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5、遠足


教会の仕事は子供と関わりがなかった私には大変だったけど慣れてくると勉強になるというか興味深い。子供達は可愛いという事だけでなく5歳という幼さでちゃんと1人1人性格が違って話をするのもとても楽しい。

それに村の生活にも慣れてきた。ルークはまだ新しい私に慣れないだろうが私自身は新しい自分に慣れてきた。だけど唯一慣れないのは私が本当に体が弱かった事だ。子供達と一緒に走ったり飛んだりするとすぐに動悸が激しくなってクラクラして力が抜けて座り込んでしまう。最近は体力をつけるために庭仕事を積極的に行っている。毎朝生姜入りの紅茶も飲んでいるし体質は改善されつつある。冷え性がましになってきているし。


「だから大丈夫よ。」


「急に何か分からないけどダメだよ。」


「お兄ちゃん。仕事なんだよ。」


「そもそも仕事なんてしなくても生きていけるんですから、まだ認めた訳じゃありませんよ。」


「お兄ちゃんも魚屋さんで仕事を始めたくせに。」


「俺はいいんだよ。それに週に2日だけだし。」


「でもそれに加えてチーズ屋さんでも働いてるじゃない。」


「それも週に2日、しかも昼から夕方まで。この村の人はあんまり働かないのか。王都にいた時は1日中働き続けていたのに。」


「お兄ちゃん、ゆっくりすればいいのよ。これからここで暮らすんだからここのペースで。」


「そうだね。そういえばシャロンはここに来てから熱をださなくなったね。今は夏だしここの気候が良いのかもしれない。」


「そうなんだ。私やっぱり病弱なのね。もっと健康に気をつかわなくちゃ。頑張ろ。」


「シャロン俺は貴方が幸せであるようにサポートするだけです。」


「ありがとう。私も同じように貴方の幸せを願うわ。だから遠足に行っても良いよね?」


「ダメ。」


「おい。」


「おい!だなんて!良くない影響を受けていますね!やっぱり仕事も認めません!」


「貴方の認めはいりません!」


「酷い!」


「酷くない!明日、遠足に行きます!」


「心配だ。」


「大丈夫よ、近くの小さな山だから。毎年行ってて問題起きた事ないらしいし。」


「………絶対に危ない事に首を突っ込まないこと。何かあればすぐに神父さんに相談する事!」


「わーい!分かった、絶対に約束守る!」



って言ってたのに。


「これは完全に怒られるな。サーシャちゃん!どこにいるの?サーシャちゃん!」


朝からとてもいいお天気で私は気合いを入れてルークにズボンを借りて登山に挑んだ。登山道は明るくて舗装されているがその周りの森は深い場所も多く暗い山だった。頂上までは子供のペースにあわせて1時間弱で着き、神父さんの言う通りとても軽い登山だったがお弁当を食べておやつの果物を食べ終わった後に問題が起こった。前も見えない程の雨が降ってきたのだ。私と神父さんは慌てて山小屋に子供達を移動させて、そこで全員居ることを確認してから雨がやむまで昼寝をさせていたのだが、もう一度確認すると1人足りずサーシャが居ないという結論に至った。あの子はとても優しくて友達思いだが、うちに入ってきた時のように向こう見ずな時もある。


「神父さんはここに居てください!私が探してきます!」


「いや、私が行きます。貴方はここに。」


「神父さんが居ないときっと子供達は不安がります!だから私が行きます!」


「あっ待ちなさい!」


大人は2人しかいない中、神父さんを振り切って来たけれどまずかったかもしれない。雨が降っている上に暗いし視界が悪い。その上、夏だというのに寒い、こんな中で1人とは心細いだろう早く見つけないと。


「サーシャちゃん!サーシャちゃん!聞こえる?」


子供の足だからそんなに遠くに行ってないと思うんだけど全然見つからない。多分30分以上、雨の中を探しているが痕跡すらない。今日サーシャちゃんはいつものピンク色のワンピースじゃなくて青い長袖のシャツに黄色のズボン、ベージュの靴だった。ピンク色のリュックは山小屋にあったので余計に早く見つけないと。でもここで1番大事なことは私が怪我をしない事、サーシャちゃんを見つけられた時に私が動けないならいる意味が無い。足元も悪いし慎重に行こう。


