ミヤ・ドラコーン
連載にあたり、話の構成やキャラの立ち位置などを変化させていますが、ストーリーの構造に違いはありません。
純粋なボリュームアップ版だとお思い下さい。
ゲオグラーデ魔術学院の広さを、外観から見た印象で測ろうとする者は愚かである。
学院内部は、様々な魔法魔術により空間を複雑に歪められており……。
一つの州……事によっては、一つの国家にも匹敵する広さであろうと、まことしやかにささやかれているからだ。
その証拠に、毎年、複数名の生徒が行方不明となり……。
教師陣や一部の成績優秀な生徒によって捜索隊が結成されるのは、同学院の風物詩となっているのである。
かように広大な学院であるが、しかし、基本的には実体を持つ施設が使われており……。
五万人近くは収容できるであろう円形闘技場が併設されているのは、やはり、異例のことであるといえるだろう。
それは、この学院が防衛力としての魔法使い育成に注力していることの証であった。
闘技場内では、教師たちの魔法によって様々な環境を再現することが可能であり、生徒たちはここで日夜、平地での集団戦や飼育されている魔獣を使った模擬戦……。
果ては、帆船を浮かべての海上戦演習などに取り組んでいるのである。
そして、学院中の生徒たちが客席に座っている本日……。
執り行われている科目は、ずばり――決闘であった。
闘技場内には、教師陣の魔法によりきめ細やかな川砂が敷き詰められており、一歩踏み出せば、はっきりとした足跡が残る状態となっている。
これは、生徒が転倒した際に衝撃を和らげるためであり、同時に、足場を悪くすることで運動能力の関与する余地を減らし、純粋に魔術の腕前を競えるよう配慮しているからであった。
『それでは、これより……。
今年度の大決闘大会、決勝戦を行う!』
魔術により拡声された声が、闘技場内に響き渡る。
声の主は、学院の校長――ヴィタリー・トラフキンだ。
ドワーフの血を引いているのではないかとささやかれている老魔法使いが、でっぷりとした腹をさすりながら宣言すると、生徒たちが一斉に湧き立つ。
かつて、魔法大戦と呼ばれる戦争で大陸中が大きな被害を受けて以来……。
魔法や魔術といったものは、専守防衛にこそ用いられるものであり、魔法使いたちにも、あまり攻撃的な思想を持たないよう戒められてきた。
だが、優れた戦闘技術の持ち主が賞賛されるのは、世の常であり……。
そのため、生徒たちやこれを指導する教師たちも、皆が熱のこもった視線を闘技場の中央に注いでいるのだ。
そんな視線を受けて闘技場の中央で立ち合っているのは、二人の男女であった。
共に――若い。
ゲオグラーデ魔術学院は七年制の学校であり、十三歳から入学を認められ、順調に単位を取得していけば、二十歳で卒業を迎えることになる。
それを踏まえると、まだ十代半ばに達するかどうかという年齢であろう男子生徒は、天才と呼ぶべき実力者であるに違いなく……。
その男子生徒よりさらに若い……いや、いっそ幼いといってよい少女の方は、大天才と呼ぶべき存在なのであった。
実際、男子生徒――アルフォート・バティーニュは十五歳の三年生であり……。
これと対峙するミヤ・ドラコーンは、十三歳。入学して一年も経たぬ一年生であるのだ。
「王子ー!」
「俺たちの仇、討って下さい!」
「相手が婚約者だからって、手加減するのはなしですよ!」
自分に声援を送る生徒たちを見上げ、アルフォート王子が手を振ってみせる。
今の声援や、バティーニュという彼の性から分かるように……。
彼こそは、この国――バティーニュ王国の第一王子であった。
――金髪の貴公子。
女子生徒たちから密かにそうあだ名される王子は、なるほど、それにふさわしい金髪碧眼の美男子であり、いかにも育ちが良さそうな少年である。
しかし、彼が単なる温室育ちの令息でないことは、これまでに勝ち抜いてきた試合の内容が証明していた。
「小っちゃーい! かわいーい!」
「こっち見てー!」
「怪我しないようにねー!」
一方、主に女子生徒から黄色い声援を浴びせられている少女は、確かに……小さい。
十三歳という年齢を踏まえても、平均以上に細身かつ小柄なのだ。
艶やかな黒髪は、腰の辺りまで真っ直ぐに伸ばされており……。
大きな丸眼鏡をかけているのが、より幼い印象を加速させる。
将来の成長を見据えているのだろう。学院の制服は少しだけ大きめのサイズで作られているが、今のところ、これがフィットする兆候は見受けられず……。
