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30、進み


「シャロンが何処に行ったかご存知ないですか?」


 ルークにかわされた俺は仕方なく、隣の老夫婦や教会の奴らに話を聞きまわっているのだが、口を開けば皆知らない、分からないで居場所だけではなく最近の動向すら話さない。


「ええ、すみません。お力になれず。」


 神父もこれだ埒が明かない。どうしてだ俺の方がこの村に先に居て溶け込んでいた筈だろう、それなのに何故、シャーロットを庇う?

 いつもそうだ、いつもこうなる。どこにいたって誰といたって結局、皆シャーロットを好きになる。記憶を失い人格も失ったというのにこれだ。愚かな奴らだもうどうだっていい。


「シャロンは犯罪に加担している可能性があります。隠しだてするとあなたも追われる事になりますよ。」


「そんなシャロンさんが…分かりました何かあればすぐに騎士隊へ。」


 それでも吐かないか。クソが。


「お願いします。それでは失礼。」


「ええ、お気を付けて。」


 こうなったらあの時、死ねば良かったと後悔させてやる。



「ルークさん今日は私達が見張り担当です。」


「はい。」


 挨拶だけすると騎士隊員達は外に出て行った。あれから数日、毎日、騎士隊数名が常に待機して俺の事を見張り不審な行動だと言いがかりをつけては仕事の手を止められる。あまりにも迷惑がかかるので仕事を辞めてしまった程だ。


「本当にイライラする。」


 そういえば戦争は休戦状態という名のほぼ自国が降参状態にあるらしい。近々、話し合いの場を設ける予定だそうだ。以前の俺だったら休戦を喜んだだろうがこの状況では喜ぶ暇もない。


「ルークさん隠しても無駄ですよ!」


 外から馬鹿の騎士隊に叫ばれる。だがデイビッドも手がかりがないから、俺にこういう圧力をかけているのだろう。という事は現時点ではまだお嬢様は安全なのだと信じている。いや信じるしかない。この前アンネさんから不安そうに話を聞かれたし何か綻びが出てくるのも時間の問題だろう。何より教会にいるあの親子の存在がバレたらほぼ終了だ。


「ルークさんお客様ですよ!」


 玄関の外からまた騎士隊の声がするので扉を開ける。そこには神父様が大きな紙袋を二つ抱えて立っていた。


「騎士隊の皆様にお昼を持ってきました。ルークさんも一緒に昼食をとりましょう。」


 神父様が優しく穏やかな微笑みで騎士達と俺に言う。さっきまでギスギスしていたのに神父様が来てくれただけで空気が穏やかな物に変わった。俺は一つ袋を受け取り神父様にお礼を言う。


「神父様ありがとうございます。では騎士の皆さんにもお茶をいれます。」


 さっきまでイライラしていたのに不思議だ。


「手伝います。」


 神父様がまた優しい微笑みで俺に言うのでまた騎士達に穏やかに話す。


「じゃあ騎士の皆さんはテラスで休んでいてください。神父様とお茶を持っていきますので。」


「すみません。」

「ありがとうございます。」

「なんだか申し訳ない。」


 騎士の三人も神父様にあてられたのか急に顔つきを変えて色々と俺に言いながら屋敷の中に入り庭に出て行く。神父様と二人でお茶をいれる為にキッチンに向かう。キッチンにはテラスが見える窓があるのでそこから三人が座っているのが見えた。


「ルークさん、こんな状況になってしまって村の人達も悲しく思っています。シャロンさんは教会に来る子どもたち皆から好かれています。だから皆、心配したり寂しがったりして不安そうです。」


「そうですか。シャロンの…妹の事、こんな事になってすみません。皆さんの信頼を裏切る形になってしまいました。」


 頭を下げる。デイビッドが村の人達に話を聞いているので殆どの人がお嬢様は犯罪者だと誤解しているだろう。それが俺は腹立たしくて憎い。


「ルークさん、私はシャロンさんが私達を裏切ったとは思っていません。シャロンさんは大胆で後先を考えない時もありますが、いつも身を挺して誰かを助けようとする優しくて勇敢な方です。自分自身の利益よりも他人を優先させてしまう、私はその点が少し心配でした。」


