第十話 キューリ村開放と、大ミミズ討伐
「ラウンデル、本当にこんなに近くに村があったんだな。サクラメント王国は、キューリ村奪還の軍を起こさないのか?」
「若様、サクラメント王国のみならず、この世界のすべての国家が、常に魔物に対し優勢ではないのです。逆に魔物によって人間が駆逐され、住処を追われることも多々あります。その奪還のみに労力のすべてをかけられないわけです」
「どこもかしこも、魔物が跳梁跋扈しているのか……」
魔晶機人の操縦にも慣れ、多くの魔物を狩れるようになった私は、ラウンデルたちを連れて、さらに南へと進んでいった。
今日は、三年前に廃村となったキューリ村への強行偵察の日だ。
ラウンデルの案内で南下すると、本当に一キロと進まないうちに無人の村を発見した。
彼によると、ここがキューリ村で間違いないという。
「魔物に襲われたにしては、思ったよりも壊れていないな」
まったく破壊されていないわけではないが、村を放棄しなければいけないほどの魔物に襲撃された割には、村の家々はそのままであった。
畑は作物を食べたのであろう。
すべて掘り起こされており、三年間も放置されているので雑草が生い茂っていた。
そしてまばらにだが魔物は存在し、魔晶機人に搭乗した私や武装したラウンデルたちを見つけた数匹が襲ってきたので、すぐに大剣で斬り伏せて退治している。
「魔物は、人工物には興味がないのです。あくまでも人間や家畜、犬猫などを食おうとするのですよ」
家が壊れているのは、逃げ遅れた人を食べようと魔物が家屋を破壊したあとだとラウンデルが教えてくれた。
人間への異常な執着。
戦闘力がない普通の人たちにとって、魔物は大きな脅威というわけだ。
「なるほど。ところでキューリ村が魔物に襲われたのは、結界が消えたとか、そういう理由があるのか?」
「いえ、結界はちゃんと機能していました」
「ではどうして?」
結界が作用していれば、魔物はその中に入って来ないのでは?
だから結界を維持できる人が領主としてその世界の支配者となれるのだから。
「たまにあるのです。結界を破る『無法者』の襲撃が」
結界を張れば、魔物はその中に入ってこれなくなる。
この世界の人間の大半は、領主や代官が維持している結界の中で生活していた。
結界は一定量以上の魔力量がなければ維持できず、それができるのは大半が貴族か王族だ。
そのため、この世界では王族と貴族が支配者であるという構図が長年崩れていない。
結界の中にいれば魔物に襲われない。
だから多くの人たちは、貴族や代官に税を支払うのだ。
ただ、一つだけ例外があるという。
それは、まれに結界を破って人々を襲う魔物がいるという事実であった。
結界の中に入れる、巨大で強力な魔物は『無法者』と呼ばれているそうで、この廃墟は無法者によって成されたというわけだ。
「グラック村はよく大丈夫だな」
「それが、無法者は気まぐれな気質なようで、この村を廃墟にしてから行方がわからなくなりました」
「探さないのか?」
「これより南は、魔物の楽園です。人間はほとんど住んでいないはず……その確認すら危険なのでできないのですが……。ここより南に逃げ込まれると、もう我々ではどうしようもありません。魔晶機人か魔晶機神なら無法者にも勝てるのですが……旦那様が、若様に期待しているのはそういう理由なのです」
またいつかこの村を滅ぼした無法者が、グラック村を襲うかもしれない。
その時に、私がいれば対抗できるというわけか。
「なるほど。ところであの家は壊れているな。中の人間を狙ったような破壊のされ方ではない」
「爪を研いだのでしょう。見てください。一方向に壁が削れているでしょう?」
「本当だ」
若くしてプロの猟師であるラウンデルは、魔物の生態に詳しかった。
なるほど。
人間を切り裂いて食べやすくするため、その鋭い爪を研ぐわけか。
「もう一つ、結界を張る水晶柱は壊されたのか?」
人間が住めるよう、その土地に張られる結界は、術式を刻まれた特殊な水晶の柱で発動する。
これを本国から与えられた領主なり代官が、領地の中心部に設置して定期的に魔力を流すのだ。
魔力が切れれば結界はなくなり、水晶柱が壊されても結界は解けてしまう。
キューリ村の結界を生み出していた水晶柱は、無法者によって破壊されたのであろうか?
