★ 溝は深くなるばかり。 :02
そんな美少年カナメは「解消前提にもかかわらず、どうしてこんなに勉強をしなければらないんだろう?」と首を傾げながらも、王子教育を受けるマチアスと共に王子妃教育を受ける日々が始まった。
対外的には──この対外にカナメが“勝手に入った”のだから、マチアスは相当落ち込んだ──第一王子マチアスの親友であり側近候補という立場のカナメは「解消後は側近になるためにこんな勉強が必要なのか……うーん、親友枠でいっぱいですって、側近枠は大変そうだから困りますって辞退できるといいんだけど……」と言いつつも、心許せる友人と机を並べ学ぶ事は楽しく、大人しくそうした時間を過ごしていた。
もちろん、この発言を知ったマチアスは本気で頭を抱え、ショックで暫く立ち直れなかったそうだ。
なにせマチアスはカナメに、親友枠でも側近枠でもなく婚約者枠しか用意していなかったのだから。
さて、対外的とはいえ側近候補となったカナメを誰より心配していたのは、そう、サシャである。
デボラもそれはそれは心配していたのだけれど、それが霞むほどの心配をしていたのが、サシャだ。
王城へ向かうカナメに着いて行く事もあったが──これはあまりに心配するサシャをみて、国王ロドルフが提案した事である──着いていかない日なんて、見送る時には持ち物チェックに始まり──カナメにだって優秀な侍従がいるのに、だ──、出かける際の注意事項を言い聞かせ──何か判らないものを食べるな、とか、知らない人について行くな、というおよそ10の子供に言う事ではない様な事も言う──、最後に今生の別かと言いたくなるほど抱擁し見送る。
帰ってくるまで「カナメは大丈夫だろうか?」「早く私も精霊と契約してカナメを守ってもらわねば」なんてブツブツ言っては、不安そうにため息を吐く。
こんなサシャを見ていると、同じ様に心配をしていたシルヴェスルトルは妙に冷静になってしまった。
自分よりも怒っている人を見るとなんだか冷静に……というアレと同じ現象だろう。
──────こんなサシャをカナメがどう思っていたかと言えば
「お兄様!ただいま帰りました」
「カナメ!何もなかったか?無事だったか?」
玄関ホールで抱き合う兄弟。
サシャはカナメの体をあちこち触って異常を確かめる。王城はどんな危険地帯なんだ、とカナメの護衛がどれだけ思っただろうか。
言っても無駄だと知るので言わない空気の読める優秀な護衛なので、一度もそれを言った事はないが、何度も心で思っていた。
それを黙って受け入れるカナメは「今日も異常はなかったよ」とのほほんと報告し「精霊さんもいるし平気だよ」と兄の気遣いを喜びを持って受け入れている。
そう、カナメは「うざったい!」とか「過保護で面倒」とか、そう言った感情は一切持たなかった。
むしろ「お兄ちゃんってば昔っから心配性なんだからー」くらいにしか思っていない。
「お兄様、いつも気にしてくれて、ありがとう」
「可愛いカナメに何かあったら大変だからね。何かあったら私が原因に報復しようと“常々”考えているよ」
「おれには精霊さんもいるから、滅多なことにはならないよ。えへへ」
「仮に精霊が報復しても、カナメの一大事にカナメを守っても、それでも私も報復したい。可愛い弟を傷つけてタダで済ますなんて……ギャロワ侯爵家がなめられてしまうだろう?」
「そっかあ」
そっかじゃない!と“口に出して”突っ込んでくれる人間は、この玄関ホールにはいない。
カナメにとって兄サシャは今もちょっと心配性のお兄ちゃんに変わりはなく、その気持ちを、兄の愛情を素直に受け止めていた。
突然だが、ダイエットをしている時や、成長期に身長が伸びている時など、長く一緒にいればいるほど、毎日見ていれば見ているほど、その変化に気がつかないなんて事はないだろうか?
毎日会っている相手には言われないのにたまにあった相手に「痩せた?」と言われたり、久しぶりに会った親族に「大きくなったね」と言われて「そういえば……」と家族から言われたりする様な事はなかっただろうか?
このカナメにも“それ”が当てはまっている。
サシャの心配を“一身に浴びてきた”カナメは、年々大きくなって行くサシャの過保護さに鈍感なのだ。
なにせ、カナメは物心ついた時には心配性の兄に見守られてきた。
そのカナメからすると、心配性だったサシャが弩級の過保護になっても、物心ついてからずっと何かにつけて心配してくれ守ってくれているサシャの変化と違いが良く分からない。
多少過激な発言も増えた気が……と思っても、年齢が上がっていろいろな言葉を知り対応を見聞きしての結果なんだろうと、“のほほんと”構えているから尚更そうだ。
だからカナメはいつまで経っても「お兄様は心配性」としか感じていない。
過保護だなんて、ましてや弩級の過保護だなんて、かけらも思っていないのだ。
「お兄様は心配性。もう少しおれを信じてくれたら嬉しいな」
「信じているよ。でもね、可愛い弟に何かあったらと思うと、心配してしまうのがお兄ちゃんって言うものなんだよ」
「そっかあ」
当然サシャは自分の変化に一切気がついていない。
大きくなればなって行くほど心配する種が増えるのは当然、だから自分があれこれ心配してしまうのも当然、可愛い弟の心配をするのは当然。
“何もかも当然”の行為だと、心の底から本気で大真面目に思っている。
この二人は、誰がなんと言おうとも、それを変えない。
この『誰がなんと言ってもそう思わない』と言う部分はさすがは兄弟なのか、よく似ていた。
誰がなんと言っても二人は全く解らないのだ。
──────ここから少し時間が流れてからの話もしよう。