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9話

 翌日、あっさりと熱が下がった俺はいつも通り学校へ行った。

 朝の全校集会では校長先生から昨日の事について説明があった。

 内容は、非常に残念な事故だったこと。悩みがある生徒は自殺なんて手段を取らずに教師や友達、家族にしっかりと相談すること。昨日の事故を見てしまって気分が優れない生徒はいつでも相談に来るようになどを淡々と語られた。

 全校集会の最中、生徒のざわつきは治ることがなかった。


 集会の後はこれまでとなんら変わらない授業が始まる。


 生徒が自殺したというのに、学校や生徒に与える影響なんてこんなものなのか……。


 授業中も終始ソワソワとした空気は変わる事がなかった。


 昼休みに入り、持ってきた弁当を食べ終わると、机に突っ伏して生徒の内緒話に耳を傾ける。


『自殺したのって3年の斎藤佳奈先輩だって』


『成績も優秀でバスケ部のエースだったのになんでだろうね』


『野球部の大垣先輩と付き合ってたんでしょ?野球部のエースであんなイケメンと付き合ってたのになにか不満でもあったのかな』


 聞き耳を立てていると様々な情報が入ってくる。みんな噂話が好きなんだな。


『……斎藤先輩麻薬やってたらしいよ』


『家もあんまり裕福じゃないから、お小遣い少ないってよく言ってたって』


 だんだんと噂話の内容が良からぬ方へと転がっていく。

 

『小遣い稼ぎのために大垣先輩に内緒でパパ活やってたんだって。そして妊娠して堕すお金なくて自殺したんだって』


『マジかよ。大垣先輩かわいそうだな。彼女からそんな裏切りされたら立ち直れないよ』


「っなん――!!」


 あまりにも酷い噂話に思わず立ち上がる。


 するとどうしたのかと教室中の目線が俺に集まる。


「……あ」


 声が出ない。人の視線が怖い。なにも知らずに噂話だけで斎藤先輩を貶めている奴らが怖い。


 俺は視線から逃げるように教室を後にした。





――――――――――――――――――――――――――


 教室を出て人が居ないところを探してあてもなく歩いていると、いつの間にか校舎裏に来ていた。

 部室棟を抜けると、旧部室棟が見えてくる。新しく立て直された部室棟と違い、旧部室棟の方はトタンが剥げたり、鉄骨が錆びていたりと、今にも崩れそうな有様だった。


 ……怖い。人間が怖い。確証のない噂をあんなに鵜呑みにして……。最初の噂を聞く限りでは、決して悪い人ではなかったと思われる斎藤先輩をあんな風に悪く言えるなんて……。

 ……気分が悪い。


 あんなに真面目に生きてきた人間でも、噂1つでこんなにも人格を捻じ曲げられるものなんだろうか。

 

 なんともやりきれない気持ちで歩いていると、旧部室棟の前から禍々しい気配がした。


 旧部室の1階奥の前に黒い靄が見える。注視すると、そこには斎藤先輩がいた。


 じっとこちらを見つめていると思いきや、次の瞬間にはハラハラと霧散してしまう。


(……なんだ?)

 

 気になり旧部室棟の前まで行く。斎藤先輩が立っていた扉のドアノブを回す。しかし、しっかりと鍵がかけられており、開けることができない。

 仕方なく部室の裏に回りこみ、窓から中を覗こうとするもすりガラスになっており、覗くことができない。


 そりゃそうか。ソフトボール部や女子陸上部などもあるから透明なガラスだと覗かれて困るわな。

 ため息をつきながらダメもとで窓に触れる。窓枠の淵には赤錆が付着しているが、不快な音を立てながらもわずかに開けることができた。

 

 ……まじかよ。

 

 指一本分しかない隙間から中を覗く。


 ――瞬間。昨夜の記憶がフラッシュバックする。うず高く積まれた古びたマット……。壊れた野球ヘルメット……。錆びた鉄骨の柱は俺が……。いや、斎藤先輩が縛られていた場所だ。


 昨夜の記憶が戻り、恐怖と吐き気が込み上げてくる。


 この場に居てはまた気を失ってしまうと悟り、俺は旧部室棟を後にする。


 旧部室棟から出てすぐのところに吹き抜けの廊下がある。廊下を渡り校舎に戻ろうとしていると旧校舎の方から3人組の男が歩いてくる。

 夏服の胸ポケットに黄色のプレートが付いているという事は3年生だ。

 すれ違おうとするが、真ん中の男の顔を見た瞬間体が強張ってしまう。


 短く整えられた髪。180センチ以上はある身長。顔のパーツは整っていて、左右の2人と笑いながら談笑している顔はどこか人懐っこい感じがした。


 ――この顔には見覚えがある。こいつは大垣祐一。斎藤先輩を自殺に追いやった張本人だ。

 俺が目を見開いていると、大垣と目が合う。


「……あれ?君1年生?そっちから来たの?」


 急に話しかけられ、背筋が強張る。この声も夢の時聞いた声だ。


「は、はい。まだこの高校に慣れてなくて散策してました」


 我ながら息をするように嘘を吐いたと思う。


 そうなんだ。と特に訝しむこともなく大垣が仲間と共に歩き去る。


 俺とは面識も関係だって無いはずなのになぜか身体中から冷や汗が止まらない。


「1年生君」


 歩き去ったと思った大垣から再度呼び止められ、心臓がドクンと一際強く脈打つ。


「は、はい」


 不意打ちだったためか怯えたような情けない返事をしてしまう。


「旧部室棟は老朽化が進んでて危ないからあまり行かない方がいいよ。あんまりあそこに行ってたら先生からも注意されるから気をつけてね」


 そう言って俺の返事を待たずに再度歩き出す。


 俺はふらつく足に活を入れ、吹き抜けの廊下を渡り校舎の中に入るとその場に座り込む。

 

 ――意味がわからない。


 あいつ……!大垣は人ひとり自殺に追い込んでるんだぞ?それも2日前に!それなのに平然としているなんて……!


 腹の底から怒りが込み上げてくる。


 大垣に対して怒りを募らせていると、再度3人組の話し声が聞こえて来た。どうやら渡り廊下の側にある自販機でジュースを買って校舎に戻るところみたいだ。

 隠れる必要なんてないが、俺は急いで近くの扉を開けて空き教室に転がり込む。


 扉に背中を預けていると、背中から3人の歩く振動と話し声が伝わってくる。


『……大垣。あんまり気に病むなよ』


『そうだよ。お前のような彼氏が居ながら浮気した挙句に自殺するなんてな……』


 噂話を鵜呑みにして大垣の取り巻きが励ましている。


「二人ともありがとう……。こんなことになってしまったのも俺が不甲斐なかったからだと思う……。俺が……。俺がもっと早く気づいてやれればこんなことにはならなかったのに……」


 ――――はあ?

 

 涙を堪えたような声色で心底後悔しているように話す大垣に俺は唖然とした。


 よくもぬけぬけと……!斎藤先輩に対してあれだけの事をしておいて自分は被害者面するのか!?

 あまりにも理不尽すぎる仕打だ。これじゃあ、こんなのが現実だっていうのなら斎藤先輩も浮かばれない……。

 

 心の奥底に様々な悪感情が芽生えてくる。俺は息を殺して大垣達が去るのを待つ。

 

 足音と共に大垣達の声が遠のいていく。大垣達が通り過ぎ去っても動く気になれない。


 結局俺は始業のチャイムが鳴る寸前まで空き教室から出ることができなかった。



 

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