第百七話 出身国別特別部隊
『お互い大変な身だが、頑張らねばな。リリーと仲良くしてくれよ』
グレゴリー王との定例会議が終わると、私は学園に戻った。
「エルオール、王の仕事は終わりか?」
「今のところはだな」
すでに私がゾフ王であることはバレていたが、リックには、少なくとも学園内では以前と同じように接してくれと頼んでおり、彼もそれを守ってくれていた。
「俺も慣れない仕事を背負ってるが、なんとかやっているよ」
学園での生活やカリキュラムに大きな変化はなかったが、他国出身の学生たちは帰国どころか、連絡すら難しい状況であり、ゾフ王国としては一機、一隻、一人でも戦力が欲しい。
そこで、学生たちで出身国別に部隊編成した。
ゾフ王国の傭兵扱いとし、キャリアー、魔晶機人改、火器を貸与して部隊を編成。
出身国別に分けたのは、もしその国との連携をはかる時、その部隊をそのままその国の軍に編入させれば戦力の補強ができ、異邦者に対処できるからだ。
学生たちも、自分たちが祖国を守る援軍になれるということで士気も上がっていた。
「俺が、マーカス帝国部隊の隊長ってのがプレッシャーだけどな。なにしろ俺は、男爵家の三男でしかないのだから」
「マーカス帝国の操者の中で、リックが一番実家の爵位が高いから仕方がない」
「……マーカス帝国の大物貴族の子弟たちは、こんな遠方にまで留学に来ないからな。近隣の国で済ませてしまう。留学すれば箔もつくからな」
マーカス帝国は、サクラメント王国他いくつもの国を隔てた、ここから北に数千キロ離れた国だ。
帝国は魔晶機人改やキャリアーに興味があったものの、大物貴族は子弟をゾフ王国に留学させなかった。
そう簡単に、『可愛い子には旅をさせろ』とはいかないのだろう。
その代わり、下級貴族の子弟や平民を多数派遣した。
ゆえに、マーカス帝国の部隊が一番人数が多い。
彼らを率いることになったリックからすると、プレッシャーだろう。
男爵は最下位ながら本物の貴族であり、ただそれでも嫡男を留学させてなにかあると困る。
だから三男でしかないリックが、マーカス帝国軍部隊のリーダーになってしまったわけだ。
というか、マーカス帝国はサクラメント王国以上に保守的なのだろう。
「同じ男爵の息子もいるんだろう?」
「それがいない。準男爵と騎士爵の子弟ばかりだ。それに加えて俺は、エルオールと一緒に戦って戦功有りだからな。あと、キャリアーの運用や整備の人間が部隊の指揮を執るのは……って考えもあるみたいだな」
キャリアーに魔晶機人改を載せて部隊を運用する際、指揮官は操者が望ましいと考える人が多いのは、これまでの操者優遇の影響だろうか?
私はキャリアーの艦長が兼任してもいいと思うが、魔晶機人に乗らない人に指揮されたくないという感情があるのかも。
「とはいえ、俺はお飾りだ。艦船科で頭のキレる奴がいる。バダックって奴だが、準男爵家の次男でな。旗艦の艦長と艦隊司令官を兼任しつつ、マーカス帝国部隊の副隊長にもなってる」
「それは大変そうだな」
結局操者は戦力として前線に出るから、一歩引いて大局的に指揮を執れる艦長の方が部隊指揮に向いているのも事実であり、操者の指揮官はお飾りになるのが一番効率がいいという考えもある。
ただそれでも操者が指揮官になった方がいいのは、それだけこの世界では、魔晶機人が戦略的な兵器だという認識が強いからだろう。
「マーカス帝国への帰還は現時点では難しいというか、ここに留学しているのは下級貴族と平民の子弟ばかりで、俺を含めて全員が跡継ぎでもない。帝都が陥落しているという情報もあるし、このままゾフ王国に仕えるかって意見がかなり強いんだよなぁ……」
もしリックたちが、苦労の末に新兵器を持って帝国に戻っても、出世は難しいと思っているのか。
「確かにマーカス帝国には在地貴族は一人もいなくて、他の国に比べると帝国政府の力が強いんだが、いい役職は大貴族が独占しているのさ」
「領地の代わりに、美味しい高位の役職は、大貴族が独占しているのか……」
「そのせいで、帝国は魔晶機人技術で他国に後れを取っているからな。さてと、午前は編成した部隊の連携訓練か。じゃあ俺はこれで」
異邦者に侵略された祖国を助けに戻る。
その目的を達成するため、学園のカリキュラムは軍事的なものが増えていた。
「エルオールさんではありませんか」
「おはよう、ケイト」
「おはようございます」
縦ロールの金髪が特徴的なケイトも、ラーベ王国の第三王女のため、ラーベ王国出身の学生たちで編成された部隊の隊長に就任していた。
こちらはリックと違って、王女様なので満場一致で部隊長に就任している。
