37、新居
「フィン、ここは?」
フィンに介助されながら馬車から降りるとヌーンの街の中でも門側、観光客向けのお店が並ぶメイン・ストリートの近くの住宅街だった。
明るい雰囲気だし、キングの家の周辺よりは治安が悪くない、そんな場所に住宅が並んで建っている。ヌーンにある建物の殆どは、三階まである一戸建てが二つくっついて等間隔に並んでおり、その周りに道がある碁盤の様なもっと細かくした京都っぽい整備がなされているのだが目の前の家は他と同じ様に一戸建てが二つくっついているが玄関が一つしかない初めて見るタイプ。って事は二棟分?広いって事かな?
ちなみにお店とかは一階部分を改装してお店にしてるって感じ。だから二店舗ずつ店が引っ付いている。
「俺らの愛の巣やん。」
フィンはさっきからずっとニコニコしている。馬車はフィンが操っていたので他には誰もいない。馬は明日というか今日の朝一番に街の門の外に繋いでおく約束になっている。馬主さんが馬車と馬を回収しに来てくれるこのシステムがヌーンでは主流らしい。
「なんか言い方が気持ち悪い。」
フィンに八つ当たりをして申し訳ないけど、眠いしお腹空いたしドレスが重いしで私は少し不機嫌になっている。フィンは私をなだめるようによしよししてくれる。
「酷いなぁ。荷物入れるから先に入り。家具は備え付けのがあるから座ったら?疲れたなぁ可哀想に。」
持ち物は殆どルークがお金に換えてくれたらしく私の荷物の麻袋5つは全てお金だし大きな革の鞄の中身も殆どお金しか入っていない。多分、ヘルトの村に服が数着あったのかもしれないけど。
フィンが既に麻袋を二つ馬車からおろしている。革の鞄は自分で馬車からおろして家の中に入った。
「ありがとう、じゃあ一旦着替えてもいい?このドレス重くて本当に疲れる。」
「ええよ。」
フィンは続けて、てきぱきと荷物をおろし始めた。自分の荷物は既に入れてあるみたいで何も持ってきていない。
「フィン、本当にありがとう。」
中の造りはキングの家と変わらないけど二つ分なので中が広い。引っ付いている部分の壁も取り払っているので廊下が長い。
廊下にある椅子に座って大人しくする。今、気が付いたけどこのドレスは一人で着替えられないわ。
「これから色々飾ろうな。シャロン。」
最後の麻袋を持ちながら中に入って玄関の鍵を閉め振り向いた時に座っている私に気が付いて横の椅子に座って少し休憩している。
「ていうかまだ婚姻届出してないんじゃない?」
「明日出しに行こうな。」
「私が断るかもって思わなかったの?」
「うーん、でも記憶があるんやろ?」
「ええ。」
「ほな俺を好きやろ。さあ着替えるの手伝ってあげるわ。気が付かんくてごめん。」
凄い自信だなぁ。でもまあそうかな?
