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第二話 追跡!命懸けの鬼ごっこ

 「母さーん!」


 僕は三階の自室を出ると、階段を下りて二階のリビングへ行く。いつもなら、そろそろ母さんが出勤する時間だ。仕事熱心な母さんでもこんな状況であれば、さすがに今日は休んでいるはず。


 しかし、そこには誰の姿も無かった。


 「まさか……早朝出勤か!? クソっ!」


 そういえば昨日、母さんの帰りがいつもより遅かった。あれは頑張ったけど仕事が終わらなかったということだったのだろうか。


 テーブルの上のプレート皿には目玉焼きと焼かれたウインナーが乗せられている。その隣にはサラダと味噌汁が置かれていた。料理を覆っているラップには皺一つない。母さんの几帳面な性格が滲み出ている。


 「とりあえず……食べよ」


 朝食を食べるために床へ座る。それからテーブルの前にあるテレビの電源を入れた。


 「中継です! ただいま日本は未曾有の異常事態に襲われています! ご覧ください、突如として現れた青色の光! あの光から化け物たちが出現し、辺りは混乱に包まれています!」


 ついたチャンネルに映っていたのはテレビの緊急中継だった。東京の様子がヘリコプターで中継されている。化け物たちの手によって事故が起きたのだろう。地上はスクランブル交差点は大混乱に見舞われていた。


