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42、二重スパイ


「さあそろそろ出てきてもらえますか。」


 オーウェンは後ろ手に玄関の鍵を締めて前に立っている。フィンの手をギュッと握る。フィンもギュッと握り返す。どうしよう汗が止まらない。きっと手汗もびちゃびちゃだ。


「さっき声を聞いてるから居るのは分かっていますよ。それにあなた達二人に話があるんです。クラウン、そして麗しのシャーロット様、私は学園会で一緒だったオーウェンです。今は王城にてアーサー第一王子の秘書官の補佐をしています。一緒にダンスパーティーのチケットのもぎりもしましたし海にも山にも行きましたよ。」


 返事をするか悩む。フィンに手を引かれたのでやはり話さない方がいいらしい。オーウェンは玄関扉の前で腕を組んで楽しそうに話している。


「ずーっと一人で話してるんですけど。私はあなた達が話してくれるまでここを動くつもりはありません。そろそろ観念してください。他人が家に居続けるのはさぞかし気分が悪いでしょう。」


 クスクスと一人で笑っている。フィン、どうしよう。フィンに私の不安が伝わったのか手の甲を指でトントンとしてからフィンが口を開いた。


「さっきからシャーロット様がどうとかこうとか何の話だ。」


 訛りが無いしいつもよりずっと声が深い。オーウェンが声の行方を探しながら目を細めて笑っている。


「ふふふ、残念ですがこんな街の情報なんて金と暴力でどうにでもなりますよ。若くして一人で街を治めていた貴方なら分かっているでしょうクラウン?」


 そうですか、でもまだ来たばっかりなのにと思ったけど来たばっかりだから目立つのか。


「俺はクラウンではない。二人が逃げる時間稼ぎでここにいるだけ、貴様に姿を見せるつもりはない。」


 そういう設定ね。なら私は声を出さないようにしないと。


「残念二人にお会いして話をしたかったのに。ですが本当にお二人を逃がしたのであればそんなに緊張しなくてもいいんじゃないですか?」


 はい怖い。真っ直ぐにこっちを見ている。一応、手があるだろう場所を確認するがまだ見えていない。

 そういえばオーウェンが普通に話しているのを見るのは初めてかもしれない。というかそろそろ学園会の事を誰かに聞くべきかもしれない。ルークかあの処刑人の彼、そうじゃないと本当にあった事かどうか分からない。


「なんと言われようが既に二人はここにいない。」


 フィンは落ち着いてオーウェンと話している。私は不安でいっぱいなのに。この状況で落ち着ける度胸が私もほしい。


「残念、特にシャーロット様に直接お話したかったのですが、会わせていただけないのなら仕方ないですね。まわりくどい事は抜きにして貴方に単刀直入に伝えましょう。二重スパイになろうかなと。」


「二重スパイ?」


「ええ。アーサー王子は成金の婚約者の力で金払いがとても良く何でも言う事を聞いていたのですがふと、姫様が学園会で私に笑顔を向けてくださり優しくしてくださった事を思い出して、そんな人がこんな汚いスラム街に流刑にされた事に対し哀れに感じてしまって微力ながら助けになれればと思いここまで追いかけてきました。」


 おいおいと泣くふりをしている。処刑を免れた道をフィンが作ってくれて早速変化している。だけど信用はできない。彼はお金で動いている筈だ、今だってお金で命令されて私達の事を監視しに来たに違いない。


「二重スパイなど、そんな事をしてお前にどんな得があるというのだ。見え透いた嘘をつくな、罠にかけようとしているならば消え失せろ。」


「実は私、学園時代からシャーロット様をお慕いしておりました。」


 え!声が出そうになって慌てて手で口を塞ぐ。フィンと繋いでいた手を離してしまった。

 ああーはぐれてしまった!透明なのに!


「ふん、下民が姫に恋だと?身の程知らずが。反吐がでる。」


 あれ?フィンさん?なんか?どういうキャラ設定ですか?と考えていたその瞬間にぐっと手を引かれて背中から包まれ後ろから一瞬何か頬に掠ったなというキスをされたのが分かる。嫉妬?


「そうですね貴族とはいえ私からは遠い存在。ですがシャーロット様をお慕いしている人間は私だけではなく他にも多く存在しておりました。というよりは学園会の者は殆どがシャーロット様に夢中でしたね。」


 なんか…シャーロットが素敵なのは分かるけど流石に盛ってないかな?そんな殆どって、本当の意味でも違う意味でも姫だったのかな?


