33、心の痛み
「今捕まえている貴国の捕虜は全員解放する。今すぐに。」
王が秘書官に伝えると貴族や騎士に伝え書類を作りそれを持った騎士や秘書、執事達が馬に乗り出て行った。この国は滅びかけていると思っていたがここまでとは。ケネスが開放されて我の馬車に乗ったのを確認し、また話し合い続ける。
「絹の貿易をする上で我が国には税金をのせずに取引をする事。」
「…ああ…分かった。書き記せ。」
「1年以内に養蚕の方法、絹の加工法全てを我が国に提供する事。」
「ぐ…分かった。」
「貴族や騎士、我が国から派遣した法律家と共に法整備を作り直す事。」
隣にいる我が国の法律家は公平で優秀だ。別に我が国だけに有利な法律は作らないだろう。
「ああ。もう終わりか?」
「まだまだあるぞ。長くなる。」
「分かったわ!ジェイムス王!」
「ふっよろしい。」
書紀が忙しそうに全てを書き記している。この場にいる貴族達や秘書官、メイド達、下男達全ての者達がうんざりしているのを見る事が楽しくてしかたない。これが勝ったという事。だがこれが終われば戦死した者達に哀悼を捧げて家族に褒美を与えよう。
さっきからずっと体が重い。ずっと暗い曇りの天気が続いているみたいになんだか胸騒ぎがする。早く王都へ行かないと。まだ出発して数時間しか経っていないがもうフィンに会いたい。今更だけどこんなに好きになっていると思わなかった。
「急がないと。ケネスが私みたいに処刑されちゃう。」
作戦はないが最悪、私の力で何とかするしかない。できれば使いたくないけど。水を飲みながら考えてはいるが良い作戦が思い付かない。
「やっと見つけた。シャロン。」
この声は…。既に腕を掴まれている。
「デイビッドさん…それにオーウェン?あなたどうしてここに?」
フィンは傷が治れば解放すると言っていたしヌーンを出られたのか。それで私が何処に行くかヌーンで探っててデイビッドと合流した。
「オーウェンはもしもの時の策だ。」
やっぱり。
「じゃあ学園会っていうのは嘘なの?」
「いえ学園会の話は本当です。処刑人も学園会で一緒でしたが既に殺しました。」
淡々と言うオーウェンに恐怖を覚えた。じゃあ罪のない学友を殺したって事?罪がない訳じゃないか…私を逃してくれたのだから。ごめんなさい。
「どうして…?」
「第一王子は金払いがいいので。」
「そう。」
お金か。
「さあシャロン、君はケネスを助ける為に王都へ向かっているんだろ送ってあげよう。」
デイビッドが私を抱き上げて馬に乗せる。自分の前に私を乗せたこの格好はほぼ捕まったという事か。でも連れていってくれるなら丁度いいわ、このまま素直に捕まっておこう。デイビッドは素直な私を気に入ったのか何も言わずに頭を撫でた後、馬を走らせた。
「ねえひとつだけ教えてほしい事があるの。どうして私を殺したいの?」
「教えてやろう。何も分かっていない愚かな女に。」
「ええ、お願い。」
「学園会にシャーロットは入っていた。2年生の学園会のダンスパーティーの時だ。君は薄いピンクの安物のドレスを着ていた。明らかに城内の者に気にかけてもらっていないとまるわかりな安物のドレスを嬉しそうに着てダンスパーティーの裏方をしていた。」
「シャーロット様は入り口で整理券を受け取り確認して中に人をいれる役でした。」
オーウェンが注釈を入れてくる。
「シャーロットは最後の曲、クローズのダンスの曲の時に扉を閉めて会場に入ってきた。ケネスはその時、クラスの女子に誘われて一緒にダンスパーティーに来て最後の曲もそいつと踊っていた。その女子は金持ちの家でケネスは留学の援助欲しさに一緒にダンスパーティーに来たんだ。その女子はシャーロットの存在を知っていたので愛される事は諦めていたが代わりにダンスパーティーのパートナーを要求した。」
「その女子は結局その後ケネスに恋人になる事を要求しましたが断られて第一王子に乗り換えました。すごい女子ですよ。シャーロット様に復讐をする為に第一王子を虜にしたんですから。」
なんてこと。私を陥れたあの?
