38、崩壊
寝る間も惜しんで歩を進め辿り着いたヌーンの街。シャーロットはここに居る。処刑されるという情報と流刑に変更されたという情報を一度に掴んだので今もどうなっているのか分からないがここまでやってきた。
「今度こそ、今度こそシャーロットを連れ出そう。」
彼女はもう王家ではないし、僕らを阻む者は居ない。彼女を連れ出してジェイムス王に結婚を認めてもらおう。ヌーンの門番に書類をもらって中に入る。だがヌーンは広く、何処を探せばいいのか検討もつかない。
もしも……もしも体を売る様な店に売られていたら、どうにかして金を作らないと。貴族とは名ばかりの崩壊した我が家に金は残っていない。
「すみません、こんな女性を見かけていませんか?」
写真という贅沢品を見るのは初めてであろう女性や子供たちに話を聞いてみる。子供たちは不思議そうに眺めるだけで情報は得られなかったが母親であろう女性が関係があるか分からないが綺麗な馬車でキングが帰ってきたと教えてくれた。
「ありがとう、他の人にも聞いてみるよ。」
「えぇ、お気をつけて。この街を仕切っている人が変わった今、奥へ行く程、観光客には危険な場所になりますから。」
「心に留めておくよ。」
「じゃあねー。」
子供たちと母親は店の中に入っていった。買い物を中断させてしまったようだ。
「キングこの街の王。シャーロットの処刑を変更できる力を持っているか…あの女性の言う通りキングの家に居るかもしれない。」
行ってみるしかない。
「帰れ!お前みたいな観光客にお会いするわけがないだろうが!」
「そうやぞ!舐めてんのか?!あぁ!」
ドンと押されて扉から遠ざけられる。門番の二人は睨みをきかせ家の前を歩く街の人達でさえ威嚇している。本当はこの手は使いたくなかったが仕方ない。
「どうしてもキングに話を聞きたいんだこれで通してくれないか?」
二人に見せたのはここの物価では山分けしても3年は遊んで暮らせる金だ。これが僕の全財産。それでも全く変わらず無言で睨み続けている。駄目か。
「今日は帰るよ。」
「二度と来るな!」
仕方なく歩き出し裏路地に入った所で男が数人現れた。やはり街中で札束など出すべきではなかったか。
「兄ちゃん、俺らが来た理由は分かるやろ?」
「金を寄越せ。お前の様な者にとってはした金だろう。その薄汚れた布で誤魔化したつもりか。」
「俺達にとってさっきの金は喉から手が出る程ほしい、その為なら命を奪える。」
顔に黒い布を巻き付けている三人組の男達は目をギラつかせて荒い息のまま僕の鞄を見ている。
「観光客を襲ってボスに怒られないのか?」
「昨日、来たばっかりのキングなんて怖くねえし。なあ?」
「そうだあんな腑抜け。クラウンはちゃんと街の豊かさを維持してくれた。それなのに。」
「でもあいつガキの時、大人と喧嘩して勝ってたよな。」
「なんだ、ビビってんのか?」
「ビビってないし。」
それぞれが好き勝手に話す上に纏まりのない文章で呆れてしまう。
「君達は馬鹿なのか?答えが一向にでやしない。」
「そんな口が叩けるのも今のうちだぞ。」
「そうやぞ。観光客とはいえこのチョコレートで。」
「おい、それはヤバくないか?」
「大丈夫だって、バレなきゃいいんだよ。」
「へえ、楽しそうな事してるな。俺も混ぜてくれよ?」
三人が軽く揉めだしたその時だった。僕の後ろから聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「なんだテメェ………あ。」
三人は後ろの人物に気が付くとみるみるうちに顔面蒼白になった。
「おい、混ぜろって言ってんだよ!」
ドスのきいた怒鳴り声だけど馴染みのある声で自分が知ってる人物と遠過ぎて信じられない。