「揃いも揃って馬鹿しか存在しないようだな。」


「ふふふ、外から見ればそうでしょうね。でもシャーロット様は愛されていましたよ。シャーロット様の屋敷に居たメイド達も王城にて秘書官をしていた者もその補佐官二人も、王城でのメイド達も、元々は学園会で関わりのある上級生や同級生、下級生です。男女関係なくシャーロット様に奉仕したい者ばかりでした。いえ奉仕したいというよりはせめてお近くにいたいという願望からでしょうか。」


「先程から何が言いたい?」


「私もそうです。私もシャーロット様のお近くにと思って王城へ。ですがあてがわれたのはあの愚かな王子の方。口を開けばシャーロット様の悪口。自分の事を棚に上げてシャーロット様以外にもデイビッド様やケネス様の事もあの婚約者とゲラゲラと下世話な話をしていました。」


 あえてなのかフィンの質問には答えない。


「……。」


 フィンは飽きてきたのか後ろから私を包んだまま頭に軽くキスをしたり肩を揉んでくれたりしている。

 過去を知らない私は全てを信じられなくても聞いておかないと。


「ってすみません。少々話し過ぎましたね。感情が昂ってしまいました。では本格的に私の事を売り込みましょうか。ヌーンに来たのは昨日です。それからこちらの家を突き止めお二人が結婚している事、流刑の割に幸せそうな事からこの結婚が合意で何故か二人が愛し合っている事、という事は結果、ここに来る前からお二人は関係を持っていた事が推測されます。という事はつまり。」


 溜めんな。


「軽薄な男だ。」


 これは単純にフィンの感想。


「ふふふ、自分の仕事ぶりを聞いてもらえる事が嬉しくて。お許しください。」


「で、続きはなんだ?」


「ヌーンへの流刑が仕組まれたものでシャーロット様は苦しむ事なく幸せに過ごしており第一王子の婚約者の毒殺未遂という大きな罪の罰には値しないと報告しなければならないという事です。私がここで王子を裏切らなければの話ですが。」


 そうきたか……。


「王が処刑ではなく流刑にすると認めそれが執行された。それを蒸し返すという事は王子は王に楯突く事と同意では?」


「ふふふ、でもあの王子はきっと蒸し返します。馬鹿なので。王子としてはシャーロット様が奴隷になっていて身も心もボロボロになり数年後には亡くなっているか、見る影もない程変わっているかしないと許さないですね。」


「姫様は流刑になった時点で他人だ、もう既に王位継承権もない。冤罪という危ない橋を渡り処刑を要求した。そこまでして姫様を消そうとしているのは何故だ?」


「それを言えば私は完全に二重スパイになりますよ。」


「なら話さなくていい消えろ。」


「おやおや、冷たいですね。でも仕方ないか手付金代わりにお話ししましょう。」


 絶妙に嬉しそうなのできっと話したいだけだな。


「話すなと言っているだろう。」


「彼は種が無いんです。子供ができない体なんです。」


 なんの抵抗もなく喋った。


「アーサーがか?」


「ええ、とても悲しい事です。私もこれだけは心から可哀想だと思っています。彼は学園に通っていた間ずーっと女性をとっかえひっかえしていました。体の関係をもった女生徒や教師は数え切れない程です。それに女生達も王子が相手なら話が違ってくるのでしょう、皆、王子を受け入れました。子供を授かればその後の人生は苦労なく過ごせます、なのに一度も子供を授からなかった。」


「だから子供を授かる事ができる可能性のある姫様を消す事に執着しているのか。」


「ええ、そうです。これこそが常に王位継承権が危うい理由。王にだけは知られたくない秘密。王家は血筋にうるさい所があります。王子は子供について何か手を考えているようですが、どんな手を使っても王家の血は流れません。」


「そんな理由で姫様の命を奪おうとするとは。」


「彼は言うまでもなくシャーロット様より劣っています勿論、体の事ではなくて。ただ第一王妃の息子というだけでそれ以外にシャーロット様に勝てる所がない。彼は凡人です、しかも努力をしない凡人なのです。シャーロット様も違いはありません普通の方です、でも努力家です。それだけの差で学年トップのクラスと金を握らせてギリギリ入った平均のクラス。その努力の差は明確に仕事にも影響を及ぼします。」


