43、1週間
それから1週間殆ど外出せずに過ごした。私は少し外が怖くなってそれを察してかフィンも外出せず一緒に居てくれた。
あまりにも暇なので私達の家は他の家の2倍あり広いしフィンにかくれんぼしようと誘うと普通にボロ負けしたので普通に震えた。
「シャロン出ておいで。」
いつもより低く深い声。
「……。」
「出てこないと寂しくて俺おかしくなるかもしれん。」
感情がない声、怖い。
「ひぃ。」
「はい、みっけ。」
怖い。何故かくれんぼに精神攻撃?そして捕まると絶対に抱っこされて子供をあやすみたいにそのままぐるぐる回られる。
「さあ隠れておいで。」
そしてこれ、私ばっかりが隠れる方。
「大丈夫、何処に居ても絶対に探し出してあげるから。」
切れ長の一重の目がすわっている。
「はい、終了。終わりでぇーす。」
「あら残念。」
フィンは私を抱っこしたままニコニコしている。なんだか可笑しくて私もつられて笑顔になった。
「シャロンは恋人にするならどんな人が好きなん?」
「恋人?」
この街の夏の夜は割と過ごしやすくて寝間着に薄めのネグリジェだけだと寒いのでフィンにズボンを借りてベッドに入った所だった。
フィンが体をこちらに向けて聞いてくる。私を気遣って寝る前にもう一度戸締まりを確認してくれた優しい人だ。
「そう、好きなやつってどんなひと?」
「急だな、好きな人?うーん。優しい人。」
「一番がそれ?なんか…良い子ちゃんやな。」
「えっ!本当に?優しい人ってなかなか居なくない?」
「それって悲しいやつ?それとも優しいのレベルがえぐい人?」
「ええー戸締まりしてきてくれたでしょう。優しい人だなぁって思ってる。」
「あら可愛い。じゃあ俺って事?」
私の髪を手ですきながら耳に髪をかけてくれる。
「ふふふ、勘違いしても良いですよ。」
「ねえほんまに可愛いからやめて。」
フィンは頬を赤らめ照れているのを誤魔化すように私のおでこにキスをしておやすみと言いすぐに背を向けてしまった。私はその子供っぽさに笑いながらフィンの背中におやすみと声をかけて眠りについた。
「ねえ代わろか?」
「大丈夫、私だってちゃんと出来るようにならないと。」
洗濯板を使っての洗濯は本当に大変だ。ヌーンの街の家々は屋上に洗濯物を干すので洗濯するのも屋上だ。
上下水道はあるけど電気もガスもない、現代人だった私にとっては過酷な状況だったがルークとの生活で色んな事に慣れてきていたので洗濯も最初に比べればまだましになっている。
だけどフィンが一通りの家事を完璧にこなせるのは意外だった。掃除、洗濯、料理も出来る。何故あの時はクッキーしか作れないと言ったのか謎だったけど、彼はなんでも出来る人のようだ。何となく分かっていたけど一人で生活するのは苦労も多かっただろうな、色んな人を遠ざけていたのなら余計に。
「ああ、暑い。」
燦々と陽が射す中、汗をエプロンで拭い顔をあげて休憩する。
「大丈夫?可愛いね。」
フィンは私が汗をかきながら洗濯しているのをニコニコしながら見ている。私はそんなフィンを無視して残り半分の洗濯物を見てよしと気合いを入れまた洗濯を始める。
「ふふふ、ばぁ。」
フィンがふざけて私の頭の上に泡を置く。
「ちょっと!」
「ふふふ。」
睨んで注意しても私の頭に泡を足しているので仕返しがてらに水をバケツごとばしゃっとぶっかける。ざまあみろ。
フィンは右手で顔にかかった水を拭ってそのまま前髪をかきあげる。ああ、かっこいいなぁ。
「うわぁ。派手やなぁ。俺はここまでしてへんやん。」
「一緒でしょ。私だって結局はずぶ濡れにならないと泡を落とせないんだから。」
「凄い考え方や。まあ暑いから良いけど。」
「ふふふ。ごめんね。」
「謝らんといて俺もしたし。」
後ろから私を抱きしめているというかびしょびしょの服を私に引っ付けている。わざとか?