「あんな成金の恥ずかしい女。その時俺はシャーロットに一緒に踊ろうと提案した。そうしたら忘れもしない、お前はこういったんだ。この曲は恋人達の愛の曲、だからお互いを見ない様に目を閉じて踊りましょう。そうしたらあなたも好きな人を思い浮かべて踊る事ができるでしょう。笑顔で俺にこう言った。そして曲が始まるとすぐに目を閉じて踊り始めた。それから曲が終わる迄一度も目を開けなかった。分かるか?俺は目を閉じていないんだ。ずっとシャーロットを相手に踊っていた。お前だけを想って踊った。それなのに!」
「……そう。」
「シャーロットはケネスを選んだ。俺じゃなくてケネスを。あいつはただの幼馴染みじゃない。産まれた日が一緒で母親達が仲良くなった。でもこれも運命だったんだろうな。ケネスの父親は王だ。」
「え?何?どういう?」
「そのままの意味だ。ケネスの本当の父親は王だ。だからケネスはシャーロットと異母兄妹になる。ケネスの育ての父親は全てに気が付いて我を失う前に姿を消した。そしてケネスが全てを知った12歳の誕生日、自分を許せなくなった母親が死んだ。周りには事故だと言っているが自殺だ。」
「そう…なの。」
「ケネスは王を憎みこの国を憎んだ。そしてこの国を滅ぼすと決めたんだ。そこでシャーロットの純粋さ優しさにつけ込みシャーロットを隠れ蓑にして王宮の内情や王と第一王子の身辺を徹底的に洗い始めた。留学を国の金で行こうと考えていたケネスにはシャーロットの恋人という肩書きも必要だった。気にかけてもらえないとはいえ王家だからな。そんな男をだ!そんな男をお前は選んだ!俺ではなく!」
「私もう何がなんだか。」
「デイビッドさんの話は嘘ではありませんよ。それに記憶を失う前のシャーロット様も知っているような素振りでしたし。」
「私は知っていたの?ケネス。」
夢の中の二人は愛し合っている風に見えたのに。
「お前はまんまと騙されたって事だ。王家を裏切る為の道具として利用された。この戦争だってケネスがジェイムス王を唆したんだ。」
「ケネスは留学中、ジェイムス王に王家が無能な事や攻められたら痛い場所等、持っている情報全てを伝えていた。この戦争は負け戦でしたがそれにしたって降伏まで早過ぎた。的確過ぎました。情報があったからです。戦争の引き金はあなたの処刑だったと思いますが。」
「ケネス。」
私は言葉を失っている。それでもケネスはシャーロットを愛していたしシャーロットもケネスを愛していたと思う。
「さあ着いたぞ王都に。」
ほぼ初めて見る王都は白い壁のギリシャ神話に出て来る様な建物ともう少し進んだ時代の洋式の屋敷が混在して建ち並ぶ都だ。
「シャーロット。行くぞ。ああ、念の為に口を布で塞いでおこう。あの力は困る。」
いつの間にか縄で縛られていて犬の散歩の様に連れて行かれる。不思議な事に街には誰もいない、微かに音がするので建物の中に人は居そうだが。大通りを歩いても人がおらず多分、辱めを受けさせたかったデイビッドは少し悔しそうに縄を引っ張る。
デイビッドが歩くのをやめて立ち止まったそこは処刑場で扉を開けて入ると私が一度入った処刑を待つ者の部屋に連れていかれた。デイビッドがニヤニヤとしている間にオーウェンが処刑人の甲冑を着始めてデイビッドも手伝っている。
「残念だったなケネスはここにいた。俺がここに連れてきた、もう居ないという事は処刑が済んだという事。次はシャーロットお前だ。」
終わった。もう終わった。ケネスは処刑されたそして私もここで処刑される。どうしてこんな事に…。涙が頬をつたって落ちていく。
「綺麗な涙だなぁ。この涙が俺のものだったら死なずに済んだのに。可哀想に。」
涙を拭いながら私の頬を撫でている。もっと警戒すべきだった。この男に処刑に全てにもっと警戒すべきだった。ルークの様に気を付けるべきだった。フィン帰れなくてごめんなさい。
「フィン……。」
デイビッドに頬をビンタされたので強く睨む。睨み返してきたがすぐにニヤつき始めた。
「あんな男…ふっふっふっハハハッ。あいつは死んだよ俺がもう一度殺してやった。」
「こ…ろ…し…た?」
全身の力が抜けて座っているのに落ちていく感覚。何を言っているの?
