第百三話 王都防衛戦前夜
「異邦者は、すべて蹴散らせ! 弾は後方から運ばせているから、ケチるな!」
「わかりました! 遠慮なくぶっ放せ! 視界に入った異邦者は、残らず撃ち落とすんだ!」
「「「「「「「「「「了解!」」」」」」」」」」
予想はしていたが、それ以上に北上が困難だな。
無謀な出兵で防衛戦力がないサクラメント王国領内は、異邦者による破壊と殺戮のせいでボロボロだった。
全滅に近い損害を受けている貴族領も珍しくなく、水晶柱を破壊されて魔物が入り込み、さらに被害が拡大したところも珍しくない。
そんな領地から逃げ出してきた領民たちを保護しながら、襲いかかってくる異邦者たちを倒していくので、これがなかなか大変だった。
「異邦者相手だと、兵士クラスでも40ミリ以上の火器でないと一撃で倒せないようだな」
「それ以下は、弱い魔物専用にした方がいいみたいね」
リンダが二十ミリ銃の弾倉を一つ使い切ってようやく一体の異邦者を倒したが、火力不足は否めない。
やはり、携行火器の口径を上げないと駄目だな。
火薬と金属の使用量が増えるから、さらなる工業化が必要だ。
私が率い、リリーとグレゴリー王子も参加している、サクラメント王国王都突撃艦隊であったが、南部はほぼ壊滅状態であることを確認した。
領地を維持できずに、避難しているところを私たちによって保護され、ゾフ王国に避難する領民たちが多かった。
貴族の中には、最後まで領地を守って討ち死にした者も少なくない。
そして、そんな報告がなされる度に、リリーの表情は暗くなった。
グレゴリー王子も、表情を変えないようにするのに苦労しているようだ。
「(次の王となるグレゴリー王子が、狼狽えていたらお話にならないものな)」
だが逆に、グレゴリー王子のそういう態度を冷たいと批判する者たちも少なくない。
グレゴリー王子も大変だろう。
「陛下」
「なんでしょうか?」
「私が王都に戻り、無事にサクラメント王になれた暁には、お礼としてサクラメント王国南部をゾフ王国に譲渡、ということでよろしいでしょうか?」
「ええ……」
ただ、やはりグレゴリー王子は侮れないな。
今回彼は、ゾフ王国の助けを借りた。
当然そのお礼をしなければいけないのだが、今のサクラメント王国に財貨を支払う余裕はないと思われる。
今はあっても、サクラメント王国南部がこの有り様なのだ。
他の領地も酷いことになっており……他の国もどうなっていることやら……。
グレゴリー王子は、これまで開発に力を入れてこなかった南部の領地を、援軍のお礼としてゾフ王国に譲渡することでお礼の代わりにしたいのだろう。
ゾフ王国としても、手を貸したのにサクラメント王国からお礼を貰えないのでは困っていまう。
家臣たちが騒ぐに決まっているからだ。
サクラメント王国の広大な領地を貰えるとなれば、そういううるさい人たちほど喜ぶけど、内情は異邦者にボロボロにされた土地で、開発に金と時間がかかる。
だが、復活したばかりのゾフ王国に、歴史の長いサクラメント王国が領地を譲渡した事実は大きい。
間違いなく、連合国内でのゾフ王国の国威は上がるはずだ。
ゾフ王国の真意としてはいらないけど、国威のためには貰わないといけない。
だから私は、グレゴリー王子が手強い政治家だと思うのだ。
ただ、グレゴリー王子としても厳しい決断だったと思う。
ボロボロで、他の土地の復興を優先するために捨てる土地でも、新興国で小国のゾフ王国に領地を譲渡する。
先日の敗戦と王太子討ち死にと合わせ、魔晶機人大国であるサクラメント王国の国威は大きく低下するだろう。
「(グレゴリー王子は、茨の道だな)」
私なら、絶対にサクラメント王国の王様になんてなりたくない。
いきなり、領地を四分の一も失ってしまった王様だ。
