1話 小屋の魔女(後編)
「……はっ!?」
その時、僕は慌てて目を覚ました。
――寝落ちしてしまった! 今何時だ!?
キョロキョロと辺りを見渡して時計を探す。しかしここは浴室であり、そんな物がここにあるはずがなかった。
すぐにその事に気づくと、慌てて浴槽から立ち上がる。
ただでさえ帰りが遅くなってレイズ様を待たせていたのだ。きっとお腹を空かせてお怒りだろう。
僕は浴室を飛び出し、急いで着替えて部屋へと向かった。
★―★―★
「すいません! お風呂で寝落ちしていました!」
僕は部屋の扉を勢いよく開けながら叫び、ベッドに視線を向ける。しかしそこにあったのは、既にもぬけの殻となった布団だけだった。
――レイズ様、一体どちらに……?
僕は次に壁掛け時計を確認する。時計の針は21時40分を示していた。
――もうこんな時間……。
僕は感じたことのない不安に襲われた。
普段面倒くさがりなレイズ様は、滅多なことでは外出しない。もっと言えば、たまに机で作業しているくらいで、基本的にはベッドの上が居場所となっている。
故に、普段どおりであれば今もベッド上にいるはず、なのだが。
――それなら何故いないのでしょうか?
トイレに行っただけ? いや、ウチはユニットバスだから違う……。
外の空気を吸いに出た? いや、今晩は冷え込んでいて、寒がりのレイズ様が外に出るとは到底……。
まさか攫われた? いや、態々こんな森の中に人が来るとは思えない……。
考えれば考えるほど、僕は不安と焦燥感に駆られてしまっていた――その時だった。
何やら香ばしい匂いが、この部屋に漂ってきた。僕は不思議に思い、匂いのする方を探る。その結論に辿り着くには、そう時間はかからなかった。
――そうだ、キッチン!
実はこの小屋には4つの部屋があり、今いるリビング兼寝室の部屋・キッチン・バスルーム・地下室兼物置きとなっている。
しかし、面倒くさがりなレイズ様は、キッチンから飲み物を取って来いと言ったり、地下室から物を取って来いと言ったりして、自分から動くのはトイレかお風呂の時だけのである。それ故に、キッチンという選択肢を勝手に除外していたのだ。
それに気づいた僕は、急いで隣のキッチンへと向かった。
★―★―★
キッチンに入るとそこには。
「……遅い。もう作っちゃったよ」
小さな台に乗り、鍋で何かをコトコト煮込むレイズ様がいた。鍋の中を見ると、先程までカゴに入れていた食材はゴロゴロとした形になり、クリームシチューの表面に浮かんでいる。
僕はこの状況に驚愕した。なぜなら。
「レイズ様……料理は苦手だったはずでは……」
僕が確認すると、レイズ様は少し俯いて言った。
「苦手だよ……。でも、グロア疲れてそうだったから……」
「……っ!」
僕はその少女の優しさに――クリームシチューのようなあたたかさに、先程までの不安や焦りが包まれて無くなったような気がした。
それと同時に、苦手にも関わらずレイズ様に料理をさせてしまう羽目になった自分自身の行いを悔いた。
「本当にすいません。私が不甲斐ないばかりに」
「……いいよ謝らなくて。早く食べよ」
「……はい、ありがとうございます!」
そうして、僕たちはシチューを木皿に盛り付け、リビングに運んだ。
★―★―★
やがて僕たちは食事を終えた。
現在レイズ様は定位置に戻られて、頬杖を突きながら魔導書を読んでいる。
レイズ様が作ったクリームシチューは、具材の大きさがバラバラで、少し焦げたような味わいであり、決して上手とは言えなかった。
けれど、あのあたたかみを出せたのはレイズ様だからこそできたことなのだろう。
「……グロア、お水持ってきて」
「はい、分かりました!」
僕にとって、こんなにも怠惰で暖かい魔女との暮らしは、心からの幸せだった。
お読みいただきありがとうございました。
レイズ様のような性格のキャラっていいですよね(語彙力)。
私的には、ほっこりした作品に仕上がって満足でした。
それでは、次回もまたよろしくお願いします(→ω←)