44、ユエ
「えっと、その、一晩中の話聞いてた?」
「だからそんなに親密で彼を癒したって言うならどうして彼は人間としてこんなに破綻してるの?貴方が支えてあげていたらここまで酷くならなかったかもしれないじゃない!」
「えっ俺ってそんなに酷いの?」
「酷いわよ!」
「あっ傷付いた。しばきまわそ。」
フィンにほっぺたをつつかれる。
「私は真面目に言ってるの!」
本当に彼の傍に居てくれていたなら初めて会ったときみたいに、俺は誰も信用しないし誰にも頼らないという彼に温かい感情をあげられたかも。
ルークが消えてからずっと一人で色んな事に耐えてきたフィンがすぐに変わると思わないけど、でも何かが変化したかも。
「自分が喋れば喋るほど俺だけずっと複雑な気持ちでいるねんけど。傷付けたくないっていう話はどうなってん。」
「それなのに、貴方は傍に居ながら彼の気持ちをほんの少しでも汲んであげられなかったの?!えぇ!ずっと一緒に居たんでしょう!」
今度は私が彼女に近付いて話す。さっきまで二人の仲を嫉妬してたけど段々と彼女に苛立ちを感じる。そんなに一緒に居たのならそういう事を感じてあげてほしかった。
「聞いてる?俺の声届いてる?」
「えっと…。ごめんなさい。」
「謝った…。ちょっと引いてますやん。」
「私に謝らないで!彼に謝って!」
「ごめんなさい。」
彼女は私に謝った表情とは別人みたいに瞳をうるうるさせて上目遣いでフィンに謝る。
「良いですよ。そもそも君に癒してもらった記憶なんてないし。」
フィンは飄々としながら陰を背負って彼女を見下している。何故?
「彼女に癒してもらっておいてその態度は何!」
今度はフィンに腹が立って言う。
「えっめちゃくちゃ信じてるやん、どういう状況?一瞬で洗脳されたん?」
フィンは目を丸くさせて私の頬をつつく。
「私、貴方の傍に居たくて。」
彼女はまたフィンの腕を抱きしめて胸を押し付けている。一度でも嬉しそうにしない所がなんか…フィンって女性が好きなのかな?
「おのれまだ言うか。」
そっと彼女の体を引き離して私に近付いてくるので彼女がしてるみたいに私も腕を抱きしめて胸を押し付ける。
「えっ。」
あら顔が赤くなった。可愛い。そっと体を離し思い切り指をさす。
「貴方、彼に関わると痛い目に遭うわよ!彼はやめておきなさい!」
「おい、ほんまにしばくぞ。」
と言いながら頬をつねってくる。
「ほらね!痛い!」
「えっと、クラウンと貴方はどういう関係なの?愛し合ってるんじゃないの?」
「愛し合ってるわよ!」
「俺は不安になってきたけど。」
「私も不安になってきた。あのクラウンがこんな人選ぶかしら?」
「失礼よ!」
「確かに、俺もなんでこんな人選んだんやろ?」
「だから失礼よ!」
「えっと、じゃあもういいや。」
急に冷静になってハーフアップにしていた髪をほどいて手でとかしている。えっとどういう状況?
「急に…で自分誰なん?」
フィンは落ち着いて彼女に話しかけた。
「私はユエ。」
彼女からはきゃぴきゃぴ感が消え失せ落ち着いた様子で返事をしている。先程とはえらい変わって大人な感じだ。
「ユエ?聞いた事あるようなないような。」
フィンは軽く考えてすぐに答える。嘘っぽくない分、彼女には残酷な気がする。
「そうね、私は貴方を知っているけど、貴方は私を見たこともないかもね。」
ユエという女性はフィンを睨みながら言う。ということは、
「貴方は嘘をついていたの?」
「嘘というか、本当にクラウンに迫られて関係を…。」
私には落ち着いて優しく話す。内容はまださっきと変わらないけど。どういう事?