支持する貴族など皆無で、それどころか自分を引きずり下そうと目論むかもしれないのだから。
「とにかく今は、避難民たちの手当てをしながら王都を目指すしかない」
「ですね」
王都を最速で目指すため、立ち塞がる異邦者たちを次々と火器や剣で倒し、住んでいる領地から逃げ出してきた人たちを保護、後方に送る手配をする。
異邦者と魔物でボロボロのサクラメント王国南部を通って、避難民たちが無事にゾフ王国に辿り着けるよう、無理を言ってアリスに戦力を出してもらった。
「(サクラメント王国南部は、ゾフ王国に譲渡される。だからゾフ王国が面倒を見ないといけないのか)」
正式に譲渡されるまでなにもしないと、ますますボロボロになってしまうので、ゾフ王国が面倒を見ないといけない。
『グレゴリー王子はなかなかに強かな人ですね』
私からの要請を受け入れ、手配してくれたアリスは、グレゴリー王子を手強い新王だと思ったようだ。
私もそう思う。
「とにかく、王都へと急ごう!」
サクラメント王国中央部に入ると、なんとか領地や都市、町を守れているところが大半だった。
どうやら、残存のサクラメント王国軍も南部を切り捨てる作戦を取ったようだ。
無謀な出兵さえしなければ、サクラメント王国は守りきれたかもしれなかったのに。
魔晶機人に乗ったサクラメント王国貴族や操者たちが、私たちの艦隊を見てギョッとするが、彼らを落ち着かせてくれたのはグレゴリー王子だった。
「王都の様子を知りたい」
「わかりません。我々は、自分の領地を異邦者たちから守るのに精一杯なのです」
「王都には一番戦力を配置しているとはいえ、リーアス王国征服にどれだけ動員されたかが問題だ。王都は広大で、防衛に不向きという問題もある。遠征軍からの連絡はないのか?」
「それが王国軍本部によると、魔法通信が繋がらないそうで……」
「そうか……」
グレゴリー王子は、遠征軍の全滅も覚悟したようだ。
「まずは王都へと向かう」
「お供します!」
「駄目だ。お前たちはここの防衛を続けてくれ」
グレゴリー王子は現地を守る操者たちの援軍を断ると、私たちと共に王都を目指した。
ついこの前まで学園に通っていたので慣れた移動経路だが、北上する度に大量の異邦者たちの死骸と、それよりは少ないが、無視できない数の撃破された魔晶機人と魔晶機神が転がっていた。
「酷い有様よな……」
リリーは、サクラメント王国の損害の大きさに心を痛めているようだ。
王が無謀な出兵をしなければ、ここまでの被害は出なかったはず……という事実が辛い。
さらに艦隊で北上を続け、ようやくサクラメント王国の王都に到着したのだが、その様子は悲惨そのものだった。
「こんなに異邦者たちが……」
王の遠征で防衛戦力が少ない王都は、多数の異邦者たちによって破壊、占拠されていた。
「これは……」
「グレゴリー兄、王城は酷い有様じゃな」
「ああ……。義母たちは生きているのか?」
王が無謀な出兵をする理由となっていた、王の隠し子とその母親。
その他の王族の人たちも、遠征した王の留守を守っていたはずだ。
私たちは、次々と襲いかかる異邦者たちを倒しながら、王城へとたどり着いた。
「……これは……うっ……」
リンダが顔をしかめた。
リリーや他の操者たちも同じで、死体に耐性がないのだろう。
私は軍人だったので、手首、足首なんてものじゃない死体と定期的に遭遇していたので、慣れていた……神経が麻痺しているとも言えたけど。
あちこちを破壊された王都には、死体が散乱ってことはなかったが、よく見ると血糊や手首、足首などが確認できた。
「王都も被害甚大ね」
「ああ……」
一番小さい兵士クラスの異邦者でも、かなりの大きさだ。
絶望の穴から湧き出る異邦者と戦っていた時には、たまに救援が遅れた操者が食べられる程度だったが、まさかここまで食欲旺盛だとは、誰も思わなかっただろう。