「キング、コイツ等事もあろうに観光客を襲おうとしていたようです。」
「観光客が幾ら金を落としてると思ってるんだ。テメェ等三人が一生働いても届かねえ金額だぞ。それを私利私欲の為に。」
「あ、キン…キングこれは違うんです。」
「なんだ?俺が納得する言い訳を言えるのか?ああ!」
「「「すみませんでした。」」」
三人組が走り去って行ったので、僕は振り向いて声の主を確認する。濃紺のシルクのシャツに濃紺の綿のストレートのズボン格好は様変わりしているがやはり知り合いのようだ僕を見た彼が先に声をあげた。
「ケネス…様…どうして…。」
「ルーク。まさか君に助けてもらうとはありがとう。」
ルークの横には如何にも腕が立ちそうな年配の男と人畜無害そうな若い男が僕らを見守っている。
「いえ。」
「シャーロットは何処?」
「お嬢様…ケネス様、お嬢様は幸せに暮らしています。どうかこのまま会わずにお帰り下さい。」
「ほう、それは随分だね。あの時は最後に会わせようとしてくれたのに。」
「あの時とはもう違います。」
「ハッキリと言うよ。僕は彼女を連れて行く、もう誰にも邪魔はさせない。」
「あれから1年経ちました。変わってしまった事もあります。」
「彼女が心変わりしたと?」
「お嬢様は悲しく辛い経験をして記憶を失ってしまいました。その時に私の弟がお嬢様を傍で支え続けていつしか愛し合うように。」
「…愛し合う?」
「ですからあのお嬢様にはケネス様の記憶もあまり残っていないのです。ケネス様と一緒に過ごした記憶も断片的です。」
「それでも会いたい。会うまで帰らない。」
「分かりました。呼びますので一緒に待ちましょう。」
「分かった。」
ケネス様を応接室に一人残し二人と一緒に廊下へ出る。ノーマンはさっと自分の部屋に戻ってしまった。
「ゲイル誰にも後をつけられないようにお嬢様とフィンを連れて来てくれ。居場所を知っているのは俺とお前だけだ。」
「分かった。」
「お願いします。」
「キング、敬語はやめろ。もうお前はここの長だ。誰にも舐められるな。」
「分かった。」
「じゃあ行ってくる。」
「シャロンは何が得意なん?」
「得意?うーん得意か分からないけど、料理をするのは好き。」
「えーなんか作ってな!」
深夜に食べたからか何も食べる気になれずお茶を淹れて寝室でゆっくりと飲みながら話している。フィンは何を言っても何をしても常に褒めてくれる。自己肯定感が上がっている気がする。
「勿論。」
「シャロンは可愛いなぁ。」
そう言って軽くキスをするフィン。もしかしたら私達はハッピーエンドに辿り着いたのかも。これから婚姻届を二人で出しに行って新しい生活を始める。
「そろそろ着替えて出かけない?」
「うわぁまだイチャイチャしてたいけど、そうやね準備しよ。」
「フィンいつもありがとう。」
「急にどうしたん?」
「ううん、何でもない。」
「あんまり深く考えたらあかんよ。なるようになるって。」
フィンがまた軽く私にキスをしてキッチンへマグカップを持って行ってくれた。その背中を見届けて私は先にウォークインクローゼットに入り服を決める。
本当は分かっている、ハッピーエンドはない。私も彼もたくさんの大きな問題が残っている。だから家も門の近くを選び信頼できる二人にしか住所を教えないと徹底してる。そんな状態の二人に幸せな終わりなんて…。
「あれ、まだ着替えてなかったん?手伝おうか?」
ぼーっとしている内にフィンがクローゼットに入ってきていたようだ。そういえばちょっと疑問に思っていた事を聞いてみよう。
「ねえどうして私を好きになったの?」
私の服を選んでくれているフィンに問いかける。フィンは私を見て答えてくれた。
