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第一話 起床!終わった世界

 僕は今、住宅街を走っている。後ろから得体の知れない三匹の緑色の化け物が迫ってきている。奴らは小柄だが、腕の長さが胴体と比例しない。その様はまるでテナガザルだ。


 「ギャアッ! ギャギャギャ!」


 「くそっ、しつこいなぁ!」


 僕は小道に入ると曲がり角を駆使し、迂回するようにして奴らから距離を取ろうと画策する。奴らの声が遠くなった頃、誰が住んで()()かも知れない住宅の塀へ滑り込む。


 「はぁはぁ……!! ここなら()()の死角になっているはず―――」


 「ギャギャッ!」


 僕を追い掛け回した化け物と同種の生物が僕の頭上へ飛び降りてきた。突然の出来事だった。そのため、反応が遅れた僕は無様にも地面へ押し倒されてしまう。その時に護身用として持っていた包丁も手から離れてしまった。


 緑色の化け物が僕の体へ馬乗りになる。奴の眼光から垣間見えるのは残虐な嗜虐心。一目で僕を殺そうとしていることがわかった。


 奴が降ってきたであろう場所を見ると、僕が隠れた塀の住宅、そのベランダが見えた。甘かった。奴らのほうが一枚上手だったのだ。


 「ギャギャギャアッ!!」


 汚い唾を飛ばしながら、見せつけるように黄ばんだ歯を剥き出す。こいつらに歯磨きという文化が無いことを僕は理解した。

 奴の唾液、口臭からは酷い臭いがした。生ゴミでももうちょっとマシな臭いしてるよ。


 「どうして……こうなった……」


 僕はただ、怠惰に暮らせればそれで良かった。やっぱり学校なんかに向かったのが間違いだったんだ。僕は迫る醜悪な顔を前に、今朝の出来事を思い出していた。


 ―

 ―

 ―


 始まりは不思議な夢だった。


 (んー? 何ここ。気持ち良く惰眠を貪ってたのに……)


 夢に映る景色は石造りの神殿。石の床や柱には至るところに罅が入っており、触れれば崩れてしまいそうだ。しかし、寂れた中にも神聖な雰囲気が漂っている。その趣は授業で習ったギリシャのパルテノン神殿を彷彿とさせた。


 「ねえ、本当にやるの?」


 「当たり前だろ。俺たちはそのために生まれてきたんだぞ」


 そして、その神殿内には二人の男女がいた。赤髪の若い男女。顔の雰囲気が似ている。もしかして双子だろうか。けれど、海外渡航暦の乏しい僕からすると二人の髪色も顔立ちも異質に映った。少なくとも目の前にいる二人は日本人ではない。


 (なーんて真面目に考えてるけどさ。……これ夢じゃん)


 夢ならば幾ら考えても僕の妄想で片がつく。きっと、何かのゲームか漫画にでも影響されてこんな夢を見ているんだ。そうに違いない。


 「お前も覚悟を決めろって。この儀式は俺たち二人じゃないと意味ないんだぞ」


 「はぁ……わかった、わかったわよ。これで困ってる人が少しでも減るならやってやるわよ」


 今更だけど、二人は僕の存在に気付いていないようだ。


 (夢だし当たり前か。……んん?)


 二人の足元を注視すると、魔法陣のような模様が薄く描かれていた。なんだかカルト的な臭いがプンプンするぞ。悪魔でも呼び出すつもりか? そんな非現実的なことを考えていると、二人は同時にその魔法陣へ手を置いた。


 その瞬間、魔法陣から青白い光が発せられ、薄かった模様がハッキリとしたものに変化する。そして、突然その光は明るさを増して僕の視界を白で染めた。


 (目がっ、目があああああっ!!)


