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6話

 俺は今夢の中にいる。


 真っ暗な世界の中横たわっている。目を開けているはずだがどこまでも続く暗闇だけが視覚情報として入ってくる。

 起き上がり周りを見渡す。やはりどれだけ見回しても暗闇しか広がっていない。


 とりあえずあてもなく歩いてみるが、夢から覚める気配もない。


 そして――


(歩きづらい)


 足元は見えないが泥沼のような闇が纏わりついてくる。歩くたびに足が取られて非常に歩きづらい。


 こんな状況で考えるのは場違いだと思うが、昔緋色と一緒に行った干拓の潮干狩り体験を思い出していた。


(夏になったし、しばらく行ってないからまた緋色と潮干狩りに行ってもいいな)

 

 どれぐらい歩いただろうか。終わりのない暗闇世界の散策に辟易する。


「ん?」


 夢の中とはいえ、歩き尽くしでいい加減疲れはじめた頃、ようやく暗闇以外のものが視界に入ってくる。


 真っ暗な闇の中、誰かが座り込んでいた。膝を抱えて座り込んでいて顔が確認できない。


 暗闇だがなぜか座り込んでいる人物に心当たりがあった。


「……斎藤……先輩……」

 

 座り込んでいる斎藤先輩が顔を上げる。その顔には様々な負の感情が詰まっている。眼窩は闇のように黒く、吸い込まれそうになる。眼球なんて確認できないが、なぜか斎藤先輩と目が合う。


 ――瞬間、俺の中に斎藤先輩の様々な感情や記憶が入り込んでくる。


 小さい頃の記憶。両親と弟とピクニックに行った記憶。


 ――幸福。喜び。安心感。


 小学校入学。


 ――期待と不安。


 はじめての友達。


 ――希望。喜び。信頼。幸福。


 小学校卒業。


 ――恐れ。不安。悲しみ。


 中学校入学。


 ――期待。希望。不安。


 初めての恋。


 ――不安。恐怖。愛しさ。悩み。幸福。


 はじめての失恋。


 ――悲しみ。切なさ。絶望。嫉妬。羨望。


 家族との喧嘩。


 ――苛立ち。苦悩。不安。自己嫌悪。


 中学校卒業。


 ――不安。動揺。恐れ。悲しみ。希望。期待。


 高校入学。


 ――期待。希望。不安。憂い。喜び。困惑。


 はじめての恋人。


 ――喜び。幸福。期待。満足。愛しさ。


 ここで感情の波が止まる。


 目を開けると暗闇の世界から俺は脱出していた。


 だけど現実の世界じゃない。


(ここはどこだ?)


 見渡すことはできないが、俺は小さな部屋の中にいた。かびくさい臭いが充満している。視界には積まれたマットや割れた野球のヘルメットなどが入ってくる。


 ――動けない。


 …………声も出せない。


 今まで経験したことのない体験に困惑していると、目の前に高校生の男が現れる。


 さっき見ていた斎藤先輩の記憶の中で見た男だ。


「こんなことになってごめんな。佳奈」


 爽やかに笑いながら男が俺に声をかけてくる。


 ……佳奈?俺に言ってるのか?


「だけどこうするしかなかったんだよ」


 申し訳なさそうな顔をしながら俺に話しかけてくる男の学生服に目が行く。学生服の胸ポケットについた黄色いプレスチックのプレートには「大垣祐一」と名前が彫られていた。


 ――この黄色いプレートには見覚えがある。俺の学生服にもついている奴だ。黄色のプレートってことは、こいつは3年生か。

 

「佳奈。お前が変な気を起こさずに、俺の携帯なんか見なければ望みどおりに清く正しい交際ができていたのに」


 そう残念そうにいいながら大垣が俺の頬を優しく撫でまわしてくる。


「ん゛―!!ん゛――!!」


 俺の意思とは反して、必死に口から声を発そうとするが、言葉を紡ぐことができない。どうやら猿轡をされているようだ。


 ここで、ようやく俺は気づく。今、俺は佳奈の体の中にいる。つまりこの記憶は佳奈の記憶だ。

 俺は佳奈の記憶を追体験しているんだ。


 ――恐怖。嫌悪。絶望。


「まあ、バレたならしょうがないかな。今までも隠し撮りだけで小金は稼げたから、今度はしっかりと稼がせてくれよ」


 そう言いながら大垣が立ち上がると、おもむろに棚から三脚とビデオカメラを用意し始める。


「おい。お前たちも手伝えよな」


 大垣が呼ぶと、部屋の中に男が二人入ってきた。

 

 一人は大垣と同じ黄色のプレートから3年生ということが分かったが名前までは見ることができなかった。

 そして、もう一人の男の胸についたプレートは俺と同じ赤色の1年生だった。


(おい、嘘だろ)