 お茶をいれる手を止めて俺の手を握ってまた微笑む。


「神父様。」


「ルークさんがネアさんから聞いた話は私も聞いています。」


「そう…なのですね。」


 じゃあ神父様は全てを知っててデイビッドに嘘を。


「ネアさん親子はまだアンネさんにしか会った事がありません。もう少し休ませてから村の人達に説明しようと思っていますが、ネアさんはヌーンの事を伏せてほしいと。」


「そうですか。」


「それと飴はまだありますかとおっしゃっていました。あるなら欲しいですと。」


「ええ、まだたくさんあります。でも何故?」


「ネアさん親子はチョコレートに依存していたのですが飴を舐めるとチョコレートへの気持ちが消えて、チョコレートがなくても生活できる様になったそうです。そもそもシャロンさんに飴をもらって頭の中の霧がはれてこの街に居たら駄目だと決心できたそうです。ただネアさんはチョコレートを食べた期間が長いからか今も少し依存を感じるので飴が欲しいそうです。」


 あのチョコレートに飴が勝ったのか。俺は食べた事はないが皆チョコレートなしじゃ生きられない体にされていたのに。という事は飴がどうこうというよりあのお嬢様の力によるものだろう。きっと食べる人が元気になりますようにみたいな事を考えながら作ったに違いない。


「では帰りにお渡ししますね。」


 倉庫にまだたくさんあるので後で包んでおこう。お嬢様は観光客なのでチョコレートも依存性のない観光客用チョコレートだろうから安全だと思うが。


「ありがとうございます。お願いします。」


「さあお茶を持っていきましょう。」


「はい、よろしくお願いします。」


 神父様、いつか全てを話さなければ。




「そういえばもうチョコレートの匂いを感じなくなってるでしょ。食べてなくても匂いで依存してまう人もいるんやけどシャロンは全然大丈夫やね。俺の言う事聞かへんし。」


 眠る前に急に何を言い出すかと思えば。私は殆ど寝かけていたのに。確かにチョコレートはそんなに気にならなくなってる。まああんまり好きじゃないから食べないけど。


「言う事って聞いてるでしょ。割と。」


「そうかな?全然俺の事を好きになれへんやん。」


 何を言っているんだ?彼なりに寝ぼけていらっしゃる?


「ねえそれより仕事に行かなくていいの?守衛の仕事全然行ってないじゃない。」


「話逸らした?守衛の仕事は週に1回あるかないかやから。あの時はシャロンが街に来たから様子見に行っただけ。シャロンが来てもう十日かぁ。そろそろ俺を好きになってきた?」


 いいえ。


「うわその顔酷いわ。無言で答えるとか。まあいいけど。」


 それにしてもルークはどうして来ないのだろう。ちょっと助けてほしい段階に来ているが。それにあの甲冑の彼、今何をしているんだろう。彼が来て数日は経つが顔を見たのはあの日だけだ。


「ねえオーウェンは元気?」


「この話の流れで他の男の名前出すか?流石にキレそう。」


 あ、怖い怖い怖い。私は怒っているフィンを無視する事に決めて布団を顔まで被る。寝よ。


「じゃあ、いいわ話さなくて。おやすみ。」


「ねえシャロン。俺は傷付いたよ!」


 ずっと何かを言っているが無視していると急に布団が剥がされてフィンが私の目の前まで距離を詰めてきた。


「もう寝ましょうよ。私、本当に眠いの。」


「嫌や、俺怒ってるし。ちなみに彼にチョコレートは食べさせてないし傷が治れば解放するよ。」


 子供みたいにむっとしているのが面倒くさいので私から距離を詰めてフィンの腕の中にピッタリと収まる。眠る時にひっつくのは初めてだ。フィンの胸に顔を埋めて目を閉じる。温かい。


