51、適性
私の力では寝室に運ぶことはできなかったのでソファに寝かせて掛け布団を持ってきて氷屋さんに氷を買いに行き氷枕を作った。
「可哀想にいつからしんどかったんだろう。」
頭を撫でながらたまにおでこのタオルを氷水に浸して絞り冷やし続ける。でもさっきの言葉は本心なのかな?こんなに熱があるなら意識は朦朧としていただろうし。
「というかフィンは炊き出し食べたのかな?」
空腹でこんな状態?お粥か茶碗蒸しっぽいものを作ろうかな。
ふと思い立って茶碗蒸しを作ることにした。出汁は海老と魚のあらと椎茸でどうにかとって卵液を作る。プリンを作るみたいにオーブンで茶碗蒸しに挑戦した。蒸しの時間は待つだけなのでソファに戻るとフィンが息苦しそうに汗をかいている。
「熱よ下がれ。熱よ下がれ。熱よ下がれ。」
おでこのタオルもぬるくなっているので氷水につけて絞り汗を拭いてあげる。もう一度氷水につけて絞りおでこに置いて頭を撫でる。
「フィン、大丈夫?」
返事は無くただ、うぅと小さく唸っている。
「よしよし。」
薬も無く医者も無理なら私にできることはおでこのタオルを替えて頭を撫でることしかできなかった。
「ふわーあ。寝ちゃったのか?あれフィンは?」
あれから1時間程経っただろうか。時計は18時半を過ぎていた。ソファにもうフィンは居なくて辺りは少しだけ暗くなっていた。
「フィン!!」
「居るよー。」
良かったキッチンから声が聞こえる。声の方へ行くとキッチンで人が作った茶碗蒸しを先に食べていた。
「おはよう、具合はどう?」
「うん、もーすっきり。ごめんびっくりしたやろ?」
「ええ凄い熱だし。倒れるし。良かったわクッションのあるところに倒れてくれて。」
「俺さ色んな事が重なって疲れてくるとうわぁーなってぐあー熱あがってばたんきゅーして、1時間位で復活するねん。先に言わなあかんかったな。」
茶碗蒸しを気に入ったのかひたすら食べているフィンの首に触れるとあちっとはならなかったので本当に熱が下がったのだろう。
「そうなの。確かにもう熱くないわね。」
「ありがとう、でもいつもより早く復活できたわ。看病してくれたんやろ。」
「ええ、デイビッドよりも大事な貴方ですから、彼よりも手厚く看病しましたよ。何度も何度も氷水に浸したタオルで汗を拭いてひたすらに頭を撫でて具合がよくなれと祈りました。」
「あーごめん。俺なんか言ったんやね。覚えてへんけど。」
「覚えてへん!覚えてへんけど!はあ!まあ良いですけど、可愛いなって思いました。」
「まあ俺はいつも可愛いし。」
と猫のように私の胸の辺りに頭をじゃれつかせているので頭を撫でながら髪の毛をくしゃっと触る。さらさらの黒髪、黒猫か可愛い。
「ああ、そうだそれ美味しい?」
私が聞くとじゃれつくのをやめて顔をあげて笑う。
「うん美味しい。めちゃくちゃ美味しいけどこれ何?」
「んー甘くないプリン。」
「へー美味しいね。」
「これは栄養価が高くて消化も良くて他の誰にも食べさせたことのない貴方の為だけの私の手料理です。」
「ごめんって嬉しいけど、圧が怖い。」
「だから気に入ったのならまた貴方の為だけに作ってあげますし、他の料理も貴方の為だけに作ります。」
「ごめん!!」
「ふふふ。他に何か食べる?貴方炊き出し食べ損ねたんでしょう?」
「うーん、これもう一個食べたい。俺もう3つ食べてるんやけどいい?」
「良いわよ。ていうか5つあるでしょう。飽きてないなら全部食べても良いから。」
「じゃあお言葉に甘えて俺の為に作ってくれたこの甘くないプリン食べちゃおう。」
「ええ、あっちに持って行って座って食べれば?お茶をいれるから。」
「そうする。ありがとう。」
そういえばデイビッドの件はどこまで覚えているのだろう……。
いや、怖いからそっとしておこう。私がお茶を入れて戻るとダイニングテーブルに座ってフィン美味しそうに茶碗蒸しを食べている。
「そんなに気に入ったの?」
「だって美味しいんやもん。」
「それは良かった。」
「さっき夢見てた。」
「夢?熱があったとき?」
「うん、昔の夢やった。俺は血塗れで。」
「怖い話?」
「いや、全然。それで金目の物は全部とってから捨てるんやけど指輪がどうしてもとられへんくてしゃーないからナイフでそいつの。」
「ちょっと!怖い話よね!!」
「あーじゃあ全部終わった後に、」
「何が終わったの?」
「片付け。」
「それって本当にあった話?」
「昔の話やけどな。だけどその後シャロンが出てきてああー夢やなぁって思った。シャロンが真っ白の服で俺に触れると汚れた服とかが全部綺麗になった。」
「ふむ。」
「願望やろうね。俺は綺麗にはならないのに。」
どういう意味があるのか分からないけど悲しい気がして座っているフィンを抱きしめた。
「そういえばなんで力を使ってオレを治さなかったん?」
「はっ!そういえば……すっかり忘れてた。ていうか慌ててたし。」
「そんなに心配してくれたんや。」
「いきなり倒れたらそりゃそうでしょう。」
「そうね。」
「今度は熱が出る前からちゃんと伝えておいてよね。」
「はいはい。」
私が離れるとフィンはまた茶碗蒸しを食べながら静かに外を眺めていた。
