1話
ものごころついた時から幽霊や妖怪といったこの世ならざる者たちを見ることができた。
幼い頃はものごとの分別がつかず人前で奴らと話してしまい、ずいぶんと周りから気味悪がられてしまった。
奴らのせいで俺の人生は狂わされた。
……だから、もう関わらない。関わりたくない。俺は普通に生きていきたいんだ――。
突然衝撃がきて目の前が白黒に明滅する。鼻の奥が痺れ、喉から口の中にかけて鉄の味が広がっていく。
起き上がろうと手をつくと手のひらが燃えるように熱い。手を見ると砂利がこびりつき、尖った石は手のひらにめり込んでいる。アスファルトは鉄板のように熱く、太陽はジリジリと半袖からむき出しになっている肌を焼く。
そこでようやく俺は殴り倒されたことを知る。
殴られたダメージは足にまできており、力が入らず立ち上がることができない。
「……友達だと思ってたのに」
頭上から声をかけられる。
「……くたばれ葵!お前らのせいで俺の人生はめちゃくちゃだよ!」
ヒステリックな声を出しながら起き上がれない俺の腹を執拗に蹴ってくる。腕で防ごうとするも蹴りの全ては防げず、つま先が胃部にめり込んだ際には鈍痛と同時に嘔気が込み上げてくる。
「……うぅ……おえっ」
嘔吐いていると髪の毛を掴まれ無理やり起こされる。ブチブチと頭皮から無理やり髪の毛が抜けていく音が聞こえる。
……こんな事なら髪の毛なんて伸ばさずに切っておけばよかったな。
髪の毛を掴まれ強引に持ち上げられながらそんな場違いな考えが頭に浮かんだ。
ここにきてようやく、この現状は夢であることに気づく。いわゆる明晰夢というやつだろう。これは、俺が人生で一番後悔している記憶だ。
髪を引っ張られながら、先ほどから執拗に俺を殴ってくる男と目が合う。坊主頭でニキビだらけの顔。吊り上がった目は怒りで血走っている。こいつの名前は田淵涼真。中学に入学した時、初めて仲良くなった人間だが、ある事をきっかけに仲違いしてしまった。
(……ここから先の展開は知っている。)
「謝れよ」
低くドスの効いた声で田淵が言う。
(イヤだ。ここから先は見たくない。)
しかし、自分の思いとは裏腹に中学生時代の俺は勝手に行動する。
「……ご、ごめん」
自身の口から出る声は、なんとも不甲斐なさに満ち溢れた声だった。
謝罪の言葉を口にしたのに、田淵の怒りは収まらず、俺の腹に田淵の膝がめり込む。
膝蹴りを防ぐことができず、まともに食らってしまった。胃液が逆流し口から溢れる。嘔吐した胃液は口腔内の血液と混ざり、灼熱のアスファルトを赤黒く濡らす。
「お前なんかに話しかけなければよかった。お前たち兄妹みたいな虚言壁の異常者なんて生まれてこなければよかったんだよ!」
再び髪を引っ張られ、俺の顔に向かって田淵が唾を吐きかけてくる。予想外の攻撃で避けることができず、左の眼球にまともに唾が入ってしまう。
(……最悪だ。)
「ほら。土下座して謝れよ。生まれてきて申し訳ありませんって謝罪しろや!」
語気を荒げながら田淵がもう一度俺の腹を膝蹴りしてくる。またもや防ぐことができずに前屈みに崩れ落ちる。痛みで蹲ったまま、顔を上げることができない。目の前には先ほど嘔吐した血液交じりの胃液が灼熱のアスファルトで蒸発しようとしている。
夢の中なのに、胃液と血液が混ざった血生臭いにおいが鼻につく。
目の前の吐瀉物をどうにか避けようと力を振り絞り顔を上げようとする。だが、自分の思いとは裏腹に吐瀉物の中に顔から突っ込むこととなった。
数瞬遅れて、田淵が俺の頭を強引に踏みつけているのだと気づく。無理やり地面に頭を押し付けられているせいか息ができない。
(やめろ……。この後は見たくない)
俺は……。田淵に頭を押さえられ……。鉄板のように熱くなったアスファルトの上で……。絞り出すように……。今までの人生で一番後悔している言葉を……。それも……。最悪のかたちで……。
「……生まれてきてごめんなさい」
殺したくなるような不甲斐ない笑みを顔面に張り付けて謝罪する。
俺は……。紅葵は……。この時、この瞬間……。死んだんだ……。
(やめろおおおおおおおおおおおおああああああああああ!!)