第九十九話 失脚、逃走
「グラック男爵、この近辺の魔物はすべて駆逐しました」
「矢を連射できるクロスボウの試作品ですが、使い勝手は悪くないみたいですね。王妃様」
「学生たちに使わせてみましたが、特に不都合もなく、これなら輸出もできるでしょう」
今日も、魔物が残る土地でその駆除を行なっていた。
学生たちも、魔物狩りを通じた魔晶機人改の操縦、部隊指揮の経験が沢山積めると気が付き、大変好評だった。
自国では、毎日長時間魔晶機人改を実際に動かして訓練することなどできないからだ。
これに加えて、アマギで量産したシミュレーションマシンも導入したので、学生たちの腕前は急激に上がっていた。
学生には他国の者たちも多いため、これを警戒する家臣たちもいたが、ゾフ王国軍の訓練密度と練度はこれを上回るし、すでに20ミリ銃、試作40ミリ銃、狙撃銃、バズーカ砲、ハンドグレネード、シュツルムファウストなどの火器が配備されており、学生たちの目につかない場所で訓練を重ねていた。
サクラメント王国との戦争で私が使った火器の存在を誤魔化すため、矢を連射できるクロスボウの試作、量産を行い、これを学生たちに使わせているが、この性能なら他国からの引き合いも多いだろう。
連射式クロスボウのインパクトで、遠距離からサクラメント王国の魔晶機神を多数落とした謎の武器の存在を誤魔化す。
実際、上手くいきつつあった。
クロスボウの弱点である一発撃つごとに矢を番え直す動作が、矢を十本詰めてある矢弾倉と交換するだけで、また矢を放てるのだから。
ただ、これも製造には技術力を要するため、他国はこれを購入するしかなかった。
「(連射式クロスボウを他国に売ったお金で、ゾフ王国の最新式軍備を整える)」
そうすれば、ゾフ王国の開発に使うお金を増やせるという利点もあった。
なにより、誰も想像しなかったサクラメント王国の暴走があった。
ゾフ王国の隣国はサクラメント王国のみとはいえ、魔物の生息する未開地を突破して、他国の魔晶機人部隊が再び襲撃してこないとも限らない。
実際、サクラメント王国はイタルク公爵の反乱を鎮圧した帰りの私を襲撃してしまったのだから。
「あとは、この位置に新しい水晶を設置するだけです」
アリスはご機嫌なようだ。
彼女はゾフ王の婚約者なので、グラック男爵である私にベタベタできない。
その代わり屋敷では仲良くしているので、それでバランスが取れているのか。
バランスといえば、屋敷ではリンダとヒルデともバランスを取って仲良くしている。
私が成人するまでは結婚できないし、上流階級ほど婚前交渉厳禁な世界なので、子供ができるようなことはしていないけど。
「新しい水晶ですか。ゾフ王国の水晶は性能がよくていいですわね」
ケイトが羨ましそうに、新型水晶柱を見ながら設置を手伝っている。
より少ない魔力で、広範囲に、長時間効果があるのは、アマギでゼロに近いところまで不純物を取り除いてから再合成しているからなので、他国には真似できないだろう。
他国は、時間をかけて水晶柱の製造技術力を上げるしかないからだ。
「ゾフ王国の安全圏は、恐ろしい勢いで広がっていくな」
「残念ながら大半が無人の未開地で、土地の開発には時間がかかるけどね」
「他国では、開発できる土地にするまでが大苦労なのさ」
「それはわかる」
リックもケイトも、祖国にアマギ製水晶柱を導入したいのが丸わかりだった。
残念ながら、そう簡単に他国に売れるものではない……まだまだゾフ王国の安全圏を増やしたいから、他国に売る余裕がないというのもあるのだけど。
「ゾフ王国は、グラック男爵領がある北部の開発も必要でしょうから」
「念のためだけど、備えないわけにいかないからね」
クラリッサの考えに同調する私。
ゾフ王国とサクラメント王国は講和条約を結んだとはいえ、元々サクラメント王国領であるグラック領を取り戻したいサクラメント王国貴族は多いというのが、情報部の分析だ。
失われた領地を取り戻せれば、戦争に負けて落ちた国威を取り戻せる。
王太子の暴走を見逃したサクラメント王に、そう考える貴族たちが集まっているそうだ。
講和を纏めたグレゴリー王子が、『今のサクラメント王国には、そんな余裕はない!』と反論しているそうだが、その結果、サクラメント王との関係が悪くなり、本当ならとっくに新しい王太子に任じられているはずなのに、延ばし延ばしにされていると諜報部から報告が入っている。
「(そりゃあ、北部の開発と防衛力の強化は必須だよなぁ……)」