本来は膝下が隠れる長さであるスカートが、すねの半ばにまで達していた。
「ミヤちゃん、がんばってー!」
「名門ドラコーン公爵家の実力、見せつけちゃってー!」
「相手が婚約者で王子でも、関係ないよー!」
女子生徒――ミヤ・ドラコーンが、応援してくれる生徒たちに向けてぺこりと頭を下げる。
その様子が、かわいらしかったのだろう。
女子生徒たちが、ますます騒がしくなった。
「やれやれ、人気者だな。君は」
アルフォートは、そんな婚約者に苦笑いを浮かべながら、腰の杖を引き抜く。
赤樫を使ったそれは、余計な装飾も塗装も施されておらず、実直な彼の思想が反映されているかのようである。
芯として用いられているのはグリフォンの羽根であり、長さはおよそ五十センチ――これは、魔法使いが用いる杖としては最長の部類であった。
そんな婚約者に応えるべく、ミヤもまた、腰の杖を引き抜く。
素材に用いられているのは、桜。
芯材はペガサスの尾毛であり、騎士の長槍にも似た形状のそれは、真白く染め上げられていた。
長さは、およそ十五センチ。
アルフォートが用いるそれとは対照的に、これは魔法使いの用いる杖としては、最短の部類に入る。
『双方、礼を!』
ヴィタリー校長の声が響き渡り……。
アルフォートとミヤが、婚約者でもある対戦相手に向けて小さなお辞儀を交わす。
それで、闘技場に静寂が訪れた。
教師陣も生徒たちも、皆が固唾を飲んで試合の行く末を見守る。
最初に動いたのは――アルフォートだ。
「――スパイウェ!」
素早く、そして精密な杖の動作と共に呪文を唱えると、杖の先端から赤い光が生み出された。
そして、その光は拳ほどもある蜘蛛の巣状となり、ミヤが手にした杖へ撃ち放たれたのである。
――スパイウェ。
赤光の糸を生み出し、ロープのごとく操ったり、撃ち出すことで相手を拘束する術だ。
光の防衛魔術としては初歩的な術であるが、発動の速さと正確さは、目を見張るものがあった。
「――テメリカ」
アルフォートのそれにも劣らぬ精密かつ俊敏な動作で杖が振るわれ、ささやくような声が呪文を紡ぐ。
すると、ミヤの眼前で青き光が生じ……。
それは、円形の盾となってスパイウェとぶつかり合ったのだ。
糸の性質を持つはずだった赤光が、パキリという陶器が割れるような音と共に霧散して消え果てる。
――テメリカ。
万能の防御能力を誇るこの術は、やはり、光の防衛魔術としては初歩的な術であった。
スパイウェとテメリカ……。
共に基礎的な術を行使したこの攻防は、いわば、探り合いであり……。
同時に、けん制であるともいえる。
だが、ぶつかり合った結果から、両者の力量差は明らかだ。
「スパイウェはかき消されたが、テメリカは残っているぞ!」
「ミヤの魔法が勝っているんだ!」
「まだ一年生なのに、なんて奴だ!」
黙って見守っていた生徒たちが、ざわめき始める。
感心したのは、教師たちも同じであり……。
「彼女、卒業後はどうするのかしら?」
「どうって……そりゃ、アルフォート殿下と結婚されるのだろう」
「もったいない……。
あれだけの才能なら、引く手あまただというのに……」
早くも、まだ一年生でしかないミヤの進路についてささやき合っていたのだ。
「くっ……!」
一方、窮したのが術を防がれたアルフォートである。
ミヤの眼前では、いまだ先ほど展開したテメリカが青い光を放っており……。
決して手を抜いたわけでない自分の術を防いでなお、余裕があるのは明らかだった。
同等の術を撃ち合っては、勝ち目がない。
ならば……。
「こうなったら……。
一気に決めさせてもらうぞ!」
大技の行使を決断したアルフォートが、体全体を動かすような激しい所作で杖を振るう。
「――ユハンモ!」
一秒かかったかどうかという素晴らしい早さで魔術が発動すると、彼の背後から湯気のごとく光が立ち昇った。
立ち昇った光が形作るのは――巨人だ。
ただの巨人ではない……。
全身は、甲冑に包まれており……。
頭部からは、雄牛のごとく立派な角が生えている。
――ユハンモ。
精神体を生み出すと共に実体化させ、相手を制圧する大技だ。
スパイウェやテメリカのような初歩術とは異なり、卒業間近になってから教わるか、あるいは、選択した授業によっては習得しないまま学院を去ることになるという、光の防衛魔術としては奥義にあたる術である。
それを、三年生の段階で行使してみせるとは……。
しかも、生み出された精神体は神々しさすら感じられるほどに勇壮であり、これは、アルフォートの人間性が如実に反映されていた。
――オオオオ!