彼女は優れた操者で人気もあるので、数は少ないがラーベ王国軍部隊が一番纏まっているかも。
「ラーベ王国はゾフ王国とサクラメント王国に近いから、戻る日が早くやってくるかも」
「確かに他の国よりも近いですが、その間に魔獣と異邦者が蠢く広大な森林地帯がありますし、ラーベ王国もあまり状況が芳しくないようなので……」
実はラーベ王国は、留学生たちに祖国の様子を知らせるため、片道飛行で一機の魔晶機人が飛び込んできた。
魔晶機人の可動時間を考えると相当無理をして飛んできたらしく、どうにか無事に辿り着いた操者はケイトの副官となり、ラーベ王国部隊の運営に回っている。
「国土の三割を喪失。難民の多くが、サクラメント王国に流れ込んていますから……」
故郷を追われた人たちが自国領に逃げ込まないのは、ラーベ王国にも彼らを受け入れる余裕がないことが知られていたからだ。
三割の国土を異邦人に蹂躙されたということは、食料なども足りないはずで、避難民たちも再建が進むサクラメント王国に避難した方が生き残れる確率が高いと判断したのか。
ただし、移動途中に魔獣と異邦者に襲われなければだけど。
「失われた三割の国土は、苦労して開拓した穀倉地帯でしたので……」
避難民がいなくても、ラーベ王国は食料不足が深刻ということか。
「というわけでして、まずはその穀倉地帯を取り戻せなければ、なにも話が進みませんから」
ケイトは、学生や避難民の中から操者や軍人に適性がある人を集めて部隊を編成。
ラーベ王国本国軍と協力して、異邦人に奪われた穀倉地帯を取り戻す作戦を考えているのだろう。
「頑張ってくれ、できる限り協力はするから」
とにかく他国に粘ってもらわないと、最後に残ったサクラメント王国とゾフ王国が、四方八方から異邦人の大群に袋叩きにされ、人類滅亡なんて結末もあり得るのだから。
「ラーベ王国第三王女として、決してこのご恩は忘れません。とりあえずのお礼として、今夜あたりラーベ王国の伝統料理のフルコースをごちそういたしますわ、陛下」
「ええと……」
今の私は、アリス、リリー、リンダ、ヒルデと婚約している身なので、未婚者のケイトの誘いを受けるのはよくない……。
でも今後の両国の関係を考えると、断るのはよくないという意見も……主に私の考えというか、社交辞令的な?
「それならまずは、アーベル連合王国の伝統料理を食べるのがよかろう」
「おはようございます、クラリッサさん」
「おはよう、ケイト」
続けて姿を現したのは、アーベル連合王国の第八王女であるクラリッサだ。
彼女も、学園にいるアーベル連合王国からの留学生たちで編成された部隊の隊長を務めていた。
「我が国も、あまり状況が芳しくない」
アーベルト連合王国は、いくつかの小国で構成された連合王国だったが、すでに三つの小王国が異邦人によって滅ぼされていた。
クラリッサからすると、将来アーベルト連合王国の女王候補であった姉三人を失ったことになる。
彼女の故郷である小王国は、女王の八番目の夫でクラリッサの父親である家宰がしっかりと留守番をしているので安心だそうだが、彼女としては一刻も早く祖国に戻りたいだろう。
「再編と訓練は順調だ」
クラリッサも操者としての気質が強いため、部隊指揮に苦手感を感じて同国出身者に丸投げすることを意図していたが、実際にやってみると適性があったようで、かなり上手くやっていると思う。
「すべては、エルオール殿からの援助のおかげだ。今夜はそのお礼に、アーベルト連合王国の伝統料理をごちそうしようと思うのだ。今後の計画についての相談もある」
「確かに、今後のことはよく話し合った方がいいか……」
「であろう?」
その辺の意思疎通がイマイチだったため、アーベルト連合王国部隊が焦って祖国への帰還を目指すと困ってしまうからだ。
今はとにかく焦りは禁物で、戦力を蓄えるのが最優先なのだから。
「それなら私も」
「エルオール、お主は相変わらずモテモテよな」
「リリーさん」
「リリー殿」
次に姿を見せたのは、リリーであった。
彼女も学園に通っているサクラメント王国出身者たちで編成された部隊の隊長であったが、別にサクラメント王国への帰還は目指していない。
隣国なのですぐに戻れるし、彼らはゾフ王……俺に嫁ぐことになったリリーにつけられた家臣、貴族の扱いだからだ。
リリーも大切な戦力なので、彼女にも直率の部隊が必要だというグレゴリー王の判断と、この部隊が作られた理由の一つには、定期的にサクラメント王国本国の操者たちと入れ替え、ゾフ王国軍に魔晶機人改とキャリアーの操作、修理、整備に長けた人材を増やすためでもあった。
