1話 小屋の魔女(前編)
薄暗く鬱蒼とした森の中、僕は食料が入ったカゴを片手にひたすら歩を進めていた。
足を地につける度、ビシャッ、ビシャッと泥濘が足に跳ね返ってくる。昨夜の雨の余韻がまだ残っているらしい。
――遅くなった。早く帰らなきゃ。
そうは思っても、足元が悪いため走ることはできない。焦る気持ちとは裏腹に、妙に冷静な自分がいた。
そのまま僕は歩いて、歩いて、歩いて、歩き続けた。しかし。
「まだ着かないのか……」
なかなか光が見えない状況に心が折れかけ、僕の足は自然と止まってしまった。けれど、歩みを続けなければ着くものも着かないのが現実である。
――僕を待つ人がいるんだ。歩かないと……!
そう自分を鼓舞し、再び足を踏み出した――その時だった。
突然、右側の視界が開けた。
そちらに目を向けると、やや開けた森の真ん中に木造の小屋がポツンと建っていた。小屋の窓からは、月明かりよりも淡い光が漏れ出ている。
僕は心の底から安堵し、小屋に近づいてドアノブに手をかける。そして、ガチャっとドアノブを捻り、扉を押した――。
小屋に入るとそこには、本と紙が散乱した机、床に無造作に置かれた道具の類、淡い光を放つ壁掛けのランプ、21時を指す木製の壁掛け時計、そして――ベッドの上に膨らんだ布団があった。
「ただいま帰りましたよ、レイズ様」
僕がその名前を呼ぶと、部屋の端にあるベッド上の膨らみが、もぞもぞと動いた。
そして、中から銀髪の少女が顔の上半分だけ覗かせた。
「……グロア、遅い」
僕の名前を呼んだ少女――レイズ様は、僅かに頬を膨らませた。
「いやぁすいません。少し道に迷った挙句、地面が泥濘んで走れなかったもので。とりあえず食材は買えたので、夕飯にしましょう」
僕がそう言うと、レイズ様はそのまま僕をジトッと見つめた。
「どうかしましたか?」
「……足」
「あっ……」
そうだった。足が泥だらけなのをすっかり忘れていた。
「すいません、僕としたことがうっかりしていました。すぐに洗ってきます!」
僕は急いで正面奥にある浴室に向かおうとした。すると。
「……待って」
レイズ様は布団から完全に顔を出して、僕を引き止めた。
「えーっと、どうかしましたか?」
「……先に湯船に浸かってもいいから」
僕はその言葉に思わず目を見開いてしまった。
実は、僕とレイズ様は魔法使いとしての師弟関係にある。実際は僕の方が年上なのだが、とある事情によってレイズ様に弟子入りすることになったのだ。
しかし、師弟関係である以上は、師匠の行動が最優先であるわけで、僕は足だけを洗って、入浴は後からするつもりだったのだが――。
「本当にいいんですか?」
「……いいよ」
レイズ様はこくんと小さく頷いた。
――せっかくのレイズ様からのご好意だ。無碍にはできない。
そう感じた僕は。
「ありがとうございます」
と、感謝の言葉を伝えて浴室に向かった。
「…………」
★―★―★
「ふうぅ……」
身体を一通り洗い終わった僕は湯船に浸かり、腑抜けた声を漏らしていた。
基本的に家事は僕が担当しているので、足の汚れを落とした後に風呂を洗わなければならない。さらに、お湯が自動的に溜まるわけではないので、水を入れた後に魔法で温めなければならない。
これには、疲れた身体にさらに疲れが押し寄せて大変だった。
けれど、一度沸かせられればこっちのもの。湯船に浸かると、先程までの疲れが全身からゆるりと抜けた気がした。
――我ながら丁度いい湯加減だ。
内心で自画自賛をしていると、だんだんと身体がぽかぽかしてきた。並行して瞼も次第に重くなる。
――ダメだ、寝てしまう……!
そうはさせまいと僕はハッと目を見開く。
けれど、また少ししたらまた瞼が重くなってきてしまって――。
お読みいただきありがとうございました。
良ければ後編の方も見て行ってください。
それでは、次回もまたよろしくお願いします。
(→ω←)