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29、フィンの事


 それからフィンと恋人の真似事を始めた。フィンが初めからやり直そうと言い出した。私に自分の服を着せ服屋さんに連れて行き好きな物を何でも買ってくれると服を選び始めた。私の服は殆どネアにあげてしまったので何でもいいから露出の少ない服が欲しかったけどなんか買ってもらうのは違う気がするから金返せよ!と言ったらお金があったら逃げられるかもしれんから無理。愛で俺に依存できないなら金で依存してもらうって。くそ野郎の考え方。


「くそ野郎じゃないですか。」


 私は耐えきれずに声に出してしまった。


「うん、それでいい。」


 私の言葉に特にダメージを受けることなく淡々とフィンがこたえた。


「えっと?それではいつまで経っても私に愛されないのでは?」


 自分自身の事だというのに他人事みたいになってしまう。


「もう愛されようって思ってないから。俺が愛してればいい。」


 店内だというのに後ろから抱きついて私の首に腕を巻き付けた。とても重い、色んな意味で。細身だから軽いと思っていたのに重い。私は怖くなって彼から離れるために言う。


「試着してくるから離して。」


「えー嫌や、離れたくない。一緒に入ったらあかん?」


 ちょっと可愛い。年下の男の子の可愛さか。多分だけど。


「それは無理な相談ね。」


「もう全部見てるのに?服着替えさせたん俺やからね。顔見てあ、姫やって分かったから流石にまずいかって俺がひとりで着替えさせてん人の目に触れさせたらあかんかなって。」


 あ、急に怖い。


「えっと。それでも無理。」


「ほんまに分かりやすい顔。」


 フィンが馬鹿にしたように言うのを軽く受け流す。


「何だ顔って、表情でしょう。とにかく試着室の前で待ってて。」


「えーじゃあ待ってるわ。」


 やっと解放されたので試着室に入る。フィンが店に入った瞬間に売り場のお姉さんはクローズの看板を出して扉を閉め店内の奥の関係者以外立入禁止と書かれた扉に入ったまま出て来なくなってしまった。なので試着室に何点持ち込んでも怒られないだろう。


 買うべき服は部屋着兼パジャマの長袖のロングワンピースを数着、露出の少ない服を数着。とにかく露出の少ない服を数着!

 一通り試着し全て買おうと決めたけどよく考えたらお会計はどうすればいいんだ?

 とりあえず試着室から出るとフィンが悲しそうな顔をした。


「どうしたのその顔?」


「信じられへん。一着も見せてくれへんとか。一緒に来てるのに。」


 また後ろから抱き締められる。駄々をこねる姿は本当に子供のようだ。


「さあ買って出よう。」


「無視?酷い。」


「すみません!お姉さん!」


 私に呼ばれても出てこないのでフィンを見るとニッコリ笑って私の持っている服のタグを見てお金をレジの横に置いていく。勝手に袋も取り出し袋詰めをしてじゃあねと声をかけ私の腕を引っ張り店を出てしまう。


「えっあなたいつもこんな感じなの?」


「俺をクラウンって知ってる人はめちゃくちゃ少ないけど俺とクラウンが繋がってるって思ってる人は多くて、そういう人は警戒して喫茶店の親父さんとかさっきの姉ちゃんみたいになっちゃうかな。」


「なんか…。」


 ギュッとフィン抱きしめる。可哀想に人に避けられて生きてるなんて。


「ふっ、もっと優しくして。」


 と言いながら私を抱っこして帰り始めた。恥ずかしい。


「ちょっと恥ずかしい。おろして。」


「いいやん、誰も見てないし。」


「見てます!」


「ははは。気にすんな。」


 なんだかこの笑顔、嘘っぽくない。作り笑顔じゃなくて心から笑っている気がする。


「どうしてそんなに楽しそうなの?」


「楽しそうじゃない楽しいの!一緒にいると楽しい!」


 私を抱っこしながらくるくる回るので必死にフィンにしがみつく。その姿が可笑しいのかずっと笑っている。ニコニコしながらフィンの家まで帰ってきた。早速、ワンピースに着替えて寝室で落ち着いているとフィンがノックもせずに入ってきた。


