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50、炊き出し


 少し手伝ってほしいと連絡が来たのはそれから1週間後の事だった。いつもなら連絡事項とかはゲイルを通すのに珍しくルークが一人で現れた。私とフィンはほぼ常に一緒に居るのにその日のその時間だけ珍しくフィンが買い物に一人で出かけていた。その買い物も15分程の買い物なのですぐに帰ってきたけど、数分の間久しぶりに二人きりになった。


「お嬢様、お久しぶりです。デイビッドは変わらずに記憶のないまま過ごしています。王都に居たときよりも楽しそうです。」


「そうなの。」


「ええ、今日はフィンはどちらへ?」


「えっとバターが無くなったからすぐそこのグロサリーストアに行ったの。えっと布巾も買いたいからって。」


「そうですか。では本題は帰ってきてからにします。お嬢様、フィンとの結婚生活は如何ですか?」


「ふふふとてもとても良いわ。フィンは優しくて誠実で素敵だから。」


「そうですか、どうなることかと思いましたが順調そうで何よりです。もしお嬢様を困らせていたら貴方を家へ連れて行こうと思っていたので。」


 ルークが笑っているけど本心か冗談か分からない発言をしたところでフィンが帰ってきた。

 私はあまりのタイミングにびくりと体が動いてしまった。


「ただいまーシャロン。ってなんでおんの?」


「なんでおんの?はないだろう。兄だぞ?」


 私はさっきの発言が引っかかってそれどころではない。そんな私の状況をすぐに察知してフィンが私の傍に来て抱きしめる。


「シャロンなんか言われたんやろ?大丈夫?殴る?」


「ちょっとやめて、私の兄でもあるのよ。」


 前回のだけど。それでもフィンが可愛いくてフィンの背中に腕をまわす。


「あーそろそろ良いかな?新婚さん。」


「ええ、どうぞ。」


 フィンは私を膝の上にのせた状態で話を聞くと決めたようだ。もう好きにしてもらおう。ルークは特に気にすることなく話し続ける。


「炊き出しをしようと思っているんです。ケネスが皆に好かれるには物を配れって言うのでまあ良いかと。ああ、後ケネスはメンターという役職になりましたので名前を呼ぶのは控えてくださいね。」


「ほお、それでここに来た理由は?」


 どうしてフィンって話がまわりくどいとすぐにイライラするのかしら?


「だから炊き出し手伝いをしてほしい。」


「嫌。」


 間髪入れずに断ったな。フィンの過保護精神はルークから受け継いだと思っていたけど中々に酷い。それか危機管理的に断ったのかな?


