第九話 整備士の父娘
「エルオール、魔晶機人の整備を担当するバルクと、それを手伝う娘のヒルデだ。エルオール、自分で整備しているのか?」
「整備とは言っても、簡単な清掃と各部のチェックだけですよ。さすがに修理と整備には手が出ません」
魔晶機人を使って、訓練を兼ねた魔物狩りを続ける私であったが、その整備といえば、屋敷にあった魔晶機人関連の本を見て、状態のチェックと掃除くらいであった。
コンバットスーツなら簡単な修理くらいは出来るのだけど、魔晶機人となると完全にお手上げだ。
同じ人型でも、かなり構造が違うからだ。
そこで今日、父が魔晶機人を収容している倉庫に、私がなによりも欲しがってた、整備、修理担当を連れてきてくれた。
ずんぐりむっくりした体つきで髭モジャオヤジでもあるバルクと、その娘で紫色のツインテールとツナギ姿が可愛いヒルデ。
あまり親子には見えないが、養子ではなくちゃんと血の繋がった親子だという。
ヒルデは母親似なのであろう。
バルクは四十代半ばほどに見え、娘のヒルデは十二歳だそうだ。
私の二歳年上だが、中身の年齢基準だとダブルスコアなので、もし彼女に惚れると私はロリコン扱いか?
可愛らしい子ではあるが、まだ守備範囲外といったところか。
「若様、魔晶機人の整備はお任せください。ヒルデ、若様にご挨拶を」
「父のバルクを手伝っています。娘のヒルデと申します」
その年で父親の手伝いか。
職人っぽくあり、幼い頃から父親の手ほどきを受けているのなら、年齢に似合わない技量の持ち主かもしれない。
「若様、早速魔晶機人のチェックと整備を始めます」
「頼む。バルクとヒルデ」
「お任せください」
あとは、二人の整備の腕前が優れていることに期待しようではないか。
もし駄目なら、自分で整備するしかないのかな?
コンバットアーマーの簡単な修理はできたのだから、屋敷の書斎にある魔晶機人関連の本をもっと読んで覚えておくか。
ただ、その心配は杞憂だったようで、二人は非常に優れた整備士であった。
テキパキ動いて魔晶機人の整備を行っている。
「ラウンデル、こう言うとなんだが、かなりの凄腕整備士たちじゃないか。よくうちに来てくれたな」
「普通ならまずあり得ないのですが、色々とありまして、彼らはこの村に引っ越してきたのです。私も元は、キューリ騎士爵家の遠戚で猟師でもありまして。二人もキューリ村で一番腕のいい魔法技術者にして、魔晶機人の整備士だったのですよ」
「キューリ村?」
名前が、栄養がないあのお野菜か、前世でまだ人類が地球にのみ住んでいた頃に活躍した、著名だった女性学者の姓のようだな。
「三年ほど前に滅んだ村です。そこを治めていたキューリ騎士爵家も、封印の結晶を守れなかった罪で改易されてしまいました。その前に魔物に食われて死んだ者の方が多かったのですが……」
あれだけ次々と現れる魔物だ。
時には、滅ぼされる町や村もあるのか……。
「私のお母さんがこの村の出身で、お祖父さんもいるので、キューリ村を魔物によって追われた時に逃げ込むことができたのです。私たちは幸運でした」
「他の大半の村人たちは……他領に逃げ込んだ者も少数いるとあとで聞きましたが、行方不明の人たちも多いです」
まさか、魔物に襲われた村に探索にも行けず、彼らの所在は不明というわけか。
探索に出かけたはいいが、自分たちも魔物に襲われては意味がないのだから。
「キューリ村かぁ……」
「若様は記憶を失われてしまったので、覚えていなくても仕方がありませんよ。ここから南に一キロほど下った場所にあります。三年前までは、子供でもキューリ村にお使いに行けるほどでした。キューリ村の結界が優秀だったので、グラック村南側からキューリ村までの領域も魔物が出なかったのです。今は沢山出ますけど」
さすがは、騎士爵家が維持していた結界というわけか。
だが今は結界がなくなってしまい、グラック村の南側は魔物が跳梁跋扈する地になったわけだ。
「そんなわけで、私とヒルデはこのグラック村で魔法道具の製造や修理をして暮らしています。魔晶機人の整備もキューリ騎士爵家からの依頼で行っていたのです」
この親子ほどの技術者ともなれば、そんなことがなければキューリ騎士爵家も手放さないか。
「事情はよくわかった。ところで、私の魔晶機人はどうかな?」
どうかなという聞き方は掴みどころがないように聞こえてしまうが、要するに総合的に気がついた点を教えてくれということだ。
「若様の才能がもの凄いおかげで、あれだけ動かすと本当ならもっと関節部品が摩耗しているはずなのですが……若様は、機体に負担をかけない動かし方がベテラン操者みたいですな」
「魔晶機人の操者は、機体性能を限界まで引き出せる者の方が評価は高いですが、運用にコストがかかるのも事実です。機体に負担がかかりすぎる操作を避ける持ち主もいますね」
上手に動かせても、機体に負担ばかりかけて修理と整備に手間がかかる。
さらに、燃費の悪い動かし方をしてマジッククリスタルの消費量が多い者も、コストを気にするオーナーから倦厭されるわけか。
もっとも、魔晶機人の操者の大半は貴族である。
動かせるだけ動かして、あとは使えるようになるまで待つなんてケースも多いらしい。
部品不足、マジッククリスタル不足、さらに魔晶機人を持つ貴族の半数しか動かせず、余っている機体もあるという話もラウンデルから聞いていた。
「グラッグ家が魔晶機人の部品を用意できるか不安なので、自然とそういう動かし方になったんだと思う」
「損耗部品なら大丈夫ですよ。グラッグ家は壊れた魔晶機人を持つ貴族から部品などを買い取り、かなりの量を確保してありました。私たちで作れる損耗部品も多いですしね。作れない装置や部品も多いのですが……」
魔晶機人と魔晶機神は、古代のオーパーツを再利用している。
使えば使うほど、稼働機数が減っていくわけだ。
それでも定期的に発掘されるので、今すぐ使えなくなるということはないそうだが。
それよりも、操者不足の方が深刻らしい。
魔力量が一定以上に達しないと、魔晶機人は動かないからであろう。
魔力量が多い人は貴重で、当然操者はもっと貴重というわけだ。
「ちなみに、キューリ騎士爵家の魔晶機人は? 持ち出されたのか?」
「いえ、そんな余裕はなかったと思います。改易された元当主も、魔晶機人を動かせませんでした。起動させずにアレを持ち出すのは難しいので……」
重たいから当然か。
重機なんてない……あるのかもしれないけど、少なくともグラック村やキューリ村にはないのだから。
「今も屋敷の隣にある倉庫に保管されていると思います」
「魔物に壊されないのか?」
「いえ、魔物は生物を食らうために狂暴になるので、わざわざ魔晶機人を壊すような真似はしませんよ」
ならば、私がもっと腕をあげて魔物を駆逐していけば、もう一機魔晶機人が手に入るのか。
しかも、修理に使える部品や、他の便利な武器や魔法道具も手に入るかもしれない。
当座の目標は、廃墟と化したキューリ村というわけだ。