魔物と異邦者という脅威があるのに、戦争を諦めないとは……。
いや、王太子が無茶をする前はそんなことはなかったのに、彼が討ち死にして、サクラメント王国が戦争に負けてからおかしくなったのか。
とにかく、グラック領の集中開発と王都との間にある土地での魔物の駆除、水晶柱の設置がゾフ王国軍によって進んでいた。
もしグラック領が再び攻められた時、ゾフ王国の安全圏が王都まで下がってしまうのを防ぐためだ。
今のところ、グラック領と王都の間に人が住んでいる土地がまったくないので、新しい町を作って王都までワンクッション置きたい。
そんな防衛計画の下、私たちはグラック領と王都までの土地で魔物を駆除しているのだから。
「(しかし、グレゴリー王子は大丈夫なのかね? まさかリリーは詳しい事情を教えてくれないだろうからなぁ……)」
それでもゾフ王国はやれることはやっているので、私は講師の仕事を優先することにしよう。
ゾフ王国の開発が一段落すれば、私はお飾りの王として、のんびり過ごせるのだから。
「グレゴリー様、お耳を拝借……」
「アミン子爵! ついてこい!」
「畏まりました」
「親衛隊はどうかな?」
「リリー様に壁扱いされていた、家柄自慢の上級貴族の子弟たちは、みんな裏切ってますね」
「やれやれ、私には人望がないなぁ。せっかく、親衛隊に引き立ててやったのに……。それで、父が新たに王太子に任じた謎の弟は、操者としての腕前はどうなんだ?」
「未知数としか」
「三歳の子供だからな。父上はなにを考えているんだ?」
「ファブル様の暴走を止められず、ゾフ王国との戦争で多くの機体と操者を失いましたからね。貴族たちの支持を取り戻すため、グレゴリー様ではなく、エリック様を新しい王太子とし、もう一度ゾフ王国と戦争をして勝つつもりのようです」
「……父上や戦争に賛成の貴族たちは、私の報告書を読んだのかな?」
「読みはしましたが、世界一の魔晶機人大国であるサクラメント王国が、復活したばかりの小国に負けるわけがない。油断せず、全力で挑めば勝てると本気で思ってます」
「バカなのか? 父上を唆した貴族たちは」
「バカほど現実が見えず、それでいて無駄にプライドが高いから困り物です。先日の戦争に彼らは参加していませんから、自分たちなら勝てると本気で思っているんですよ。負けたのは、自分たちを呼ばなかったからだ、くらいに思っていますから」
「……しょうがない。逃げるか」
どうにか父から王太子に任命されるべく努力を重ねてきたが、まさか異母弟というとんでもない鬼札を父から切られるとは。
おかげで私は、殺されないように一時国を離れないといけなくなった。
「どこに逃げますか?」
「ゾフ王国でいい。しかし、どうしてこんなことに……」
私は失敗してしまったが、ここで素直に殺されるほど殊勝な性格をしていない。
アミン子爵と共に、着の身着のままで私室から飛び出した。
「父上は、いったいどうしてしまったんだ? ファブル兄の死が父上を変えてしまったのか?」
王城の廊下を全力で走りつつ、私とアミン子爵は駆け足で城内の格納庫へと向かった。
もしこのまま『ボケーーー』としていたら、父上が密かに産ませていたという弟を王太子にしたい貴族たちに殺されるだろう。
なにしろ私は、ゾフ王国との間に屈辱的な講和条約を結んだ国賊なのだから。
「大変な仕事を任せておいて、それが終わったら処分するのですか。とんでもない連中ですな」
「はあ……。サクラメント王国は滅ぶな」
「確かに、局地戦で負けただけのゾフ王国に譲歩しすぎだと、本気で思っている連中が主導権を握りますからね」
ゾフ王国は、他国の魔晶機人よりも性能に優れた魔晶機人改を、外国人の学生がいる学園にも配備しているというのに……。
バカ貴族たちは、サクラメント王国の方が配備している魔晶機人と魔晶機神が多いから、全力で攻めれば勝てると本気で思っている。
「救いようがないバカですな」
「とにかく、死ぬのはゴメンだ。しばらくは、妹の世話になろうじゃないか」
「眉目麗しき兄妹愛ですね」
このままサクラメント王国に居続けたら、私はつい最近その存在を知った異母弟が新王になるための生贄にされかねない。
元々王位に未練などなく、できれば老衰で死にたいと思っているのでとっとと逃げるとしよう。
サクラメント王国と講和を結べたと思っているゾフ王国と、このところ大移動が連続して起こり、湧き出す異邦者の数が倒しても倒しても減らない絶望の穴への対処も必要な連合軍司令部は不幸なことだ。