「だったらお前は来なくていい。お嬢様だけお願いします。」


 返事をしようとしたらフィンに後ろから手で口を塞がれた。


「行かせません。」


「なあ、ずっとそうやって生きるのか?お嬢様と二人だけで家にこもって生きていくのか?」


「そうは言ってへんやろ。だってシャロンは身ごもってるねんで!一番大事な時期やねん。」


「うわぁ。」


 ルークは落ち着いた様子で叫んだ私を見て私の表情から何かを察したようで私を哀れみながらフィンを立たせた。


「フィン二人だけで外で話そうか。」


「俺はシャロンに隠し事はしーひん。」


「じゃあ後で全てを話せばいい。だから今は来い。」


 フィンは少し面倒くさそうにルークの後に続いて外に出て行った。


「なんというかルークありがとう。」


 暇なので3人分の紅茶をいれながら待っていると10分程経った頃に少し顔を赤らめたフィンと呆れたままのルークが中に戻ってきた。


「お嬢様、この度は私の指導不足によりご迷惑をおかけしてしまい申し訳ございませんでした。」


 と深く頭を下げるルーク。これは多分フィンに恥ずかしい思いをさせるためにわざと仰々しく謝っているな。


「ルーク意地悪しないで。」


「シャロンも悪いで!なんで最初に説明してくれへんの!」


「だって…まあ…確かに…フィンは間違ってはいないし。」


「歯切れ悪すぎ!」


「だって……そんな事言われても。」


「とにかく二人揃って手伝いに来てくださいね。今週の日曜日の11時にキングの家の前で。」


 と私とフィンが言い争っている内にルークが言い捨てて帰ってしまった。



「はあーあ、シャロンのせいでこんな事に。」


「ちょっと、ここまで来てグチグチ言わないで。」


「そこ!うるさいぞ!今からボランティアの皆さんに対して説明するから黙ってろ!」


「「はい。」」


 ルークに怒鳴られて二人でシュンとする。


「シャロンも焼き肉係な。」


「あのね私は洗い物係なの無茶言わないで。」


「なんでやねん!一緒に居ようよ!」


「ちょっと、声が大きい。また怒られるでしょう。」


「俺は絶対に一緒がいい!」


 子供か。


「おい、黙りやがれ。」


 いつの間にか説明を終えたルークがフィンの首根っこを掴んでいる。そんな状況を全く気にせずにフィンがまだ私にわがままを言う。


「ねえシャロン!一緒がいい!お願い!」


「あなた、周りにどう思われても良いの?」


 さっきから周りの視線が痛い。多分、この辺りの人はクラウンだと知っている人が多いのでギャップで吐きそうになるのだろう。


「俺はもうここの仕事やめたもーん。シャロン焼き肉係しよ。」


「フィン行くぞ。お前は俺と一緒に焼き肉係だ。」


「うわぁーーーーーーん。嫌やぁーーーーー。」


 悲痛な叫びが響く中フィンが連れて行かれた。それぞれの係は4人ずつで洗い物係は女豹の様にセクシーな女性のモニカさんと朗らかで明るいお母さんっぽさのある女性のセレナさんと細身では小柄なおじいちゃんのダーウィンさんで他に、材料切る係と炒める係、煮込み係、水くみ係、列を作る係、材料切る係と炒める係の人達は最終的に料理をよそって配る係になる。


「シャロンさんこれもお願いします。」


「はい。」


 先程からおじいちゃんのダーウィンさんが他の係の人達から食器類を集めてきてくれる。本当はそれぞれの係が持ってくる筈なのだが皆忙しくて持ってきてくれず暇になってしまったので率先してダーウィンさんが取りに行ってくれてスムーズに仕事ができている。


「ねえあの色男はあんたの?」


 モニカさんが泡だらけの手で焼き肉係の場所に居るフィンを指さす。


「ええ、私の夫よ。」


「へえ、どっかで見たことがあるんだけど?私のお客さんだったかな?ってやべ。」


「良いわよ。結婚前なら許す。」


「ああ、良かった。」


「早く終わらせて私達も炊き出しをもらいに行きましょうよ。シュートの作るポトフは絶品なのよ。」


 セレナさんが楽しそうに言う。


「あんた馬鹿ね。私達は配る側なんだから口に入るわけ無いでしょう。」


「「えーーー。」」


「二人とも馬鹿だったのね。」


 呆れたようにモニカさんが食器洗いに戻る。私とセレナさんはテンションがた落ちで食器洗いを続けた。ある程度、ダーウィンさんが食器類を集めてきてくれたのでダーウィンさんも食器洗いに戻る。その後は炊き出しが始まったので炊き出しで使った食器を洗って洗って洗い続けた。

 そういえば焼き肉係や炊き出しを配る係にフィンとルークも含めて怖そうな男性達が多い理由はすぐに分かった。来る人が量がどうとか肉がどうとかで文句を言ったり喧嘩になるのでその都度、ルークやフィンがなだめたりキレたりしながら場をおさめていたからだ。だからルークは私を焼き肉係にしなかったんだなぁ。