 光がピークに達した頃、僕は不意に目を開いた。まさに開眼といった具合に勢い良く目が開いた。


 「見慣れた天井だ……」


 それもそのはず。なぜなら、この部屋は僕の自室であるからだ。


 「……それにしても」


 なんだったんだろうか。さっきの夢は。悪夢とは程遠いものであったが、それにしたって変な夢だった。疲れてるのかもしれない。まあ、僕は疲労を抱えるほど忙しく生きてはいないけど。


 ふと、僕は自身の着ている服の袖を見る。可愛くデフォルメされた恐竜がそこかしこに描かれた長袖パジャマだ。それも上下セットのやつ。

 勘違いしないでほしいが、これは僕の趣味じゃない。何をトチ狂ったのか一週間前に母さんが買ってきたセール品だ。


 「……待てよ?」


 今の僕は可愛い恐竜柄のパジャマを着用している。それに加えて、ベッドの上に置かれた目覚まし時計は九時を指していた。

 これから導き出される答えは一つのみ。


 「……遅刻じゃん」


 まあいい、こんなことじゃ僕は焦らない。何せ、いつものことだ。去年、高校へ入学する際に建前上購入した置くタイプの目覚まし時計。

 僕を目覚めさせるには、こいつでは役不足だ。身の程を弁えろ。


 「さすがに始業式を遅刻するのは我ながらどうかと思うけど」


 そう、今日は夏休み明け初日の登校日。つまり始業式だ。けれど、始業式がなんだと言うのだ。ぶっちゃけ行く意味なんてあるのかと、僕は教育委員会に問い詰めたい。


 屁理屈にも成り得ないお粗末な暴論で自身を正当化し、脳内で自己完結した僕は再び横になる。夏の暑さで掻いた寝汗によって、パジャマが少し湿っている。空気に触れて冷めた布地が肌に僅かな涼しさを与える。

 きっとパジャマを脱げばもっと涼しい。でも、それはしない。パジャマを着て睡眠を取ることに意味があるのだ。


 「いや……やっぱり今からでも学校に行こう」


 僕の脳内には二人の人物が浮かんでいた。僕の数少ない友人だ。というか、友人なんてその二人くらいだ。


 友人である二人に僕は脅されている。やれ真面目に学校へ登校しろだ、昼からの登校は登校ではないだなどと、ことあるごとに僕を追い詰めてくる。

 もちろん僕だって二人が正しいってことくらい理解しているさ。


 「でも、やり口が卑怯だよ」


 奴らは僕が一回遅刻するたびに、マクロナウドを一品奢れと強請(ゆす)ってきたのだ。そして、その悪魔的条約は夏休み明けから施行される。つまるところ今日からだ。


 「今日、休んでしまえば言い訳が利かなくなる。それは避けたい」


 今から行けば電車やバスが遅延したとかで、まだ反旗の芽はある。けど休んでしまえば、その可能性の芽も開花することなく刈り取られてしまう。


 「よーし……行きますか」


 重い身体を起こすと、名残惜しそうに引き止めるベッドへ別れを告げる。僕だってこんなことは本意ではない。


 何かを踏んだ。ふと下に顔を向ける。


 「あ、制服。そういえば脱ぎっぱなしだったっけ」


 踏んでいたのは僕が通っている高校のワイシャツだった。僕の怠惰を証明するかのように、そこらへ乱雑に脱ぎ捨てられた制服一式。面倒くさがりが僕の悪い癖だ。


 パジャマを脱いだ僕は、そこら辺に落ちていた黒い肌着を頭から被って袖を通す。安心してくれ、別に汚くない。二日に一度……いや、三日に一度は洗濯しているし、フォバビーズも噴きかけている。


