第百一話 防戦
「正面! 兵士クラス多数!」
「多数って、どのくらいだ?」
「数えてる暇はない! 全部落とせ!」
現在ゾフ王国軍は、完全に戦時体制に移行していた。
敵は、先日講和を結んだばかりのサクラメント王国ではない。
突如、絶望の穴から信じられない数で湧き出し、現地の連合軍を殲滅、世界中に侵攻を開始した異邦者だ。
異邦者たちは本当に世界各地に飛び散ったようで、絶望の穴からはるか南方にあるゾフ王国領にも容赦なく襲いかかってくる。
ゾフ王国軍は三交代制でこの脅威に対応し、次々と北のグラック男爵領、東部と西部の国境地帯、南部にある避難地に襲いかからんとする異邦者たちを落とし続けた。
「陛下と宰相の用意した火器がなければ、突破されてたな」
「ああ……」
とにかく異邦者の数が多い。
尋常でない数だ。
これでは、連合軍に派遣されていた部隊は全滅だろう。
派遣軍は、新型キャリアーと魔晶機人改で揃えた精鋭だったが数が少ない。
多勢に無勢だったと思う。
「(……俺の友達も派遣軍にいたんだが……あいつ、無事だといいが……)俺たちはラッキーなんだろうな」
「他国の操者じゃなくてよかったよ」
俺たちゾフ王国軍の操者は、事前に訓練を終えていた火器を惜しげもなく撃ちまくり、まず遠距離から多数の異邦者を落とすことができるので、ほとんど損害は出ていない。
勿論損害がゼロというわけではなく、行動不能にされた機体もあるが、魔晶機人改は操者を守る安全装置が多い。
操縦席回りは頑丈に作られていたし、高高度から墜落しても操者を守る逆噴射装置と、クッションのおかげで命拾いする操者が多かった。
さらに、落とされた機体と操者を救出する部隊もあり、操者は速やかに救出され、壊れた機体は修理されるか、損傷が酷ければ部品取りに使われる。
救出された操者も、重傷でなければ治癒魔法で治療してから、予備の機体に乗って再び出撃した。
「経験を積んた操者は、機体よりも貴重だ!」
陛下はそうおっしゃられ、最初は『それは理想ではあるけど……』と言っていた軍幹部たちであったが、陛下は軍事にも詳しく、その理想を実現する方策を示し、実行する能力があった。
おかげで、雲霞の如く押し寄せる異邦者たちを落とし続けられている。
「とはいえ、押し寄せる異邦者の数が減る気配がない。油断はできないな……」
「ヒテン、ブイアール。弾切れだろう。補給と休憩に下がれ」
「了解しました」
ゾフ王国軍の戦いは、かなりシステマチックになった。
指揮官の役割が厳密に決まり、昔みたいに実力のある操者がなんとなく他のみんなを率いる、みたいなことはなくなったのだ。
隊長は改造された魔晶機神改に搭乗し、担当するエリア内で部下たちの動きを見ながら、細かく命令を出していく。
異邦者の勢いが強く、部下たちが突破されそうになったら、魔晶機神改用の大型火器で薙ぎ払うこともあった。
疲労が蓄積して戦闘力を落とさないよう、部下たちに適切に休憩を命じるのも隊長の役割であり、弾切れもあって俺たちは後方に下がる。
補給基地はグラック領内に作られており、対サクラメント王国向けに整備されたものが大いに役に立っているのだから、備えあれば憂いなしってのは本当だと思う。
「弾丸の補給と、マジッククリスタルの量の確認。機体のチェックも頼む」
「了解しました!」
機体を整備用のブースに降ろすと、整備兵たちがとりついて、弾丸の補給と簡単な整備を始めた。
彼らに補給と整備を頼んでから機体を降り、ブイアールと合流してから休憩ベースに入る。
領民と思われる若い女の子が注文を取りにきたので、軽食と飲み物を頼んだ。
「休憩は三十分ほどだな」
「ああ」
パンに肉を挟んだものと冷たい果汁水が出たので素早く完食して補給と整備が終わるのを待っていると、思わぬ人物が顔を出した。
「マルコ様!」
「どうしてこんなところに?」
グラック領において防衛戦の指揮を執っているマルコ様が姿を見せたので、驚いたなんてものじゃなかった。
こんなところに顔を出す身分の方ではなかったからだ。