 赤色のプレートの男は、坊主頭で吊り目。見覚えのある顔はニタニタと気持ちの悪い笑顔のまま迫ってくる。


 ――男は田淵涼真だった。


「おい田淵。今日はお前も撮影係だ。カメラ回してるから早く撮影するぞ」


 3年の男が迫ってくる。いやらしい手つきで胸を揉み始めると、そのまま学生服のブラウスを力尽くで破り裂く。


「ん゛――!!!」


 白く、豊満な胸があらわになる。


 ――恐怖。嫌悪。恐怖。恐怖。恐怖。恐怖。嫌悪。恐怖。後悔。恐怖。


 激しい斎藤先輩の恐怖の感情が次々と流れ込んでくる。


 両腕は鉄骨の柱に縛り付けられ動かすことができないが、自由にしていた足を振り、近くで撮影をしていた大垣を蹴り飛ばす。

 大垣が尻もちをついた際に右手に装着していたビデオカメラの液晶が割れる。

 それを見た大垣が烈火のごとく怒りだす。


「このクソ女が!!」


 大垣が勢いよく俺こと斎藤先輩の腹を蹴り、鈍い痛みが腹に響く。


 夢だと思っていたが、これは斎藤先輩の記憶だ。記憶を追体験している俺にも鮮烈な痛みの記憶が流れ込んでくる。


「このカメラいったいいくらしたと思ってる!ふざけんな!」


 大垣が右手に持っていたカメラを怒りのまま地面に叩きつける。硬いコンクリートと衝突したカメラは堪らずバラバラに砕け散る。


――恐怖。恐怖。恐怖。嫌悪。絶望。恐怖。


「人が下手に出てたら付けあがりやがって!」


「ん゛ぇ!」

 

 大垣がもう一度腹を蹴ってくる。両手を縛られているためガードをすることもできず、まともに蹴りを食らってしまい、胃液が口から溢れだす。


「どうせこのままじゃ濡れないだろ。今は恐怖心しかないだろうから濡れやすくしてやるよ」


 猿轡をほどき、頬を乱暴に掴み顎を持ち上げなにかを口の中に入れる。すかさず持っていたペットボトルの中の水を口腔内にねじ込んでくる。

 吐き出そうとしようにも無理やり入ってくる水流に負け、口の中に入れられたものを飲み込んでしまい、いくらかは勢いに負けて気管に流れ込み盛大に咽る。


 直後、体に力が入らなくなる。


「な、なにを――」


「ハーヴェストって知ってるか?最近巷を騒がせている新型の麻薬なんだけどな。田淵の伝手で手に入ったんだよ。これを使ったら天国に行けるんだとよ。――まあ、副作用もすごいらしいけどな」


 体中に力が入らない。脳に今まで感じたことのない快楽が洪水のように雪崩れ込んでくる。乱暴に胸や股を触られながらも嫌悪感よりも多く感じる感情。


 ――快楽。快感。喜び。多幸感。恐怖。快感。快感。快感。


 ここで記憶が途切れ、斎藤先輩の体から弾きだされる。


 その後も斎藤先輩の記憶がまばらに流れ込んでくる。


『薬が欲しかったら身体で稼げよ。あと、わかってるとは思うけど誰かにチクったらこの動画をネットに流すしお前の親にも送りつけてやるからな』


 大垣が髪の毛を鷲掴みにしながら脅す。

 

 ――後悔。後悔。恐怖。


『お願いします。薬をください』


 ――絶望。渇き。苦しみ。後悔。


 毎日、いろんな男から嬲られる。


 ――快楽。快感。悲しみ。


『お願い……します。……薬を……』


『梅毒に罹ったお前にやる薬なんてねえよ!まだ儲けようと思ったのにすぐ病気に罹りやがって!』


 必死に縋り付く斎藤先輩を大垣が蹴り飛ばす。

 

 ――恐怖。後悔。苦しい。苦しい。苦しい。苦しい。苦しい。死にたい。苦しい。苦しい。苦しい。苦しい。苦しい。


 ――吐き気。


 妊娠検査薬を見る斎藤先輩。検査薬には陽性反応が出ている。


 ――絶望。後悔。悲嘆。放心。希望。苦しみ。苦しみ。苦しみ。苦しみ。怨み。殺意。殺意。殺意。殺意。殺意。殺意。殺意。


 洪水のように流れ込んでくる斎藤先輩の記憶と感情。

 

 最後は高校の屋上だった。


 ――後悔。後悔。後悔。後悔。後悔。後悔。後悔。


 躊躇いながらも飛び降りる。浮かんでくるのは家族の顔。


 近づく地面。最後に教室の窓から気怠そうに外を見ている白髪の男と目が合う。


「たす……け……て」


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