第百六話 二人の王
「現在、国土にほぼ異邦者たちがいないのは、世界でゾフ王国とサクラメント王国だけです。マーカス帝国は帝都を失陥、首都を移して抵抗していますが、現在国土の四分の一を異邦者たちに奪われています。ラーベ王国は王都は現存なれど、周辺部の二十パーセントほどの領地を喪失。滅ぼされた貴族もあり、難民も多数発生しています。アーベルト連合王国は、連合王国を構成する小王国のうち三つが滅ぼされました。他は、滅ぼされた国も七つあり、喪失国土が広い国も多いです」
『衛星と衛星通信か。ゾフ王国の技術は驚異的だな。しかし、サクラメント王国はまだマシとは……』
「世界が滅ぶかもしれない状況ですが、我々はまだ足元を固める必要があります」
『異邦者の侵入はないし、あっても少数なので、再建、再編中のサクラメント王国軍の操者でも防ぎきれているが、突然滅ぼされた旧リーアス王国の者たちの不満は大きい。対処を誤ると、大変なことになる。税を減らすなどして、どうにか宥めながらやってるよ。そちらの、旧サクラメント王国南部と東部はどうかな?』
「思っていたほどの混乱はないです。南部はほとんど人がいなくなっていましたし、ゾフ王国に所属を変えたファーレ子爵はリンダの父親ですから。東部の貴族たちも、ゾフ王国に不満のある人はサクラメント王国に移住してしまいました」
遠征を終えてゾフ王国に戻ってきてから一ヵ月ほど。
私は、衛星回線を利用してグレゴリー王子……ではなく、新王に即位したグレゴリー王との定例会談を行っていた。
元々魔法通信はあまり遠くまで届かなかったが、異邦者の侵略により、さらに有効通信距離が縮まってしまった。
フィオナにその原因を調べてもらっているのだが、まだわからないらしい。
魔法通信は魔力波で行われる通信なので、先端科学の塊であるフィオナには門外漢だからだ。
ただ彼女の推察は聞いており、異邦者の中に魔法通信を阻害する個体がいるのではないかという可能性だ。
いわゆる、ジャミング型の異邦者というわけだ。
『その魔法通信を阻害する異邦者を倒したところで、この衛星通信か。これに勝る遠距離通信の手段がない以上、他国の様子を探れるのはゾフ王国だけだ。我が国は、地道に戦力を立て直しているよ。いまだに世迷言を言っている貴族たちもいるがね』
先代王の失敗により、サクラメント王国は一時王都を失陥。
リーアス王国に攻め込んだ軍が壊滅して、多くの操者を失ってしまった。
新王になったグレゴリー王としては、国と軍の立て直しが急務となっており、それを達成するにはゾフ王国の援助が必要だ。
だから南部と東部をゾフ王国に譲渡したし、自力で修理、運用できない魔晶機人やキャリアーをゾフ王国に無料で譲渡し、魔晶機人改と改造されたキャリアーを安く買い取っている。
このことに、『歴史あるサクラメント王国が、成り上がりのゾフ王国に膝を屈するなど、あってはならないのだ!』と反発する貴族たちが一定数いると聞いていた。
この状況でそんなバカなことを言うなんて、つける薬はないな。
汎銀河連合軍の上官や、反乱を起こされた惑星政府の幹部にも同じような奴がいて、その対応に苦労していたけど。
それでわかったのは、バカは現実を直視できないということだ。
「そういう貴族の多くは戦死したと思っていました」
『だいぶ戦死したが、まだ残っている。そういうことだ』
面子だの、歴史だの、伝統だの。
どうでもいいことに拘る貴族は珍しくないのか。
「大変ですね」
『大変だが、そういう奴ほど早く死ぬからな。貴族で操者なのだ。そうでなくとも、父が大勢あの世に道連れにした。異邦者の侵入は常にある。前線に出てもらうさ』
今のところ、ゾフ王国とサクラメント王国は異邦者たちの侵入を阻止できているが、いまだに少数ながらも定期的に侵入してくるので、それを駆除するのも操者の大切な仕事となっていた。
それを担うのは大半が貴族なわけだが、ゾフ王国嫌いの貴族たちは、そんな国から購入した魔晶機人改への搭乗を拒否。