どよめきが、闘技場を包み込む。
「まさか、ユハンモを習得していたとは……!」
「しかも、精神体の高潔さときたら……!」
「我が国の精神が、形となったかのようだ!」
「これは、さすがに勝負あったか……!」
教師たちが、あごに手を当てながら賞賛の言葉を吐き出す。
「さあ、降参しても恥にはならないぞ?」
自らの勝利を確信したアルフォートが、婚約者に杖を向けながら笑みを浮かべる。
しかし、対するミヤの表情は冷めたものであり……。
眼前の術に、何の脅威も感じていないかのようであった。
そして、事実として、少女はこれを取るに足らぬ魔術であると考えていたのだ。
「――スパイウェ」
ささやくような声と共に、赤光の糸が生み出され、アルフォートの精神体へと撃ち放たれる。
だが、その糸が覆った範囲はあまりにも――小さい。
精神体の胸に、ほんのわずかにクモの巣がごとくへばり付いただけなのだ。
「はっはっは……。
そんな術では、この魔術は――」
「――スパイウェ」
王子の言葉は意に介さず、再度、基礎的な魔術が撃ち放たれる。
それも、一発や二発ではない……。
「――スパイウェ」
「――スパイウェ」
「――スパイウェ」
「――スパイウェ」
「――スパイウェ」
次から次へと、立て続けに赤光の糸が生み出され、クモの巣状に展開しながら撃ち放たれていくのだ。
基礎的な魔術とはいえ、あまりに規格外の連射……。
しかも、これは……。
「お、おい……!」
「とうとう、詠唱も杖の動きも破棄し始めたぞ……」
魔法使いが呪文を唱え、杖を振るうのは、伊達や酔狂でそうしているのではない。
そのようにせねば、正しく魔力を編むことができず、術の行使がおぼつかぬからである。
ゆえに、それらを省略して術が放てるのは、達人の証……。
例え初歩的な術であろうと、それが可能なのは教師陣でも一握りなのであった。
「な……あ……」
あ然としながら、アルフォートがうめく。
数十……いや、もしかしたなら数百か……。
雨あられと降り注いだ赤光の糸は、すでに精神体の全身を覆っており……。
光の巨人は、全身を闘技場の上に縛り付けられていた。
もはや、動くこともままならないのは明らかだ。
そして、精神体を維持するのに必死なアルフォートは他の術を行使する余裕がなく……。
絶対的な隙が、そこに生じていた。
「――スパイウェ」
正しい杖の動作と詠唱を用いて、ミヤが決着の術を行使する。
クモの巣がごとく展開しながら撃ち出された赤光の糸は、アルフォートが手にしていた赤樫の杖を奪い去り、闘技場に敷かれた砂の上に縫い付けた。
『――勝負あり!』
ヴィタリー校長の声が、闘技場に響き渡り……。
――オオオオオオオオオオッ!
生徒たちの歓声が、石造りの建物をびりびりと震わせる。
ゲオグラーデ魔術学院が開校されて数百年が経つものの、大決闘大会で一年生が優勝するのは初の出来事であり……。
たった今、ミヤ・ドラコーンはその名を歴史に刻み込んだのだ。
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