「おい、ほんまにええ加減にせえよ。でまかせ言うてんとちゃうぞ。」
口は悪いけれどそんなに怒っていない。ただ悲しそうではある。
「良いじゃない別に。貴方みたいな人どう思われても。」
ん?やっぱり嘘なのか?ていうかちょっと人が集まってきたぞ。
「とりあえず落ち着いて話せる場所へ移らない?」
周りを見渡すと長い時間同じ場所で言い争っているからか何人かがひそひそとこちらを見て話している。オーウェンの事があってからこういう陰口が特に怖い。
「どの口が言うてんねん、あんた一番はしゃいでましたやん。でもまああのバーにしよか。」
「はしゃ?」
彼女は黙って素直についてきてくれた。それにしても私そんなに変なことを言った?
フィンが人払いをしてウェイターのお兄さんもお客さんも表から出て行った。
多分、彼女とフィンはそういう関係ではないということだけ理解した。話は聞こえるけど姿は見えないし二人の死角になる二人とは別のテーブルに座る。
「で、何の用?俺はもう引退したんやけど?」
フィンの重い声。あまり話したくないみたいな。
「引退したからって昔の罪が無くなるとでも?」
「いや、そうは思ってへん。」
フィンの答えに彼女は少し黙って考え込みまたすぐに話し始めた。
「……私は両親の借金のせいで売られた。だけどこの街のトップがキングに代わって親のせいとか男のせいとかで売られた女達はお金を貰って解放された。今、店に残ってるのは自分の意思で働いている女達だけ。」
ルーク、早速色々始めてるのね。
「それを俺に聞かせてどういう反応が欲しいねん。」
フィン、そんな言い方…悔しいのだろうか?自分では改革できなかったから?でも……。いや、私が首を突っ込んで良い事じゃない。
「私が売られたとき18だった。婚約してて本当は結婚するはずだった。それから2年私は体を売ってお金を稼ぐことになった。あんたに売られたあの時からあんたの事を忘れた時なんてない。」
「そうか、そういう女はたくさんおるからな。しゃーないな。」
あえてなのか冷たい反応。彼女はまた黙ってしまったけど先程よりも淡々と話し始める。
「……相手をする男は店に入る前に選ばれて、それでも暴力を振るう奴とか暴言を吐く奴でもすぐにつまみ出されて女達は守られてて私は一度も殴られた事が無い。病院にも定期的に連れて行ってくれたし売られた身なのに給料もちゃんとくれて衣食住全てを綺麗に整えてくれた。私は既に18だったけどもっと子供で売られた女達は18まで下働きで過ごすって聞いたわ。これは全部あんたに代わってからそうなったって。」
「そうか。」
フィン…また素っ気ない返事。
「あんたが頑張って女達の働く環境を整えてくれた。昔から居る女達はあんたに代わって良かったって感謝してたし、私も過ごしていくうちにそう思った。男達には色々言われたでしょうけどね。」
「俺は別に。」
「私はあんたを許す。」
「それはどうも。」
「でも両親は絶対に許さない。あの彼と結ばれるはずだったそんなささやかな幸せをあいつらは自分の借金の為に……絶対に許さない。ねえ記録を見せてよ。」
「いや、知らんな。記録も取ってないし。」
「いいえ、帳簿はあるでしょう、借金を返せば街を出られた子も居た。って事は細かく借金の金額もその子の住所も全て記録してあるって事でしょう。」
フィン、外に逃がしてあげてたの?それで私を送り出すときも慣れてたのか。
「仕事で使ってた物は全部キングの家に置いてきた。」
「キングはクラウンが持ってると言ったわ。あんた彼女を迎えに行く前に全ての仕事の引き継ぎを書き残した。キングはそれを元に仕事に取りかかった。けど借金の帳簿は引き継がなかったというか最初から無かったと。だから女達は自己申告で辞められた。それも見越してでしょう。」
「忘れてただけや。それよりえらい詳しいな。キングも口が軽いわけや。」
