8、呪い
「急に来てしまった上にこんなおもてなしまでは本当にすみません。子供たちが貴方に会いたいとせがむものですから。」
「いえいえ、私もみんなに会えて嬉しいです。」
神父さんが申し訳なさそうにしている横から子供たちが走って来て私にしがみつき楽しそうに話す。
「お姉ちゃん、クッキー美味しいね!」
「そうでしょ私のお兄ちゃんが作る料理は全部美味しいのよ!」
「すごーい!あのフルーツポンチも美味しいもん!」
「そう?よかった!」
ルークがフルーツポンチを炭酸で作り直し、クッキーも子供たちが遊んでいる間に大急ぎで焼き上げ、ハムサンドとタマゴサンドはさすがに私が作った。
神父さんにことわって私もキッチンに行く。ルークが片付けをしながら窓から子供たちが遊んだり食事をしたりしているのを嬉しそうに眺めている。
「お兄ちゃんありがとうね。子供たちは大喜びよ。」
「ふふっ良かったよ。片付けも終わるから俺も遊んでもらおうかな。」
「私も片付け手伝うよ。」
「おーい!シャロンさん!」
庭の方から神父さんの叫ぶ声がしたのでルークと顔を見合わせる。
「あれ神父さんの声?どうしたんだろう?お兄ちゃんちょっと行ってくるね。」
「ああ、どうしたんだろう?俺もすぐに行くよ。」
「ええ。」
キッチンから庭の方へ行くと変わらず遊んだり食べたりしている子供たちと少し困った表情の神父さんが居た。
「どうされました?」
「それが…またサーシャさんが居なくて、困りましたね。」
「じゃあ私が探してきます。兄にも声をかけて探してもらうので神父さんは子供たちをお願いします。」
「すみません。サーシャさんが見つかり次第すぐに教会に戻りますので。」
またキッチンに戻ってルークに家の中を探してもらうようにお願いする。うちの庭は建物の左側に沿って角張ったCの形になるような庭で皆が居るのは左側の縦の部分なので上下の場所を探しに行こう。
「サーシャちゃん!何処かな?」
この前の山とは違ってすぐにサーシャちゃんは見つかった。上側の庭の奥の方にサーシャちゃんが居た。
「サーシャちゃん!危ないよ皆と離れたら。」
声をかけてもうんともすんとも言わないので近付くと、うつ伏せのまま柵の傍にいるサーシャちゃんはふくらはぎから血を流しているではないか!
「血?なんで?」
慌てて駆け寄ると小さく呻き声をあげているが今にも消えそうな弱々しい声だ。
「サーシャちゃん?」
よく見ると鉄の柵の下の所も赤く血がついている。初めて会った時、注意したにも関わらず柵から出て戻る時に怪我をしたようだ。
「ああ!こんなに血が出てるのって。ヤバい!」
止血をする為に傷口を抑える。
「大丈夫か?上から見えて慌てて降りてきたんだ。」
ルークも慌てた様子でサーシャちゃんの横に行き布で私が押さえているより上を縛り止血する。
「お兄ちゃん!どうしたらいいの?」
「とにかく医者を呼ぶしかない!」
「ぃいたいよぉ…お姉ちゃん…。」
さっきまで呻き声をあげていただけのサーシャちゃんが意識を取り戻し話し始めた。でも動いてしまうので余計に血が溢れていく。
「どうしよう。」
「じっとしなさい。すぐにお医者呼ぶからね。」
ルークが優しく呼びかけているがサーシャちゃんは意識が朦朧としているのか歩く為に立ち上がろうとしてしまう。
あああ…。どうしたらいい?