着替えようと案内されたのはウォークインクローゼットだ。凄いお金持ちみたい。数着ずつフィンが服を用意してくれていたのでそこから選ぶ。それにしても今着ているこのドレス豪華だし綺麗だが本当に重くて枷のようだ。
「ありがとう、お願い。」
「俺も着替えよほんで晩ごはんを食べよか。お腹空いたやろ。」
「こんな深夜にお店が開いてるの?」
「ああ、観光客向けのこの地域には24時間営業の店があるねん。街の奥の地域にはあんまりないけどな。この辺は値段も高いし。」
そういえばそうだった。もう遠い記憶過ぎて。
「高い?それってあのバーも入ってるのよね?ものすごく安く感じたけど。」
「そうやろうな、街の奥に行くとあれの半額になるで。」
「信じられない……ちょっとまって…もしかしてめちゃくちゃ賃金が安いって事?」
「ここでなら充分に暮らせる給料やけど外の世界では生きていけないような金額って事かな。この辺の店は価格設定も高い分、土地とかの税金も高くて引かれる金が多い。」
「この街本当に怖い。」
「ごめんな。」
私を後ろから抱きしめた後、後ろのリボンを丁寧に解いてくれる。
「ごめんなさい。この件に関しては謝らせてばかりね。」
「シャロンが謝る必要はないよ。でもルークはこの街を許さないと思う。小さい頃からずっと言ってたから。あいつが変えてくれると思う。」
顔は見えないけど声が少し弾んで嬉しそうなのでルークが来た事が良い方向へ進むと確信しているようだ。
「確かにルークが来た事によって変わる部分もありそうね。そうだデイビッドが来ても会いに行っちゃだめだからね。もう二度と顔を合わせないようにしてね。」
私が今思う大事な事を伝えておく。今回は絶対に死なせたくない。
「ああ、ずっと仲介してたけど俺は引退するしルークに任せる。」
後ろから優しくギュッとされて穏やかな声で言うので少し安心する。かっこ悪くても何でもいいから死ぬ位なら逃げ回ってほしい。
「ええ、そうして。」
全てのリボンを解いてくれたのでやっとコルセットの窮屈さからも開放されて下着として着ていた薄いリネン生地のワンピース姿になった。
「わぁなんか俺が見ていいんかな?」
と言いながら後ろを向いている。可愛い。
「あーじゃあそのまま目を閉じてて。」
いつもされている仕返しのつもりで言う。
「なんかさ冷た過ぎない?」
私はフィンの悲しそうな言葉を無視して少し丈が短めのドロワーズをはきその上からフレアスカートを着た。上はシャツを着てその上からエプロンっぽいワンピースを重ねる。
「あら似合うね。町娘風?」
「もう町娘でしょ。王家から出てフィンの家系に入ったんだから。」
そんなフィンも着替えを終えている。白いワイシャツに濃いグレーのズボンを履いていていつもの危ない感じがない。
「あら可愛い。」
頭のてっぺんにキスされた。戸締まりをして晩御飯を食べる為に出かける。とはいえ5分も歩けばあの観光客向けの店が並ぶメイン・ストリートに出られた。
「何食べる?」
「何だったらお店が開いてるの?」
「あーステーキ、ピザ、リゾット、パスタ、グラタンかなぁ。美味しいのはそのへん。何がいい?」
「うーん、リゾットかパスタ。」
「じゃあリゾットをテイクアウトしよ。店がここから近くで早くて美味しいんやけど狭くていつも満員やねん。」
「分かった、ああそうだ…ねえルークは本当に大丈夫?」
結局、置いてきてしまったし一人でご飯とか眠れたのかとか急に心配になってきた。
「大丈夫、大丈夫。今頃、酒盛りでもしてるわ。皆、キングの崇拝者やからね。だから俺にあたりがきつかったし。」
「フィン。」
ギュッと手を握る。フィンが嬉しそうにニコニコして握り返してくれた。
「でももう終わり。やっと肩の荷が下りたわ。これからはシャロンの事だけ考えて生きるわ。」
「それはそれで重くてちょっと。」
「ほんまに一言多い奴やなぁ。可愛いけど。さあ着いたで何にする?」
フィンが立ち止まったお店は南国風のヤシの木やヤシの葉で飾りつけられたカフェ風のお店だった。そしてフィンの言う通りこんな深夜なのに客席は埋まっており待たなければ座る場所はなさそうだ。
「俺は大体、シーフードかチーズやなぁ。」
「じゃあその二つにして分けて食べたい。だめ?」
「あら言い方可愛い。良いに決まってるよ。」
注文を済ませて数分ですぐに作ってくれた。お姉さんにお礼を言ってまた手を繋いで帰る。
そういえばこの辺りではフィンに怯える人はいない。歩いて30分位しか離れていないのに街の奥に住んでいる人はこっちに来ないしこっちの人は奥に行かないって事か。
「ただいま、さあ早よ食べて早よ寝よ。」
「うん。もう深夜だもんね。」
リゾットは確かにとても美味しかった。フィンと二人でワインをあけて、酔いからか疲れからかすぐに眠ってしまった。