 黒い肌着の上からワイシャツを着用した僕は最後にスラックスを履く。今は太陽が牙を剥く季節だ。おかげでブレザーを着る手間が省けるのでとても良い。

 この調子でワイシャツも省いてくれると助かる。ボタンを留めるのが面倒だ。


 「おっと、何か落ちたな」


 スラックスを履いた際、ポケットから生徒証がはみ出した。生徒証は落ちた拍子に偶々、僕のプロフィールが書かれているページを開く。


 夜田根室(よだ ねむろ)、十六歳。遠藤高校在校生。それが僕という人間の現在を表す情報の全てだ。ちなみに北海道の根室市とは一切関係ない。僕は今も昔も神奈川在住だ。


 生徒証を拾い上げた僕は、それをワイシャツの胸ポケットにしまう。ここならもう落ちないだろう。


 「そういえば……なんか外が騒がしい」


 起きた時から聞こえてはいたのだが、二度寝を決め込もうとしていたので気にも留めていなかった。けど、登校するのなら話は別だ。

 トラブルがあるのなら、それはそれで遅刻の言い訳になるかもしれない。


 僕は騒ぎの正体を確かめるべく、自室にあるカーテンの隙間から顔を覗かせる。


 「……え? ……何これ」


 視界に映ったのは火の手を上げる数台の車。そのうえ、主婦と思しき女性や、通勤や散歩に出掛けようとしていた男性が道端に倒れている。年齢は中年から老人まで様々だ。中には見知った顔もあった。


 「あれって血……だよね?」


 倒れている人々の唯一の共通点。それは赤い液体を垂れ流していることだ。胴や手足、頭部など出血箇所は様々だ。


 そして僕が最も驚愕していることは、車が出火していることでも人々が血を流して倒れていることでもない。


 「……緑色の……化け物……?」


 猿のように手足が長い緑色の化け物が住宅街を跋扈しているのだ。奴らは車のフロントに乗ったり、倒れる人々の上に乗ったりと、我が物顔でやりたい放題だ。


 「あいつらがやったのか……?」


 間違いなく、あの化け物たちが騒動の原因だろう。車の出火も、血を流して倒れる人々も奴らの仕業だとしか考えられない。


 そんなことを考えていると、向かいの家から一人の若い男性が飛び出してきた。


 「あの人は……向かいの杉田さんじゃないか!」


 なにやら恐怖に染まった表情で家の敷地から逃げるように出てきた杉田さん。そして、杉田さんの存在に気が付いた一匹の緑色の化け物が杉田さんへ殴りかかる。


 防ぐことすらままならなかったのか、化け物の拳が杉田さんの顔面へクリーンヒットする。顔を殴られたことで平衡感覚を失ったらしく、杉田さんは転倒してしまう。


 「っ!」


 杉田さんが転ぶ瞬間、杉田さんの恐怖に染まる瞳と目が合った。こちらへ向けて手を伸ばそうとする杉田さんだが、その助けを求める手は緑色の足に踏みつけにされる。


 「ひぃっ!!」


 僕は思わず腰を抜かした。こんなこと、平和な日本で普通に暮らしていたら見ることの無い光景だ。この凄惨な光景を目の当たりにして、平静を保つほどの強い心臓を僕は持ち合わせていなかった。


 それからすぐにまたカーテン越しに外を見るが、既に杉田さんは動かなくなっていた。杉田さん()()()ものを震えながら眺めていると、杉田さん宅の開け放たれたドアから緑色の化け物が一匹だけ姿を現した。


 「杉田さんは……あいつから逃げようとして……!」


 遠くの方からも黒い煙が見えた。どうやらこの町全体が同じような状況のようだ。


 「いいさ、チーズバーガーの一個や二個……別に奢ってやるさ」


 僕は登校を諦めた。諦めざるを得なかった。外に出れば杉田さんの後を追うことになる。僕の命なんて取るに足らないものかもしれない。だけど、わざわざ捨てるようなものでもないはずだ。


 「ごめんな……(れい)虎徹(こてつ)。始業式、サボるよ」


 懺悔するかのように友の名を口にする。今日ばかりは約束を破らせてもらう。合法ってやつだよ。だって仕方ないでしょ?


 ()()()()()()()()()()()()()、なんてさ。

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