★ 溝は深くなるばかり。 :04
実はサシャのこのブラコンっぷりを知った後、リンスはさり気なくサシャの従者に“この状態”のサシャは誰もが知っているのか、と聞いた事がある。
すると従者は「ギャロワ侯爵家の中では」と言葉を濁した。
ギャロワ侯爵家嫡男がものすごいブラコンで過保護であっても、ギャロワ侯爵家にそんなにひどい傷はつかないだろうとリンスは思う。
普通ならブラコンシスコンで傷はどうのなんて考えないだろうが、このサシャは一般的なブラコンシスコンの域を軽く凌駕していた。サシャのそれは「そんなにひどい傷はつかない」と思わず言いたくなるほどである。
だからなのか、どうにもこれをこのまま出していいものか、と友人思いのリンスは悩んでしまった。
その結果、あの時からずっと、リンスはサシャが突然こうならない様に外ではフォローする様になったのである。
なにせ本人にいくら自覚を促そうと何かにつけて「ブラコンだよなあ」とか「過保護だよなあ」と言っても真顔で「どこがだ?普通だろう?」と完全否定。
サシャは小指の先……いや、蟻の大きさ──────いや違う、塵の大きさほども自分がブラコンであるとか過保護だとか、思ってもいない。
こんな弩級の過保護だと知れたらサシャを動かすためにカナメを人質に取るのではないかと、リンスはそちらも心配してしまったのだ。
リンスも他家の事に首を突っ込む様な事だから、一応、サシャが受け入れてくれそうな言葉を選んで『これほど弟を大切に思っている事が多くの人にバレたら、サシャを動かすために弟を人質に取るのではないか』と言ってみた。
そうしたらサシャは
「ああ、問題ない。私たちはカナメに悪意を持っている人間が指一本でもわずかにでも触れれば、良い様に処理する方向で決めているんだ」
とのたまった。
私たち、って家族以外にも何かいるのか?良い様に処理って何?と聞きたい事はあったけれど、この時リンスは本気でフォローする事に決めた。
もしリンスが心配している様な事が現実に起きたら必要以上にとんでもない騒ぎになるに違いない。自分が想像しない様な何かが起きる事になる。そう感じ取ったからフォローも必死だ。
「そうだ、今度私の友人としてリンスを家に招待したい。カナメがお前に会いたがっているんだ。学園で気心知れた友人が出来たと話したのが、気になっていたらしい」
「そうか……ならお言葉に甘えておじゃまするよ」
「ああ、そうしてほしい。よかったら今週末どうだろう」
「俺の領地は遠いだろう?いつだって暇さ」
よかった、と冷たいなんて思われる顔を溶かして笑うサシャに知られぬ様リンスは思う。
ギャロワ侯爵家の当主は対外関係──国際関係の事を行う、今で言う外務省の様なものだろうか──の顧問をしていたが、能力を買われ強引に引き抜かれる様な形で宰相付きの主席補佐官になっている実にやりての男だと評判だし、その妻は社交界で社交界の白薔薇と言われる美しくも強い女性。会ってみたくないとは嘘でも言えない。
それにこれほど可愛がっているカナメに実際に会ってみたい。
リンスは週末がとにかく楽しみだった。
そして“運命の週末”。