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3話 喧嘩(後編)

 真っ暗な地下室。冷たい空気と無機質な道具が、この部屋いっぱいに広がっている。

 そんな部屋で独り、わたしは片隅に置いてある椅子に、体を丸めるように座っていた。


「……ヴィヴァ姉のばかぁ」

 

 呟くように、そんな言葉を溢す。


 なんでヴィヴァ姉はあんなにしつこいの?

 なんでヴィヴァ姉はべったり引っ付いてくるの?

 なんでヴィヴァ姉はグロアにも引っ付いちゃうの?


 そんな()()()()()()が頭いっぱいに浮かんでくる。分かってるよ、ヴィヴァ姉はわたしのことが大切なんだってことくらい。


 でも、少し度が過ぎていると思う。それはわたしだけではなくグロアに対してもだ。

 それだけじゃない。


「……グロアもばかだよぉ」


 なんでわたしの時には手を握って「赤ちゃんみたい」とか言うクセに、ヴィヴァ姉には優しく頭をポンポンってしてあげるの?


 わたしは1回もしてもらったことないのに……わたしの方が長く一緒にいるのに……。さっきのはてなマークから一転、今度は初めての気持ちがわたしの心を埋め尽くした。


「……わたしも泣きついたらしてもらえるのかなぁ」


 そんな願望を口にしてみるものの、わたしには無理なことだ。あくまでもグロアは弟子、わたしは師匠。そういう関係である以上、みっともない真似はできないのだから。


「……グロアに謝らないとなぁ」


 いきなり「嫌い」だなんて言っちゃったんだ。きっとグロアは傷ついていると思う。許してはくれないかもしれないけど、それでも謝らなくちゃいけないよね。

 それに。


「……おなかすいた」


 グロアに嫌われて、グロアのごはんを食べられなくなるのもイヤだ。

 だから。


「……よしっ」


 この地下室に頭を冷やしてもらったわたしは、思いっきり足を伸ばした。そして謝罪の言葉を考えながら、その椅子から立ち上がった。



★―★―★



 朝食を作り終えた僕は、リビングの机に料理を並べていた。ロールパンに野菜炒め、軽く焼いたソーセージと、どれも簡単に作ったものばかりだ。


 だが、そんな簡単な料理でも、僕は野菜炒めを作る時に塩と砂糖を間違えてしまった。やたらと甘い野菜炒め。それが今日の僕の朝食である。


 結局、あれからどれだけ考えてもレイズ様に嫌われた原因はわからなかった。けれど、自覚がないだけで無意識のうちにレイズ様を傷つけていたのだろう。兎にも角にもレイズ様に謝らなければならない。


 料理を机に並べ終えると、僕は一度大きく深呼吸をして。


「……よしっ」


 レイズ様がいらっしゃる地下室へと続く階段に足を運び、地下室の扉を押し開けようとした――その時だった。

 ガチャリ、と目の前のドアノブが回されたかと思うと。


「あっ」

「……あっ」


 扉の向こうからレイズ様が出てきた。

 いきなり鉢合わせたため、謝罪しようと準備していた僕の口は、ぽっかりと空いたままになってしまった。


 レイズ様も口を半開きにさせたまま立ち尽くす。

 机に置いていた朝食の香ばしい匂いが、階段まで漂ってきた。そんな時だった。


「……お、お腹空いた」


 レイズ様は、僕から目を背けるようにして小さく呟いた。気まずい雰囲気の中、レイズ様が先に言葉を発してくれたので、僕は内心で少しほっと息を吐く。


「あっ、あぁはい。朝食は既にできていますよ」


「……うん。ありがとう」


 そう言って、レイズ様は僕の横を通り階段を登った。その音は、どこか、いつもより小さく聞こえた気がした。


 もう怒っていないのだろうか……?

 もう嫌われていないのだろうか……?