異邦者については謎が多く、どうして金属の塊……あきらかに宇宙用艦艇の残骸や部品に肉や血管、臓器がついているものが高速で飛び、タンを吐くのか。
なにより、生物として謎が多すぎた。
どの国も死骸を回収して調べているだろうが、異邦者には謎が多すぎた。
ゾフ王国でも調べているが、フィオナが『結果が出るのに時間がかかります』と言うほどなので、異邦者はこれまでの生物の概念を覆す存在なのだろう。
破壊衝動が強く、魔晶機人、人工物、人間と見境なく襲いかかり破壊するので、どうにかこの世界から駆逐しなければ……。
「血糊は、異邦者に押し潰されたのだろう。手首、足首は……リンダ! 後ろだ!」
「えっ? 無法者ね! ええい!」
建物の陰から一体の無法者がリンダに襲いかかるが、上手く初撃の奇襲をかわしながら脳天に剣を突き立てた。
「リンダ、腕をあげたな」
「先生がいいからね。小型の無法者って珍しいわね」
「その珍しい小型の無法者たちが、王都の混乱に乗じて入り込み、人を襲って食らっているのか」
「異邦者と無法者って、共生関係にあるのかしら?」
「そこは要研究だな」
さすがに王都の水晶柱は破壊されていなかったので、魔物でなく、無法者が入り込み、人を食ったのだろう。
無法者が人を食うと、端っこが残りやすい。
残った手首、足首は食べにくいから放置されることが多いので、それでわかってしまうのだ。
端っこなら頭は残らないのかって?
カニで一番美味しいのは味噌の部分だろう?
つまり、そういうことだ。
「血糊は、異邦者たちに押し潰されたのか……。唯一の救いは、血糊の数が少ないことじゃ。破壊された魔晶機人も少ない」
王都の住民は全滅したのではなく、大半が避難したようだ。
いまだ、王が率いるリーアス王国侵攻軍との連絡が取れないので、貴族か王国軍の誰かが独断で王都の住民たちを避難させたのだろう。
「王都の住民は多い。それを少ない被害で避難させるなんて、大した人物だな」
ただ口には出せないけど、厳密に言うと命令違反なので、あとでグレゴリー王子に処罰されるかも。
その時はゾフ王国で引き取ろうと、密かに決意する私だった。
「その男を、次の王国軍の責任者にしよう」
魔法通信越しに、グレゴリー王子の声が入った。
彼も、王都から住民たちを避難させた人物を評価しているようだ。
「いいんですか?」
この問題の難しいところは、勝手に王都の住民を避難させるという命令違反を犯した人物を出世させると、その後、それを真似ようとする命令違反者が多数出るかもしれないところだ。
ゆえにトップとしては、功績を出した人物を処罰しなければならない状況が訪れることもある。
と思っていたら、グレゴリー王子はその人物を重用するつもりだとは驚いた。
「その人物は、俺の命令を破ったわけじゃないからな。なにより人が足りない」
元々、グレゴリー王子に従ってゾフ王国にまで逃げてきたのはアミン子爵のみであった。
途中、彼を支持する貴族たちも少数加わっているが、はたしてサクラメント王国を新王として安定させられるのか。
今後、生き残った貴族たちが、彼の抵抗勢力になるかもしれないのだから。
「(王国軍を指揮して、王都の住民たちを避難させた人物は、多分自分が処罰されることを覚悟しているはず。グレゴリー王子が彼を重用すれば、いい右腕になるだろうからな)」
リーアス王国に遠征している軍人たちは、王を含めて何人無事に戻ってこられるのやら、といった状況だからこそ、余計に優れた軍人が必要というものあるのか。
「ところでグレゴリー兄、エリック王子とその母親は見つかったのか?」
「探させている……が、多分駄目だろな」
王城は大きく破壊されており、そこにエリック王子とその母親、他の王族やその家族たちもいなかった。