クロスボウや火器も使わず、自分の家が所有する魔晶機人に剣を持たせて戦い、かなりの損害を出しているらしい。
「プライドのために、あえて性能の低い魔晶機人で出撃して死ぬなんて……」
『人間、プライドが一番厄介だからな。貴重な操者とはいえ、他の操者の足を引っ張る行為なので、悪いが合法的に始末するしかない』
彼らに、魔晶機人改やクロスボウ、火器を使わせるのが困難な以上、そうするしかないのか。
彼らを助けようとして、他のまともな操者が死んでしまったら意味がない。
グレゴリー王は、そういう連中をまとめて運用しているらしい。
そういう現実が見えていない貴族に限って、実は魔晶機人を動かせるだけの人が多く、死傷率が上がっているのが容易に想像がつく。
『他国との連携が難しいのが困り物だな』
「ええ……」
サクラメント王国にはゾフ王国が衛星通信システムを販売し、今もこうして意思の疎通ができているが、他の国とは連絡が取れていない。
そもそも、元々魔獣が住む領域の方が圧倒的に広大なので、隣国といっても、今は魔獣に加えて異邦者たちの群れをくぐり抜けなければ他国に辿りつけないのだから。
『ところで、絶望の穴周辺の様子はどうなんだ?』
「今のところ、新たな異邦者は湧き出していません」
もっとも、これから先の保証はまったくできないのだが。
『今は足元を固め、徐々に他国と連携していくしかないな』
「はい。他国からの難民も徐々にやって来るようになりましたし、それは増えつつありますから』
すでに滅ぼされた国や貴族の領地もあり、そこから逃げてきた難民が、安定しているゾフ王国とサクラメント王国を目指して徐々にやってくるようになった。
それも徒歩でやってくる様子が衛星からも確認でき、魔獣に食い殺されてしまうケースも増えていたので、できる限りキャリアーを出して迎えに行っている。
だが難民は増える一方であり、あまり多くを受け入れてしまうと、食料不足の懸念もある。
新型水晶柱を設置、ハンターたちを雇い、学生や軍の訓練生たちに魔晶機人改の訓練がてら魔獣を狩らせ、人が住める場所を増やしている。
当然彼らが、自ら耕した土地で食料を得られるまで、食料の支援も必要だ。
『サクラメント王国の国庫はすでに空っぽだ。異邦者に滅ぼされた貴族の資産を回収できた時は、お金持ちの気分だったのにな』
「うちも似たようなものですよ」
アマギがなければ、とっくに破産してただろう。
難民に仕事を与える必要もあり、今は王都の拡張と、郊外に魔晶機人改とキャリアー用の部品、クロスボウ、火器を作る大規模工房の建設を進めていた。
「軍備を整えないと、他の国と接触するのも難しいですから」
『そうだな。もはやサクラメント王国は、ゾフ王国の支援なしには立ち行かぬ。それなのに、それを理解していない貴族が少なくない』
歴史のある大国の、貴族としてのプライドか。
「こっちも同じような問題がありますけどね」
難民の中に他国の貴族がいて、『自分は貴族だから、領地を寄越せ!』と言い出す連中がいた。
先祖伝来の領地から逃げ出したくせに、ゾフ王国なら新興国だから貴族に復帰できると思っているのだ。
操者として雇い、功績をあげたら貴族にするという条件で雇い入れている者たちがいるので、そんな条件を受け入れるわけにいかないと説明しても理解してくれない。
挙げ句の果てに、難民に分け与えたゾフ王国直轄地で勝手に領有宣言をして、ゾフ王国軍によって追放される者まで出ていた。
『……追放か……。手緩くないか?』
「どうせ生き残れませんよ」
一人で国外追放され、他の国まで魔獣と異邦者が多数生息する土地を何ヵ月も歩かないといけない。
実質死刑宣告に近いのだから。
「我儘を言わなければ、普通に暮らせたのに……」
『それができぬから貴族なのだ。自分が特別扱いでなければ耐えられない。ある種の遺伝病だな。貴族というな。国内の開発と軍備の増強を進めよう』
それが終わらないと、他国との連携すら夢のまた夢なので、両国で足並みを揃えて進めていくことで意見は一致した。