「それで姫様を。」


「ええ。愚かな考えです。努力をせずに王位を継ぐという考え方には虫唾がはしります。」


「ふっそれが己の上司に対する言葉なのか。」


「ふふふ私は王子に対して尊敬も信頼もないので、それでも上司です。私は上司の大きな秘密を打ち明けました。この世で数名しか知らない。これが知られれば私は貴族の称号を失うばかりか命をも失い両親、家族、子孫、全ての血筋が路頭に迷う。それ程の覚悟で二重スパイを申し出ていると分かっていただきたいのです。」


「俺はヌーンの田舎者だ。王子の秘密が真実かそもそも本当に秘密にされているのか知る由もない。」


「そうですね、ですが私がシャーロット様を想って行動を起こしているという事だけは信じてほしいと願ってます。」


「お前の働き次第だろうな。」


 オーウェンがまた後ろ手に鍵を開けて扉を開く。


「ええ分かっていますクラウン。ではそろそろお暇します途中から面倒そうなのがまる分かりでしたし。次は直接お会いできるのを楽しみにしていますねシャーロット様。クラウンも今度は普通に話して下さいね。」


 オーウェンはフィンのニッコリに似た笑顔のまま出て行った。フィンは私の手を離して急いだ足音を立てながら玄関の鍵を締めた。


「一旦戸締まりの確認してくる。後、他に誰か居ないかも見てくるわ。ちょっとだけ待ってて。」


「ええ、ありがとう。」


 というか最後のあれは何?私達はまだ透明のままだし姿は見られてはいない、声は聞かれたけど。オーウェンは、二人を既に逃したというのが嘘だと最初から決めてかかっていたという事か。まあそれもそうか唯一の出入口は自分の後ろにあって他に外に出られる所がない。1階の窓は防犯の為に鉄格子が外に付いているし勝手口は無い。

 となればまだ家の中に居てこの話を聞いているに違いない、私の頭でこの答えに辿り着くのだからオーウェンであればすぐに気が付くか。って事はフィンもすぐに気が付いていた。だから今、落ち着いて戸締まりと隠れた誰かが居ないかを冷静に確認できるのだろう。


「はあ、疲れた。」


 玄関近くにある椅子にゆっくりと座る。なんだか今日は珍しく外が静かで家の中を歩くフィンの足音がよく聞こえる。その音を聞いていると私も少し落ち着いてきた。フィンがずっと落ち着いていたからかもしれない。


「これからどうすればいいんだろう。」


 二重スパイが嘘ならば赤子の手をひねるよりも簡単に私は処刑される。


「戸締まりもしてたし誰も居なかった。俺らが扉を開けてすぐに鍵を締めんと靴を履き替えようとしたのがあかんかったな。」


 フィンが目の前に来て初めて、既に自分達の姿が見えている事に気が付いた。もう少しオーウェンが帰るのが遅ければ全て見られていたに違いない。


「フィン、私怖い。初めてだわ貴方が怖いんじゃなくて貴方を失うのが怖い。」


「ありがとう。一言多いけど。」


 と笑いながら私のおでこにキスをする。


「こんな感情知らなかった。本で読んだ事はあるけどまさか私がこんな…。」


 私は子供のようにフィンに抱きつく。このままではまたフィンを失うかもしれない。


「大丈夫俺がなんとかするから。心配しないで。」


 こういう状況に陥ると途端に言葉をなくしてしまう。フィンの言葉は嬉しいけれど私のせいでフィンまで危険な事に巻き込まれると思うと私は一人何処かで野垂れ死にする方がいいと思ってしまう。フィンの心もルークの心も踏み躙ると分かっているのに誰も傷付かずに済むのなら一人で消える事を望んでしまう。


「もう二度と一人にしない。俺が送り出したその日に処刑された。そんな事は二度と繰り返さない。」


「貴方って心が読めるの?」


「シャロンだけ特別。」


 そして優しくキスをされる。フィンの腕の中に居ると少しだけ体の中から不安が消え愛おしいと穏やかが増幅していく。


「幸せだなぁ。」


「遅くなったけど昼食を兼ねたおやつにしよか?」


「おやつ?」


「俺が唯一作れる料理。クッキー作ってあげる。」


「ええ!凄い!手伝うわ。」


「傍で見ててくれたら焼き立て食べさせてあげる。」


「わーい。」


 二人でキッチンに向かうとフィンは手際良く作り始めた。母から教わった唯一の料理というそれはシンプルで何も入っていない優しいクッキーだった。


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