「実は、それを誰も確認できていないのです。さっきも説明しましたが、魔物は人工物にそれほど興味を持ちません。爪研ぎの道具としては別ですが、これに関しては無法者も同じです。それと、結界を張る水晶柱はとても頑丈で、倒したり、高所から落とした程度では壊れません。なんでも、特別な術式を組み込んでいるので頑丈だとか」
それはそうか。
地震や水害、山崩れなどの災害で破壊されたら、そこに住んでいる人たちの死活問題になるのだから。
結界を維持できなくなる理由は、水晶柱を盗まれるか、魔力の供給がストップするのが大半ということになる。
「魔物を退治しながら、キューリ騎士爵家の屋敷に向かおう」
「わかりました」
またも途中、数匹の魔物を退治しながら屋敷のある村の中心部へと向かう。
このところグラック村の南側で、私が虐殺レベルで魔物を退治し、肉や素材、マジッククリスタルを得ているから、この辺にも影響があるようだな。
魔物が大分減ったような気がする。
「どうだ? 水晶柱は壊れていないか?」
「若様……これは予想外の事態です……」
私は魔晶機人に乗ったままなので屋敷には入れない。
我がグラッグ家もそうだが、水晶柱は領主の館の中心部、一番厳重に警備ができるところに置いてあるのが普通なので、ラウンデルたちに様子を見に行ってもらったのだが、彼らは血相を変えて戻ってきた。
念波を持ち魔物を探るのにも慣れてきたので、屋敷の中に魔物はいないはずなのだがな。
もしいたとしても、屋敷の中に入れる大きさの魔物なら、ラウンデルと彼が率いる我が領地に住む猟師たちに退治できないわけがない。
他の理由で驚いているのであろう。
「実は、屋敷の裏口から派手に壊されておりまして、水晶柱がないのです」
「盗まれたのか?」
もしかしたら、キューリ騎士爵家が村を放棄したことを知った誰かが、水晶柱を手に入れるため盗み出したとか?
「それは不可能です。結界を張れる水晶柱は、国家がその製造を独占している品。それほど簡単に作れないため、下賜されるのを待っている貴族が沢山いるのですから。盗み出して裏ルートに流したら……」
「流したら?」
「三族族滅では済みません」
本気で国家を怒らせることになるので、どんな悪党でも水晶柱には手を出さないそうだ。
「それに、キューリ村の放棄から三年以上が経ち、ようやく我々が強行偵察できたのです。よほど大規模な武装組織でもなければ、この村に入らないと思います」
魔晶機人がなければ危険で、人間だけで入るとなると戦闘力の高い人間を多数揃えなければいけない。
そこまでコストをかけて、たかが騎士の領地に入っても実入りは少なく、そんなことをする奴はいないとラウンデルが断言した。
「水晶柱も売れないしな」
「国を敵に回すので、用心深い悪党ほど手を出しませんよ。それに水晶柱は重たいですからね。魔晶機人でもなければ動かせません」
魔晶機人を持たない組織なり人が、魔物に襲撃されて人が逃げ出した場所に、重たい水晶柱を運び出せる数の人員を用意する。
もし往復の道中で魔物に襲われても、対抗可能な戦闘力も有している。
そこまで苦労して手に入れた水晶柱を、各国政府の目につかないよう、裏ルートで売買する。
見つかれば、死刑になるリスクを背負って。
「……うん、まず無理だな。では、誰が持ち出したんだ?」
屋敷の表側はそのままだったが、水晶柱を持ち出す時に壊された裏側は酷い有様だ。
これは、この屋敷はもう使えないな。
なぜか、隣接する魔晶機人の倉庫は無傷だったけど。
「ラウンデル、倉庫の方はどうだ?」
「それが、キューリ騎士爵家の魔晶機人と予備の部品に、キューリ騎士爵家伝来の飛行パーツも無事でした。持ち出す余裕がなかったようです」
「魔晶機人に乗って戦えば……動かせる一族の者がいなかったのか」
「ええ、サクラメント王国は、魔晶機人、魔晶機神の所有数がこの世界で一番多いですし、魔法技術の研究やそれを用いた魔法具の生産も盛んなのですが、ぶっちゃけ、下級貴族の三分の二が魔晶機人すら動かせません。数の少ない魔晶機神はともかく、魔晶機人は稼働していない機体の方が多いはずです」
特に騎士爵家と郷士家では、家に伝わっていても一族は誰も動かせないなんてケースも珍しくなかった。