「サーシャちゃん!何処にいるの?サーシャちゃん!」


駄目だ、雨のせいで前が見えなくなってきた。雨足が強くなっている気がする。


「サーシャちゃん!サーシャちゃん!」


それにしても具合が悪くなってきたぞ。ここに来て病弱さが仇になったな。まずい、目の前が真っ暗になりそうだ、勘違いかもしれないけど目がまわっている気がする。世界が遠のいてゆく。


「おい!君!大丈夫か?おい!しっかりしろ!」


この声は…えっと…誰だっけ?


「君は本当に無茶をするな!素人が闇雲に山に入って上手くいく訳がないだろう!」


お姫様抱っこをされる私、凄い!前世では考えられない。


「デイビッドさん?」


やっとこさ目を開けるといつもの騎士の制服ではなくて雨合羽みたいな外套を着てフードを被っている。雨でびしょ濡れの私を外套の中に入れてお姫様抱っこをしてくれているのでポンチョタイプの雨合羽なのかな。申し訳ないな私のせいで服が濡れてしまう。


「あの…どうせ濡れてるので外套から出してください。デイビッドさんが濡れてしまうのが申し訳ない。」


「君は馬鹿か?これ以上濡れて冷えたら死ぬぞ。」


馬鹿って言ったか?君は今。それに大袈裟なやつだなぁ。さすがに死にゃせんだろう。ていうかズンズン迷いなく上に行くのはなんで?この人とても凛々しい顔をして道に迷ってる?


「すみません、デイビッドさん私たちはどこを目指しているのですか?」


「君と神父と子供達が居た山小屋だ。雨が酷くなっていて下では通常ではありえない場所に川ができている。だから今おりると危ない。神父と子供達は一瞬雨足が弱くなった時に全員、山をおりる事ができた。その時、君の話を聞いて、神父がすぐに山に戻ると言ったんだが代わりに俺が君を探しに来た。」


「ありがとうございま…えっ?全員?」


「ああ、1人居ないと思ったのは早とちりだったな。隠れて遊んでいたらしい。さあ着いたぞ。」


デイビッドさんが私をおろしてくれた。確かに山小屋に戻ってきている。さっきまで外套の中にいたので自分がどこにいるのかあんまり分からなかったが。


「よかった…サーシャちゃん。安心した。」


本当によかった。大事なお子様をお預かりしているのに遭難させたなんて恐ろしくて、恐ろしくて、責任を問われると一瞬思ってしまったのは私が最低で腹黒いからだ。純粋に心配が8割、その恐ろしさが2割といったところだな。


「ああ、だが俺たちは山をおりる事はできない。君が思いの外、森に入り込んでいて探すのに時間がかかってしまった上に雨が強くなってきたからな。」


デイビッドさんが後ろから山小屋に入ってきて扉を閉めて靴を脱いでいる。長靴だから靴下は濡れていないようだ。私は上から下までびしょ濡れなので床を濡らさないようにひっそりと靴下を脱いで端の方で立っている。


「ええぇ!本当ですか?兄に怒られるなぁ。それにあの人1人で眠れるかしら?」


大丈夫かなルークはお化けが駄目だからなあ。


「火をおこそう。夏とはいえ体が濡れたままでは寒いだろう。それにしても君は人の事ばかりだな。自分の心配をしたらどうだ。かなり具合が悪そうだが?」


デイビッドさんが暖炉に火をつけようと木を組んでいる。山小屋には暖炉と水道、トイレのみで簡素な造りだがまあ1夜を過ごすには充分だ。


「そう見えます?マッチありますよ。」


そう言って自分のリュックを探る。ルークが色んな物を詰め込んだこのリュックは自分でも何が入っているか分かってない。革でできているので少し重いが中は濡れていない。ちょっと信じられない事にものすごくたくさん入っている。