「ユエさん、忍び込むのは秘書官の私室です。今、秘書官は会議に出ているアーサー王子についているので部屋には誰も居ません。貴方がアーサー王子に関して重要だと思う情報を集めて来てください。時間は今から30分です。」
「ええ。」
ユエさんは自然に振る舞いながら躊躇なく私室に入っていった。意外と筋が良いかもしれない。
クラウンに会った後、すぐにユエさんの両親の居る村に向かった。彼女の両親はすぐに見つかった。父親は刑務所に母親は誰もいない裏路地の道端で倒れ込んでいた。私は一切口出しをせずにユエさんの動向を見ていた。この両親はユエさんを売ったと聞いている。幾ら治安の悪いヌーンの街でも人には料金を高く払うはず、贅沢をしなければ二人で一生くらせただろうに。
「ユエ?ユエなの?」
母親がユエさんに気が付いて近付き声をかけてきた。なんとも言えない臭いが漂う。ユエさんは母親をただ見下ろしている。
「ユエ?ごめんなさいねあの時はああするしか無くて。」
「……。」
ユエさんは冷たい視線のまま母親をただ見下ろしている。
「あんた達全てを失ったんでしょう。」
「親に向かってあんたって。」
「何言ってんの?私を売った時点で親じゃないよ。」
「ユエ。」
「名前も呼ばないで。」
「本当に愛していたのよ。本当よ。」
「どうでも良い。」
「綺麗になったわ。前よりももっと綺麗になってる。」
「努力したから。」
「そうよね、男から金を巻き上げるにはそうしないと生きていけなかったのよね。分かるわ。」
「あんたに分かるわけがないわ。」
「そうよね、ごめんなさい。謝るわだからお金をくれない?お母さんもう3日はご飯を食べていないの。」
乞う様にユエさんの足元に座り込む。
「嫌よ。」
「親不孝者ね自分は綺麗にしてるくせに私を見て分からないの!」
と母親が怒鳴るとユエさんが跪いて母親に何か耳打ちし始めた。母親はユエさんの言葉に赤くなったり青くなったりして最終的に涙を流しながら土下座をし始めた。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。」
壊れたのかと錯覚するほど謝り続ける母親とそれを見下ろしているユエさん。
てっきり殺してしまうと思っていたのにそのままユエさんは母親置いて離れ歩き出したので後を追いかける。村の外まで出たところでピタッと止まりこちらを向いた。
「意外と呆気ないものね。」
「てっきり殺してしまうと思っていました。」
「ふっそう考えていたのにここに連れて来たの?貴方意外と怖い人なのね。」
「ふふふ、初めて言われました。もう良いのですか?」
「ええ、私の中にあった業火があの人を燃やし尽くす様は見られたもの。貴方も見たでしょう。」
「ええ、しかと。」
「あの人は父の金魚のフンだった、どうせ一人では生きていけない。父は高齢なのに後30年は確実に出てこない、これで私の復讐は終わり。」
「そうですか、こちらとしては犯罪に手を染めなかったので一安心ですけど。」
「一緒にいたら一緒に捕まるものね。」
「というよりユエさん意外と腕が良いので手伝ってほしいです。」
「あら嬉しいわ。だったらそうしようかしら。」
「ええ、お願いします。」
女性のスパイは情報を集める為に色んな所へ忍び込みやすいのでとてもありがたい。
「オーウェン、そこで何をしている!」
「これはこれはアーサー王子、如何なされました?」
秘書官室に用事とは珍しい。取り巻きも婚約者おらず一人で歩いている。
「貴様に預けていたあの書類を取りに来たのだ。」
「どうして王子がわざわざ?秘書官はどうされたのでしょうか?」
アーサー王子は悔しそうにギリリと食いしばった。ああ、またいじめられたのか。シャーロット派の人達に。
「う、運動がてら自分で。」
可哀想に自分で言って嫌になって黙ってしまったようだ。王が流刑を決めてからずっと王子は蔑ろにされることが多々ある。
「王子の大事な書類です、はだみはなさずこちらに持っています。私にはなんでもおっしゃってください。」
私が書類を渡しながら言うと少し嬉しそうに笑う。
「ふっそれでこそ王子付きの秘書官だな。じゃあな。」
「ありがたきお言葉、失礼致します。」
Uターンして王子が戻っていった。王子の姿が完全に見えなくなった所でユエさんが部屋から出てきた。
「あら、はやかったですね。」
「この部屋ってさ、もしかしてあんたの部屋?」
「おー凄い。よくこの短時間でつきとめましたね。じゃあ城を徘徊しながらお話ししましょうか。」
「徘徊って、良いの?」
「ええ。まずどの段階で私の部屋だと思いました?」
「最初は香り、あんたと同じ香水の香りがした。」
「ふむふむ。」
「それと一番奥の机の引き出しの二重底になっている場所にシャロンの写真が数枚隠してあった。」
「この短時間でそこまで行けましたか。優秀ですね。」
「父が会社から盗んできたお金を隠すのがいつもそこだった。」
「そうですか。」
「それに誰か知らない人の部屋なら見つかった時のリスクが高い。自分の部屋ならそれこそ女を買ったと言い訳できるし。私の一番最初の仕事にリスクが高い事をしないでしょう。」
「ユエさんじゃあ行きましょうか。」
「えっ急に何処に?」
「ふふふ秘密です。」
ユエさんやはり手伝ってもらうにはとてもいい人を拾えました。私の願いを叶えてくれるかもしれませんね。私の願いを。