大変貴重なものなので、管理だけして置物状態という家の方が多いのだと、ラウンデルが説明してくれた。
「結界を張れる水晶柱に魔力を注入できれば、とりあえず領主として問題はないので」
「でも、このキューリ村のように無法者に襲われると無策なんだ」
「運が悪い……無視できないほどの事案がありますが、王国から水晶柱を下賜されて領地を開発し始める貴族もいますので、人間の可住領域の広さは現状維持、といったところでしょうか」
せっかく魔晶機人というオーパーツがあるのに、魔物のせいでサクラメント王国ばかりでなく、他国も国が発展せず現状維持のままというわけか。
厳しい世界だな。
「(とはいえ、私ならグラック村を維持できる。この小さな領地を効率よく維持し、魔晶機人を動かして遊びながら、領民たちに支持され、プチリッチに過ごす。人生勝ち組ではないか)」
前世の特殊部隊員としての経験から、政治家はクソが多いが、政治家はちゃんとやればやるほどブラック労働なのだという事実に気がついた。
ならばこの田舎領地で、魔晶機人の操者でもある郷士として、領民たちに敬愛されながらプチリッチに生きていく方が人生勝ち組というもの。
王族や大貴族のような雲の上の方々は、せいぜい苦労して頑張ってください、としか思えない私であった。
「魔晶機人や予備の部品、飛行パーツは特に欲しいな」
飛行パーツということは、飛べるってことだよな。
私の機体に取りつけられるかどうかだが、バルクとヒルデなら上手く調整してくれる可能性が高かった。
魔晶機人は、魔晶機神と違って機体の相性などはないと聞く。
予備の機体として。
最悪、パーツ取りとしても使えるか。
消耗部品の類も倉庫にはあるらしいので、これもありがたいな。
「ラウンデル、時間をかけても回収しよう。それとも、キューリ騎士爵家に権利があるのか?」
「いえ、失敗したキューリ騎士爵家はこの地の領主職を解任され、爵位すら取り消されました。キューリ騎士爵領は、魔物のせいでサクラメント王国の領地ではなくなったのです。この地にあるものは、先に入って手に入れた者に所有権があります」
「早い者勝ちか」
「命がけですけど」
魔物に襲われて領地が消滅した時点で、誰のものでもなくなるのか。
そして、手に入れた者の所有物になる。
そういうことにした方が、魔物を駆逐して領地を得ようとする新参者が増えて、王国が発展する可能性が高いと見ての、政治的な判断なのであろう。
「でも、言うほど発展しないよな」
「魔晶機人は動かせないが、結界を維持できる程度の魔力持ちなら、没落貴族も合わせてそれなりの数います。ですが、魔物を駆逐できませんので……」
結局魔晶機人を動かせないと、魔物を駆逐し、新しい領地を得るのも難しいのか。
「大変なんだな」
「そうですね」
逆に言うと、地方で魔晶機人を動かせる私は貴重な存在。
とはいえ、王国中央には魔晶機神を動かせる大貴族や王族がいるので、そこまで貴重でもない。
領地に籠って、プチリッチ生活を満喫できるわけだ。
もう軍人なんてコリゴリなので、これが一番賢い選択というわけだな。
「ラウンデル、倉庫の魔晶機人を運び出す算段をつけよう……なに!」
突然、この世界に来てから感度が増した念波の影響だと思われるが、村の外で強大な魔物の存在を感じてしまった。
慌てて様子を見に行くと、村の南側にある湿地地帯……よく見ると田んぼの跡だと思われた。今は稲もすべて食べられてしまい、雑草が生い茂っているけど……に、巨大なミミズの化け物がいるのを確認してしまった。
「大きいな……例のキューリ村を滅ぼした無法者なのか?」
「その可能性は高いです。しかし、なぜなにもないのに暴れているのでしょうか?」
「わからん。なにか変なものでも食べたのか? あっ!」
よく見ると、大きなミミズの真ん中辺りが不自然に膨らんでいた。
長い尖ったものを呑み込んだのはいいが、それがお腹の中で横になり、引っかかって巨大なミミズに激痛を与えているようだ。
しかし、そのお腹の膨らみ具合でよく腹が破れないものだ。
魔物って頑丈なんだな。
「ラウンデル、キューリ村の水晶柱だが、あの巨大ミミズが呑み込んだらお腹に引っかかったという説はどうだ?」
巨大ミミズも魔物なので、水晶柱を……魔物は無機物に興味がないんだっけか?