「ありがとう、フィンおやすみ。」


「シャロンは本当に可愛い事するなぁ。でも俺じゃなかったら襲われてるからね。」


 あ、怖。フィンは私を抱き枕と勘違いしているのかがっしりと私を抱きしめている。


「フィンはそんな事しないと思って。あなたは女性を軽はずみに傷付けないと思ってるの。」


「そうね、言う事をきいてる子は絶対に傷付けないかな。でもシャロンは言う事をきいてもきかんでももう二度と傷付けないよ。大切にしたいから。」


 私の頭を愛おしそうになでながら言う。


「えっとありがとう?」


「なんで疑問形なん?シャロンだけ特別やのに。」


「そっか、じゃあありがとう。」


 この街の人達はいつもチョコの甘い香りがするけどフィンは違う。何というか優しい花っぽい匂いがする。香水なのかな?いい匂い。


「俺の匂い嗅いでない?恥ずかしいわぁもう。」


 どうしておばちゃんみたいな話し方に?恥ずかしいと言う割に私を離してくれないが。


「フィンは優しい香りがするね。私は好きだな。」


「なんかさシャーロット姫のくせにお嬢の喋り方せんよね。貴族っぽくないし。やっぱり俺とお似合いじゃない。俺にしとき。」


 なんだかぎこちない話し方をするので顔をあげると蝋燭の灯りでも分かるくらい顔を赤らめている。


「フィンもしかして照れてるの?」


「そんな事ないけど、よく考えたら匂い嗅がれるのは初めてやったから。なんか……。」


 えっ可愛い。たまに思うけどフィンって可愛らしいというか年下の男の子感がある。


「人の匂いって嗅がないか…なんかごめん。でもフィンの香りは好き。顔に似合わず優しい香り。」


「一言余計やなぁ。でも嬉しいなぁ俺好きって言われたの初めてかも。香りだけでも嬉しいわ。」


 好きって言われたことがない…だと。そんな事…。


「えっと、男性としてはまだわからないけど友達としては好きになり始めてるよ。」


「ふっほんまにシャロンはちょろいなぁ。」


 いつものニッコリだけど。このニッコリはフィンが何かを隠す為だと知ったから。


「誤魔化さなくていいよ茶化したりしないから笑いたくないなら笑わなくていいし。私とフィンの仲でしょ。」


「う、自惚れんな!そんなん…そんな事…。」


 フィンは子供みたいにすねて私に背を向けてしまった。


「フィン大丈夫、大丈夫だよ。」


 フィンの背中をさする。自分だったらこうされたいかと思って。


「どうせ、どうせ俺の事を置いて行くくせに。どうせ俺から離れるくせに。ほんまに酷い、酷い女や。」


 そうだな。確かにすぐに消える人間に心を開かないか。でもケネスは大切な友人だし見捨てるわけにはいかない。


「分かった。ケネスを助けたら戻ってくる。約束する。」


 フィンが寝転んだまま勢い良く振り向く。わあびっくりした。前髪が邪魔なのか髪をかきあげて言う。


「戻ってくる?絶対嘘や。そんな訳ない誰がすき好んでこんな街に戻ってくるねん!」


 拗ねる子供から駄々をこねる子供になった。出会った時は怖いお兄ちゃんっていうイメージしかなかったのに、多分年下だけど。一緒に居ると怖いというより可愛いが勝ってきてる。