「急やね。せやなぁ。一番は強いとこ、優しいけど強い。俺を怖いと思ってても逃げへんし差別視しない平等な目線で居続ける事ができるとこ。」
結構、ちゃんとした理由だ。もっとしょうもない理由を言われると思っていたのに。
「ありがとう。」
「あえてシャロンは?とは聞かんとくわ。」
と言うとまた私の服を選んでくれている。
「あら、えっと…。」
「ほらな。」
前を向きながら呆れた様に笑っている。
「ちょっと持って。うーん、可愛いとこかな。こんなに怖くて危ない男なのにたまに可愛い。」
「なんやそれ。」
私に服を着せながらまた笑っている。
「後、割と真っ直ぐな所。それは格好いいと思う。」
「なんか照れるなぁ。」
と頬を赤らめている。
「そういう所が可愛いと思う。」
「ありがとう。さあ着替え終わったよ。」
「いつの間に。ありがとう、じゃあ出しに行く?」
「うん。」
二人で出かけようとした時にあの時のもう一人の守衛さんが現れた。
「フィン、それにシャロンさんですね。キングがお呼びです。」
「あらぁもうお呼びですか?意外と根性なしやなぁ。」
「キングの家まで来てもらう、今すぐに。」
「ええけど、その途中の役所に絶対に寄るから。」
「駄目だと言いたいところだがお前が言う事を聞かないのはよく分かっているから許そう。その代わり急げよ。」
「ありがとうゲイル。」
まあどちらにせよヌーン内の移動は歩きなので時間はかかるしね。無事に役所で婚姻届を出してからキングの家に着いた。
「じゃあ中に入ろうか。」
「それにしてもフィンまで家を出て行かなくても良かったんじゃないのか?」
「ゲイルだけよそう言ってくれるのは。」
「お前は本当に…シャロンさんコイツが何かしたらすぐに言ってくださいね。」
ゲイルがキングの家の玄関を開けてくれたので中に入る。
「ふふふ、はい。ありがとうございます。」
「シャロンまで酷い。」
ゲイルが階段を上がっている途中で後ろからムスッとした声が聞こえてきたので止まって、階段の同じ段に来た時にフィンをギュッとしておく。
「フィン何かあっても絶対に一番に話すわ。あなたの事でイラッとしたり悲しくなったり傷付いても一番に話す。だって私達はもう家族だもの、できれば私達二人で解決したいの。無理な時は皆に相談しましょ。」
「うん。そうやね。俺達は家族やもんね。」
フィンが私にキスをしようとするとコホンと咳が聞こえた。
「新婚さんここではやめてもらえるかな。」
「あっすみません。」
「ゲイル!いいとこやったのに!」
「来たか。」
私達が騒がしかったからかルークが扉から顔を出した。そしてそのまま出てきて扉をパタンと閉める。
「ルーク音を上げる早すぎちゃうん。なんかあったん?」
「お前は後でぶっ飛ばすからな。でも今はそんな事言ってる場合じゃない。お嬢様、ケネス様がいらしています。」
「なんですって。」
「随分と嬉しくなさそうだね。」
扉からさっきと同じ様に顔を出したケネスが私に言う
「ケネス、どうしてここへ?」
「君を迎えに来た以外の答えがあると思う?」
「そ、それは。」
圧力をかけられながら話しているとルークが間に入ってくれる。
「ケネス様とにかく中で落ち着いて話しましょう。それができないのならお引き取り願いますよ。」
「分かった。言う通りにするよ。」
フィンはさっきから私の手を握っている。それを見てケネスは舌打ちをして中に入った。私とフィン以外は中には行ったがフィンが中々進まないので顔を見上げるとニッコリしてヒヨコにされた。
「シャロン笑顔でね。可愛い顔しとき、ね?」
「分かった。」
「よしじゃあ行こか。」
頬にキスをされた。よし行こう。二人で仲良く中に入った。