「助かる。ああ、唇が紫になっている。」


「まあ、そうですか。確かに寒いです。」


「火を急いで起こそう。そういえば君のリュックは随分大きいが何が入っているんだ?」


「これは心配性の兄が持たせた物です。なんとか中は濡れてはいません。自分でも何が入っているのか。とにかく服が入っていたので着替えてもいいですか?」


「じゃあ1度外に出よう。」


「そこまでしなくていいですよ。目を閉じていてください。外は雨が降っていますし入口は屋根がないですから。目を閉じていてください。お願いします。」


「分かった。」


そう言って目を閉じて背中を向けてくれたので慌てて着替える。下着をサッと着替え肌着とシャツとズボン、靴下を着替えて薄手のカーディガンを着る。ルークは本当に気が利くなぁ。天才だ。


「終わりました。ありがとうございます。」


「ああ、じゃあ火起こしに戻る。」


「はい、お願いします。」


デイビッドさんが少し照れている気がするが、まあ気にせずにもう一度荷物を探る。フェイスタオルが1枚、毛布が1枚にマッチ箱1つ、ロウソクが2本、ロウソクを入れておくランタンが1つ、飯盒が1つ、手のひらサイズのパンが2つ、じゃがいもが2つ、パンと同じ大きさのチーズの塊が1つ、紅茶の茶葉が3杯分位、そしてさっきの服一式。ルークは完全に私が遭難する体でいたんだね。

私はロウソクに火をつけて被せる。未だにランタンの使い方には慣れない。ルークが夜になるとつけてくれるのでいつも感謝している。デイビッドさんが暖炉に火をつけてくれこちらを見て私の荷物に苦笑している。


「ふふ、君の兄君は随分と心配性のようだな。」


「ええ、でも今はありがたいです。とりあえず紅茶をいれても良いですか?少し暖を取りたいです。」


「ああ、どうぞ。暖炉の上に飯盒を吊る場所がある。そこに引っ掛けるからその飯盒をかしてくれ。」


「はい、お願いします。」


飯盒を渡すと水道から水を入れてそのまま暖炉の上に。暖炉の前で火の番をしながら椅子を2つ並べてくれた。この山小屋椅子はあるが机がない。


「さあここに座るといい。火の近くは暖かい。」


「ありがとうございます。あと助けに来てくださってありがとうございます。」


「言っただろう。護ると。あの言葉に嘘は無い。」


「ありがとうございます。」


それにしても王都から来た人がシャーロット姫を知らないという事が有り得るのだろうか。シャーロットと私はきっと性格が全然違うからめちゃくちゃ似てるけど全然違う人だと思うだろうけど正直、彼の近くにいるのは怖い。


「さあお湯ができたぞ。紅茶はここに入れて作るのか?」


話しかけられてはっとしながら茶葉を飯盒に入れる。味は落ちるだろうが少なめの茶葉を入れてたいてしまおう。


「茶葉を入れたので少しだけ煮ます。邪道な作り方ですが今は仕方ないので。」


「そうか、俺は気にならない。君の好きなようにすればいい。そうだ俺が持ってきた物も見せよう。」


デイビッドがリュックの中から荷物を出していく。オレンジが3つ、中に何かが入っているやや大きめの紙袋、ナイフ、毛布2枚、水筒、ライターのみ。シンプルだなぁって思ったけど急いで来てくれたんだからこんなもんか。


「さあこっちの毛布も使え、更に冷えてきたな。」


2枚とも渡そうとするので拒否して1枚だけもらう。


「1枚持ってますから1枚だけ貸してください。1枚ずつで大丈夫です。」


「俺は外套がある。こんな言い方をしては悪いが君は体調を崩しやすいだろう。素直に毛布を使ってくれ。」


怖い顔で少し近付き、ものすごい圧力で言ってくるのだが…何故?それでも受けとらなかった。


「お気持ちだけで充分です。寒いのは貴方も一緒ちゃんと1枚ずつにしましょう。私は頑固なので曲げませんよ。」


少しふざけて言うとデイビッドさんが圧力をかけるのをやめ笑う。


「はは、分かった。じゃあもう言わない。さあそろそろ夕食にしよう。」


さっきの紙袋だ。デイビッドさんが上手に紙袋を破り中身が現れる。スライスチーズとハムとマヨネーズのサンドイッチとタマゴサラダのサンドイッチ、ローストビーフのサンドイッチそれにエビとアボカドのサンドイッチの4種類のサンドイッチが2つずつある。