しかし、いつ見ても可愛らしい……いや、その見た目に騙されてはいけない。マルコ様は陛下の実の弟にして、操者としても彼の一番弟子でもあった。
今では魔晶機人改を巧みに操る、凄腕操者として知られていた。
最初は陛下よりもお若く、美少女に間違われるほどの容姿をしておられたので、操者の中には『兄の七光り』だとバカにする者たちもいたが、そんな連中は模擬戦で彼に叩きのめされ、今では忠実で熱狂的な応援団になっている。
俺もそっちの趣味はないんだけど、マルコ様は本当に可愛くて強い。
こうしてそのお顔を見ているだけで、心が癒されるのだ。
「休憩中、申し訳ない。最前線の話を聞いておきたいと思いまして」
「いえ、お気になさらず。今のところは、異邦者の南下を防げております」
「これも、陛下のおかげです」
多分、みんな思っているはずだ。
陛下がゾフ王国軍をここまて強化してくれなかったら、今頃ゾフ領内は多数の異邦者に蹂躙されていたはずだと。
「ですが、異邦者たちのこの勢いがいつまで続くのか? それがわかりません」
「さらに酷くなった場合、最悪グラック領の放棄も考えないといけないかもしれません」
ゾフ王国は、陛下がここまで軍備を整えてくれたから、今はなんとかなっている。
他の国がどうなっているのか?
考えるのも怖かった。
「異邦者たちの勢いが増した時のことも考え、グラック領の領民たちには避難指示を出しています。船も兄様が用意してくれたので、領民たちの避難は可能です」
「それはよかった」
グラック領はマルコ様の故郷だし、これまで陛下と懸命に開発してきたから、放棄はしたくないのだろう。
マルコ様に憂いの表情が浮かんでいるが、それすら美しいという。
「ちなみに、他国はどうなっているのでしょうか?」
「現在王都で、各国の魔法通信を傍受して様子を探っていますけど、悲鳴のような救援要請を最後に通信が途絶したような領地や都市も多数あると報告がありました。事態は非常に深刻です」
「そうですか……」
他の国には、ゾフ王国のような軍備や、システマチックな戦闘を長期間続けられる補給、整備体制、総力戦に適した指揮マニュアルがあるわけではない。
それをゾフ王国に授けてくれた陛下には、本当に感謝の言葉しかなかった。
「特に、サクラメント王国とリーアス王国は酷い有様でしょうね……」
サクラメント王国は大戦力でリーアス王国に侵攻しており、すでに滅亡寸前だった。
そこをさらに異邦者たちに襲われたとなれば、戦争の勝者であったはずのサクラメント王国軍も堪ったものではないだろう。
防衛戦力の多くが遠征中のサクラメント王国領内にしても、ゾフ王国へと侵入をはかる異邦者の数を考えると、状況は決してよくないはずだ。
「ところで、陛下は少ない戦力で出撃されたとか?」
「ええ、本来はリーアス王国に主力が遠征中であるサクラメント王国の王城を落とし、今の王を退位させ、グレゴリー王子を即位させる作戦だったのですが……」
「こうも情勢が変わると、作戦は中止ですか?」
「いえ、ゾフ王国と同じく異邦者に襲われたサクラメント王国がどうなっているのか、それを確認するため、可能な限り前進して、様子を探るそうです」
「威力偵察みたいなものですか」
陛下になにかあると困るので、無理をせず無事に戻ってきてほしいものだ。
「異邦者に威力偵察が理解してもらえるのか、謎ですけどね」
「あの……サクラメント王国は?」
「最南端のゾフ王国にすら、これだけの異邦者が攻め寄せているんです。サクラメント王国は、もうゾフ王国の仮想敵でなくなったでしょうね」
「……」
この前戦った元敵国ではあるし、少数だが戦死してしまった仲間もいるので恨みがないわけではないが、そんなものが一気に消し飛んでしまうレベルの惨劇だな。
バカなサクラメント王がリーアス王国に攻め込まなければ、もっと犠牲者は少なかったはず。
そう考えると、俺たちには陛下がいて心からよかったと思う。
もうすぐ補給と整備も終わる。
ゾフ王国の操者は世界一恵まれた環境で戦えるのだから、必ずや領土を守りきらないと。