「その顔、まさか本当に愛していたのか?まさか!逃げる為の口実ではなく?シャーロット姫も堕ちたものだなぁ。」
「……。」
何を言われても言葉を返す事ができない。フィンがもう居ない、もうこの世に居ない。短い夫婦関係だった。家族になれたのに。私だってもうルーク以外家族は居なかった。だから嬉しかったのに。
「最期を聞きたいか?」
「…。」
いいえ。この人の口からは何も聞きたくない。そうかデイビッドとオーウェンはヌーンの街の中で合流したんだ。どうして気が付かなかったんだろう。
「面白くないな、反応がなくなった。オーウェンもういいぞ。」
乱暴に立たされて椅子に座らされる。抵抗する気もおきない。痛い、痛過ぎて力が入らない。
「はい。シャーロット様、今回の薬は本物です。数分であなたの命を奪います。大丈夫苦しまずに逝けます。」
「…。」
「本当はたくさんの人の前で死んでほしかったが仕方ないな。ではさようならシャーロット様。」
あの時と同じチクリという腕の痛み。この痛みで死ぬらしい、でももうどうでもいい幼馴染み二人に裏切られ利用されフィンはもう居ない、生きたいと思わない。
「お前!何をしたんだ!お嬢様は?お嬢様!」
処刑の椅子に座っているお嬢様に駆け寄る。頬と唇はピンクでほのかに温もりを感じるがフィンと一緒で、揺すっても名前を呼んでももう二度と目を覚まさない。その傍に嬉しそうにお嬢様の手を握っているデイビッド。オーウェンとかいう男は居ない。
「お前…お嬢様に…何をしたんだ?」
「処刑だよ、シャーロットは犯罪者だ。」
ニヤつきヘラヘラした態度で話す。
「おい、嘘だろ。これは?どういう事だ?」
扉からケネスが入ってきた。その後ろは…ジェイムス王か。
「なんだ、てっきりお前も処刑されたかと思ってたのに。シャーロットに嘘をついてしまったな。すまない。」
そう言って頬を撫でている。
「お前、何をしたのか分かってるのか?」
「お嬢様を殺した!」
「何を言われても事実は変わらない。シャーロットは死んだ。もう二度と生き返らない。もう二度と誰のものにもならない。」
「デイビッド?これがお前の望みか?シャーロットを殺す事が?お前が騎士隊に入ってしたかった事なのか?」
ケネスが泣きながら叫んでいるが俺は泣く事もできない。何が起こっているのか理解できない。久しぶりに会うお姿がこんな。
「これは現実じゃない。きっと悪い夢だ。お嬢様が死ぬ訳ない。これは夢だ。そうに決まってる。そうじゃなければ俺は…。」
無理だ。受け入れられない、誰にでも優しい俺のお嬢様。いつも身を挺して味方をしてくれた俺のお嬢様。
「清々しい気持ちだ。それにしてもシャーロットは本当に愛される女だったなぁ。」
「デイビッド!お前!」
「ケネス、さあ行こうか。俺を法で裁くのだろう。」
「なんだと?」
「俺は処刑から逃げた犯罪者を捕まえて独断で処刑した。さあ法律で裁いてくれ。俺はなんの罪になるんだ?シャーロットは刑を執行された犯罪者だ。第一王子の婚約者を毒殺しようとしたその罪は消えていないぞ。」
「デイビッド、貴様。」
ケネスが剣を抜こうとするのをジェイムス王が制止した。確かに現状ではどうする事もできない。俺もケネスもジェイムス王でさえデイビッドに手出しできなかった。
「いや、やっぱり無理だ。ジェイムス王、私は法律を捨てます。」
その瞬間、ケネスがデイビッドを短剣で刺した。心臓に刺さったのかデイビッドはそのまま意識を失いケネスは騎士隊に連行された。