 そして一層、僕の目を引いたのはスクランブル交差点の空中に浮かんでいる青い光だ。リポーターの男性が言うには、あそこから緑色の化け物が現れたらしい。


 「発生源は東京……? 奴らは歩いて神奈川まで来たってこと?」


 テレビに映った光景と僕の見た光景が間違いでないのなら、東京と神奈川はとっくの通り壊滅的な状況に陥っている。


 地獄のような様相を呈する東京に化け物が闊歩している。その中には僕が知らない姿の化け物も存在していた。


 「緑色の化け物だけじゃないの!?」


 猪の頭部を持つ大柄な男の化け物に、犬が二足歩行で立ったような風貌の化け物。二メートルはあろうかという巨大なタランチュラのような蜘蛛の化け物なんてのもいる。


 「皆さんもいち早く指定の避難場所へ向かってください! 私どもも避難を開始し―――うわあああッ!!」


 突然、ヘリコプターへ一対の翼を持つ巨大な爬虫類が突撃してきた。まるで西洋の話に出てくる飛竜(ドラゴン)のような外見だ。

 リポーターの男性はパニックになったのか悲鳴を上げて、カメラと共にヘリコプターから飛び降りた。


 「ぎゃああああ―――」


 断末魔を上げながら、落下していくリポーターの男性。そんな男性の悲鳴も空しく、横から飛んできた別の飛竜に食べられてしまった。


 そして、その映像を最後にそのチャンネルは砂嵐へ切り替わった。


 「どうしたものか……」


 とんでもない放送事故を見てしまった僕は、朝食を食べながら今後について思考を巡らす。料理を味わう余裕など今の僕には無いため、料理の味なんてよくわからない。


 「ダメだ……どんなに考えても一つしか答えが浮かばない」


 気が付けば全ての料理を完食していた。味は覚えていない。


 朝食を口にしながら何度もこれからの行動をシミュレーションしていた。だが、どの案も浮かんでは泡のように消える。


 まず最初に浮かんだのは家に立て篭もる案。我が家が非常食を溜め込むような家庭であれば、その案もまだ可能性はあっただろう。

 でも生憎、夜田家は防災に対してあまり真面目に取り組んでいない。非常食に該当するものはキッチンの棚から出てきたカロリーマイトくらいだ。


 「こんなことなら普段から買い溜めておくべきだったよ……。水が出るだけありがたいけどさぁ」


 幸い、水道も電気もガスもまだ使える。けれど、それだっていつ止まってもおかしくない。こんな状況なんだ。時間の問題だろう。


 「やっぱり学校、行ってみようかなぁ……」


 これが僕の脳内に浮かんだ中で最も正解に近いであろう一つの答えだ。わかってる。外に出ても緑色の化け物に殺されるのがオチだ。


 「でも……ここにいたって長くない」


 僕の友人である虎徹(こてつ)という人物にアテがある。合流できれば間違いなく命の保証はされる。そいつの傍にいるだろうもう一人の友人、(れい)だって無事なはずだ。


 「それに、さっきはあんなこと言ったけど……やっぱり二人が心配だ」


 虎徹の力は強い。それはもう半端じゃない。でも、あいつはバカだ。すっごく脳筋なんだ。礼は頭は良いけど非力で運動音痴だ。

 二人は出来ることが極端過ぎる。なら、僕のような中間層も少しは役に立てるはずだ。


 「んー、外に出るなら武器が必要だよね」


 当然だけど昨日のような平和は灰燼に帰した。外は既に地獄が広がっている。手ぶらで散歩などしようものなら、奴らのおやつに成り果てることは火を見るより明らかだ。


 キッチンへ向かった僕は下の棚から包丁を取り出した。


 「こいつに命を預けるのは心細い。包丁以外にも、もうちょっと自衛の手段が欲しいな」


 包丁を皮切りに、僕は家にあった武器になりそうな物を片っ端から集めた。


 バールとハサミに、プラスドライバーとマイナスドライバー。包丁はメインウェポンにするとして、サブウェポンとして使えそうなのは上記の四つくらいか。


 「全部持って行こう。……えっと、修学旅行の時に使ってたリュックが確かどっかに……あ、僕の部屋か」


 急いで自室のクローゼットからそこそこ大きいリュックを持ってくる。しばらく使っていなかったため、少しだけ埃を被っている。


 ふと自室を見渡す。プリント類や衣服が乱雑に放置されている。僕は片付けが苦手だ。まったく、いつ見ても汚い部屋だよ。だが、この部屋ともお別れだと思うと、少し惜しい気もする。


 「着替えは……いいや、いらない」


 着替える余裕なんてないし、なによりも面倒くさい。それに重量は可能な限り軽くしたい。奴らと戦うつもりは一切無い。鉢合わせたら逃げるんだ。


 「……いや、これだけは持って行こう」


 僕が拾い上げたのは可愛い恐竜柄のパジャマ。母さんが買ってきたセール品。こんな物でも形見になるかもしれないと思うと、自然と手が伸びていた。


 「生きててよ……母さん」


 リビングに戻った僕はリュックの中に必要な物を詰めていく。食料と水、タオルなどの布類、絆創膏や消毒液に包帯などの医療品。そして、恐竜柄のパジャマをしまう。

 サブウェポンはいつでも使えるよう、リュックの外ポケットに入れておこう。


 最後に包丁を握り締めると玄関へ……向かわず、裏口の小さな庭へ向かう。玄関から出ても音で奴らに見つかる。

 杉田さんの場合は化け物が自宅に侵入していたため、玄関から逃げる選択肢しかなかったけど……。


 現在の時刻は午前十時。天気は雲一つない快晴。


 「良い始業式日和……のはずだったんだけどなぁ」


 こんな異常事態じゃなければ晴れやかな始業式を迎えられたはずなんだ。どの道、遅刻の僕には関係の無い話だけどね。


 家の裏にある庭へ出た僕。それから塀を登って家から出た。辺りに生きている人の気配はしない。化け物たちの不快な息遣いと、火の粉が舞う音だけがやけに大きく鮮明に聞こえる。


 僕の通っている遠藤高校へは夜田家から徒歩二十分とそこそこ近い。けれど今回に限っては、人通りの少ない細い道を主に使うつもりなので、三十分は掛かる。さらに足音を立てないよう静かに移動しなければならない。それも加味すると、もっと時間が掛かるだろう。


 「かなり面倒くさいけど、命には代えられないよ」


 さらに強く僕は包丁を握り締める。今の僕はきっと不審者にしか見えないだろう。そこそこ大きなリュックを背負って包丁を握り締めている。こんな姿、昨日までの日本なら即刻お縄だ。