「私の服で拭いてる?」
「あっばれたか。俺から仕返し。」
ニコニコしながらまだ私の背中にくっついている。
「はあ。」
私は深くため息をついて放っておく事にした。
「まあすぐに乾くって、この暑さやし。」
大型犬が背中にくっついていると想像しようそれなら可愛い気がしてきた。ふわふわで気の優しい大型犬。
それにしてもおだやかな時間が流れているなぁ、数日前までは外が怖くて部屋から出られなかったのに。
「フィン好きよ。」
「俺も。」
後ろかギューッと抱きしめられる。フィンは私の洗濯が終わるまでそのまま私に引っ付いていた。
日用品や食材はゲイルが何かを察して様子を見に来てくれたときに二人で申し訳ないと頭を下げてお願いした。ゲイルは慌ててそんなしょうもない事で頭を下げなくていいと言ってすぐにどっさりと新鮮な食材や日持ちする物を買ってきてくれた。
「ねえシャロン今日は何を作ってくれるん?」
「今日は朝晩が涼しくなってきたからシチューを。」
「だったら赤ワインとトマトがいるな。買いに行く?」
そっかシチューといえばビーフシチュー系のあの色のシチューなのか…私はてっきり小麦粉で作る白い方を考えてた。牛乳は定期便みたいなのが2日に1回くるし。
私があまりに黙っているのでフィンが私の顔色を窺いながら聞く。
「えっと…違った?」
「あっいや、大丈夫。」
「シャロン本当の事を言って。」
私の手を両手で包み優しく言う。そんなに大したことじゃないのに、優しいなぁ。
「私が考えていたシチューは白いの。でも貴方がそっちを食べたいなら作るわ。」
「白?えっと珍しいけどシャロンが考えてた方を作ってほしいかな。」
「じゃあ白いシチューにしましょう。」
「オッケー材料は?」
「えっと小麦粉、牛乳、人参、玉ねぎ、ジャガイモ、今回はベーコンで作ろうかな。」
「あかんわベーコンは朝に使ってしもてる。」
「うわそうだっけ?」
「そろそろ外に出て買い物に行くか。」
「そうね、いつまでもこうしてる訳にいかないし。」
「じゃあ行ってくるわ。」
「一緒に行くわ。」
「えーでも。危ないやん。」
「フィン一生そんな事を言い続けるつもり?」
「…せやな、じゃあ行こか。」
「ええ。」
観光向けの門の周りのお店はキングの家の辺りより価格設定が高いけど奥に行く元気も勇気も今日はないのでこの辺りで買い物を済ませる事になった。
「そういえば服を買いに行ったときのシャロンの顔。ふふふ、一生忘れへんわ。必死に道を覚えようとキョロキョロソワソワして。」
「ちょっとあの時の貴方酷かったわよ。覚えてる?暴力の事よりも脅迫が本当に酷かった。そりゃ逃げたくもなるわよ。」
「そうやね、俺はずっとああやって街を守ってきたから。ごめんやけどあの状況もう一度陥ってもあれは間違ってないってまだ思える。」
「うん。」
「ごめんね。でもシャロンに対しては正しくない。殴ったり脅したりもう二度としない。」
少し悲しそうに笑うフィンに罪悪感を覚えた。この事は何度も謝ってくれて反省もしてくれているのに、でも逆にこの話以外でフィンの悪い部分が見当たらない。恋は盲目と言うけれど本当にそうなのかも。
「…フィンは偉いね。私に過去のことを何度なじられても怒らないし。ごめんね。」
「急にどうしたん?」
「フィンは私よりも大人だなって思って。」
「ふっ可愛いなぁ。そんなに気を遣わなくて良いよ。俺は言われる事をしたんやから。」
「でも、私はなるべくフィンを傷付けないようにしたいの。これからずっと一緒に居るんだからお互いを尊重しあって生きたいの。だから私もう言わない。」
「ありがとう。」
とフィンが私を抱きしめようとしたときだった。
「この浮気者!!」
