7、記憶
「ここが処刑場…彼女はここで…こんな…侮蔑的な部屋で。一人の味方も…居ないまま……せめて僕が傍にいれば…。」
膝をついて床に手をつく、ポタリポタリと涙が手のひらに落ちる。
「あの…大丈夫ですか?」
「大丈夫な訳があるか!彼女は無実のまま…ここで…。」
後ろから声をかけてきた男はカシャンと音を立ててこちらに近付いてくる。甲冑を着た声からして若い男。処刑人か、素性が知られれば悪人や遺族から付け狙われる。だから重い甲冑というマスクを被って体型や顔を隠す。
「ケネス様ですよね。一度だけ城内で見かけた事があります。今、王子が貴方を探し回って居ますよ。早く逃げた方がいいです。」
王子か…。あのクズ…1人では何もできないくせに。だがこの男、迷わずに僕を逃がす選択肢を選んだな。という事はあの王子の両手が汚れていると分かっているという事だ。いずれにせよ王家に手が汚れていない人間は彼女以外、存在しないが。
「そうか、だが僕を知っているのなら分かっているだろう!僕がここにいる理由を!」
シャーロットの事何か知っているかもしれない、連行された時や最期の時の事、それ以外も聞いてみよう。
「私は王に仕える身、思考を許されません。」
「さっきと言っている事が違う気がするが。」
「とにかくここから早く出た方がいいです。」
「君は彼女の処刑を担当したのか?シャーロット姫の事だ。」
「……恐れ多くも。」
「そうか…じゃあ…彼女の遺体は?」
「決められている通り、処刑された罪人は墓に入る事を許されず王都の外れに遺棄されました。罪人なのでそこから拾い墓に入れるのも罪になります。」
「彼女らしき遺体はなかったが?王が引き取ったのか?」
「それは有り得ませんね。ですが今となってはどうでもいい事です。貴方がここを去らないなら私が先に去ります。」
「待て!彼女の最期を教えて欲しい。頼む。」
「…シャーロット様は屋敷からここへの馬車内では少し戸惑いながら声を荒らげて居ましたが、私がお連れした際はもう声も出せない程、悲しみにくれていて最期はただ一雫だけ涙が頬を伝いました。」
「シャーロット…そうか…礼を言う。引き止めて悪かったな。では失礼する。」
「はい、お気を付けて。」
1人になってただ当てもなく歩く。久しぶりの王都は新しい場所も多く何もかもが変わっていて、大通りを外れると自分がどこに居るかも分からなかった。お昼頃に処刑場を出てもう日が暮れているので結構な時間をさまよったことに気が付く。
「彼女はもうこの世界に存在しないのか…。屋敷も土地も全て売り払われていた。もう彼女の痕跡すらない。」
彼女がいない世界で生きる意味などあるのだろうか。僕は光を失った。
「シャーロット様、探しましたよ。貴方はここがお好きですね。」
今より少し若いデイビッドが微笑み近付いてくる。どこか分からない庭園のような場所に居るようだ。
「ええ、この庭は手入れが行き届いていつ見ても美しいわ。」
「そうですね、ですが手元の本を見るに庭を眺めに来たというよりは本を読みに外に逃げてきたの方が正しいかもしれませんね。」
「ふふっ、デイビッドはいつも全てお見通しだから油断ならないわ。」
この記憶はきっとこの体の脳の記憶だろう。記憶自体は脳に全て残っていてもその記憶がある引き出しの場所を知らないと確認できない、魂が乗り移った時に引き出しの場所について全て失ったが、デイビッドと話す事によって少しだけ蘇ったのだろう。まあだったら私の記憶は何処にあるんだという話にはなるが。
「シャーロット様、そろそろ中に戻られては?日が傾いてくると冷えますので。」
「お身体にさわるって?」
少し悪戯な弾んだ声。
「ええ、そうです。ケネスが気が付く前に戻られた方が身の為ですよ。またずーっと後ろを歩いて回られますよ。」
デイビッドの声もよく聞いたら少し高い声だ。
「あらっ意地の悪い言い方。デイビッドそんな事言っちゃいけませんよ。ケネスは私の為にしてくれるのだから。」
「失礼しました。」
「デイビッドはすぐそれね。」
「それとは?」
「口を噤んでしまう。良いのよ言い返したって。私と貴方の仲なのだから。」
「そんな…恐れ多いです。私はただの護衛ですから。」
「その前に幼馴染でしょう。私と貴方とケネスの3人いつも一緒だった。小さい頃は楽しかったわね。」
「…シャーロット様。」
「まだ何にも知らなかった。毎日が眩くて、月並みな言い方だけど永遠に続くと思ってた。」
「そう…ですね。」
「不思議ね。今も一緒にいるけど私達は変わってしまった。私は王位継承者に貴方は王室付きの護衛にケネスは私の家庭教師をしながら法学博士を取得して最高裁の裁判長を目指している。」
「…。」
「そしていつかはバラバラになる。私は国を強くする為に政略結婚をさせられて貴方は城内の騎士隊に入りケネスは法律の勉強をしにもっと進んだ国へ行く。」
「シャーロット様。」
「これが大人になるという事なのね。」
「それまで一緒に居よう。」
新しい声が後ろからした。シャーロットの後ろからもう1人男の人が現れる。
「ケネス!」
残念ながらケネスと呼ばれる彼は夕陽の逆光で顔が見えない。
「きっとそうなるだろうけどそれまで僕ら3人で居よう。」
「ふふっそうね。行きましょう。」
「ああ。」
目が覚めて夢を思い出す。デイビッドはシャーロットの幼馴染だったのか。そして仲が良くて…さんこいちだったんだね。ケネスという人と。
「でも結局、バラバラになって全てを奪われシャーロットとして生きる意味を失ってしまったのか。」
悲しい話だ。でも今はここで静かに暮らしている。私は幸せだなぁ。シャーロットがそのままでこの生活を送るのはやっぱり辛いのだろうか?