独断先行で、王都の住民たちを避難させた人物に従ったのか。
反発して、独自に避難したのか。
それとも……。
「グレゴリー王子、エリック王子とその母親の遺体の一部が見つかりました!」
「そうか……」
崩れた王城を探していた、グレゴリー王子に従う家臣たちが魔法通信を入れてきた。
残念ながら、王が新しい後継者指名したエリック王子はその母親と共に無法者に食べられてしまったようだ。
グレゴリー王子は、複雑な心境だと思う。
幼い異母弟が死んでしまったのは悲しいが、もし彼が生きていたら、これから自分が新王を名乗ってサクラメント王国の秩序を回復させようとすると、確実に邪魔してくるだろうからだ。
もしそうなったら、グレゴリー王子は自分の手で異母弟を殺さなければいけなかったはず。
「……王都を完全なる支配下に置かなければ」
そのためには、王都に入り込んでいる異邦者と無法者を排除する必要があった。
つまり……。
「皆殺しにするんだ! かかれ!」
他に方法はないので、私たちは王都にいる異邦者と無法者を駆除していく。
私たちの戦力は、強力ながらも数は少なかったが、新型の四十ミリ銃が一番多い兵士クラスの異邦者には有効で、さらに人がいなくなった王都に残っていた異邦者はさほど多くなかった。
無法者も小型で、そこまで数も多くなく、掃討は順調に進んだ。
「陛下、王都にいた異邦者と無法者の駆除に成功しました」
「次は、王城の簡単な補修だな」
そしてそれが終わったら、グレゴリー王子が新王に即位したことをサクラメント王国領内に知らせ、この国を治めていかなければならない。
「グレゴリー王子も大変だ」
「ゾフ王である、エルオールは違うのか?」
「ああ、俺はアリスとフィオナに全部お任せのお飾りの王だから」
リリーに私がゾフ王であることがバレてしまったが、決して『エルオール様』などと言ってくれるなよと言ってあった。
彼女は、それを守ってくれたのか。
「お飾りの王は、仮想敵国の首都に殴り込みはせぬと思うぞ」
「私は根っからの操者なのさ」
「今そなたの乗っている魔晶機神改は、素晴らしく高い性能じゃから、乗り続けたい気持ちはわかるぞ」
「だろう?」
本当は、今私が操縦しているのはコンバットスーツなんだけど、リリーたちは新型の魔晶機神改だと言ってあり、みんなそれを信じていた。
「エルオールのおかげで、サクラメント王国の王都は機能を回復できそうじゃ。なんとお礼を言っていいのやら」
「気にしないでくれ。ゾフ王国としては、隣国の混乱は無視できないのだから」
サクラメント王国が王都を取り戻したおかげで、ゾフ王国との安定した通信ラインを繋ぐことができた。
アリスの報告によると、ゾフ王国は領内に異邦者の侵入を一歩も許しておらず、正式な譲渡はあとになるが、サクラメント王国南部の制圧も順調に進んでいるそうだ。
王都との補給線も維持できており、王都解放で使用した大量の火器とその弾薬も補充できたし、試作品だが新型の武器や、試作機扱いの予備機も補充できた。
これは売ることはできないけど、一部をサクラメント王国軍に貸与し、王都の守りを固めているところだ。
「妾たち学生は前から知っておったが、サクラメント王国軍の操者たちは、魔晶機人改の性能に驚いておったの」
貸与しかしないが、グレゴリー王子に従う貴族や軍人たちが魔晶機人改に試乗し、その高性能ぶりに驚くと共に、ゾフ王国への侮りがなくなったのはよかった。
盗まれることを心配している者もいるが、サクラメント王国が魔晶機人改を手に入れても、これをコピーするには数百年、冶金技術などを地道に上げないといけない。
それに数機なら、複数で囲んで袋叩きにすればいいので、王都の戦力を上げるために貸与していた。
