で倒せるからだ。
ただ、今の魔晶機人改の性能だと、五十七ミリ銃を撃つのが限界だろう。
反動に機体が耐えられないのだ。
「(となると、次は魔晶機神改の増産……は難しいか。魔晶機人改の、さらなる改良も考えないと駄目かもしれないな)」
それはあとでフィオナと相談することにして、今は試験をした五十七ミリ銃以下新兵器の運用データを持って、ゾフ王国領まで戻るとしよう。
※※※※
「正面に、異邦者の兵士クラスが四体出現! これより全機撃ち落とすぞ! 領内に入れるな!」
『『『了解!』』』
『こちら司令部、念のため応援部隊にも準備をさせておく。なにかあったらすぐに通信してくれ』
『了解だ! ブランド小隊、行くぞぉーーー!』
「「「おおっーーー!」」」
ゾフ王国軍に所属する俺たちは、早期に魔晶機人改を与えられ、火器の取り扱い、二機一組、四機一組の小隊で連携する訓練で合格を出してから、東側の国境に配属された。
実は、ゾフ王国の隣国は少ないのだが、その間には魔獣の住処である広大な土地……山野、河川、森林、荒野等など……が広がり、隣国と緊張関係になる可能性はほぼなかった。
距離と魔獣が、隣国同士の戦争を防いでいたのだ。
だがこのところは、ゾフ王国領内に侵入を図る異邦者たちが問題になっていた。
大体が一度に数体レベルの侵攻なので、四十ミリ銃を装備した四機小隊一つで事足りるが、異邦者たちの侵入は真夜中になることもあり、西側国境沿いのゾフ王国駐屯地では、二十四時間体制で警戒が続いている。
もし多数の異邦者たちの侵入があったら、多数の機体で迎撃できるように、魔晶機人改が配備されていた。
「食らえ!」
確認できた異邦者は四体。
まあ標準的な襲撃といったところか。
不思議なことに、今のところゾフ王国に侵入を図る異邦者たちは軍団を形成していなかった。
陛下がサクラメント王国の王都で倒した異邦者の軍団には司令官がいたと聞いているのだが、異邦者もそれぞれなのかもしれない。
五月雨式の襲撃でこちらの様子を窺っているか、こちらの疲弊を狙っている可能性もあって、上からは油断するなと口を酸っぱくするほど言われていたが。
『隊長、全機を落としました』
「回収班に、異邦者たちが落ちた座標を連絡」
「もう連絡しましたよ」
「早いな、ルーター」
「慣れましたからね」
倒した異邦者の死骸は、なるべく回収するよう命令が出ている。
訓練途上の操者、雇った魔法使い、普段は魔獣を狩っているハンターたちで回収班を編成し、倒した異邦者の死骸を回収させていた。
異邦者は体内にマジッククリスタルを持っていないが、なぜか金属の塊に寄生しているので、それを金属資源として活用すると聞いている。
異邦者の金属塊には様々な種類の金属が混じっているので使いにくいらしいが、『陛下の船』にある技術なら、有効活用できるそうだ。
異邦者の金属を有効活用できているから、我々は弾切れを気にすることなく四十ミリ銃をぶっ放せるわけで、可能ならちゃんと異邦者の死骸を回収することで、我々の生存率も上がるのだから。
『相変わらず気持ち悪いなぁ……』
異邦者の死骸を回収している操者見習いの若者の愚痴が、魔法通信から流れてきた。
確かに俺も異邦者の死体を回収したことがあるが、金属の塊に寄生した、筋肉、内臓、血管がむき出しのピンク色の生物なんて、まじまじと眺めたくない。
下手に触ると病気になりそうな見た目だしな。
『隊長、確か陛下が異邦者の死体を集めているとか?』
「ああ、それはなにか変わった異邦者を倒した時だけだ。今回のは、よくいる異邦者だから死体は必要ない」
一箇所に大量の死骸を放置すると、腐敗して疫病の原因になるのでよくないが、そうでなければわざわざ回収はしない。
金属塊の回収と輸送はかなりの手間なので、珍しくない死骸は魔法使いの魔法で焼いて、地面に埋めることが大半だった。
珍しいタイプの死骸は、陛下がこれを集めてその弱点を調べていると聞いたので、確実に回収している。
「陛下は、異邦者というのはとにかく謎の生物だから、これを詳しく調べることも大切だと」
『さすがは陛下ですね』
「だな」
これまで他国は、絶望の穴から湧き出る異邦者を倒すだけで、その死体を詳しく調べようと思った人はいなかった。
ゾフ王国は陛下が即位するまで、異邦者に接触する機会がなかったので、異邦者に関する知識が少ない。
苦労して倒した異邦者を解体したところ、マジッククリスタルが出てこなかったのがよくなかったのだろう。
寄生している金属塊も技術がないと活用しにくく、兵士クラスでも人間からすれば重たいので、輸送能力がなければ放置するしかなかった。
今はこの騒ぎなので、ちゃんと異邦者の死骸を調べているのは陛下だけだろう。
『回収班、任務完了』
「ごくろうさん」
『早いですね』
「回収班の操者だが、もうすぐ正式に部隊配備されるだろうな。さて、基地に戻るとしようか」
『隊長、新たな異邦者たちが接近してきます』
「珍しいな」
いつもは、連続してくることなんて滅多にないのに……。
ただ、その数はさきほどと同じ四体だ。
油断するのはよくないが、慌てる必要はない。
「慌てずに落としてくれ」
『隊長、あの異邦者たちですけど、かなり他のと違います』
「……なっ!」
目を凝らして確認した俺は、その異邦者が金属塊ではなく、魔獣の死体に寄生していることに気がついた。
寄生された魔獣はすでに腐り始めているせいか、皮と体毛がめくれて、赤黒い腐った肉、内臓、骨が露出しており、余計に不気味さを感じる。
『隊長、あの個体ですが……』
「岩か? あれは大木かな?」
他にも、巨岩、大木に寄生した異邦者もおり、これは陛下の言う『変わった異邦者』であろう。
「必ず落とせよ」
『了解!』
新たに侵入を図った異邦者たちだが、無事にすべて落とすことができた。
それらも、回収班がしっかりと回収していく。
『そういえば、巨岩と大木に寄生した異邦者は使い道がないですね』
「異邦者の珍しいサンプルと割り切るしかないさ」
異邦者は見た目からして、魔獣のように食べるには抵抗がある。
変な病気になりそうだし、魔獣の死骸に寄生したやつを食べたらお腹を壊しそうだ。
陛下は、『特に毒があるわけではないから、食べられなくはない』と言っていたけど、『美味しいって話も聞かないので、無理に食べなくていいのでは?』とも言っていた。
俺も、異邦者を食べようとは思わない。
『隊長、ふと思ったのですが、魔獣の死体と巨岩と大木に寄生した異邦者は、こっちで生まれた異邦者ではないでしょうか?』
「その可能性は高いな」
絶望の穴から出てきた異邦者たちは、すべて金属塊に寄生していた。
それ以外の異邦者は、こちらの世界で生まれた異邦者である可能性が高いだろう。
『となると、ますます倒しても倒してもキリがないですね』
「異邦者が新しく生まれるペースよりも早く、倒し続けるしかないさ」
もしくは、異邦者の弱点を見つけられるかだろう。
「さて、帰るか」
また異邦者たちはやってくる。
もし国内に侵入を許せば多くの人たちに犠牲が出るので、一瞬たりとも気が抜けない。
俺たちは、ゾフ王国の国境を守るという大切な任務があるのだから。