 「さーて、見つかりませんように……」


 遠藤高校へ向けて歩き出す。全ては二人しかいない友人に出会うため。


 八月二十日の午前十時。こうして僕は命懸けの登校を開始するのであった。


 ―

 ―

 ―


 それから自宅を出発して間もなく、奴らに見つかった僕は散々追い掛け回され、撒いたと思ったら新手に襲われて今に至る。


 必死に手で奴の顔を押さえつけているが、数センチの距離まで奴の醜悪なる顔面が近付いている。僕の顔を噛み千切るためだ。奴の口から漏れ出る悪臭で鼻が曲がりそうだ。


 「包丁は……」


 ダメだ。そう遠くはないが、ギリギリ僕の手が包丁へ届かない。体を僅かでも動けば届く距離。けれど、奴がそれを許してはくれない。小柄な図体にしては強い力だ。


 「……?」


 肘に何かが当たった。奴の悪臭から顔を背けるついでに、その正体を確認する。


 「まだ僕が死ぬには早いみたいだよ、化け物」


 そこにあったのはハサミ。どうやら転倒させられた際にリュックから落ちたようだ。


 「ふんっ!!」


 奴の醜い顔に渾身の力でヘッドバットをお見舞いする。そして、奴が怯んだ隙を突いてハサミを握り締めると、それを奴の脳天へ力の限り突き刺す。


 「ギョアアアアッ!!!」


 ハサミを奴の頭に刺した瞬間、奴は断末魔のような悲鳴を上げた。その調子のまま手を振り上げると、僕を目掛けて振り下ろす。


 「なにこいつ!? 元気すぎるでしょ!」


 ハサミを突き刺したことで安心していた僕は、奴の殴打をくらってしまう。しかし、やはり与えた傷が深かったのか、その力は先ほどと比べても明らかに弱くなっていた。


 僕は奴の緑色の腹を蹴り上げて馬乗りを強制的に解かせると、すぐさま奴から距離を取った。頭からハサミを生やした緑色の化け物は呆気なく地面へ転がるが、息絶えることなくフラフラと立ち上がった。


 「ギギャ……ギャアアアッ……!!」


 「なんで生きてるの!? もういいじゃん! そんなに頑張るなよ!」


 ハサミは確実に脳天を貫いた。目の前で弱々しく立っている化け物の痛ましい姿を見れば一目瞭然だ。それに生き物の内部を抉った嫌な感触がまだ手に残っている。これが幻であるはずがない。


 ……ギャギャッ!! ギャア!!


 遠くから段々と聞き覚えのある声が迫り来る。その声は時間が経つに連れて大きく鮮明になっていく。


 「こんな時にどうして! まさか……お前がやったのか」


 「ギェギェ……」


 ニヤリと犬歯をチラつかせながら緑の化け物は邪悪に嗤う。頭にハサミが刺さっているため、どこか間抜けに映る。


 奴が上げた断末魔の悲鳴。もしかすると、あれが仲間を呼び寄せる合図のようなものだったのかもしれない。声の様子から察するに十匹以上はいる。


 「近所迷惑ったらないよ。……って、そんなこと言ってる場合じゃないや。早く逃げないと」


 不意打ちとはいえ、一匹の化け物を相手に殺されかけた。極めつけは奴の手を振り解くために、隙を突かなければならなかった。つまり、力でも負けていたのだ。


 今いる場所は狭い住宅街だ。緑色の化け物が群れを成して襲ってくれば逃げ場などない。


 「袋の(ねずみ)……ってわけね」


 僕はリュックを背負い直してから落とした包丁を拾い上げる。


 「ハサミは……いいや、諦めよう」


 化け物の頭に刺さるハサミを一瞥した僕は、そのハサミを奴へプレゼントすることにした。引き抜く度胸も奴へ近付く度胸も僕は持ち合わせていない。


 当の化け物はというと、もう襲ってくる様子はない。ただ、こちらを睨みつけて不敵な笑みを浮かべるだけだ。


 それでも先ほどまでは殺しあっていた仲なので僕は奴が怖い。なので、そいつから逃げるようにその場を去った。


 「声が近くなってきた。……数も増えてる?」


 聞こえてくるギャアギャアという不快な声。その声が先ほどよりもさらに大きくなっていて、奴らが迫っていることを肌で感じる。


 「ここでいいかな」


 悠然と(そび)え立つ電柱。金属の出っ張りが付いているタイプのやつだ。包丁をリュックにしまったあと、電柱へ抱きつくような姿勢になった僕は体全体を使って電柱をよじ登る。

 六メートルほど登ったあたりで、金属の出っ張りへ足をかけて周辺を見渡す。


 「うへぇ……これは想像以上だね」


 ようやく奴らの群れを視認することができた。その数はざっと二十匹。夏だというのに体が震える。まったく、背筋の寒くなる光景だ。


 ふと、群れの一匹と目が合う。


 「あっ、やば―――」


 「ギャアッ!!! ギャギャアアアアッ!!!」


 僕と目が合った一匹が、がなり立てながらこちらを指差している。


 僕は急いで目の前に建てられている住宅の屋根に飛び移る。屋根から屋根へ走って跳んで移動しつつ、化け物の群れから距離を取る。

 凸凹した屋根や、平らな屋根。目まぐるしく変わる足場の形状に何度も転びそうになるが、必死で体勢を維持する。


 「くそっ、しつこいな……」


 奴らを学校へ連れて行くことは避けたい。今ここで撒かなければ、僕は遅刻癖のある怠け者どころか安全を脅かす疫病神だ。

 ただでさえ低い僕の株がさらに地の底へ下落することは必至である。


 「僕にもプライドがあるんだ! やってやる……やってやるさ!」


 吹けば飛ぶような僕の矜持を掛けた命懸けの鬼ごっこが始まった。

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