「違うわ、私が盗み聞きしただけ。ねえお願い両親は何処なの?」
「だからいちいちそんなん覚えてへんって。」
「嘘つかないで、泣く泣く手放した親は頻繁に手紙を寄越してた。その子達は親が何処に居るか知ってるって。」
「俺は手紙を渡してただけや。住所は手紙に書いてあるやろ。わざわざ俺に聞きに来た奴なんていーひん。」
「……ねえお願い両親は何処か教えて。私はこの数年両親に復讐する為だけに生きてきた。この意味分かるでしょう。」
ユエは膝をついてフィンに懇願する。でも今までの話を聞いて教えられる訳がない。嘘でも会いたいからと言われれば教えるかもしれないけど、そんな嘘さえつけないほど恨んでいる話を聞かされたらみすみす会いに行かせる訳がない。
「なあ暗なる前にもう帰り。キングが家も安くで貸してくれてるんやろ?」
「無料よ。あんたが建ててくれたあの寮にあんたの時と同じ無料のまま。店は辞めても住んでて良いって。出て行っても良いし、ここから違う所へ働きに出ても良いって。」
「そっかほんなら、はよ自分のしたいこと見つけ。」
「あんたまだ19でしょ。私より年下のくせに大人ぶらないで。」
19!やっぱり年下だった。って今はそんなことどうでもいいんだった。どうしよう。
「自分が帰らへんねやったら、俺らは帰るで。行こ。」
急に現れて私の手を優しく引っ張る。でもこれでいいの?フィンを見上げると優しくて笑っている。でもどこか悲しい顔をしている気がする。
「ねえ本当にこれでいいの?」
ユエに聞こえないように耳元で囁く。
「俺にできることは無い。」
私だけじゃなくてユエにも聞こえるように言う。フィンの優しさだというのは分かるけど復讐する為に頑張って仕事をして生きてきただろうユエの立場に立つと私まで辛くなってくる。
「これから夕食を作るの、良かったら一緒にどう?」
私は振り返ってユエをまっすぐに見た。でもすぐにフィンが私の視線を遮り否定する。
「あかんに決まってるやろ。家がバレたら自分が危険な目に遭うかもしれへんねんで。」
ユエは呆れたように大きくため息をついた。私は少し動揺しているフィンの目を見つめて話す。
「彼女はこれから毎日朝から晩まで貴方に会えるまでヌーンの街をさまよい続けるのよ。危ない目に遭うのは私じゃないわ。分かる?」
「俺はシャロンが危ない目に遭わないなら他の奴なんかどうでも良い。」
フィンは真顔で言った。動揺もなく。
「ねえ私は大丈夫。貴方がいるから。そうでしょう。」
フィンを抱き寄せて力いっぱいギューッと抱きしめる。フィンの緊張した体がほぐれていくのが分かる。フィンって本当に良い意味でも悪い意味でも何にも気にしない人だったのに。私を大事に思ってくれているのかな?
「……分かった。ユエ彼女のシチューはあげへんで。俺だけのもんやから。出た所でなんかこーたる。」
あら可愛い。フィンをまたギューッと抱きしめる。
「あんた本当に彼女が好きなのね。さっきの言葉は撤回する私も彼女が好きよ。こんなお人好しヌーンには存在しないものね。」
あら嬉しいお言葉。ニッコリと笑う顔が今日一番可愛い表情だ。
「おい、好きとか言うな。もう彼女の事は見るな。」
と言いながら私の事を隠す。やめろ。
「あんた意外とそんな奴なのね。噂ではもっと飄々として何にも執着がなくていつ見ても死にたいって顔してるってあんたに近い女達が言ってたのに。なんだ彼女のおかげで変われたのね。」
「なんやそれ、とにかく家に来ても良いけど彼女には近付くな。」
「ふっええ。」
「笑うな!」
そこから買い物の間と家までユエはわざと私と手を繋いだままだった。フィンは珍しく終始イライラしながら後ろを着いてきた。
ユエは料理を一緒に手伝ってくれて夕食を美味しそうに食べてくれた。遅くなったら危ないから今日は帰って明日にしなさいと言うと笑顔でええ、と素直に返事をして帰った。