3、再生
私達は問題なく宿屋に泊まる事ができた。もう寝るだけだから1部屋でいいと押し通しルークと共に部屋に入った。本音を言えば、生前とは全く環境が違う為、部屋に何があるのかどうすればよいのか不安だったのだ。観察をしていて思ったのは電気は通っていないという事だった。薪で火を起こしているのを見たしライターやマッチでロウソクに火を灯して部屋を明るく保っている。馬車の中ではオイルランタンを使っていた。
「お兄ちゃん無理を言ってごめんなさい。部屋を一緒にしてもらって。勝手が分からなかったら困ると思ったの。」
「シャーロット様、2人きりの時は以前のようでもいいのでは?」
「駄目よ。誰がどこで聞いているか分からないし、何より人前でポロッと口から出たら私は今度こそ処刑されるわ。宿屋でも号外が配られていたでしょう。」
「そうだね。分かった、俺も気を付けるよ。」
「ええ、じゃあ寝ましょう。」
「ああ、火の始末はちゃんとしておくからおやすみ。」
「ありがとう、おやすみなさい。」
多分、彼はどういう形であれシャーロットが好きだったのだと思う。それなのにシャーロットという名前も立場も失いその上、記憶も戻らず新しい関係になる事が受け入れられずにいる。私は相当、残酷な事を彼に強いている。そう分かっていても無力な私にはこれ以上の良い策が思い浮かばなかった。
まだ夜が明けきらぬうちに宿屋を後にして馬車を走らせて村へ急いだ。ルークの努力のおかげで昼前には村にある私達がこれから住む屋敷に着いた。
青い屋根に綺麗に塗り直された白の外壁。しかも大きく立派だ。アイアン調の門もお洒落な感じ。中は少し古いが綺麗に掃除されており家具も新しく上等な物だと分かる。でもこれだとまずくないか?ものすごい金持ちだと思われるじゃないか。
「お兄ちゃんこの家具、私達には贅沢過ぎない?」
「今までの立場から考えると普通だったけれど今の俺達にはそうかもしれないね。」
「とにかく着いて良かった。さあお兄ちゃん村の人達に挨拶に行きましょう。まずは隣の人から。」
「少し休まなくて大丈夫かな?」
「大丈夫よ。それにこういう挨拶は早さが命よ。」
「そうか、分かったよ。」
宿屋で買っておいた焼き菓子をルークが持ってくれたので挨拶に向かう。私は宿屋で着替えた時からもうコルセットをしていない。襟がリボンになっている長袖のシャツにフレアのロングスカート。姿勢を正し深呼吸をしてから扉を叩いた。
「はい、どなた?」
出てきたのは少しふくよかで上品な佇まいのお婆さんだった。髪をキッチリとお団子に結い上げ首元には上品なパールのネックレスをしている。ここの辺りは大きな屋敷が多いのでこのお婆さんも裕福なご家庭なのだろう。
「こんにちは、初めまして。私達は隣に引っ越して来た者です。私はシャロン、こちらは兄のルークです。つまらないものですがどうぞ。」
多分、本物のシャーロットだったら今は特に人の目が怖いだろうが私は未だに自分の事じゃないみたいで普通に振る舞えているので逆に良かったのかもしれない。
「まあまあご丁寧にどうも。私はアンネ、ちょっと待ってね。アナタ!ちょっと来て!」
奥から同じようにふくよかで眼鏡をかけた髭のあるお爺さんがのっそりと現れた。
「はいはい、どうしたんだね。おや、こちらは?」
「初めまして、隣に引っ越してきましたシャロンです。こちらは兄のルーク。至らない事もあると思いますがどうぞよろしくお願いします。」
2人で頭を下げてお願いする。隠れて生きる為に人と距離を置くと何かあるのではと怪しまれ、暴いてやろうと思う人も出てくるかもしれない。それならいっそ付かず離れず付き合う方がいい。というのが私の考えだが。
ルークの考え的には隠れて関わらないようにしようと思ってこの村の外れに家を購入したんだと思うけど。私とルークのどちらの考えが良かったのかはまだ分からない。
「ご丁寧にありがとう。私はカーターだ。それにしてもどうして若い2人がこんな辺鄙な村へ?」
「お恥ずかしながら、私は体調を崩しやすく1週間寝たきりなんていう事も多くてそれを心配した兄が医者を呼んでくれ、空気が綺麗で静かな場所で静養した方が良いとの事でしたので、昔遠い親戚が住んでいたこの村へ兄と2人移住しようと。それに去年、両親が相次いで亡くなったので変化が欲しかったのも事実です。とても小さい頃にこの村は穏やかで綺麗な村でそこに住んでいる人達も穏やかで優しい方ばかりだと聞いていたので。」
「そう。お若いのに大変ね。でもこの村は貴方の言う通り空気も景色も綺麗で流れる時間もゆっくりだから、きっと貴方の体調も良くなるわ。」
「ありがとうございます。私もそう思います。長くお引き止めしてすみません。お忙しい所、お時間を割いて下さってありがとうございます。失礼致します。」
「いいえ、大丈夫ですよぉ。それじゃあこれからよろしくね。」
お隣さんに別れを告げて次は村長さんの家を目指す。それにしてもお隣さんいい人そうで良かった。
村長さんのお家に挨拶に行き全く同じ事を聞かれたので全く同じ答えを返した。自分の中である程度、話を作っておいて良かった。その後行った教会で神父さんには聞かれなかったので何も言わずに挨拶だけして屋敷に帰ってきた。昼前には出たのにもう15時前になっていた。
私は屋敷の中を見回す。大きい屋敷、中の家具は全て揃っていてリフォーム済み、庭には自給自足できそうな果樹園と野菜畑がある。
「ねえお兄ちゃん私の処刑が決まったのは2週間前でしょう。ここまで準備がいいのはおかしくない?だいぶ前から準備してくれていたの?」
「その…今更嘘を言っても仕方ないか。そうだよ1年前から準備していた。貴方は覚えていないだろうけど屋敷をあける事も多くなっていたんだよ。いつかこうなるとあの甲冑の男性から言われていたんだ。彼は城内の勤務だったからそういう物事に敏感だったんだね。元々、貴方が学園に通っていた時、王子と比べて貴方は少し優秀だった。だから目をつけられてしまったんだね。だけどまさか処刑だなんて予想だにしなかった。」
「そう、なの。ありがとうお兄ちゃん。本当にありがとう。」
「シャロンは俺の全てだからね。」
「じゃあ私はお昼を作ろうかな。」
「ええ!お嬢様が食事を!作る!」
「ちょっとうるさいわよ。いい加減にして。」
「すみません。以前では考えられない事なので。」
「まあ黙って見ててちょうだい。」
庭にあったトマトときゅうりを切ってサラダにする。とうもろこしがあったので玉ねぎと煮込んでルークに潰してもらって布で濾してスープにパンは宿屋で買っておいたのを少し焼いてカリッとさせる。
「美味しそうです。」
「ふふっそうでしょう。私、料理の才能だけはあるの。」
「料理の才能?そうかもしれないね。」
2人で運んでテラスで食べることにした。私は庭を見回した。ずっと憧れていた自給自足の生活。それをここでおくることが出来る。ルークには悪いけどワクワクしている。それに果樹園と野菜畑は広大で2人で生きていくには充分だ。
「美味しいよ、シャロン。」
「良かった。」
私も一口パンをかじる。美味しい、こんなに天気の良い日に外で食べる事が久しぶりだったのでより美味しいのだろう。
私はこの世界をここから学んでいこう。この世界を生きる為にここで。