『ところで、リリーは孕んだか?』
「ぶっ!」
私は、飲んでいたお茶を吐き出した。
「私は未成年ですよ。まだリリーとは正式に結婚していません」
中身はともかく、未成年は結婚できないし、結婚前に婚約者とはいえ手を出してはいけないだろう。
特にこの世界では。
『別に少しくらい早くても問題ないと思うが……。とにかく、次のサクラメント王国の王はリリーが産んだ子だ。早めに頼むぞ』
「グレゴリー王の子供でいいのでは?」
『それでは、サクラメント王国とゾフ王国の統合が進まぬ。ゾフ王とアリス宰相との子が次のゾフ王となり、その子供と私の次のサクラメント王国の子、つまりリリーの孫が結婚して両国が統合されるのだから』
随分と時間がかかるややこしい方法だが、いきなり両国を合併すると、サクラメント王国貴族たちが反乱を起こすかもしれない。
たとえ異邦者の脅威があるにしても、時間をかけるしかないとグレゴリー王は思っているようだ。
「そのために、グレゴリー王は結婚されないのですか?」
『さすがに適度に遊ばせてもらうが、子は作らん』
この人の政治力が、次世代に受け継がれないのは惜しい気がするけど……。
『私は貴族と国民に人気がない。リリーにはあまり政治力はないが、リリーが魔晶機人に搭乗して戦場に立つと、多くの貴族たちがついていく。あのカリスマが私にはないんだ』
最初は私も、グレゴリー王を古い慣習に従うだけの古い王族だと思っていた。
実はしっかりと根回しなどもする政治家だったんだが、そういうものは見えにくい。
誤解されることも多く、確かにサクラメント王国にはリリーを女王に、という声がいまだにあった。
魔獣だけでなく異邦者の脅威もあり、優れた操者でもあるリリーの人気が上がっていたのだ。
「ですが、リリーがサクラメント王国の女王になっていたら、ここまで早く新しいことを始められなかったはずです」
グレゴリー王は、大胆に改革を進めている。
爵位が低くても、なんなら平民でも抜擢してサクラメント王国の再建、開発と、軍の再編と増強を進めているのだから。
そのせいで古い貴族たちに嫌われてしまっているのも可哀想だし、リリーが人気なのも古い貴族たちからすれば、彼女は政治に口を出さない都合のいい神輿という見方もできるのだから。
『もしリリーが女王で、私が宰相になったとしよう。古い貴族たちは宰相と女王の対立を煽るだろうな』
「だから私は、グレゴリー王の方がいいと思いますけどね」
『……そうか。予定どおり、魔晶機人改とキャリアーを納品してくれて感謝する。新生王国軍の再建、増強は順調に進んでいるよ』
「それはよかった」
サクラメント王国に魔晶機人改とキャリアーを販売することに反対するゾフ王国貴族と軍人が少なくなかったが、なにしろ操者が足りない。
ゾフ王国では全国民の魔力を強制的に調べ、操者の適性がある者や、キャリアーを動かせる者、そこまで魔力がなくても魔法を使える者を強制的に軍に入れていたが、やはり元々の人口が少ないので、大量に改造した魔晶機人改が余っていた。
学生たちに貸与しても焼け石に水だし、難民の中で操者としての適性がある者を雇ったが数は少なく、考えようによってはサクラメント王国の操者よりも信用できない。
サクラメント王国は、魔晶機人大国と呼ばれるだけあって操者も多い。
これを利用するしか、私たちは外に打って出られなかったのだ。
『しかし……』
「しかし、なんです?」
『ゾフ王はリリー以上の操者で人気も高く、政治的にも的確に素早く手を打ってくる。サクラメント王国の郷士の器ではなかったな』
「私は、田舎の領地でのんびり過ごしたいんですけどね」
これは、偽りなき事実だ。
本来私は、王になんて向いてないのだから。
『私も年に数回は考えることだな。今は諦めて、この世界がなんとかなってから早めの隠居を考えればいい』
早期リタイアかぁ……。
異邦者の殲滅なんて、そうすぐにできることではないから仕方ないか。