「いえ、ワーム系の魔物ならあり得ますね。連中は、人間や他の小さな魔物が餌として食べられない時には、死骸、土、草、木の枝、落ち葉なども口に入れますので。それらの物は消化が悪いので、体内ですり潰す石を呑み込むのです」
巨大な水晶柱を、体内で草をすり潰す石代わりに呑み込んだわけか。
普通の石でいいのに……。
「そのため、たまにワーム系の魔物の体内から、宝石の原石が出てくることもあるそうですよ」
「なるほどな」
ラウンデルから説明を聞いていたら、無法者はこちらに気がついたようだ。
体内で引っかかった水晶柱を無視し、私たちを呑み込もうと近づいてきた。
「ラウンデル、下がれ」
「ですが……」
「悪いが、かえって邪魔だ」
魔晶機人に乗っていれば、あの巨大ミミズに殺される心配は少ない。
下手にラウンデルたちに手助けをされると、私は彼らの安全にも気を配らねばならず、かえって危険なのだ。
「ラウンデル、私は負けない。あの巨大ミミズの急所は?」
「半分に切られても生きているので、なるべく切り刻むことです」
「明確な回答に感謝する! 下がっていてくれ!」
「わかりました、ご武運を」
ラウンデルたちを下がらせた私は、大剣を構え、こちらに向かってくる巨大ミミズを倒すべく戦闘行動を開始するのであった。
「なるほど! どこを斬っても明確な急所はないわけだな」
ラウンデルたちを先に逃がした私は、大剣を構えながら巨大ミミズに全速力で接近した。
「っ!」
巨大ミミズは、全長が三十メートル、胴回りは直径三メートルほどであろうか。
ちょうど真ん中辺りが尖ったように大きく膨らんでいるので、そこに水晶柱が引っかかっているのだと思う。
などと考えていたら、横合いから巨大ミミズが尻尾を振り回してきた。
当たれば魔晶機人も私もダメージを食らったであろうが、私とて元は人型機動兵器のパイロット。
事前に予想し、ジャンプして回避、そのまま巨大ミミズに斬りかかった。
巨大ミミズを斬ると、破れた胴体から土のような糞が大量に出てくる。
この辺は、普通のミミズと同じだな。
「ダメージは……わからないな」
動物型の魔物ではないので、血が出たり、斬られた時に悲鳴をあげないので、ダメージの度合いがよくわからない。
ラウンデルのアドバイスどおり、切り刻むしかないというわけか。
私は、巨大ミミズの頭部と尻尾を振り回す攻撃を回避しながら、次々と大剣で巨大ミミズの胴体を切り刻んでいった。
何度か同じ場所を狙って大剣で、まずは巨大ミミズを真っ二つに切り裂いた。
二匹になった巨大ミミズは、頭部も尻尾も私に対し攻撃を続けているが、二匹になっても同時に攻撃することはできない。
尻尾と頭が激突してしまうからだ。
そのため、前と同じパターンで回避できた。
そして、尻尾側の方から巨大ミミズを斬り裂いていく。
一メートルほどの長さで端から斬り刻んでいくと、さすがに死んでしまうようだ。
これを繰り返して先に尻尾側を倒し、最後に頭部側も同じように処理していく。
倒すというよりも、これはもう作業だな。
なるほど。
人間ではまず勝てないが、魔晶機人なら十分に勝算があるわけだ。
巨大ミミズが振り回した尻尾が命中したら、人間なんて簡単に即死してしまうのだから。
「これで終わりだ!」
長さ二メートルほどにまで縮んだ巨大ミミズは、諦めが悪くまだ動いていたが、大剣で真っ二つにしたらついに沈黙した。
かなり時間を食ったが、無事に倒せてよかった。
「そして……これが水晶柱か……大きいな」
巨大ミミズのお腹から出てきた水晶柱だが、高さ五メートル、直径一メートルほどの巨大なものであった。
よくぞこれを呑み込んだものだ。
お腹で横になって引っかかり、苦痛で大暴れしていたようだけど。
「若様ぁーーー! 我々は見ていましたぞ! 若様が、巨大ミミズに勝利するのを!」
「見事な戦いぶりです! これでグラック家も安泰ですな!」
「これが、キューリ騎士爵家の水晶柱。これがあれば……」
ラウンデルのみならず、彼と一緒についてきた猟師たち……彼らは、グラック家の家臣でもあるのだが、郷士家の家臣なんて兼業なのは当たり前であった……にも賞賛され、私は心の中でこう思っていた。
「(この水晶柱を稼働させてキューリ村を復興させれば、私は領民たちから支持される。地方貴族生活も安泰だな)」
魔晶機人の予備機と消耗部品も手に入り、私の第二の人生は順調だと、一人満足する私であった。