4話 お願い(後編)
「よっしグロア君、お待たせっ! 準備終わったぞっ!」
小屋から出てくるなり、意気揚々とそう宣言したヴィヴァスさん。先ほどのネグリジェ姿から一変、今度は紺色を基調に金色の刺繍が入った服に、黄土色でチェック柄のスカートを着ていた。
そしてその上には、服と同じような色とデザインのローブを身に纏い、左手には小さな箱のような物を抱えている。
いつもの明るい性格とは対照的に品のある落ち着いた雰囲気で、僕は思わず感嘆の声を漏らした。
「おぉ……カッコいいですね!」
「へへっ、ありがとなっ! 実はコレ、いつも学園で着てる制服でねー、すごく気に入ってるんだよっ! これを着てると身が入るというか、ちゃんとやらなきゃって思えるの」
ヴィヴァスさんは「まぁ気持ちの問題なんだけどね」と付け加えると、眉をハの字にして笑った。
勝負服とはまた違うだろうけど、いつもその制服を着て魔法の練習をしているからこそ、慣れや安心感みたいなものがあるのだろう。
「そうなんですね。……なんというか、ちょっと羨ましいです」
不意にそんな言葉が口から漏れ出た。
なんて言ったって彼女の制服は魔法を学んでいる者の証。
それを着ているということは、魔法の扱い方を教わる機会が存分にあるということを意味するのだ。
だからこそ魔法技術が乏しい僕にとっては、ある意味でその制服が――その制服を着ているヴィヴァスさんが羨ましかった。
一方、僕の言葉を聞いたヴィヴァスさんは「それは」とまで言いかけたが、途中で何かを察したのだろうか、不意に口を噤むと、
「……そっか」
と、だけ呟いた。
暫しの間、沈黙が流れる。
恐らく僕の一言がこの状況にさせたのだろうが、当の僕はどう切り出せばいいのか分からなかった。
そんな時、静寂を破ってくれたのはヴィヴァスさんの方だった。
「……ってもうやだなー! なんでまた辛気臭くなってんだよっ! せっかく念願の稽古なんだったら、もっと楽しくやっていこうよ!」
ヴィヴァスさんの言葉に――何よりその明るい笑顔に、僕の心の中で抱えていたものがスッと落ちて、軽やかになったような気がした。
「あはは、確かにそうですよね。なんかすいません、僕の所為で」
「いいのいいの、もう謝んなくても。さぁさぁ、気を取り直して練習を始めようか!……っと、その前に――」
そう前置くや否や、ヴィヴァスさんは脇に抱えていた小さな箱を地面に置くと、屈んだ状態になって箱に手を触れた。
すると、見る見るうちに箱は大きくなり、両腕で抱えるほどの大きさにまで膨張した。
――これが魔法を扱うということ……!
思わず息を呑んでしまうほどに、ヴィヴァスさんの技量に驚かされた。
けれど、驚かされたのはそれだけではなかった。
「グロア君にとっておきの物を見せてあげよう!」
ヴィヴァスさんはそう言うと、ニヤリと笑って箱の蓋に手を掛けた。
――いったい何が入っているんでしょう……?
期待を胸いっぱいにして見つめていると、ヴィヴァスさんは「オープン!」と高らかに宣言して箱を開いた。
そうして中から現れたのは――。
「……っ!?!?」
乱雑に入れ込まれた着替えや下着の数々だった。
「あっ、やばっ」
――ピュン!
『ふみゅっ!?』
――ピュン!
「はいっ、それじゃあ私のとっておきを見せてあげよう!」
えっ? 無かったことにしようとしてる?
まさかのヴィヴァスさん、箱を持って音速で小屋へ消えたかと思えば、再び音速で戻って来て何事もなかったかのように箱を開けようとしていたのだ。
そしてニコニコと微笑みながら僕を見上げるヴィヴァスさんだが、その表情からは有無を言わさぬ圧を感じた。
そんなワケで。
「わぁ、とっても楽しみですー」
僕は棒読みでヴィヴァスに応えることにした。
安心してください。僕は何も見ていませんよ、はい。
というか、なんか一瞬「ふみゅっ」って声が聞こえてきたけど、あれ、レイズ様の声だったような……?
「それじゃあ、オープン!」
僕の疑問なんて知る由もなく、ヴィヴァスさんは箱を開けた。
そうして箱の中から現れたのは――整然と並べられた数々の道具だった。
「すごい! 見たことない物ばかり……!」
中に入っていたのは、棒状の道具や腕輪のような道具、小箒のような道具など、形状も色も様々な物だ。
「いいリアクションしてくれるなー、グロア君! これは教え甲斐があるかもなっ!」
ヴィヴァスさんは快活に笑うと、続けて僕に質問を投げかけてきた。
「ところでグロア君はなんで稽古をつけて欲しいんだ? レイズに何度もお願いするくらいだから、なんか強い思いがあると思うんだけど」
「あー……それほど大したことではないんですが、レイズ様のお役に立ちたいなと思っていまして」
「ほぉ、レイズのために……。もう少し具体的には?」
「そうですね……。できれば浮遊魔法を使えるようになりたいです」
瞬間、ヴィヴァスさんの眉がピクリと跳ねたかと思うと、同時に目元と口角が吊り上がった。
「へぇー? 浮遊魔法?」
ニヤニヤが止まらないヴィヴァスさん。
手紙の通り本当に空を飛ぶのが好きで、早く教えながら飛びたいんだろうなぁと、そんな推測をしつつ僕は続ける。
「はい。よくレイズ様の代わりに街へ買い物に出掛けるんですが、街までそこそこ距離があるので、歩いて行くと大変なんです。お恥ずかしながら僕に体力がないこともあって、帰ってくるのが夜になることもしばしば……。その所為で夕飯が遅くなってしまいがちなんです」
だからこそ浮遊魔法を扱えるようになって、少しでも早く帰れるようにしたい。
そうして、少しでも長くレイズ様のお側に居たい。
そうすれば、レイズ様を支えられる時間が増えるし、何より恩返しがしやすくなる。
それが、魔法をきちんと扱えるようになりたい理由だ。
まあ、皆まで言うのは小っ恥ずかしくて言えないけれど。
一方のヴィヴァスさんはというと、先程までのニヤニヤ顔から一転、真剣な顔付きで話を聞いてくれていたようで――。
「……そうなんだな。まぁなんと言うか、真面目なヤツだよな。姉としては妹のことを細かく気遣ってもらってすごく嬉しいが…………、まぁそれがグロア君の願いなら、いちいち口を出すのも野暮か」
少しずつ声の調子を落としながら、最後は呟くように言った。屈んだまま俯くその顔は、どこか腑に落ちていなさそうだった。
けれど、次の瞬間にはフッと軽く息を吐いて――。
「よーっし、分かった! 真面目なグロア君のために、このヴィヴァスさんがみっちり浮遊魔法を教えてしんぜよう!」
と、元気よく立ち上がった。
ヴィヴァスさんが何を思っていたのかは知る由もない。
けれど、それを僕から聞き出すのは、それこそ野暮なことだろう。
だから僕も、深入りするような真似はせず――。
「はい、よろしくお願いします!」
と、元気よく頭を下げたのだった。
お読みいただきありがとうございました。
次回はいよいよグロア君の特訓回です。
ヴィヴァスさんはもちろん、レイズ様も登場予定です。
ついでに「ふみゅっ!?」の真実も明らかになると思います。お楽しみに(いつになるかは分かりませんが……)。
それでは、次回もまたよろしくお願いします(→ω←)