 そんな不安と疑問が混じったような感覚を抱えていると、真後ろで鳴っていたはずの足音がピタリと止んだ。


 ――レイズ様が階段を登りきったのだろうか? いや、階段の長さはそう長くはないとはいえ、まだ段数はあるはず。


 疑問に思ってゆっくり後ろを振り返ると、ちょうどあと一歩で登り切るという所で、レイズ様が立ち止まっていた。ひらひらとしているパジャマの裾が、少し埃っぽくなっているのが見えた。


「レイズ様……?」


 僕は呟くように声を掛ける。すると、レイズ様は正面を向いて立ち止まったまま。


「……グロア、さっきはいきなり嫌いだなんて言ってごめんね……」

 

 と、そんな言葉をこぼした。

 僕は心臓をチクッと刺されたような感覚がして、レイズ様に見られいるわけでもないのに、思わず目線を逸らしてしまった。


 だが、そんな僕に構うことなく、レイズ様は続ける。


「あれは、その……本心じゃなかったの。ヴィヴァ姉に対しての反応に、変な気持ちになったというか、なんていうか……。ゆ、ゆるして、とは言わないけど、嫌いじゃないのはわかってほしいの」


 レイズ様の言葉に、僕ははっと気づかされてしまった。

 レイズ様に抱かせてしまった「変な気持ち」というのは、きっと不快感だろう。


 あの時、僕はレイズ様に対して「ヴィヴァスさんも反省しているようなので、赦してあげてください」と、お願いをした。


 だが、きっとレイズ様はそれを望んでいなかったのだろう。元々レイズ様はベッドから突き落とされた被害者で、ヴィヴァスさんは妹を突き落としてしまった加害者だった。


 しかし、加害者であるヴィヴァスさんは、年上らしからぬ謝り方をしてしまい、反対にレイズ様の機嫌を損ねてしまった。


 そんな中で、僕はヴィヴァスさんの肩を持ち、「赦してやったらどうか?」なんて発言をレイズ様にしてしまった。


 本当は、ヴィヴァスさん本人がきちんとした態度で謝るように、僕にも諭して欲しかったはずなのに。

 そりゃ嫌われてもおかしくないはずだ。故に僕は。


「いえ、赦すも何も、僕がレイズ様を不快にさせてしまったのですから、僕の方こそ謝らせてください」


 と、レイズ様に頭を下げた。

 すると、頭上の方から、トン、トン、と柔らかな足音が聞こえてきたかと思うと。


「……なんでグロアが謝ってるの。 いい? グロアは優しすぎるの。私が嫉妬しちゃっただけなんだから、グロアが責任を感じる必要はないんだよ?」


 レイズ様が僕の横までやって来て、優しい眼差しで僕を見上げていた。


「……そう、なんですか?」


「うん。そうなの」


 レイズ様はこくりと頷くと、少しだけ微笑みを浮かべた。その表情は、子どもを優しく諭すお母さんのようにも見えて、どこか懐かしさを感じてしまった。


 ――お母さん?

 なんでもない言葉のはずなのに、僕は何故かその言葉が妙に引っかかってしまった。


「……」

「……?」

「…………」

「……グロア?」

「…………」

「……グロア!」


 その時、レイズ様の大声が耳元で聞こえて、僕の意識は現実に引き戻されたような感覚がした。

 

「はっ、はい!」


「……どうしたの? 急に黙って。………もしかして、まだ責任を感じてるするの?」


 レイズ様は心配そうな表情で僕を見上げる。


「いえ、なんでもありませんよ。ご心配をおかけしましたね」


「……本当に大丈夫なの?」


「はい。少しボーっとしてただけなので」


「……それならいいけど」


 そう言って、レイズ様は僕をじっと見つめると。


「……それじゃあ、早くご飯食べよ」


 僕の右手を取り、軽く引っ張った。

 僕はレイズ様の行動に目を見張ったが、どこからかギュルルという音が聞こえてくると、やがてその小さな手を握り返して。

 

「……ふふっ、そうですね」


 レイズ様の横に並んで、階段を登り始めた。


「……なんで笑うの」

「なんでもないですよ」

「……やっぱりグロア嫌い」

 

 そう言って、レイズ様は唇を尖らせ、プイッと僕から目を背けた。

 けれど、右手から伝わる柔らかくてあたたかな感触は、朝食前に手を洗うその時まで、ずっと続いていた――。

お読みいただきありがとうございました。

久しぶりに更新した怠惰な魔女シリーズ、いかがだったでしょうか? 読者の皆様にほっこりしていただいたのなら、私は大満足です。

あれ? そういえば、何か忘れている気が……。まぁ、気のせいですよね。


それはさておき、第3話(前編)にあるグロアのお願い事のくだり、そして第2話(後編)でヴィヴァスさんが持っていた小さな箱の正体は、次回明らかになる予定です(いつ更新できるかは不明ですが……)。


それでは、次回もまたよろしくお願いします(→ω←)

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