「ところで、王国の住民たちを避難させていたのは誰だったの?」
「サムソン子爵だ。独断専行なので、厳罰を覚悟して行なったそうじゃ」
サムソン子爵は、絶対に王都に残ると言い張ったエリック王子とその母親……子供がそんなことを言うわけがないので、取り巻きの貴族たちが言ったんだろうけど……を放置して、王都を守っていた王国軍を率い、王都の住民たちを避難させつつ、自分たちも王都から撤退したそうだ。
王が生きていたら確実に死罪だったろうが、リーアス王国に侵攻した王国軍の様子もわかってきた。
リーアス王国に侵入した多数の異邦者たちにより、半数を超える魔晶機人を破壊され、リーアス王国からの撤退も儘ならず、自分たちが落としたリーアス王国の王都に籠城しているという皮肉的な結末を迎えていた。
そして、王はその混乱の中で討ち死にしたそうだ。
有力貴族の戦死者も多く、本国の救援を待っている状態らしい。
「そんな戦況でサムソン子爵を処罰するなど、自殺行為でしかない。グレゴリー兄は、王国軍の指揮を彼に任せた」
「(それは惜しかった)なかなか大胆な人事だね」
グレゴリー王子が杓子定規に原則に従って、サムソン子爵を処罰してくれたら、ゾフ王国がスカウトしたのに……。
だって、うちは人手不足だから。
「サムソン子爵よりも爵位や職権が高い貴族や軍人はまだ多く生き残っておるが、全土に散ってその地を守っておるから、すぐ王都に駆けつけられぬ。エリック王子とその母親と共に、無法者に食い殺された者も多く、サムソン子爵の判断に異を唱えるのみの上級貴族など役に立たぬからの」
そんな事情で、今は王都の復興……壊された外壁が最優先だけど……をしつつ、グレゴリー王子に従う操者たちに対し、補給された魔晶機人改を貸与して、習熟訓練を急がせていた。
火器や弾薬もゾフ王国から補給されるので、魔晶機人に搭乗している者たちに貸与し、射撃訓練を行わせている。
どうしてそんなことをさせているのかといえば……。
「エルオール、来ると思うか?」
「間違いなく来るさ」
突然、絶望の穴から大量に湧き出て、駐留連合軍を壊滅させた異邦者たち。
その動向を探るべく、フィオナがアマギから偵察衛星を打ち上げ、偵察結果を報告してきたのだが、どの国も大量の異邦者と、活動が活発になった無法者から自国を守るのが精一杯の状態だった。
個々の村や町、貴族の領地の中には結界が破壊され、難民と化したり、酷いと住民が全滅したところもある。
それに加えて、結界の中には入れないが魔物の活動も激しくなっており、故郷を捨てて避難中の人たちが襲われるケースも多かった。
「どの国も、自国を守るのに精一杯だ。いや、正確にはすべてを守りきれていない。そんな中で、私たちは初めて異邦者が占領していた王都を奪還した」
「つまり、異邦者たちはこの王都の奪還を図るわけじゃな?」
「おそらくそうなる」
リリーに偵察衛星のことを話せないから、俺がそう推測している体を装っているのだけど。
フィオナによると、リーアス王国の王都に籠城しているサクラメント王国軍が攻勢に出られない数の異邦者たちを残し、サクラメント王国とリーアス王国に侵攻した異邦者たちが、続々と集まっているそうだ。
だからサクラメント王国の操者たちにも、できる限り魔晶機人改と新型火器を貸与しているし、サムソン子爵たちはグレゴリー王子の呼びかけで戻ってきたが、王都の住民たちを連れてこなかった。
彼は、これからこの王都で大興亡戦が起こることを知っており、民たちを巻き込むことはできないと判断したのだろう。
「(サムソン子爵、欲しかったなぁ……)」
だから、いち早くグレゴリー王子に従うと宣言した彼とその配下たちに、優先して魔晶機人改を貸与したわけだ。
残りも、ゾフ王国製の新型火器があれば、魔晶機人でも戦力アップになるはずだと思ってのことだ。