「仕方ないからフィンの為に戻るよ。なんか心配だし。」


 なんだかここまで言われると私を信じてほしい気がしてきた。


「シャロンはこの街好き?」


 急だなぁ。


「うーん。ちょっと苦手かな怖いし。」


 チョコレートの依存性については恐ろし過ぎる。


「この街に友達がいる?」


「いない。知り合いもいない。」


 ネア親子も居ないし。


「そんな思い入れも何もない街に戻ってくる?」


「うん。そうしたら私を信じられるかもしれないでしょ。」


「信じられる?」


「うん。私を信じる事ができたら、段々と私以外の人も信じて好きになれるかもしれないでしょ。今よりも生きやすくなるかも今は周りを敵だと思ってるふしがあるし。」


「俺の為にそこまでするん?」


「だって助けたくて。」


「それってさ、俺の事が好きなんちゃうん?」


 もじもじしながら何を言うかと思えば。最初は嫌いだったし怖かったから、好きではないと思う。


「っていうより私が優しいの。」


 そう!私は優しいから。だってネアにも書類をあげてしまうほどだし。


「優しさで一生棒に振るん?」


「そういえば…でも私。」


 確かにどうしてこの街にフィンの為に戻ろうと思っているんだ。控えめに言ってもこんな辛くて悲しい街にどうして。


「どんな善人でもどうでもいい奴の為にそこまでできひんよ。」


「私はとんでもない善人なの。」


「シャロン、俺勘違いしてもいい?」


「だ、だめよ。」


 びっくりして起き上がり否定する。フィンも起き上がって私を見ている。


「俺、もう勘違いしてる。俺の事が好きなんやって。」


 少し距離が離れていたのにフィンがまた近付いてきて手を握られる。


「ねえ、キスしていい?」


「駄目よ。」


 ゆっくりと顔が近付いてきて、もう少しで唇が触れ合う。


「駄目なら手を振り払って。本当に俺とキスしたくない?」


 もう何度もいたずらみたいにされているのにそこまで言われると急に緊張する。


「フィン…私分からない。」


「今、俺が聞きたいのはキスしてほしいかどうか。」


 私はこんな危ない人を好きになんて。だって初対面でキスで口を塞がれてお腹を殴られてしかも銃で脅されて殺されかけたのにそんな相手を。あり得ない。

 言葉が出なくてフィンを見上げる。もう可愛い顔をしていない。潤んだ瞳で私を見ている。


「私は…。」


「大丈夫、待ては得意やから。極上のご褒美やもん。待てるよ。」


 フィンはそう言いながら私の手を左手で包むように握りなおし右手で私の頬を支えて下を向かせないようにしている。強引な男だと思っているのに拒否するどころか自ら頬を寄せた。それが合意の合図になった。

 フィンは私に今までしたことの無いキスをした。軽いキスじゃない、唇を触れ合わせて位置をずらして何度もまた合わせる。抑えられない感情を全てぶつけてくるような疑う余地もない言葉よりも重く愛されていると感じるキスだった。目眩を起こしそうな位大きな感情を受け止めて呼吸を整えた後、自分の気持ちを整理するように話す。


「私、フィンに何度か傷付けられた。」


「うん、ごめんね。あの時の自分を殺したいと思ってる。でもそれでも一緒に居てくれるんでしょ。それはなんで?」


 確かにどうしてここまでフィンに執着して助けてあげたいと思っているのだろう。別に逃げるタイミングは色々とあった筈だ。捕まるかどうか別としてデイビッドさんが来てその後を追いかけなければいけなかった筈なのにどうしてだかまだこの街に居て全てが終わればここに戻ってくるというとんでもない約束をしようとしてる。


「どうして?フィンが可哀想だったから?」


「可哀想だけ?それに散歩から帰ってきた時、俺の手をとったよね。他の奴等にどう思われるか分かってたでしょ。」


「分かってた、確かに。」


 頭の中で色んな言い訳を考えているがどれもすぐに崩れてしまう。


「シャロン、観念したら?俺から離れたくないって。」


 今度は両手で支えられて目が合うように固定される。


「最悪だ。こんな悪い男を好きになるなんて。危ない男なんて本当に最悪だ。いや認めない、私の脳はまだ認めてない。」


 私は最後の足掻きで悪態をつき目を逸らす。なのにフィンはずっと嬉しそうにニコニコしながら頬を撫でている。


「俺の初恋はシャロンやけど、シャロンも人を好きになったの初めてやったんやね。不器用同士仲良くやろうね。」


 そしてまたキスをされる、もうやめてと思ってるのに一度も拒否せずに何度もキスを受け入れた。

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