「ちょっと勝手に!」


「いいやん、俺等の仲やろ。」


「本当に!」


「さあ可愛い服着たんやしちょっと散歩しよう。」


「え。」


「行こ!」


 帰ってきたばかりなのにと思いつつ素直に従う。抜け出した時に道を覚えていないとすぐに捕まってしまうので外に出られるチャンスがあるなら出ておかないと。脱出する為に必要なのは服と道というか土地勘、それにお金だろう。これが揃えば多分逃げられる。門はお金で通してもらえるか、一か八かに賭けるしかない。私のお金を全て返してもらったとしてもあの門番のおじさんが首を縦に振るか横に振るか分からない。


「さあ着いたよ。入ろか。」


 15分程、歩いただろうか。覚えるように周りを見渡しながら歩いていたが同じ様な家が立ち並ぶので中々に道を覚えるのは難しい。


「ここって。」


 私が二度訪れて話を聞いたバーだ。あまり収穫はなかったけど門番のおじさんはあのお酒を気に入ってくれたかな?ここからなら門まで行く事ができるな。


「そう、シャロンが話を聞いたバーやね。今日は貸し切りやから誰もいないけど。全てを話すとこの街に入ったときからシャロンの事はずっと監視してた。」


 フィンが扉をレディファーストよろしく開けてくれる。店内には言った通り誰も居ない。カウンターに私を座らせると慣れた手付きでカウンターの中に入り何かお酒やジュースを混ぜてカクテルを作り始めた。


「うわーお。どうしてそこまで?」


「まだこの街のこと分かってへんな。シャロンの事だけちゃうここに来る奴は全員調べる。チョコレートしかない街やねんで、知らんやつが来てチョコレート目当てなら盗まれる前に消す。そうやってこの街は滅びずにすんでる。食いぶちを探さんでええ姫様には難しいかもしれへんけどな。でもそれは悪い事ちゃうよ。こんな生活の方があかんねん。」


「どうにもならないの?」


 私の子供みたいな問いかけにフィンは薄く微笑み私にカクテルを出してくれてそのまま隣に座る。


「ほら喉乾いたやろ、これは強いお酒ちゃうから。まあその、変えることは難しいな。昔からこれで生きてきた。これが安牌やしこれでしか生きられないような気もする。」


「そっか。」


 私はまた悲しくなってフィンを抱きしめる。こんな生半可な気持ちで優しくしない方がいいと分かっているけどこの街の悲しさにやりきれない気持ちになってフィンに同情してしまう。


「シャロンは優しいな、ほんまに。」


「そうでしょ、今は一緒に居てあげようと思ってるからもっと感謝しなよ。」


 私は少しでも和ませようとフィンに言う。


「ええ女やなぁ。惚れてまいそう。」


 フィンも私の気持ちに気付いて話を合わせてくれる。話をしながらフィンをもう少し強く抱きしめる。


「もう惚れてるくせに。」


「せやな。もう惚れてるわ。」


 フィンは少し震える声で言う。泣いているのか泣きそうなのか私には分からないけど私も一層悲しい気持ちになる。


「馬鹿だなぁ。」


「ほんまにアホやなぁ。」


 それから少しの間、そうしていた。フィンが帰ろうかって言い出すまで。


「俺分からんくなってきてるねん。この街の在り方。確かに生きていけているけど人として正しいか?子供に継がせたいのか?それが分からんくなってルークは逃げたんやろうなってほんまは分かってた。だからシャロンの事も許せたんやと思う。それにキングやクラウンの家系はチョコの本質を知ってたから親に食べることを止められてて俺とルークはチョコに依存してるわけじゃないし。ほんまにくそやろ、ははは。」


 バーからの帰りまたぽつりぽつりと自分の気持ちを話し始めた。フィンはずっとニッコリでこういう事を隠して生きていたんだと思うとまた悲しくなった。この街は知れば知る程、悲しい。ネアを助けて良かったと今なら心から思える。そんな事を考えながらもちゃっかりと道を覚えている冷静さに驚いているが。