それでも数が足りないので、クロスボウ装備や剣を構えた魔晶機人と魔晶機神も多いけど。
最悪防衛に失敗しても、それなりの数の異邦者と無法者たちを倒せるはずだ。
私たちはこの住民がいない王都を放棄しても問題ないし、他の土地を守っている操者たちへの負担は減る。
「そこまで考えておるのか……」
「王都を枕に討ち死になんて嫌だね」
住民たちは避難したままなので、守りきれなかったら捨てることに抵抗感はなかった。
「壊れただけなら、また奪還してから直せばいい」
「それもそうじゃな」
リリーとそんな話をしてから数日後。
王国都周辺の空を埋め尽くすかのように、大量の異邦者と、無法者たちが姿を見せた。
「あの……ゾフ王様……」
「火器の訓練をしてよかったでしょう? 弾は沢山あるけど、なるべく無駄遣いしないようにして、一体でも多くの異邦者と無法者を倒してくれ」
「わかりました……」
サクラメント王国の貴族たちは、王都に押し寄せる大量の異邦者たちを見て、顔を引き攣らせていた。
少なくとも、私に反抗する余裕がないことは理解してくれたようでなによりだ。
これが他の国との戦争なら、貴族たちも自分の利益のために裏切る可能性があったが、異邦者に付こうと思っても食べられてしまうだけ。
サクラメント王国貴族たちは、俺が気に食わなくても全力で戦うしかないのだ。
己の命を守るために。
「先に伝えたとおりに配置を」
「わかりました!」
新しくサクラメント王国軍の指揮官になったサムソン子爵は、火器を構えた魔晶機人を王都を囲う応急処置をした壁に配置し、火器やクロスボウを構えさせた。
その後ろには、荷駄に載せた弾薬を配置している。
性能が低く、飛行ユニットが足りないため、壁越しに射撃させて異邦者を一体でも多く落とすためだ。
数が少ない魔晶機人改は、全機分の飛行ユニットが揃ったので、防衛ラインが破られそうな場所に適切に救援に入る予定だ。
魔晶機神も、同じ役割を担当する。
「学生の仕事じゃないよなぁ……」
「リック、腕は確実に上がってるだろう?」
「ったく、まさかエルオールがゾフ王だったなんてな。本国に報告してやる!」
「好きにするんだな」
補給物資と共に、少数だが補充でリックたちAクラスの学生も合流した。
彼らは学生なのでこんな危険な戦場に出すのはどうかと思うのだが、彼らは貴族や王族で、祖国に帰れば優秀な操者でもあり、将来の軍人だ。
サクラメント王国の状態を知り、新兵器である魔晶機人改や火器の実戦データを取って、祖国に伝える役割があるのだろう。
だから志願したし、こちらも人手が足りないので断る理由はなかった。
そしてそんな彼らに、もう正体を隠す理由もない。
サクラメント王国の郷士がゾフ王だった。
リックたちは驚いていたが、これを知れば他国は私を侮ってくれるかもしれない。
そんな時に、実質ゾフ王国を動かしているアリスの存在を知り、この世界の人たちは私を傀儡の王だと思ってくれる、という仕組みだ。
「守るべき住民はいないし、駄目なら撤退するから、それを念頭に戦ってくれ」
「わかりましたわ、陛下。幸い標的には困りませんので、射撃訓練のし放題です」
「異邦者ばかりで、素材やマジッククリスタルは手に入らぬが、新型の魔晶機神改を任せてもらった以上は、必ず成果を出そう」
「試作火器、ヒルデに性能試験を頼まれているから、遠慮なくぶっ放すわ」
学生組たちも準備万端でなによりだ。
特に、最初から従軍していたリンダ、ケイト、クラリッサは、改良された魔晶機神改に搭乗し、試作品である火器の運用を担当することになり、大いに張り切っていた。
「それでは、異邦者たちを全滅させるつもりで戦おうじゃないか」
「「「「はい!」」」」
さあ、王都を異邦者の大群から守る正義の仕事の始まりだ。