「はあ本当に疲れたわね。」


「ええ、本当に。」


「ポトフ食べたかったわ。」


「残りは少しなので後は私がしておきますからお嬢さん達は休憩がてら炊き出しに並んできてはどうですか?もうそろそろ炊き出しが終わる時間ですし。」


「うわぁ良いんですかぁ。」


 セレナさんが大喜びで走り出す。


「私お腹すいてないけど煙草は吸いたい。じゃあお言葉に甘えて5分位休憩しようかしら。」


「でもダーウィンさんだけにお任せするのは。」


「ほら!二人とも早く!」


 と走って戻ってきたセレナさんに腕をガシッと掴まれて連れて行かれる。


「ちょっと!私は煙草を!あああああああ。」


「ダーウィンさんは。あああああああ。」


 あの細腕の何処にこんな力が!あっという間に炊き出しの列に投げ込まれた。


「私は煙草が吸いたかったのに!」


「私は二人が戻ってきたら交代でダーウィンさんと休憩しようと思ってたのに!」


「さあ楽しみね!!」


「聞いちゃいねえ。」


「本当に。」


 私とモニカさんは腕を掴まれたまま項垂れた。炊き出しが始まって二時間ほど経っているので人は少なくすぐにフィンと会うことができた。キャップを目深に被ったフィンはこの炎天下でお肉を焼いているのにそんなに汗をかかずに涼しい笑顔でお肉を焼いて配っている。


「シャロン!!来てくれたん!久しぶりに会えて嬉しい!可愛い!ちゅーしたい!」


 肉焼きばさみを置いて私を抱きあげて本当にキスをする。そして優しく私を地上に戻す。前後の列の人がびっくりして私達を見ている。そりゃそうだ3組前の人を怒鳴っていた男と同じには見えない。


「あんたの旦那やばいね。」


 フィンは疲れて頭がおかしくなったのか?そして私の皿に大量のお肉を入れてくれる。


「ちょっと、フィンこれ。」


「もう一人おじいちゃん居たやろ。皿二枚渡してるからそれに半分入れてあげ。ポトフは他の人に持ってもらい。言うてあるから。」


 確かに私のお皿は二重になっている。


「フィンって本当に。」


「ええ男やろ。」


「ええ。」


「さあもう良いでしょう。それ以上は家でしなさい。」


 モニカさんがうんざりした顔で言う。


「せやな、じゃあまた後でシャロン。」


「ええ、一緒に帰りましょう。」


 ポトフはモニカさんが持ってくれて無事にダーウィンさんに渡す事ができた。その後すぐに炊き出しが終わって、他の係が仕事が無くなると私達は休憩したから代わってあげると洗い物係を代わってくれたのでそれぞれ休憩をとることができた。セレナさんは早々に食べ終えてシュートさんにポトフの作り方を聞きに行き、モニカさんは煙草を吸いに喫煙所へ、ダーウィンさんは炒める係の奥さんと一緒にベンチに座りフィンがくれた大量のお肉を二人で食べている。私は木の下の影になっている涼しい場所で一人休憩することにした。


「はー疲れた。結構ハードだった。」


 二時間以上みっちりと洗い物は中々に疲れた。でも楽しかったなぁ。


「お久しぶりです。先日はどうもありがとうございました。」


 頭上からの声に慌てて見上げると白髪の長身の男性で顔は逆光で全く見えなかったけどすぐに誰か分かった。


「いえいえ、その後は調子は如何ですか?」


「おかげさまで、何も思い出せませんが随分と混乱から抜け出せました。」


 穏やかな笑顔のデイビッドが隣に座る。今日、彼は列を作る係をしていたはず。勿論、騎士の制服では無くて白いワイシャツにシンプルな黒いズボン。


「それは良かったです。お肉を食べましたか?私が口をつけてしまいましたが気になさらないならどうぞ。とても美味しいですよ。」


「じゃあ少し頂こうかな。自分が悪いのですが朝寝坊をして朝食にありつけなかったんです。」


 もう15時過ぎているのでお腹が空いているだろう。


「じゃあこれ残りもどうぞ。ポトフも余っているか聞いてきますね。」


 とお肉の皿を渡して立ち上がろうとすると腕を掴まれた。


「すみません、少しだけお話しできませんか?」


「話?分かりました。」


 腕を放してくれたのでまた隣に座る。


「あの時、貴方が看病してくれたと、私は全く意識が無く本当は外に捨てられそうになっていたのを貴方が家に運んで看てくれたと子供の母親から聞いて心から感謝しています。」