「フィンはお金を貯めてこの街を出ようとは思わないの?」


 私の言葉に一瞬、キョトンとした後、いつものニッコリで言う。


「ああ、あの女の子が言ったんやろお金を払ったら街を出ることを許されるって。あれ嘘やから。随分と昔のキングが広めた嘘。出られないしそんなにお金も稼がせない様に裏で細工してる。な最悪やろ?」


「なんていうか辛い。」


「だから観光客にあの紙だけは失くすなよって皆言うんよ。シャロンも言われたやろ?」


「確かに。」


「ほんまにアホやなぁ。」


「そうね。」


「でも…だからルークはついて行ったんやなぁ。」


「どうだろうルークって優しいから、心配症だし。」


「まだ心配症なんや。懐かしいないつも遊ぶ時、俺の後をついてきてくれていっつも代わりに怒られてくれた。」


「ふっあなたって本当に問題児だったのね。」


「それほどでも。さあ帰ってきたよ。」


「ていうかなんの散歩だったの?」


「まあ散歩ってそんなもんやん。」


「そうかしら?」


「誰もいない所で俺の事を話したかったって事かな。ここはキングの家やから俺の事を良く思っていないやつの方が遥かに多いねんよ。」


「それはちょっと感じた。」


「やろ?流石に分かるよな。」


「うん。まあ私は味方であろうと思ってる。」


「ありがとう。そのまま好きになってくれたら良いのに。でも道を必死に覚えようとしてる姿も可愛かったよ。」


「うわ。」


「俺を出し抜こうとするなんて、しかも優しくした後に…本当に酷い女やなぁ。」


 やっぱりフィンは怖い。最初に感じたあの恐怖は心にそっと忍ばせておこう。忘れずに常に覚えておこう。フィンに隠し事はできぬ。


「やだぁ、そんな事思ってないですよぉ。本当にやだなぁ。このこの。」


 とフィンを小突いておく。完全に八つ当たりである。力強く小突いているのに全く動じないし痛そうでもない。ほせえのに体幹如何なってんだ。ああ?


「えーなんか女の子の全力って可愛い。もっと強くても大丈夫よ。これで気が済むなら。」


 とニッコリで返されたので八つ当たりをやめる。こいつまじ。顔が綺麗な分、余計に腹が立つ。


「お腹空いたし降参。私が悪うございました。」


 フィンの家、もといキングの家の近くまできたのでフィンとじゃれるのをやめる。今まで気が付かなかったけどここまで来ると確かに道にいる人も家の前の用心棒風な人も近隣の家の人達も私とフィンをジロジロ見てくる。


「じゃあ夜ご飯にしましょうかお姫様。」


 フィンは特に気にせずエスコートするみたいに私の前に手を出すけど手をとってもきっとレディの扱いなんてしてくれないだろう。ここで手をとるという事は周りに彼の女だと親しい間柄だと知られるという事、この前みたいに酷い目に遭うかもしれない、それでもこの人は全てを分かっていて私に手を出している気がする。私の優しさにつけこんでいてこの街のチョコレートの為だけにやっているのかも。ここまで自分の事を、本心を話してくれたのにどうしても全てを信じてあげられない。


「なんか嫌な言い方。」


「何かを疑っててもいいけど俺のシャロンに対する気持ちだけは疑わんといてな。」


 柔らかく私を睨んでキスをしてくる。本当に全てを見透かしてくるな。それに軽率にキスをしてくるな。もう周りはヒソヒソと噂をしている。


「分かった、信じる。」


「次、俺の気持ちを疑ったら結婚な。」


 それは君次第でどうとでもなる気がするが。まあいい約束しよう。


「はいはい。」


「シャロンはちょろいなぁ。」


「美味しいディナー用意してよ。」


「かしこまりましたお姫様。」


 意を決して私はフィンの手を掴んだ。フィンは優しく手を握り恭しく私の手の甲にキスを落とした。


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