女性の甲高い声が辺りに響いた。声の方を見るとフィンと同じ黒髪をハーフアップにしてきちんと化粧をしているが猫目に少し前髪がかかっている。ピンクのリップがあまり似合っていない。服は薄い水色の半袖でパフスリーブになっている膝丈のワンピースにぺたんこのブラウンのパンプス。誰?私達の返事を待たず、すぐにもう一度叫ぶ。
「ちょっと誰よこの女!!」
そしてフィンの腕を掴み私と引き離し私をビンタしようとしたので咄嗟に目を閉じる。
「…。」
一瞬の静寂、そして痛くない。目をぱっと開くと、フィンが掴まれていない方の手で女性のビンタを阻止していた。ありがとう。
「おい、俺に突っかかってくるのはええけど、この人に手を出すなら殺すぞ。」
「ちょっと!それが自分の恋人にする態度なの!」
「恋人?」
「へえ俺が?お前の?」
あ、怖いニッコリ。フィンは動揺もせずに堂々としているけど私は正直、どうして良いのか分からない。フィンはクラウンで賢くて格好いいしモテるだろうし彼女の一人や二人もしくはもっとたくさんいたっておかしくない。って急に考えたら悲しくなってきた。だからか彼女はこちらに切り込んできた。
「あれぇ他に女が居ると知らなかったの?身の程知らずね。」
「えっ。」
彼女の発言にびっくりしてフィンを見ると先程と変わらずいつものニッコリを貫いている。既に彼女の手を振り払い距離をとっているが。彼女の方は私の動揺につけ込んでマウントの様なものをとってくる。
「ねえ、彼の事、満足させてるの?彼ってキスが好きでしょう。体のあちこちにされると私本当に。ふふふ。」
一瞬、フィンが他の女性達、特に前に居るこの女性と関係を持っているところを想像してしまった。どうしよう辛い。
「ねえ、俺がほんまにこいつを抱いてると思う?」
ニッコリのままフィンが言う。いつの間にか彼女が見えないように私の視線を塞ぐように前に立っている。
「照れなくて良いわよ。貴方の事とてもよく知ってるわ。色んな事を分かり合ったわね。」
フィンの後ろからひょっこりと顔を出しニヤニヤ私に言う。
「分からない。ヌーンの街の貴方は何をしてたか分からないもの。」
「俺が言った女性と関係を持った事がないっていうのは信じてくれへんって事?」
「信じてるけど、貴方がそもそも魅力的過ぎるのが良くないと思う。絶対にモテるでしょ。」
「うわぁ。いつもの一言は余計やけど今のは最高やね。もっと聞いてたい。」
私の腰を抱き寄せて私の首に腕を回して肩に自分の顔をおいている。そしてこの状況で一人ニヤニヤしている。
「ちょっとふざけないで。彼女は誰なの?!」
私はフィンの態度に少しイラッとして体を離す。その瞬間に私の体をぎゅっと抱き寄せ耳元で囁く。
「俺も知らんし多分、向こうも分かってないと思う。さっきから名前で呼ばへんし。ちょっと今だけ名前呼ばんといてな。」
急に真面目な顔でしかも知らないの?どういうこと?じゃあ彼女はなんなの?
「分かった。」
彼女は悔しそうな顔をしていたけどすぐに気を取り直して笑顔でフィンに言う。
「照れなくて良いのにねえ私の方がいい女でしょう?前みたいに私と一緒にいましょう。出て行ったの許してあげるからまた一緒に暮らしましょう。」
フィンの腕を掴んで胸を押し付けている。フィンはうんざりした顔で私を見ている。彼は女性は傷付けないと決めているからか彼女を押したり振り払ったりしない。さっきは私をビンタしようとしたから振り払ったみたいだし。
「おい、ええ加減に。」
「ちょっと!前みたいにってどういうこと。」
「私、彼と暮らしていたの。毎日毎日一晩中愛し合って癒してあげた。」
彼女がより一層体をフィンにくっつけて揺れている。
「だったらどうして家族になって彼を幸せにしてあげなかったのよ!!」
「え?」
「え?」
二人があまりにもきょとんとしているので私も同じようにきょとんとしてしまう。
「え?」