「いえいえ、夫が運んでくれたので。」


「そういうことでは無くて、貴方の夫は家に入れることを拒んでいたけど貴方が押し切ってくれたときいています。」


 何処まで喋ってんだあの母親。おい。


「感謝は分かりました。でも人を助けることは普通のことです。」


「貴方はこの街の人では無いんですね。ヌーンの街はそういう考えの人は多くありません。実際に道に捨てられかけた私が言うのですから。」


「悲しいけど、それがここの身の守り方です。」


「でも貴方はそうしなかった。目を覚まして光に包まれた美しい貴方を見た時、天使だと思った。そして他の人から話を聞けば聞くほど貴方はやはり天使なのだと確信しました。」


この流れって…。


「天使じゃないですよ。」


咄嗟に目を逸らす。


「シャロンさん。」


 レッドフラッグ。レッドフラッグ。


「あれは私の夫かしら?」


 私がわざと話を遮りよそ見をしてもデイビッドは気にせずに話を続ける。


「貴方が好きです。」

 

 ああ…終わった。完璧終わった。一番大事な時にフィンの姿は見えない。


「ありがとうございます。でも私には夫がいるので。」


「この感情を押し付けるつもりはありません。ただ貴方に知っていてほしい。私が貴方をどう思っているのか。それでは失礼します。」


 と私を残してお肉の皿と共に立ち去るデイビッド。


「本当に、参ったわね。」


 そして一人でポトフをたいらげた。



「ということなの。」


 あの後、フィンとすぐに合流して片付けをして帰ってきた。家に着いた途端、耐えきれなくてすぐに全てをぶちまけた。


「ああ、なんか言われてたな。」


 今、氷のように冷たい瞳で私を見たな。てめえ。


「嘘でしょ。見てたの?」


 フィンの言葉に愕然としている私を冷たい瞳で見下ろしている。体温がなくなったのか。


「うん、ていうか聞いてた。シャロンはどうするかなって。」


「嘘でしょ。」


 そうだ、最近可愛くて忘れていたけどフィンは怖い人だった。


「浮気するなら黙ってるかなって。でもすぐにゲロったからやっぱり可愛いなって思ってる。」


「じゃあどうして怒ってるの?」


「俺達は死んで生き返った。神様でも悪魔でも誰か知らんけどチャンスをくれた。それやのになんでそれを守ろうとしないん?俺はもう二度とシャロンを失いたくない。そう考えているのは俺だけ?」


「そうは言ってない。私もフィン絶対に失いたくない。だけど……じゃあ私も一つ質問するわ。」


「どうぞ。」


「そんな私が良いの?そんな私を好きになったの?路上で倒れている人を見捨てる私が好きなの?」


「ふふふ、いやそうやね。そういうところが好きやから。でも時たま憎い。努力してシャロンはそうなったと分かってるけどいっつも遠くて俺が行けない所に居るからそれが凄く憎い。」


「何それ。」


「そのままの気持ち。」


「どうしてほしいの?」


「何をしたってシャロンが手の届かない所にいるのは変わらない。」


「もしかして子供の話気にしてる?」


「いや、前からずっと思ってたことやから。」


「でも死ぬ前に貴方を選んだでしょう。」


「それも貴方の優しさでしょうね。」


「なんだその喋り方。」


 ていうかなんか変だな?


「ちょっと、失礼。」


 少し手を伸ばしてフィンのおでこに触れる。


「熱い!熱がある!」


 と私が言った瞬間にフィンは床に倒れてしまった。

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