深く考えるのをやめてベッドから飛び出す。
「お兄ちゃん!お兄ちゃん!」
「どうした?朝からうるさいなぁ。」
朝からとは言うがもう11時だよ。君、寝過ぎだよ。私もだけどてへっ。
「お兄ちゃん!今日は2人でピクニックしようって約束したでしょ!サンドイッチとフルーツポンチ作ろ!」
「分かってるよ。フルーツは昨日作っておいたろ?」
「あれ?そうだっけ?」
山で遭難した日から少し休みなさいと神父さんに言われ1週間丸ごとお休みをもらう事になり、心配性のルークは私の体調を気遣って自分も仕事を1週間休んでいる。今日は休み3日目。数日、眠らずに夜通し看病という名の監視をしていたので珍しくルークも寝坊している。
「そうだよ。アップルシードルもちゃんと冷やしてあるから。とりあえずテラスでピクニックの準備をしてきてくれ。」
ピクニックと言いながらお酒入りのフルーツポンチとサンドイッチを嗜むだけなのが大人っぽい。大人のピクニック。ルークがチーズと生ハムとトマト、ルッコラ、レタスのサラダも作ってくれて見た目も綺麗でテンションが上がる。サラダをつまみながら昨日、アンネさんからもらった白ぶどうのワインをいただくと決めている。
「じゃあお兄ちゃんも早く来てね!」
「ああ。」
ルークに言われた通りにテラスの白樺の木の机に真っ白のテーブルクロスを敷きその上に黄色と白のギンガムチェックのランチョンマットを敷いてその上にワイングラスやナイフとフォークを置いていく。真ん中に茹でたとうもろこしも置く。
「いい天気!ちょっと暑いけどテラスは屋根もあって日陰になるし最高だなー。」
思い切り伸びをして深呼吸をする。電気もガスもないこの世界の空気は美味しい気がする。
「さあ、準備ができたよ。料理を運ぶのを手伝って。」
「はーい!」
ルークの作る料理はいつも美味しいが外で食べるとまた趣があってたくさん食べてしまった。たまにめまいや頭痛が起こるが頻繁ではなくなったし体も丈夫になってきた。
「お兄ちゃん、料理美味しかったありがとう。」
「ああ、体調は良くなった?」
「最初から悪くなってないよ。デイビッドさんがとても気遣ってくれたからね。」
「分かってるよ。でも貴方は無理をするでしょう。辛い事を隠したりするし。」
「しません。お兄ちゃん私は変わったの。多分1度死んだからかもしれない。記憶を失って全てを初めからやり直すと決めた。心配させない為に嘘をついて黙って隠しておくのが良い選択だとは思えない。」
「お嬢様、そうですか…俺はその方が良いです。信頼してもらえているみたいで俺は嬉しいです。」
「お兄ちゃんいつもありがとうね。大好きよ。」
「ありがとう、俺もだ。」
初めてルークとハグをした。毎回感じるが思ったよりもしっかりしていて温かい。ルークに伝わっている分からないけど私は本当のお兄ちゃんみたいに思っている。家族として信頼し好きだと思っている。気持ちが伝われば良いなと思ってルークの胸に頬を擦り付けた。
「子供みたいだね。」
「ふふっお兄ちゃんの前でだけね。」
「しょうがないなぁ。よしよし。」
ルークが優しい表情で甘やかすように頭を撫でてくれた。よかった私の気持ちは通じているようだ。
「お姉ちゃーーん!」
子供の叫び声にそっとルークと離れた。
「誰か来たな、シャロン。」
「ええ、行きましょう。」
「ああ。いやクッキーを焼く準備をするよ。きっと教会の子供たちだろう。」
「ありがとうお兄ちゃん。」
私はルークと離れて門の方へ向かった。