「い、痛いの痛いの飛んでいけ!」
咄嗟に傷口に手を置いていつもお母さんがしてくれたお呪いを力の限り叫んだ。こちらの世界にあるかどうか分からないけど。
その時、私の手から光が溢れ出し血が止まり傷口が塞がりサーシャちゃんは目をしっかり開けてにっこりと笑った。
「お姉ちゃんありがとう!猫ちゃんが外に居て見に行ったら引っかかったの。本当にごめんなさい。」
「あ…え…な…。」
目の前のサーシャちゃんに開いた口が塞がらない。手から光が。
「……とにかく柵の下は絶対にもぐっちゃ駄目だからね。」
ルークが代わりにサーシャちゃんと話をしてくれたが。私は完全に思考停止している。足の力が抜けそうで咄嗟にルークの腕を掴む。
「はい、ごめんなさい。」
サーシャちゃんはルークの言葉にしょんぼりして顔をふせている。
「よし、じゃあ皆の所に戻りな。クッキーも焼きたてのがあるよ。」
「うわぁぁい、お兄ちゃん、ありがとう。」
笑顔でサーシャちゃんが走って戻って行くのを見る。でも呆然として何がなんだか。ルークが私の腕を支えてくれる。
「お兄ちゃん?私に何が起きたの?」
「分からないけど、誰にも知られない方がいい。戻っても普通にしていなさい。貴方にこんな力があったなんて。」
「前からあったの?」
「聞いたことは無いしなかったと思う。」
「……。怖い。」
「大丈夫だ何があっても傍に居る。行こう。彼女の足も拭いてあげないと。シャロンはキッチンで布巾を濡らして持ってきてくれついでに手も洗いなさい。俺は適当に神父さんに説明する。」
「分かった。」
キッチンに戻って濡れた布巾を持っていく。
「…なんですよ。噂をすれば妹が布巾を持ってきてくれましたね。」
「持ってきましたー!サーシャちゃん!足拭こー!」
できるだけ明るく声をかけるとサーシャちゃんがこちらへ来てくれたので足を拭く。完全に血だがその足に傷はなく跡形もない。
「ありがとう。今、神父さんにサーシャちゃんが赤い実を踏んずけてベチャベチャになってしまった話をしていたんだ。」
「そうなんですよー。裏で見つけた時にはもう真っ赤っかでした。」
「すみませんでした。ここへ来てしまったせいで面倒ばかりかけてしまって。」
「いえいえ、妹も寂しがってましたから。ありがたいです。」
「さあ綺麗になりましたよ。幸い服にはついていませんでした。靴下は少し大きいですが新しいものを履かせました。こちらは洗っておきますね!」
「ありがとうございます。それじゃあ帰りますよ!」
「「「はーーーい!」」」
「それじゃあさようなら。」
「気を付けてね。」
神父さんを先頭に子供たちは手を繋いで教会に帰ってしまった。
「急に寂しいな。」
「そうね、とても静かになった。」
「さあ片付けをしようか。」
「うん。」
2人でキッチンに戻り片付けを始めた。
寂しいという感情が1番正しかったと思う。お嬢様の記憶がなくなってしまって、彼女は完全に別人になってしまった。目の前で知らない人になっていく姿を見ていると寂しい気持ちに体を支配された。
「お兄ちゃん。」
こう呼ばれると複雑だった。だけど俺がお嬢様に仕え始めてからこんなに明るい声を聞いた事がなかった。今までずっと傍に仕えていたのに微笑み、苦笑の2つしか表情のパターンが無かったのに今は違う。表情豊かで反抗するしよく分からない言葉も暴言も吐く。距離感が近くなってきてお兄ちゃんと呼ばれ続けていると本物の兄妹みたいな気持ちになってきた。
「大好きよ。」
この言葉が決定打だった。この言葉を聞いた時、複雑な気持ちは消えてスっと腑に落ちた。そして彼女を抱きしめて俺たちは本物の兄妹になった。
「お嬢様、貴方は完全にシャロンになったのですね。俺も完全に貴方の兄になります。そして1番近い所で貴方をお守りします。」
貴方の温もりに誓った。
それなのにあんな力…俺だけで守りきれるだろうか。神の力にも似た治癒の力。誰かに知られたら、彼女は連れ去られてしまう。彼女が望まない形で。こんな力、呪いじゃないか。その力が彼女を幸せにするなんて考えられない、きっと誰もが身勝手な理由で彼女を利用しようとする。
神様、どうか彼女に不幸の道を歩ませないでください。彼女はずっと不幸でした。今、やっと幸せそうにしているのに。どうか、どうかお願いです。
きっと俺の声なんて神に届かない…お嬢様に拾われるまで生きる為ならどんな悪事にも手を染めた俺の言葉なんて。そもそも神を信じた事もないのに、虫がよすぎると話も聞いてもらえないだろうか。それでも神に縋って祈らずにはいられなかった。