4話
終業のチャイムと共に急遽夢から覚める。
(……最悪だ)
またもや昔の夢を見てしまった。
授業中の居眠りだったためか眠りが浅く、強制的に起こされてしまったため頭が痛い。
頭痛に悩まされながらも次の数学の準備をする。持ってきていた水筒から冷たいお茶を飲むと少し頭痛が和らいだよう気がした。
5限目は数学だ。まだ頭が痛むため、授業内容があまり頭に入ってこない。
気分転換のため窓際の席のメリットである外の景色を眺めていると視界に頭から落ちる女性との姿が入ってくる。
その瞬間はやけに長く感じられた。気のせいだろうか女生徒と目が合い、何かを呟いたような気がした。その目は憎しみや後悔、悲しみなど様々な感情が詰まっていた気がした。
刹那の間だが、やけに長く感じられる一瞬が終わる。再び俺の視界から女性との姿が消える。
姿が消えたかと思った次の瞬間、まるで大量の水が入った風船を高いところから落としたかのような音が響き渡る。
凄まじい音に何事かと思った前の席の生徒が窓の外を覗く。
「うわああああああああああああ!!」
その叫びに釣られて他の生徒も窓の外を次々と覗く。
俺も同調圧力に負けて立ち上がり、音の発生源である窓の外を見る。
さっきのは見間違いではなかった。そこには、先程目が合った女生徒が倒れていた。
……違う。倒れているんじゃない。頭からは脳漿がはみ出ている。手足は不自然に曲がり、明後日の方を向いている。周囲には血が流れ出て来ており、倒れているというよりまるで血の中に沈んでいると言った感じだ――
「キャアアアアアアアアアアアアア!!」
近くにいた女生徒の甲高い悲鳴で思考が打ち消される。
教室の中はパニックになっており、数学教師がなだめようとしても誰にも指示が通らない。
(なんだ?)
窓の外から禍々しい気配がする。あまりの禍々しさに振り向くことが出来ない。
背中から冷や汗が大量に出る。今は7月だというのに寒気が止まらない。
見てもいないのに窓の外で何かが立ち上がる気配を感じる。
意を決して振り返る。
目の前には真っ黒い靄に包まれ、髪を振りだ乱した女子生徒がいた。その目には憎しみや怨みの炎が宿っている。
『たす……け……て』
そう聞こえた瞬間、俺は意識を手放すことになった。
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「おお葵よ。死んでしまうとは情けない」
目を覚ますと聞き慣れた声が隣から聞こえてくる。物騒なセリフだが、昔緋色と遊んだゲームのセリフだ。
「……死んでねえよ」
冗談が通じないわねと緋色がケラケラと笑う。
さっきまで教室に居たのに、気づいたら目の前に緋色がいる。周りはカーテンで仕切られていて、俺は柔らかいベッドに寝かされていた。
寝ぼけた頭で状況を確認する。どうやら俺はあの時気絶したらしい。その後保健室に運ばれて今に至るみたいだ。
「あら、目が覚めた?」
カーテンが開けられ、おっとり顔の優しそうな女性が顔を覗かせる。養護教諭の竹内先生だった。
「保健室に来た子たちの中で一番顔色悪かったから心配したわよー」
……どうやら俺はあの後気絶したらしい。
「ヒロちゃんが迎えにきてくれたから助かったわ」
「竹ちゃん先生連絡ありがとう」
緋色はたまに保健室登校しているため、竹内先生とは面識がある。
緋色が迎えに来るのはいいが、こいつ今日は遊びに行ってなかったっけ?
連絡手段に対して疑問に思っていると。
「さあ、今から緊急の職員会議あるからもう帰った帰った。あと、明日は臨時休校だからしっかり休んでね」
先生が帰宅を促してくる。保健室にいるのはどうやら俺が最後らしい。緊急の職員会議ということで色々と察してしまう。
あれはやっぱり夢ではなかった。あの時、俺の目の前に降ってきたのは、幽霊などではなく、生身の人間だったのだ。
外はもう暗くなり始めていた。側においてある誰かが持ってきてくれたのだろう自分の鞄を持ち、緋色と共に学校を後にする。
正面玄関を出ると、パトカーが数台学校の駐車場に並んでいた。俺のいた一階の教室の方を見ると、教室の外には警察が何人か集まり現場検証をしていた。
「……やっぱり飛び降り自殺だったのか」
「葵が情けなくも気絶している間に竹ちゃん先生に聞いたけど、飛び降りたのは3年生の斎藤佳奈っていう生徒らしいよ」
情けないは余計だ。それと、あの女生徒は斎藤先輩っていうのか。
気絶する前、斎藤先輩からとんでもない怨念や恨みなどいった負の感情が流れ込んできたけど、何があったんだろうか。
――やめよう。詮索したって碌なことにならない。幽霊や妖怪の類とは関わらないのが一番だ。
自宅まで帰る途中、緋色と他愛もないことを話しながら帰る。
そういえば、緋色とこんな風に山の外を歩くなんて久しぶりだな。
滅多に山から出ない緋色と山の外を歩くことに懐かしさを感じつつ、あることに対して疑問を抱く。
「そういえば。今日斎藤先輩が落ちてきた時、目が合ったんだよ。その時すごい邪気に当てられて気絶したんだけど……。絶対取り憑かれたと思ったんだけどな」
悪霊と化した斎藤先輩が発した救いを求めるあの言葉を思い出す。『たすけて』あの時確かにそう言った。あれは俺に向けた言葉だったのだろうか。
「……ああ。確かに私が学校に行った時、学校からもの凄い邪気が出てたけど、私が校門に入ったら散ったよ?」
「…………そうですか」
俺は霊感があるだけで緋色ほどの才能はない。緋色は霊感があるだけでなく、霊力がその辺の霊能力者とは比べ物にならないくらい強いらしい。
絶好調の緋色が道を歩くだけで、悪霊や雑妖の類が蜘蛛の子を散らすように逃げていくほどだ。
「まあでも、邪気はある程度散ったけどまだ取り憑かれたままだよ?」
「へー。そうなん……だ」
今こいつなんて言った?取り憑かれたまま?
「ほら。今も葵の後ろに」
俺は恐る恐る振り返る。そこには、今日の昼程の禍々しさはないものの、脳裏に焼き付いた斎藤先輩の姿が――。