「エルオール、妾もこれから部隊の連携訓練を始めるが、夕餉はアリスたちと共にとらせてもらうぞ。そういうことなので、お二人には遠慮していただこうか」
「「……」」
リリーも私の婚約者になったので、今ではアリスたちと夕食を共にすることも多くなった。
そんな彼女なので、私を狙うケイトとクラリッサに釘を刺したのであろう。
「なかなかガードが厳しいですわね」
「アーベルト連合王国の女は、狙った男性を逃さない」
「エルオールも大変よな。あとで、模擬戦の相手を頼むぞ。ライム、ユズハ。行くぞ」
「はい」
「陛下、失礼します」
ライムとユズハは、正式にリリーの付き人兼部隊の副官に就任していた。
もうサクラメント王国には戻らないつもりなのかも。
「エルオール、私たちも部隊の連携訓練を始めるわよ」
「陛下、楽しみですね」
「エルオール様、機体の整備は完全に終わってますよ」
私も直属の部隊を編成することになり、ゾフ王国人の学生や、旧グラック領の領民の子弟から人を集めていた。
魔晶機人改部隊の指揮官はリンダで、内乱鎮圧時に私と戦ったネネも学生になったので幹部候補として。
ヒルデも、整備班のトップ兼私の機体の専属整備士に就任していた。
「兄様!」
「マルコ、背が伸びたか?」
「はい、少しだけ」
ちなみにマルコは、旧グラック領と異邦者に荒らされてしまったリンダの故郷、旧ファーレ子爵領を合わせた『グラック伯爵領』の領主兼、将来は王直属の近衛部隊の隊長に就任する予定であった。
お互い色々と忙しかったので久しぶりに会ったが、やはりマルコは可愛いな。
「かなり腕を上げたと聞いているぞ」
「まだまだ兄様には及びませんよ」
「今はそうだが、そのうち私もマルコに抜かれてしまうかもな」
マルコには操者としての才能があり、頭もいいので、近衛部隊の指揮官を任せる予定だ。
まだ若いので、最初はゾフ王国軍のベテラン軍人に補佐に入ってもらう予定だけど。
マルコに正式にグラック家を継いでもらい、リンダの実家であった旧ファーレ子爵領と合わせて統治させることにした。
マルコは学生になったので、統治はしばらく父と母に任せる予定だけど。
そして、リンダの父であるファーレ子爵は正式にゾフ王国貴族となったが、領地が異邦者のせいで荒れ果てたこともあり、これをグラック家に譲って法衣貴族ファーレ伯爵として再出発をしている。
「父上と母上はお元気なのかな?」
このところ忙しくて、全然会ってないな。
「領地が大幅に広がったので、忙しそうでした」
「だよねぇ……」
旧グラック領以外の旧サクラメント王国南部は異邦者の乱入で大きな損害を受け、無人に近い状態になってしまったため、その復興とさらなる開発には大きな手間と時間がかかってしまう。
それを引き受けてくれた父上と母上には感謝の言葉しかない。
「そのうち、父上と母上のところに挨拶に行くよ」
アリスたちを紹介しないといけないし、私が成人したら行われる結婚式にも参加してもらいたいので、それを伝えなければ。
「父上も母上も、驚くでしょうね」
ゾフ王になったのは今さらだが、元々仕えていたサクラメント王国の王女であるリリーとも結婚するのだから。
「そうだ! これからマルコも一緒に訓練をするか?」
「はい!」
「ようし、どのくらい腕を上げたか見てあげよう」
「兄様、ありがとうございます」
「じゃあ訓練所に行こうか」
「はい」
やっぱりマルコは可愛いなぁ。
将来立派な貴族になれるように、しっかりと教えてあげないとな。
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「むむむっ、エルオールは本当にマルコが好きよな」
「昔から、大変仲のいいご兄弟ですから」
「エルオールは、本当にマルコを可愛がっているもの」
ヒルデとリンダは、妾たちよりもマルコとつき合いが長いからわかるのであろう。
「なるほど。つまり、マルコさんも私たちエルオールさんを狙っている女性たちのライバルなのですね!」
「……マルコはみなに好かれる可愛さがあり、それでいて操者としても優れていると聞く。彼に勝つのはかなり難しいか……」
そして、ケイトとクラリッサ!
エルオールとマルコは仲のいい兄弟であって、そんな関係ではないぞ!
それにしても、ケイトとクラリッサは、隠すことなくエルオールを婿にしようと画策してきおったの。
妾が駄目というのもどうかと思うし、二人は友人でもある。
エルオールがそうしたいのであれば認めるが、いきなり食事に誘って二人きりになるのは反則じゃぞ。