「美味しそう。」


「ちょうど昼のサンドイッチが余っていたんだ。今日は雨で訓練もできなくて隊員の食の進みが悪くてな。余り物で悪いが誰も触ってはいないから安心してくれ。それに好きな物だけ食べればいい。残しても構わないし食べられるなら全て食べてもいい。」


8枚切りのトースト2枚で作られたサンドイッチを縦に切った状態でその内の1切れが1人分だから4種類食べると8枚切りを4枚食べプラス中身のカロリーか。いただこう。


「うわぁ凄いです。美味しそう。いただきます。」


山小屋にあったコップを少し洗って紅茶を入れて私とデイビッドさんの前に置く。1口飲んで温まってからチーズとハムのサンドイッチかぶりついた。美味しいが冷たい。これは冷たい。


「口に合えばいいが。大丈夫か?」


「美味しいです。とっても。でも焼きたいです。」


「焼く?サンドイッチをか?」


「はい。」


「好きにしろ。俺は気にしない。」


「ありがとうございます。」


飯盒の蓋で焼くというキャンパーにしばき回されそうな気がする方法で1枚ずつ焼く。水道の所にお皿があったのでまた少し洗って焼いたサンドイッチを置く。


「デイビッドさんのも焼きます?」


「えっいや。君にそんな事をさせるのは悪いから。」


「焼くだけですから。お兄ちゃんなんかあれしろこれしろって言うのに!デイビッドさんは優しいですね。でも焼きたくないなら無理強いさせるのは悪いから。」


「いや…じゃあ…1つだけ頼む。」


と手を添えられていやに恭しくチーズとハムのサンドイッチだけ渡されたので焼く。何故?


「さあ焼けましたよ。」


皿に置いて渡すとまた恭しく受け取る。本当になんで。


「改めていただきます。美味しい!温かい!」


サンドイッチは焼くに限るね。焼かなくても美味しいけども、美味しい!薄い紅茶とも合う。


「美味いな、焼いてもらって良かったよ。」


「ふふっ良かったです。」


「少し聞きたい事があるのだが、君達はどうしてこんな辺鄙な村へ来たんだ。」


いきなりだな。


「それは…。」


両親の事、病弱な事、村を知っていた事を話した。本当の事を織り交ぜた作り話だ。ていうかさっき体調を崩しやすいって言ったよねどうして知っていたんだろう?やっぱり知り合い?


「そうか、大変だったな。23歳の若さでそんな苦労を。」


まだ年齢を言っていない。でも突っ込む気にはならない。そっと流す。


「デイビッドさんはどうしてここへ?」


「私は仕える人が居なくなったからな。ここに異動願を出したんだ。隊長としてここへ来たのは2ヶ月程前からだな。」


仕える人…。これは完全にクロだが…。私は首を突っ込まないからね。君子危うきに近寄らずだから。


「そうなんですか。王都も大変なのですね。さあ片付けをしましょう。」


「凄いな。君は意外とたくさん食べるのだな。」


「ふふっ美味しかったから。」


「君はそんな風に笑えたんだな。」


優しい眼差しで言う彼はきっとシャーロット姫の知り合いだ。多分、屋敷を護ってくれていた騎士だったけど私が殺人未遂の嫌疑にかけられその時にお付きの騎士は居なくなってしまったのだろう。国を揺るがす者に護られる資格はないから。そして彼はここに異動した。そして再会した。彼は全てを察して黙っているがここでは2人きりどうしても気が緩んでしまうのだろう。


「笑えますよ。ずっと前から笑えます。」


だけど私にできることはない。彼にしてあげられる事は1つもない。私の中に彼の記憶はないからだ。だから突き放すように笑う。


「そうか。」


悲しそうに目を伏せてしまったが何も分からないフリを続けた。

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